第2部:問われる日本のエスタブリッシュメント
「存在感を失っていない」63%、「失っている」30%
工藤:議論を続けます。この議論の前に、「国際社会の中で日本は、その存在感を失っているのではないかと言われているけど、どうですか」ということを、言論NPO関係者500人くらいに質問してみたのです。まだ今、回答が来ている最中なので、そこから一部取ってきたのですが、意外に「存在感を失っていない」という声が多く、63%です。「存在感を失っている」というのは、30%なのです。3割が「失っている」と。それからもう1つ設問があって、「あなたは30年後の2041年に日本の国際的な存在感・影響力はどうなっていると思いますか」ということで質問してみました。一番多いのが、「中程度の国だが、影響力の非常に強い国」で33.3%です。「経済大国だ」というのが14.8%でした。そして、「中程度の国だが、何の影響力もない国」というのが18.5%なのです。
僕は少し驚いたのは、この認識は私たちが行っている昨年までの世論調査とは異なる、ことです。私たちは日中対話で世論調査を毎年やっているのですが、昨年、一昨年、圧倒的に多かったのは、「中程度の国だが、影響力のない国」というものでした、日本の国民レベルの認識は。なぜ傾向が変わったのか。
気になって理由を見てみると、やはり皆さんが日本の存在感に幻滅しているのは、やはり政治の問題なのです。「なにも意思決定ができない」とか、「世界の中で外交方針が見えない」とか、やはりそういう声が出ていています。
ちょっとだけ紹介すると、「中国に代表される新興国の経済成長によって、相対的に日本が落ちている」とか、「政治家の政権運営のまずさ、発信力の欠如」ということで存在感を失っているように見えるけれども、やはり「日本の経済力は依然強大」だ、と。それから「日本国民の勤勉性もあるので、発信力を高めれば日本の存在感を示すことができるのではないか」と。あとは、「EUその他が苦悩しているという状況の中で、相対的にそういうふうに思い始めた。これをどう思いますか。黒川さんから。
エスタブリッシュメントは頼りにならないことが明らかに
黒川:私は今度の3・11で日本のいろいろなことが衰退していくような気がしています。この20年間GDPが増えていないのは日本だけで、リーマンの後は世界中がファイナンシャル・クライシスになって、エコノミー・グロウス(経済成長)が出てこない。それで、中国とか、BRICsの話があるにしても、例えば3年前、4年前に今の様なアメリカとEUのファイナンシャル・クライシスが来るなんて、だれも思っていなかったと思います。突然こうなったのは一体なぜかというのは、皆考えているとは思うのだけど。ただその時に、今日本が円高になったり、色々なことがあって、それも色々なことを評論家が言っていたのだけれど、実を言うとこの3・11ということで、世界が一気に日本のことをたくさん見たわけでしょう。
その時明らかに見えたのは、まず政府の対応のまずさ。何も決断できない。もう1つは、原発問題というのがあるのに、東京電力が記者会見をしても、言っていることが支離滅裂というか、何を言っているのか分からない、隠しているのではないか。最初の2週間は、テレビに専門家としてインタビューに出てくる人が言っていることは、日本語で言っていても、官房長官の言っている以上のことは出ていない。ということで、日本のエスタブリッシュメント、政治だけではなくて、財界のリーダーと言われる人が、東京電力について何かコメントしましたか。パブリックに向かって言わないでしょう。そういうことを皆見ています。ジャーナリズムが記者クラブだということも皆知っている。そこで学の世界もそうだけれど、皆、エスタブリッシュメントを何か「鉄のトライアングル」のままではないかと思う。
つまり、リーダーとなるようなポストの人が全く頼りないのだということがまず分かってしまった。それから2番目には、「現場の人は素晴らしい」と、そういうことですよ。それで日本の信頼は現場だ、現場は素晴らしいね、と。何の騒動も起こらない、と。すごいじゃないの、それは良いのだけど、全てのヒエラルキーの上の人は全部だめだね、ということがばれたということでしょうね。
工藤:確かにそうですね。「そこはもうどうしようもないな」ということで、そこに期待してもしょうがないから、意外に市民も含めて自分の問題として考えている人が出てきた、とと思います。そういうことに将来の可能性を感じているということはあるかもしれません。松浦さんはどうですか。
忍耐強いだけでなく、行動で指導層を突き上げよ、との指摘も
松浦:今、黒川先生が言われた広い意味でのエスタブリッシュメントのリーダーたちの対応に外国の方々、外国のリーダーのみでなく一般の方が非常にがっかりした。これはその通りだと思う。私もこの3月11日以降、諸外国にずいぶん行きました。そして、いろいろな方とお話ししました。皆さんそこでは異口同音です。ただそこで注意しなければいけないのは、確かに諸外国のマスコミは日本国民、特に被災地の日本国民が非常に秩序正しく対応した、しかも忍耐強く対応したということを褒めてくれています。これは非常にいいことに思うのです。ただ、考えなくてはいけないのは、まさに忍耐強く対応するということは、本来はそういった人たちは、「アラブの春」みたいになれとは言わないけれども、もっと日本のエスタブリッシュメントを突き上げなくてはいけない、と。逆にそれが足りないのではないか、と。ですから、余りにも被災地の方々が秩序正しく忍耐強く対応するから、リーダーたちが安心してしまうわけです。外国からは批判されるけど、国内では批判されない、という格好です。
工藤:僕、青森なのでよくわかります。みんな純粋というか。
外から見た日本のイメージは下降線たどる
松浦:「アラブの春」みたいに、チュニジア、エジプト、ああいうふうに騒ぐ必要があるとは決して思わないけれども、もうちょっとエスタブリッシュメントに対して不満をぶつけていくべきではないかと思います。
そうしないとエスタブリッシュメント側は安心してしまって、しっかりした対応をしないのではないか。こういう不安を私は持ちます。それから、もう1つ申し上げると、このアンケート調査について「存在感を失っているか、いないか」という質問よりも、「日本の存在感が国際的に見て減少しているのか、横ばいなのか、増えているのか」という質問であれば、おそらく減少しているということに異論を唱える人はいないと思います。日本の存在感が失われているというのは、正直に言って、私も言いすぎだと思います。それは、まさに今おっしゃったように、アメリカの一連の危機、EUの一連の危機を見て、それからアラブに火の粉が行っているけど、それでもそういう中で通貨が強くなったのは円だけです。ですから日本は引き続き、政府は大借金だけれども、日本の国としては世界第一の債権大国ですよ。だから、そこで円が強くなっているわけですから、そういう意味で存在感は残念ながら減少している。失っているというのはいくらなんでも言い過ぎだと。ある程度、とり方にもよるのではないかと。
工藤:そうですね。これは設問の失敗があったかもしれません。ではお聞きしますが、 基本的に国際社会から見て、海外に行ったときとか、黒川さんも世界を飛び回っていますけど、日本の顔というか、日本の存在ということが、どんどん小さくなっているなという感じの印象ですか。それとも、まだそれなりですか。
松浦:私の感じは日本の戦後、時間をかけてエスタブリッシュして、一時は「21世紀は日本の世紀だ」といわれて、これはもちろん明らかに間違っていたのだけれども、1回良いイメージができると、結構長続きするのです、幸いに。悪いイメージも、それができると変えるのが大変ですけど。それが続いているけれども、いつまでもそれが続くかといわれれば、疑問があります。いずれにせよ全体として日本は良いイメージがあるけれど、残念ながら下降線であるし、知識階級における日本の評価は残念ながらどんどん下がってきている。ですから、私がイメージしている一般人のイメージは良いけれども下降。それから知識階級の日本を見る目はどんどん厳しくなっている。
工藤:次に、原因なのですけれど、どうしてこういう状況になったと思いますか。また、この状況をどういうふうに私たちは考えなくてはいけませんか。
新卒一括採用や正社員という発想にとらわれている
黒川:それははっきりしているのではないでしょうか。つまり普通の人達は頑張っている。一方で、上に行くほどダメになる。それには理由があるわけで、元々皆頑張る人だったわけですが、エリートになっている人は、今でもそれが続いているのが不思議だけど、大学新卒一括採用でしょう。横に動かないわけでしょう。三菱に入ったら三菱。それで、年功序列、終身雇用だと思っている。そんなことはあり得ないのだけど。だから、そういうメンタリティできていると、中間くらいのポスト、課長から上に行くには、上の人のいうことを聞く。そういう人たちがたまたま上がってきて、それが先に言ったグローバリゼーション、91年に冷戦が終わって、インターネットがつながり始めた後に変われないできたわけでしょう。唯一大きく変わったのは、銀行だけですから。そこでガーンとなったから、皆ショックを受けてしまって、今の40代から50代の人はぐんと身がすくんでいるからでしょう。
工藤:ただ、会社に永久就職というよりも、自分のことで社会のために生きたいとかいう人は結構多い。そうなのだけど、最近また就職が難しいから、多くの若者が正社員をめざすようになっていますね。
黒川:正社員なんて言葉自身が大体ないのです。ふつうはフルタイムかパートタイムです。だけど、正社員や非正規雇用なんてあること自体が戦後の高度成長で作ってきた法律で、それが本当だと思っているから変なのです。
工藤:今の政権はそういう正社員化にこだわっていますが。。
自らの弱さを認識することがすごく大事
黒川:今の政権というか、メディアも含めたエスタブリッシュメントはそういうのを常識だと思っているからおかしいわけです。今度のことでもう1つ見えたのは、「現場の強さ」と、私企業のいろいろなところのサプライチェーンがものすごく頑張ったことです。例えば、ローソンもものすごく頑張ったし、イトーヨーカ堂もそうだけれど、色々な企業がそれなりにすごく頑張りましたよ。だけど、頑張ったところはものすごく皆を感動させて、「これで日本のサプライチェーンは良いのだ」とか言い出したけれど、弱さを認識することはすごく大事なのです。
エスタブリッシュメントのオーガニゼーションでは、皆、強さは言うけれど、「私たちはこれが弱いね」、例えば、「インディペンデントで、海外でキャリアを積んだことがないのだから、よくわからないな」という話を認識すると、初めて、そこで自分がどうやったらいいのかということが分かってくる。だけど、オリンパスみたいなことが起こると、「やっぱりそうだったのか」と皆思うわけではないですか。そういうところが日本の一番問題なのです。
工藤:松浦さん、この前もここに来た方が、日本企業のトップだったのですけど、辞めてイギリスのクリントン財団というNPOに再就職したのです。そうしたら、そこに世界の何千人の優秀な若者が、アフリカの医療支援の設計をしたいとかいうことで、若者も含めて給与が安くても働いて、エリートが社会のために動いている。そういう変化が世界で起きている。その裏側には、統治とか、さまざまなエスタブリッシュメントに対する不信の構造がある、と。それは日本も同じですよね。日本の若い人も含めて、日本にはそういう変化は感じませんでしたか。
国内にいると、居心地がいい日本
松浦:今度15年半ぶりに帰ってきて、まだ2年経ちませんけど、外から見ていると、日本は本当に問題を抱えて大変だ、と。少子化、高齢化、人口減少をはじめとして社会福祉システム機能、政府の赤字は否応なしに増えていっている、と。これに加えて大震災。ところが、帰ってきて生活してみると、居心地がいいのです。15年半前に比べるとマクロの数字は横ばいだけれども、生活の中身は良くなっている。だから日本の人たちが内向きになるというのは、この2年近く生活してみてわかるのです。つまり、私どもが、例えば1950年代に戦後、日本は貧しいし、これからこの日本を良くしなくてはいけないのだという、日本全体を良くする、それが1人ひとりの生活を良くする、そのためには皆が一生懸命働かなくてはいけないのだという危機意識を持っていました。それから、1970年代は石油危機が2回あって、ニクソンショックも2回あり、円高もあり、これを乗り越えるためにみんなが動いていました。しかし、今は、今のままで居心地が良いから、今さら身を粉にして働いて、さらに言えば家庭生活を犠牲にして働こうという気持ちを若い人がもう持たないというのは、分からないでもないですけど、皆がもっと日本の将来について危機意識を持って、世界全体のことももちろん考えてほしいのだけど...。
工藤:だって、危機ですよ。大変ですよ、本当は。
松浦:これを何とかしないといけないのだということを真剣に考えてほしいと思うのです。
工藤:今の松浦さんが言われていることは、かなり当たっているところがあるのだけど、日本は未来に向かっているようには見えませんよね。この国をどうするか、と。そこの問題が非常に見えない状況が続いている。
松浦:そこはさっき東北の大震災に被災地の方が忍耐強い対応、と申し上げました。それ自体は結構だけれども、余りにも日本人は今も結構生活しやすいし、忍耐強いものだから、数字では色々と言われているけれど、今の少子化とか、高齢化とかの問題は、まだ目に見えないです。
工藤:確かに忍耐強いのですけど、しかしお年寄りを含めて確かに復旧・復興が遅れたために、亡くなられた方が結構いらっしゃいますよね。それをかなり深刻に考える風潮もない。
自然災害への危機意識が足りない日本国民
松浦:私は今度の東日本大震災みたいに、もちろん原発は重要ですけど、原発では1人も死んでいないのですが、津波では2万人死んでいるのです。1万5000人なくなって、5000人行方不明ですから、残念ながら全体で2万人。それから、津波対策を今一生懸命やっていますけれど、私はもっと広く震災対策、原発対策もしっかりやってほしいけども、他のところでもこれから起こると言われているのだから、津波対策、地震対策をやる。そういうことで動いていますから良いのですけれど、もっと日本国民が危機意識を持つ。原発は危機意識を、マスコミも、各界も私も持っていますから良いのですけど、どうもこの自然災害に対する危機意識が、2万人も死者・行方不明がいる割には、少し足りないのではないかと思います。
工藤:分かりました。少しまた休息を挟んで、最後のセッションに行きたいと思います。