2011年7月11(月)
出演者:
松下和夫氏(京都大学大学院地球環境学堂教授)
山地憲治氏(地球環境産業技術研究機構 研究所長)
明日香壽川氏(東北大学 東北アジア研究センター教授)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
7月11日、言論NPOは、言論スタジオにて松下和夫氏(京都大学大学院地球環境学堂教授)、山地憲治氏(地球環境産業技術研究機構 研究所長)、明日香壽川氏(東北大学 東北アジア研究センター教授)をゲストにお迎えし、「原子力に依存しない電力供給は可能なのか」をテーマに話し合いました。
第1部 原子力の全面停止で電力危機は起きるのか
工藤:こんばんは、言論NPO代表の工藤泰志です。さて、言論NPOでは、3月11日の東日本大震災以降、言論スタジオと題して、様々な議論を行っております。今夜は5月末に1回目を行ったのですが、「原子力に依存しない電力供給は可能なのか」と題して、第2回目の議論を行いたいと思います。まず、ゲストの紹介です。お隣が、言論NPOのマニフェスト評価で環境問題もやって頂いている、京都大学大学院教授の松下和夫先生です。宜しくお願いします。
松下:よろしくお願いします。
工藤:次に、地球環境産業技術研究機構(RITE)の理事で研究所長でもある山地憲治さんです。宜しくお願いします。
山地:よろしくお願いします。
工藤:それから、最後に東北大学教授で地球環境戦略研究機関のディレクター、明日香壽川さんです。宜しくお願いします。
明日香:よろしくお願いします。
電力の安定供給と原子力の安全性は両立できるか
工藤:さて、電力の安定供給と、原子力の安全性というこの2つの問題をどう両立していくかということが、今、非常に大きな問題になっています。政府も、一時は安全宣言を出して、原子力の再稼働を地方に要請してきた海江田経産大臣が辞任を表明するという話までありました。最終的には、政府は原子力の安全性をきちんと確認するというところで一応、統一感を出したのですが、そうなってくると、点検中の原発の再稼働なり、今稼働中の原発がどうなるのかと。来年5月には54基ある原発が全部停止になってしまうという可能性が出てきているわけです。
こういう状況をどう考えるのか。もしくは、そうなった場合に、電力供給は大丈夫なのか、というところから議論をしたいと思います。まずは、松下先生、この前の議論を踏まえて電力の安定供給を、どのように思っていらっしゃいますか。
松下:前回の議論では、福島原発事故によって、これまで安全性と経済性と気候変動対策に寄与するという観点から進められてきた原発の根拠が崩れてきている、ということが明らかになりました。それで、個人的には、原発は段階的に廃止、もしくは縮小していって、将来的には、より分散型で、再生可能エネルギーを中心としたエネルギーシステムに移動できないかという風に考えています。今、工藤さんからお話しがあったように、現実の問題として、原発の再稼働が非常に難しい状態である。私自身はストレステストといったような、新しい形の安全性を確認する仕組みが必要だと考えています。しかし、現実には来年5月ぐらいには、全ての原発が停止していくということが予想されているので、そういう中で、現実的にソフトランディングで徐々に原発の依存を減らしていくことが可能かどうか、ここが問題になっています。そこのあたりをできれば山地先生にお聞きしたいと考えています。
工藤:では、山地先生、早速なのですが、この前の議論も1年に1基や5基ずつ減っていくのだったらまだ何とかなるけど、一気に何十基も無くなってしまうと電力危機が起こってしまうのではないかという声がありました。山地先生は今どういう風にお考えですか。
ストレステストとは何なのか
山地:まず、福島の原子力事故で、あれだけの過酷事故を起こして、安全確保に失敗して、国民の信頼を失ったわけですね。その信頼回復ということがなければ、今後、原子力は選択肢として生き残れないと思います。そのためには、今の段階が非常に大事です。政府は3月30日に緊急安全対策を出して、それをチェックして、一応ちゃんとやっているねということになって、経済産業大臣としては、安全対策を確認しつつ、点検が終わっている原子炉を順番に立ち上げていくつもりだったと思います。最初の玄海原発については、本当に7月中旬にも立ち上がろうか、というところまで持っていっていたわけです。ところが、首相と調整していなかったのか、非常に不思議なのですけれども、最後のステップでストレステストというのをやらないとだめだと言われて、混迷してしまったのが現状です。
これは、信頼回復という点からみても非常に困ったことです。私個人は、ストレステストは当然やるべきだと思っていました。ストレステストっていうのは、設計時に想定した以上のストレスをかけて、そういう条件下でどこまで耐えられるのか、安全性確保の余裕をチェックするということなのです。これは、信頼回復にすごく効果があると思うんですけれども、それがなければ動かせないのかというと、現在動いている原子炉もあるわけです。そことの関係でいうと、非常に慎重に扱うべきで、やっぱり余裕は確認しないといけないのだけど、それが全部終わらないと立ち上がれないのかというと、そこまで形式的に考える必要はない。問題の鍵は信頼回復だと私は思っています。
それは浜岡原発の時も同じで、私は、結論から言うと、浜岡原発を止めるというのは、賢明な判断だと思います。しかし、浜岡原発は止めて、他の原子力発電所を動かしていいのはなぜか、ということ同時に言わないといけませんよね。当局はその難しさを避けているのではないかと私は思っています。要するに、絶対安全、ゼロリスクというのはないわけですから、リスクの高いもの低いものがあるわけですよね。リスクの高いものはちゃんとチェックして、対応してから動かしましょう。そうでないものは、受け入れられるリスクであれば、受け入れましょう。ただ、あの事故を見て、みなさんが原子力を非常に不安に思っている状況の中で、受け入れられるリスクというのを言い出せない状況なのではないか。ここのところが一番の問題だと思います。
今までは、東京電力、東北電力という東日本が問題でしたが、色々な企業が東から西に移動したり、また節電努力で需要そのものが低下しているので、今年の夏は何とかなりそうです。しかし、今度のように、定期検査に入ったらもう立ち上がれないっていう状況になると、最悪の場合、来年の5月末くらいまでにぜんぶ止まってしまうかもしれません。そうすると、問題は全国レベルの話になり、一番厳しいのは来年の夏です。日本全国で電力不足が起こるので、石油、天然ガス、石炭という火力発電所を動かさざるをえないでしょう。するとまず、値段が上がります。それから、供給の不安定さが増し、信頼度が落ちます。そういう中で、家庭も大変だけど、東から西に逃げていった産業が、今度は日本の中から外に逃げていくのではないか。それが一番心配です。
工藤:明日香さんは前回に続き二回目の発言になりますが、その後の政府の動きをどうごらんになっていますか。
政府部内ではまだ勝ち負けがついていない
明日香:菅首相のコミュニケーションの問題なり、タイミングの問題なりがあると思いますし、実際そのようなことによって混迷しているように見えています。裏で起きているのは、政府の中で原発を推進したい人たちと、もうちょっと立ち止まって考えようという人たちの闘争なのですね。その勝ち負けがなかなかつかないので、外から見ると、何をやっているのかなという風に見えるのだと思います。少なくとも、菅さんは個人的には原発の問題をどうにかしないといけないと思っていて、でも菅さんの周りの人がそれに対して付いていっていない、または、菅さんを方向転換させようとしているのが現状かと思っています。原発が止まった時に電力がどうなるかということなのですが、物理的には、電気は届くことになると思います。というのは、設備容量というものでは、火力発電所がありますし、今まで計算していなかった、揚水発電所なり、自家発電もある。プラス、省エネが10%、15%くらいいけば、少なくとも夏場の数日を除いて、供給は問題ないのかなと思います。そういうような議論は、アエラという雑誌にも載っていました。ただその時に、どういう風な経済的なインパクトが国民、国民にも色々な人がいますので、家庭なり、企業に影響を与えるのか、ということになると思います。で、家庭に関してはいくつか計算があるのですが、平均家庭の1カ月の電気料金は6000円ぐらいなのですが、そのうち一番高いところですと1000円くらい上がるという計算をしています。その計算はおかしいという別の計算もありまして、まあ100円ぐらいではないか、というような計算もあります。そこは、その計算の前提はどうなっているかとか、その辺りをクリアにしないといけないのかなと思います。
工藤:山地さん、今の話なのですが、結局、さっきの原発が無くなることによって、今後かなり電力の供給は厳しくなるのかというところなのですが。
来年の夏が一番厳しい状況
山地:ここ当面は、もしこのまま検査に入ったものが再稼働できないということになると、来年の夏が一番大変な状況だと言いました。来年の夏は、最悪、原発が全然動いてないという状態ですよね。そうすると、明日香さんは楽観的に言ったけど、僕はキロワットね、設備容量的にもバランスがとれないと思いますね。大体、供給力というものは、ギリギリあればいいというものではないのですよ。供給力は予備率を持っている必要があり、それも大体8%くらい持っているのが健全なのです。ぴったり合ったから間に合うと言っているのは危険です。つまり機械は故障するのです。これから緊急に立ち上げる火力発電所というのは、今まであまり長い間動かしてないものを今から動かしますから、関西電力でもありましたけど、ある程度の故障というのは常に勘案して、それでも供給力を維持していく必要があるわけです。それから自家発電から調達すると言っていますが、自家発電も最近の燃料費上昇で動かしていなくて、そんなに簡単ではないと思います。東京だけではなくて、他の地域、特に原子力の比率の高い関西電力、九州とか四国かな、その辺りは電事法(電気事業法)の27条を発動しないといけないぐらいの状況に追い込まれるかもしれません。
工藤:27条というのは使用制限ですか。
山地:使用制限です。そうじゃないと、電力会社自身の責任になってしまいます。それと、コスト上昇については色んな試算があるのですけど、原子力が全部止まって火力で代替するとして、燃料費の安い順番でいくと、石炭、LNG、石油という順で動かすのですが、エネルギー経済研究所が計算したところによると、原子力が全然動かないと、多分3兆円くらいかかるということです。電力全体の売り上げは、年間15兆円です。で、3兆円増ですから、5分の1、20%くらい上がることになります。
工藤:松下先生、結局、原子力に対する安全信頼が戻らないと、なかなか原発の再開はできない。この安全性と電力供給の2つを可能とする方法はあるのでしょうか。
原子力の停止で、腹を固めたわけでない
松下:私自身に明確な答えは無いのですが、いずれにしても、丁寧に住民及び国民の合意を得ていく。それから、安全性に関して説明をしていく。その1つの方法として、やはりストレステストというのがあると思いますね。で、さきほど、来年の夏が一番厳しいということに関してですが、非常に厳しいという前提としていわれているのが、最大需要ですね。非常に高く見積もっているという面もあるかもしれません。それから、もう1つが、省エネルギーがどこまでできるか、それから再生可能エネルギーをどこまで拡大できるか。それから、代替となる火力発電の稼働率自体はまだ余裕があるわけですから、その中で、できるだけ気候変動に対する影響が小さいLNGが増えるように、政策的に誘導するということで、状況は非常に厳しいと思うのですが、政策として取るべきものはいくつかあるわけですね。現在やっている省エネをさらに制度化することとか、再生可能エネルギーを拡大する法律制度を導入するだとか。それからLNGなどを活用できる仕組みをつくっていく。そういうことが必要だと思います。安全性については、これから多いに議論が必要だと思います。
工藤:今の話は、政策としてやることがあるという話なのですが、例えばもう来年原発が止まるということを前提にして、政策的にこういうことができる、という風に腹を固めている状況とは思えませんよね。
山地:全然、そうは思えません。どうなっていくのが分からないから、みんな不安に思うわけですね。
工藤:ということはある意味では、止まってしまうということが決まるのであれば、それに対して政策の可能性はあるということですか。
キロワットとキロワットアワー
山地:止まると決まったら、コストはともかく、答えは出るでしょう。需要を下げて供給量をできるだけ確保していくということです。ただ、今、松下さんの話を聞いて、ちょっと違和感があると思ったのは、問題はキロワットという設備容量が足りないと言っているのにキロワットアワーを問題にしているところです。例えば、稼働率がまだ余裕があるといっても、ピークのときはみんな稼働しているので、設備容量の不足というのをもう少し念頭に置いた方がいいですね。その時に、再生可能エネルギー、太陽電池とか風力というのは自然変動電源で、設備容量としてのカウントは全くゼロとは思わないが定格容量分を期待することはできません。沢山入ってくると定格容量の幾分かはkW供給力としてカウントできるようになると思いますが、1000万キロワットの太陽電池が入ったら、1000万キロワットの他の設備がいらないのかといえば、そういうことでは無くて、多分、100万キロワット分くらいは削れるかもしれないという程度でしょう。そういう感じですから、キロワットの問題とキロワットアワーの問題はごっちゃにしない方が良いと思います。
工藤:一番問題なのは、安全性はちゃんと確保しないといけないのですが、それはどうやったら、安全といえるのかまだよく分からないわけです。政府としても、こういう風な形でやるので、国民のみなさん理解してください、という形にはまだなっていない。だから、結果として、今の状況でいけば、止まってしまうと。政策的に目指して何かを動かしているという状況ではないのですよ。それが不安を高めているような感じがするのですが、明日香さん、それについてどうでしょうか。
明日香:実際、国民からすれば不安なのですが、その政権内部では、血みどろの戦いがあって、ストレステストを宣言するのは遅かったのですが、そういうストレステストが不要だという人たちがいて、なるべくそういう宣言をさせないように菅さんに働きかけて、菅さんはそこらへんを無視して...。
電力供給ではまだ議論が足りない
工藤:明日香さんはやっぱりストレステストはやるべきだと思いますか。
明日香:やるべきだったし、もっと早く判断をするべきだったと思います。やはり、安全なり、安心という意味では、今の原子力の安全を判断する体制に国民側の信頼性はもう無いと思います。もちろん、全ての安全審査について国民が理解しているわけではないと思うのですが、例えば、ブレーキを踏むべき保安院が経産省の下にいたということ自体がおかしいのですね。そういうもとでは、とても信頼できる検査っていうのは、普通の目から見るとおかしいので、それを直して、ストレステストをして国民はその間にみんなで議論をする。先程のキロワットの話も、価格の話も、コストの話も、まだまだ共通認識というのはないと思います。先程3兆円という数字を出したと思うのですが、そこは省エネをしない前提だと思うのですね。かつ需要はリーマンショック前の非常に高い消費の時の数字を使っていると思います。そこも含めて、もっともっと議論をするべきだと思います。まだまだ時間はあると思います。
工藤:わかりました。ちょっと休憩を挟んでまたやります。
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第2部 原子力に対する信頼は回復できるのか
工藤:議論を再開します。休息中も議論をしていたのですが、電力不足が、どれぐらいのダメージとなるのか、これから各機関がシミュレーションをしてくるという話を伺ったので、それを踏まえながら議論を後日、進めたいと思います。ただ、さっきの議論の中で、もう少し深めたいと思ったことが、安全性の事なのです。原子力の安全性については、ある程度、納得しないといけないと。ただ、きちんとした納得感のある安全性の確認というのは、どういうことを意味しているのか、ということがイマイチ見えないところがあります。この辺りを議論したいのですが、山地さんどうでしょうか。
不確実な被害と対策に伴う現実の被害
山地:よく安全・安心と言いますよね。安全はともかく、安心というコンセプトが難しいと思っています。安心についての議論を始めると、泥沼の議論になるのですね。つまり、安心の逆は不安ですよね。個人が不安に思うことを、安心させるというのは、そんなに合理的にできるものではないのです。一方、安全とかリスクについては、ある程度科学の対象になります。安全と安心をつなぐところ、そこが一番難しいところです。
今回、国民は不安になっているのですが、私はこれを原発への信頼を失っていると捉えたい。だから、安心とは言わずに、信頼を回復するという言い方をいつも私はしているのですね。この問題は、今、もっと根源的に考える場面だと思う。私は、この問題は、科学と社会との関係という大上段な話とも関係してくると思うのです。科学的に言えば、100ミリシーベルト以下で、健康影響というのは観測されていないわけです。被曝のリスクについて、リニアでしきい値がないという仮定を置くと、100ミリシーベルトのところで、発がん率が0.5%ぐらい上がるだろうと言われています。しかし、実際の疫学調査の結果を見ると、100ミリシーベルトではこのようなリスクの上昇は出ていないのですよ。それも、急性で被曝する場合と、1年、2年かけて被曝する場合とは違っていて、ゆっくり被曝すると特に出ない。癌になるリスクは、600ミリシーベルトぐらいまで、あるいはもっと高くても出ていない。しかし、一方では、放射線被曝は、できるだけ合理的に避けましょうという原則がある。
現実には年間20ミリシーベルトという基準を使って避難をして、残された家畜が死に、職を失ったり、子どもが転校したり、リアルな被害が起こっているわけです。サイエンス上の不確実な領域が起こした、リアルな被害ということが、今回、鮮明に出ていると思います。そういう状況は、ちょっと話が飛ぶようだけど、温暖化問題にも似たようなところがあって、温暖化が人為的な温室効果ガスの濃度上昇で起こっているということについて、科学はその可能性が高いと言っているけど、断定はしていませんよね。しかし、そうらしいということで対策をうち、その対策に巨額の費用がかかるわけです。そういう科学上の不確実さの下で対策をどう考えるのかということが問われていると思います。
温暖化の場合は、科学的に被害が起こりそうだというのだから対策を打つべきだと思っていますが、放射線被曝のリスクに関しては、科学的には観測されていない水準なのに、現実にこんなに被害を起こさなければいけないのか、という根本的な疑問を私は持っています。合理的な負担でリスクを避けられるものなら避けるというのは分かる。だから、平時は1ミリシーベルトの規制でいいのですが、20ミリで避難すると決めるときには、その合理性をよく考えた方がよい。100ミリシーベルトでは何故いけないのかということについて、もう少し議論をした方がいい。これは、安全の議論、受け入れられるリスクの議論になります。この議論が安心につながるかどうかは、私は分かりません。ただし、100ミリシーベルト以下のところでは今までは科学的には何も有意な被害が観測されていないという事実は伝えるべきでしょう。あるいは、私は61歳ですが、子どものころに体験した原爆実験による人工放射能のホールアウトの量は今と比較して年千倍も大きかったという事実も伝えておいた方がよいと思います。そういうことを伝えておかないと、今後、原子力を再稼働させるとかいう議論をしても、多分、今回の事故による不安な記憶が残っている限り、信頼回復はできないと思います。
工藤:どうですか、今の話を聞いて。
国民が納得しない限り、再開は現実的に難しい
松下:そうですね。安全性ということで、今、山地さんが言われたリスクの問題ですね。このリスク評価については、色々な研究がされています。しかし、それも、国民からすると安心できるものではないということはおっしゃる通りです。ただ、原子力ということを全体で考えると、原発の発電のコストは安かったわけですね。それが、政府の財政支出を考えると、決して安くないと。あるいは、廃炉処理だとか、バックエンドコストを考えると、安くないということが1つ分かってきたということでもあります。それから、福島の廃炉にしても、これから数十年、あるいは数百年、場合によっては何万年かの単位で、後の世代が管理して、リスクを下げていくということを考えると、やはり、トータルで言うと、原発に依存し続けるということは経済的でもないし、安全でもないと私は考えます。したがって、どうやって当面の危機を乗り越えながら、将来的には原子力のリスクを避ける、それから、温暖化のリスクを避ける。そういうエネルギーシステムを作っていくか、ということを考えて、現在から色々な対策の手を打っていくこと必要があると考えています。
安全性については、国民が安心だと考えられる状況にならないと、政府が考えているような早期の再稼働だとか、新規立地は当面難しいと現実的には思います。ただ、先程、明日香さんが言われたように、安全性を審査したりする仕組み作り、きちんと独立した評価できる委員会や国際的な知見を取り入れるとか、あるいは、住民ときちんと対話するとか、そういう仕組みをつくっていて、信頼を回復していくということは、非常に必要だと思います。
工藤:今のお二方の話を聞いて思ったのですが、山地先生は、原発から脱却したエネルギー政策は難しいと思っているのでしょうか。それとも、ある程度使いながら、安全性をベースにしてやりましょうという形なのでしょうか。
リスクは完全には避けられず、絶対的な安全もない
山地:まず、安全性、あるいは逆のリスクにしても、言葉尻をとるようですけど、リスクを避けると言うけど、リスクは完全には避けられない。安全も絶対的な安全はない。黒か白か、ではない。受け入れられるリスクがあるだけ。そういう風に考えないと、問題は解決しません。それから、コストの問題についても、色々なところで精査した方がいいと思います。計算の仕方は様々ですが、今までの政府の検討でも、廃炉やバックエンドコストというのは入れて経済性を評価しています。ただし、立地交付金とか税金で賄っている部分はカウントしていませんが、それを入れるのは割と簡単なことです。私も自分で検討していますし、最近では大島先生の本も読みましたけど、立地交付金というのは年間2000億円弱で、原子力は1年間に3000億キロワットアワーぐらい発電しているので、割ると1円以下になります。また、大島先生は揚水は原子力とワンセットだと言うのだけど、私、最適電源構成問題とかを扱っていましたが、原子力という選択肢がない場合でも、揚水発電所が最適解に入ってくる場合があります。つまり、負荷を平準化して電源を動かした方が、全体として安いから。だから、揚水が全部原子力のためというのは、極端な主張だと思います。少し、横道に逸れました。このようなコストも考慮した上で、私は、原子力は選択肢としては残した方がいいと思っています
工藤:すると、その中で、100%リスクフリーということはないわけだから、ある程度コントロールできるような状況でやっていくという考え方なわけですよね。明日香先生はどういう風な立場で、この安全性を考えていますか。
でも、原子力は確率は小さくとも被害は大きい
明日香:もちろん、リスクは、受け入れなければいけない場合もあるのですが、受け入れなくてもいいリスクは、受け入れない方がいいと思うのですね。かつ、原子力というのは確率が小さくても、何か起きれば非常に大きな被害を受けるものです。それは、まさに、先程の科学という大きな枠組みで考えると、科学技術の宿命だろうと思います。原子力の開発の歴史というのは、40年、50年前に始まったと思うのですが、その頃というのは、非常に安全で安いというイメージがあったと思います。ですが、今、それほど安くなくて、リスクもそれほど低くはないという新しい状況になって、今、色々と改めて考えるべきだと思います。日本の場合は、そこから抜けられない、変えられない、止まれないというのが日本の原子力行政だったと思います。先程、安心という言葉があったと思いますが、誰が言うかによっても違うと思うのですね。今の政府が何を言っても、なかなか信用されないというのが、私の見方です。そのためにも、ある程度立ち止まって、色々な選択肢を考えるべきだと思います。
工藤:つまり、松下先生も明日香先生も、原発に依存しない形の方が望ましいと思っているわけですよね。では、ストレステストはなぜ必要なのでしょうか。これは安全性を確認しながら、再稼働をすることが目的で、稼働を止めるために行うテストではないはずですが。
明日香:それは、当然コストの問題もあります。当然、コストというのは、国民が払うことになりますので、やはりそれはなるべく少ない方がいい。かつ、再生可能エネルギーの場合ですと、時間がかかるのですね。なので、直ぐに入るわけではありませんし、地熱などは数年かかります。その時に、つなぎの電力として何を使うかということだと思います。先程も申しましたように、原子力は無くても大丈夫だと思います。ですが、前提として、先程の議論でも欠けていたのが、省エネが必ず必要です。まさに今、省エネをどうするかということが一番重要な議論で、そのための制度設計をどうするかということだと思います。
工藤:EUも使っているストレステストを導入したらいいのではないかという話があるのですが、これを使うことは、安全性を確認するためにどういう意味があるのでしょうか。素朴な質問なのですが、山地先生、どうでしょうか。
ストレステストは安全性確認でどんな意味があるのか
山地:ストレステストも中身は色々です。ヨーロッパでやっているのは、みなさん調べられているとは思いますが、想定される脅威が異なります。つまり、日本だと地震、津波等ですが、ヨーロッパだと洪水とかです。その脅威のシナリオに対して、どういう対応をして、どの程度の耐性があるのか、ということをテストするのがストレステストです。僕も、ストレステストをすることについては賛成で、前から指摘していたのに、何で今ごろになって急に言い出したかということが非常に不思議なところです。明日香さんも言ったように、首相の言ったストレステストの中身がはっきりしないというのはひどい話です。これだけストレステストと言っていたのだから、もっと中身を詰めているのかと思っていたのですが、今頃、ストレステストという言葉だけを持ち出して、地元の人も、ほぼ同意に近い所までいっていたものを止めるということは、非常に理不尽な感じがしますね。
工藤:原発問題を技術的に見ている人たちの安全性に対する考え方には2つあって、こういう被害があったときのマネジメントというか危機対応をちゃんとできるのか、もう一つはこの前はメルトダウンが起こった要因が、津波という話だけだったのですが、震災に対する対応がまだまだ不十分だったのはないかと。その原因はまだわからないではないか、それがわからない状況の中で、安全性ということを言うのは、まだまだ早過ぎるのではないかという議論があるわけですね。
これは耐震対応が十分かという問題であり、その時に、ストレステストという話は今問われている安全性ということと繋がっているのか、という疑問もあります。
明日香:私、東北大学で仙台なのですが、余震というのが大きなリスクとしてあるのですね。
工藤:その時、余震でも外部電源が止まりましたよね。
明日香:そうです。なので、余震が起きる可能性は現実的に感じるのですね。仙台は時々、今でも揺れます。そういう状況で、ストレステストも何も無しに、原子力発電所を稼働するということは、少なくとも仙台にいる人にとっては、非常にリアルに危ないと思います。
工藤:ということは、今の余震対応というのは、ストレステストの中に含まれるということですか。
明日香:色々なテストがあると思うのですが、ストレステストに限らず、余震なり、これから起きる可能性が高い地震に対して、どういう対応をとるのかということは、もうちょっと系統的に政府がテストを実施して、その結果を公表して、それをみんなで議論するというステップは必要かと思います。
工藤:その基準として、そのストレステストということが、この前大変な事件があった中で、再開の基準としては適切だと判断してよろしいのでしょうか。その辺りも、よくわからないところがあるのですが。
松下:本来であれば、福島原発が起こった後に、きちんと安全基準を見直して、その見直しの中の一貫として、非常に危険とされている浜岡原発は停止するとか、それ以外の古い原発は順次ストレステストをするとか、そういうことをきちんと公表した上で、色々な人の意見を集めて、順次やっていけばよかったのですが、その順序が行ったり来たりしたことによって、今度、政府に対する信頼自体が失われてしまったということだと思います。
工藤:政府の中には、定期検査中の原発をなるべく早く再開したいという思いがあるわけですよね。
明日香:だから、そこは政府の中に2つのグループがあって、闘っているというのが現状だと思います。だから、理不尽でも再開するかどうかも、ストレステストが終わったら再開してもいいかということも、まだ決まっていない状況だと思います。もちろん、止めたいという人はいますので、そういう人たちはずっとストレステストの時にも稼働させないで、終わったとしても、もう少し吟味するべきだという議論はこれからもあると思います。そこは、国民が決めることですし、国民感情がその時にどうなっているのかということだと思います。
山地:少なくとも、今回の過酷事故を経て、やらなければいけないことであることは確かなのだけれど、定期検査後の原子力発電所の再稼働の条件とするべきか、ということは、政府がきちんと決めればよかったのですね。そこが曖昧だったことが、みなさん心配されていることだと思います。私は、基本的には専門的知見による評価が大切で、みんなで決めるということには、なかなかいかないと思います。専門性を持つ組織によって、リスク論としてきちんとリスク評価をした上で、安全目標をクリアしているとか、受け入れられるリスクのものは動かすということが基本だと思っています。ただ、それが、みなさんに理解され、安心していただけるかは別の問題で、これは別の視点から対応すべき問題だと思っています。ですが、専門家としてやるべきことは、安全目標、受け入れられるリスクを決めて、この原子炉はそれをクリアするけど、この原子炉はダメだということをはっきりさせるということが大事だと思います。
工藤:なるほど。そういう形を専門家がやって、政府としてはきちんと方針を決めて、やることのほうが大事なわけですね。でも、今、そういう風になっていない状況の中で、ストレステストを入れながら、やるという状況になってきた。一方で、その結果、電力がどうなるのか。だから、話があちらこちらにいっているというか、色々な問題が出てきて、混迷しているという状況です。
それでは、休息を挟んで、もう1回基本に戻って、原発に依存しないエネルギー政策は可能なのかということも含めて、議論したいと思います。