第2部:国内の諸問題が鏡写しになっている留学生減少
男が海外に行けないのは親や嫁が反対するから
工藤:では議論を続けます。なぜ留学生が減ったのか、という原因の話になってきていますが、休憩中に会場にいらっしゃる企業経営の方にも話を伺ってみました。やはり企業の中で昇進のために国内に残るというわけではなく、海外の赴任先を選り好みしているという傾向にあるようです。嫁さんが反対する、という話もあれば、鈴木さんからは親が反対する、という話が出ました。つまり、若いうちは親が反対し、結婚してからは嫁さんが反対する、こういう事情があって、男は海外に行けなくなると。その点については鈴木さん、どうですか。
鈴木:女子学生は何の問題もなくて、僕のゼミ生などは1年ぐらいいなかったので「どうしたんだ」と聞いたら「アフリカに行って、子供たちの教育ボランティアをやっていました。卒業するにあたり戻ってきました。」と。4年生だったので「就職どうするの」と聞いたら「マレーシアの会社に行きます。」と、それぐらい素晴らしい女子学生が僕の周りにいくらでもいるのですよ。他にはケニアに行って児童図書館を作ってきた子とか、本当に素晴らしい。ただ、男と女を分けすぎるステレオタイプな議論は良くないのですが、少子化で次男がほとんどいなくなってしまったのですよね。2人いても、長男、長女で、1人っ子だと長男。そこで、男の子が、何か外に出て危ないことをするということに対して、保護者はものすごい反対をする。ベンチャー企業に行くことすら、あるいはソーシャル・アントレプレナーになることすら反対しますから、まして命のリスクがある海外に行くなんてことは母親が止めます。昔も親は反対したものなのですけれど、親を突破できない。
工藤:中国も一人っ子政策ですが、中国の親は止めないのですかね。
鈴木:だって中国は国内が危ないじゃないですか。
工藤:そういう話ですか。
鈴木:だって、中国とアメリカ、どっちが安全かといったらアメリカでしょう。日本とアメリカ、どっちが安全かといったら日本のほうが安全ですよね。
工藤:今の話を脇若さんはどう思われますか。
脇若:中国人の富裕層のかなりの人は将来的には海外に行きたいそうです。逆に日本人で海外に住みたいという人はほとんどいない。日本がいいから。日本は恵まれているから、外に出なくていいということになっているのではないですか。
工藤:それがガラパゴスってやつでしょ。
人生のデザインがない多くの高校生
鈴木:生活するには最高ですが、成長することも考えないと。もっと言うと、問題は高校時代からあって、高校生の8割がそもそも学ばないのですよ。それはメディアの影響があるのですが、ある進学校で、高校2年生で、なりたい職業が決まっている学生は5割しかいない。5年前から比べても2割ぐらい減っちゃっていて大問題だと思っています。さらにブレイクダウンしてみると、進学校が48%で、中堅校55%、これは進学校「すら」なのか「だからこそ」なのか、とにかく、親と予備校と受験の偏差値で引いたラインを、ただ単に素直に行く、という子が多いのです。そうなると将来の職業も決まっていなくて、将来を考えた時に海外と全く無縁の職業なんてほとんど無いので、そうするとバイリンガルとか見据えないといけないのですが、自分の人生デザインというものが無いので、とにかく行ける大学に行きました、という話になります。それで、もういまや、親は基本的にはB to B産業もダメです。コマーシャルでよく見る企業に入って欲しい。それで、日本で勤めて欲しい。なるべく東京で。地方勤務もイヤ。
工藤:なんだか、非常に前途が暗澹となっていますね。僕は、なるほどと思いましたが、今の話について村上さんどうですか。
村上:そうですね、かなり囲い込んでしまっているのではないかと思います。昨年、就職実績のある大学にインタビューした時に、まず入学の時点で理事長さんが保護者の会を設けられ、その会で留学を推奨しているというお話を伺いました。ですので、そういったところが功を奏して、結局、留学に行かせてもらえるということと、就職もそこそこ支援をしてもらっている、といったところで実績を上げているのではないかと思います。
工藤:なぜ若者が海外の留学に行かないのか、その原因もアンケートで聞いています。先ほど脇若さんから選択肢がおかしいとの指摘があり、落ち込んだのですけれど、基本的に1番多かったのが、「日本の若者が海外留学に魅力を感じず、内向きになっているから」で57.7%です。で、これは、原因ではなくて現状を言っているだけだとのご指摘でそのとおりだと思うのですが、2番目に多いのが「海外の大学に留学しても日本の就職に有利にはならないばかりか不利だから」で46.2%。3番目は38.5%の「留学には多額のお金がかかるから」です。少し下がりますが21.2%の方が「海外の大学の授業についていけるほど日本の若者の学力が高くないから」を選んでいます。「その他」で自由記述された方の書き込みが今回とにかく多くて紹介できないのですが、この結果についてどうお考えですか、脇若さんからお願いします。
脇若:お金と学力が正しいと思います。そして先ほど言われたとおり、就職です。私は今ロンドンにいて、早稲田の学生の会の会長もやっているものですから、いっぱい学生さんは来るのですけど、みんな海外に来て1年間で帰る、帰ると就職のことで頭がいっぱいで、皆さん大変だと言っています。特に競争が激しくて、正社員になるのが大変だと。先ほどお話に出た国際教養大学は受け入れ態勢があっていいですけれど、早稲田の国際教養学部の学生は本当に就職が大変だと話しています。こういう実情が学生さんに広まると、やっぱり海外に行くのはやめよう、ということになってしまうと思います。実際に海外に来ている若者はすごく勉強していますし、色々な経験を積んでいる。自分たちでサイトを作ってネットワークを広げたり、と頑張っています。しかし、日本の良い会社にはなかなか入れない。そういうパラドックスが今あります。
鈴木:その点ですが、おそらくこの1、2年で早稲田大学の国際教養学部は就職戦線の採る側からすると最も魅力のある学部の1つになると思います。そこのマインドセットは、本当にこの1年で劇的に変わりました。
日本企業は日本人学生の採用を減らしている
脇若:はい。まさに今日、ここに来る前にある人と話をしたのですが、この1、2年で相当、企業側の姿勢は変わっていると聞きました。ユニクロとか楽天の話も出ました。
鈴木:既存のメーカーでも、いまやジャパン・ユニバーシティ・パッシングが起こっていて、国内の日本人学生の採用を減らしています。これは誰が聞いてもわかる日本のメーカーがやっているのですが、日本に来ている留学生、および海外での採用をどっと増やしているので、就職問題はほぼ片付くと思うのです。
工藤:本当ですかね。
鈴木:だって、それをやらなかったら、企業は生き残っていけないですから。企業はそういうところの判断は早いですよ。
工藤:一斉に企業は動かないじゃないですか。
鈴木:ここで動けない企業は、いい人材が採れないからつぶれていくわけですよ。
工藤:さっき脇若さんの話の中にもありましたが、パイがたくさんあってその中から選ぶのではなくて、経済がそもそもかなり厳しいじゃないですか。
氷河期ではない、選り好みにすぎない
鈴木:それは嘘で、今は就職氷河期じゃないのです、実は。有効求人倍率は1.3です。氷河期のときは0.98とか0.9代でしたから。結局、今はミスマッチが起きている。例えば、従業員数1000人を超える企業の有効求人倍率は確かに厳しい。0.5をさらに下回っちゃうぐらいなのですが、1000人以下の、1000人以下といってもとっても良い会社がいっぱいありますよね、でもそこは1.8とかなんですよ。だから、要するに選り好みなのです。
工藤:選り好み、ですか。
鈴木:僕はずっと大学でゼミをやっていたのですが、学生から「うちの保護者に会って下さい」と頼まれたことがあります。さすがに副大臣になってからは、大学を辞めたのでありませんが、2年前まで毎年何人かいました。昔なら、まだ一部上場だったらいいんじゃないのと言っていたのですけど、今、一部上場でも立派なB to Bの会社とかでも親は驚いちゃう。親が勉強していないってこともあるのですけどね。この会社がどれだけ素晴らしい会社か知っていますか、というところ入らないといけない。
工藤:なるほど。丸山さんはどうですか。
丸山:疑問があるのは、1000人規模の会社を留学経験者が積極的に受けるかどうかということ。あと、採用方針が変わって、日本人学生だからといって優先はされないというのはそうだと思うのですが、でも留学経験のある学生を採るとは限らなくて、海外からの、例えば中国人留学生の日本経験者というような人たちを積極的に採り始めるのではないかと思うのですが。
鈴木:後者は実績として、今年の採用方針で、そういう会社がいっぱい出てきています。前者は選り好みの問題ですよね。海外に進出している中小企業は山とあって、そういう会社は留学経験者がものすごく欲しいのですよ。だから求人はいくらでもあります。コマーシャルに出ているのがグローバルカンパニーというのは選り好みでしょう。やりがいがあって、自分の力が活かせて、いい仕事させてくれるところはあります。
脇若:それは海外云々より、コマーシャルに出ないような会社にはみんな行きたくない、ということですね。正社員、大企業、名前が売れている会社ということに親が価値を感じているから、子供もそうなってしまう。ですから、今ふと思ったのは、海外にどうして人が行かないかという理由と、日本の国内の状況が鏡写し、表裏一体になっているのですね。日本では女性が活躍できないから、海外に行ってそのままステイしてしまう。ところが男性は少子化に加えて、日本にいないと希望する企業に入りにくいので一生懸命それをやる、海外に行っている暇はない、と。
工藤:日本には男が残っていくのですね。
脇若:日本はそういう世界ですから、そうなりますね。留学生の状況は、日本の状況の鏡写しになっている。
工藤:村上さん、どうですか、今のこの男たちの話は。
村上:そうですね、菜食主義と言われているのは若干否めないかなと、女性の私は思っています。
鈴木:僕が言いたいのは、さっきの進学校の話でいうと、ある東京の進学校なのですけど、地頭は抜群に良いわけですが、もう勉強しないと。何故かと言うと、結局、社長になってもお詫び会見ばっかりだと。官僚になってもバッシングに遭う。政治家は人間以下だと。お医者さんになってもね、1000回手術に成功しても1001回目で失敗すると業務上過失致死で捕まる。努力して頑張っているというロールモデルがマスメディアからは流れて来ないということの中で、何のために努力しなきゃいけないのかという揶揄する文化がものすごくはびこっている。これは本当に高校の先生も悩んでいます。
ここの処方はわりと簡単で、本当に頑張っているテレビには出ない人はいくらでもいて、そういう人を土曜日、学校などで高校に呼んで直接学生に会わせる、そうするとボンと考えが変わります。学生もステレオタイプの二次情報の中で生きているし、保護者ももっとステレオタイプの中にいますから、そこはちゃんとリアルの、生きがいとやりがいをもって、苦労はするけれど頑張っている人と会わせると、高校生は変わる。そういう機会を今どんどん増やすために、世界で、或いは色々なところで、ソーシャル・アントレプレナーも含めて活躍することの素晴らしさを高校で一生懸命伝えようとしています。その結果、学びのぶモチベーションを高めようとしています。そこが行くとこまで行ったという結果であることは事実だと思います。
工藤:確かにそれは、かなり納得しました。みんながどういう生き方をすればいいのかということに関して、非常にわかりにくくなってきていますね。たぶん色々な仕組み、信頼が崩れている。ただその中で、留学にはお金がかかるから行けない、という原因もアンケート結果で実際にあります。そういう場合はお金があれば解決するのですかね。
留学できない最大の原因はお金
丸山:昨日、僕が担当している授業で、19人ほどだったのですけど、同じアンケートをしてみたところ、一番の原因はお金でした。その次に来るのが学力の問題だったのですが、若者にとって一番の問題はお金である、と。あとは大学のスケジュールが厳し過ぎて留学する暇なんか無いというようなことが言われていましたね。
工藤:お金に関しての仕組みはまだまだ不十分なのですか?
村上:仕組みに関しては、奨学金の支給、出来れば大学の方から貸与ではなく支給で留学資金を援助することが、結構良い効果が出るのではないかと思います。
脇若:2004年と2008年のデータをいただいていますが、では昔、1970年代、80年代はどうだったかと、1ドル360円の時代ですね、それでも行っている人は行っています。その頃は、政府とか企業が派遣している留学生が多かったと思うのです。人数が増えれば増えるほど個人のレベルで行かなければいけなくなるので、そうなると、どうやって学費を払うかという問題はやっぱり大きいでしょうね。
工藤:企業も留学って出しますよね。官僚も。
鈴木:僕は1986年卒業なのですけど、そのときは2万人しか行っていません。そこからずっと増えていって、4倍の8万人にはなった。それが減った、という話です。減っても6万人だから、我々の学生時代に比べれば3倍に増えています。ただ他の国は、ものすごい勢いで留学生が増えていますから、それと比べると低いですね。
工藤:日本に比べて、中国とかインドが増えていることに関して焦りを感じる議論があるじゃないですか。でも発展段階が違いますよね。だから増えているのは止むを得ないと思えば良いのでしょうか。
鈴木:中国とは比べなくていいと思います。逆にヨーロッパなんかは、EUというものもありますが、色々なところで学ぶことで、多文化共生、カルチャリズムの中で生きていくという良い経験を積む機会が多いです。
工藤:脇若さん、世界の若者は結構色々な課題解決のために海外に行きますよね。僕は先ほどの鈴木さんの学生さんで世界で活躍する女性達の話に、おっ、と思ったのですが、そういう若者たちと、日本の若者層はちょっと違うと感じるのですがどうですか。
脇若:そうですね。女性もそうだし、海外生活経験があり、英語で教育を受けている人も、私たちの子供たちの世代には増えています。そういう人たちをどういう風に活かしていくかという問題は非常に重要です。
工藤:わかりました。ちょっと休憩を挟んで最後のセッションにいきます。