言論NPOは7月27日、防衛省が陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の計画を撤回したのを受け、「イージス・アショア配備計画の断念を改めて総括する」と題してWeb座談会を開きました。
議論には、衆議院議員で元防衛庁長官の中谷元氏、元自衛艦隊司令官の香田洋二氏、日経新聞コメンテーターで、日米関係を研究している秋田浩之氏の三氏に議論をお願いし、司会は言論NPO代表の工藤泰志が務めました。
6月17日、河野防衛相が「イージス・アショア」の配備計画の停止を発表し、政府はその一週間後、この計画を断念しました。直接の理由は迎撃ミサイルを打ち上げた際に切り離すブースター(推進装置)を、自衛隊の演習場内や海上に確実に落とせないことがわかり、改修に相当の費用と期間がかかるため、というものでした。
3氏ともこの計画が、北朝鮮から飛来するミサイルに対して、我が国のミサイル防衛の根幹をなすものとして膨大な資金を投入して投入されたにもかかわらず、検証や次の防衛システムへの準備もなく、大臣の行動だけで国家的な大プロジェクトが中止になったことを問題視しており、こうした日本政府の行動を不意打ちと感じている米国関係者は多く、日本は、アメリカ人が理解できない理由で共同作戦を突然やめるかもしれないという一つの実例を作ってしまった、との意見も出されました。
また、イージス・アショアを構成するレーダー設備等が米国の採用するものとも異なり、まだカタログ段階の未開発のものを日本が特注したという装備導入過程の不透明さも指摘され、この状況をしっかり総括しない限り、国民の理解を得ることは難しい、との厳しい意見が相次ぎました。その上で、計画は断念ではなく凍結し、将来のミサイル脅威に関して原点に戻って考え、最適なシステム選び直すことが優先であり、そのためにも、防衛省は今までのしがらみ、メンツを捨てて、より柔軟に対応していくべき、との声もありました。
イージス・アショア断念の理由はブースターの問題だけなのか
工藤:
まず、議論の冒頭、工藤から、科学的知見に基づく検証もなく、思いつきで様々な政策が動き、膨大な血税がそれに使われていく、そして、それに対して誰も責任を取ることもなく、言葉だけで幕引きしてしまう状況に危惧が示され、今回のイージス・アショアの件も含めて、日本の統治の在り方を、きちんと考えていくべき時期ではないか、との問題提起がなされました。その上で、今回、イージス・アショア導入を断念した理由について、「本当にブースターの問題だけなのか」と問いかけました。
元自衛官の香田氏は、地元に対する説明不足を一つの要因として挙げた上で、国民を守る自衛隊を統括する防衛省として、国民に対して嘘をついたということは大きな失敗だったと断じ、元自衛官として非常に残念だ、との心情を吐露しました。続けて香田氏は、防衛省が、現物がなく、カタログでしか存在しないSPY-7、管制システムのベースライン9相当、そしてSM-3 BLM-2Aを選定した理由として、性能は従来のイージス・アショアとほぼ同等で、後方支援などの面を総合的に判断すると、アメリカの新たな提案であるSPY-7の方が優れるという漠然とした理由だったと指摘。当時から、防衛に携わったOBや、軍事を専門に研究されている人たちが、「もう少し詳しい説明が必要だ」ということを、いろんな機会にメディアを通じて防衛省に要求したものの、明確に答えるだけの根拠をもった説明はなされなかったと語りました。
香田氏の意見に対して中谷氏も、衆議院の委員会で防衛省に質問したものの、イージス・アショアの導入は機密事項で明確は説明はなされず、安全性や運用についても現物が出来ていない段階で、十分説明ができる状況ではなかったと当時を振り返りました。
さらに中谷氏は、内局がイージス・アショアの候補地を決めるときに、グーグル・アースを使って調べていた等の実態があったことを指摘し、現場と離れた内局の人たちが計画を立案するのではなく、現場が計画して上に提案していくようなことが基本で、場所についても、もっと緻密に計画を立てて、住宅地の上を飛ばないような場所がないか、検証しないといけなかったと語りました。
問題を報道する側の秋田氏も、契約されたイージス・アショアは本当に良いハードウエアだったのか、導入や維持費に5000億円近くかかり、さらに費用の増額が予想される装備自体の選定と、そのプロセスの透明性の問題と、地元への説明不足を挙げました。後者については、新しいシステムの導入にあたり、防衛ミサイルを使用し迎撃すれば、ブースターの落下や、放射能の飛散や破片が落ちてくると、批判があるにもかかわらず、その危険性を含めて説明しないと、国民の理解をえることは難しいと指摘しました。
国民の疑問に答えていけるようなシビリアン・コントロールに
しかし、秋田氏は、今回の顛末は、長い目で見ると良かったのではないか、と語ります。その理由として政軍関係、シビリアンと制服組が連帯して、武器、兵器を調達し、どこで何をやるか作戦を練っていくということが重要であるにも関わらず、これまで、内局と制服組が緻密にすり合わせて議論する態勢の必要性もなかったし、そういうことに慣れていなかったことが、今回の背景の1つの要因となった指摘しました。一方で、「世論も慣れなければいけない」と述べ、ミサイルが命中しても、その破片やブースターが落ちてくるかもしれないし、撃ちもらしもあることを、ある程度、国民も理解していかなければいけない。そこでパニックになるのではなく、次善策も議論していく、といった世論の側の安全保障に対するリアリズムも必要だと語りました。
中谷氏も続けて、ブースターが落ちるかどうか、河野大臣が米側に問い合わせて、「ブースターの落下を防ぐには2000億円かかる」、「あと10年かかる」と言われて断念したという話だが、大臣がそう判断する前に、制服組の各幕僚監部の担当者が「これはこういう性能、能力がある」と把握しながら国民の疑問に答えていくことこそ、シビリアン・コントロール、軍政と軍令の関係だと強調しました。
防衛省はしがらみやメンツを捨て、最適なシステムを選びなおすことが重要
では今後の問題として、ミサイル防衛でイージス・アショアは必要なのか、今後のミサイル防衛をどのように組み立てていけばいか、工藤が問います。
中谷氏は、時代はイージス・アショアを超越しており、防衛大綱には多次元統合防衛力構想が盛り込まれており、弾道ミサイルだけでなく、極超音速滑空弾とか、巡航ミサイルとか空対空ミサイルなど、全てをトータルに組み合わせて守るIAMD(統合防空ミサイル防衛)を中心にミサイル防衛していく必要があると指摘。現在、アメリカが、SPY-6で、将来型の、対INF(中距離核戦力)を含めた防空を研究しており、自衛隊もこれに合わせていくことが必要だ、と語りました。
香田氏は中谷氏の見解に同意した上で、「ここは計画を凍結し、もう一度、将来の脅威に対してどうするのか元に戻って考える局面」と指摘し、「もう一度最適なシステムを選び直すということが、おそらく日本の国民の税金を一番効果的に使って、我が国の防衛の効率を上げる方法として重要だ」と語り、防衛省は今までのしがらみや、メンツを捨てて、より柔軟に対応していくことが必要だと強調しました。そして、「ミサイル防衛が最後はゴールキーパーとして日本を守る」ということを具現していくことが、政府の責任だと指摘しました。
秋田氏は将来のミサイル防衛について、中谷氏や香田氏の指摘したように、よりよいものを導入する議論は必要であるとしながらも、ミサイル防衛の限界や、これから安全保障環境が厳しくなる中で、ミサイル防衛だけでは足りない部分を議論していくこと重要だ、と強調しました。これに対して中谷氏は、「ミサイルを撃たせない抑止力は、日本は100%、米国に依存しているが、日本も抑止力を持てるようにする、相手にミサイルを撃たせないようにする議論が必要」と、秋田氏と同様の意見を口にするのでした。
イージス・アショア停止が不意打ちだった米国には、
しっかりとした説明を果たすことで、日米間の隙間風を吹かさないことが重要
さらに秋田氏は、ワシントンのシンクタンク関係者から、「日本はイージス・アショアを停止したそうだが、日本はミサイル防衛を止めて、先制攻撃も含めて検討するのか」と問いかけられたことを挙げ、今回の停止話が、米国に対して日本の真意がうまく伝わっておらず、最低限、事前にアメリカに説明して、不意打ちではないようにしておくということは重要だ、と政府の説明不足を指摘し、今回の発表の仕方に疑問を呈しました。
この意見に香田氏も同調し、今回の計画の中止、その後の国家安全保障会議での決定、そして敵基地攻撃能力の論議も含め、アメリカの対日専門家に、「日本が大きく舵を切った」という極めて大きな誤解を与えてしまったことは、政府の発信が間違っていたと強調しました。その上で、今後、日本がどうしていくのか、ということについての戦略的な発信を、しっかりとプランを立てて政府が取り組んでいかないと、日米間に隙間風が相当吹くような恐れを持っているとの危惧を示しました。また、香田氏は、「敵基地反撃能力」について、優先度としては、当面の迎撃能力をまず持つこと、そして、他の装備も充実させつつ、攻撃能力については次の課題として具現化を図っていく。それと同時に、日米安保としての機能分担をどう見直していくか、という検討もやっていくことが重要であり、単に机上の論理だけで敵基地攻撃を議論し、これが今日、明日の政策だ、ということでは進んでほしくない、と語りました。
世界が大きな変動に直面する中、日本はどのような防衛力を持つべきか、
国民的議論も踏まえ、日本としての意思を固める段階に
最後に工藤は、今回のイージス・アショアの断念が国民に提起した問題とは何だったのか、と問いかけました。
秋田氏は、70年以上にわたり日本は戦争がなかったということを、これからも享受していくべきだとしながらも、2017年の北朝鮮危機のような「準戦時」のときに、自衛隊と防衛省のシビリアンとが迅速に話し合って、最新の機種を選んで、迅速にアメリカとも相談して、最終的には首相関係が決定を下すという、いわば危機時の対応を国民も含めて考えていくことが重要だと強調。さらに、自身が属するマスコミも、単なる基地問題とか機種の問題にとどまらず、今回の問題を噛み砕いてわかりやすく、解説していくことが必要だと語りました。
香田氏は、政策事項について、なぜそうなったのか、ということを国民に説明するための情報、数学的なシミュレーションも含めて、その結果を国民に出せるところは開示していくことが重要だと指摘しました。
中谷氏は、アメリカからすると「日本自身がどう対処するか」ということを求められる時期だからこそ、改めて真摯に検討し、「日本のできるところはここまでだ」という方針を踏まえてやっていくことが、時代の流れに乗っていくということにつながる、と語りました。
議論を終えて、司会の工藤は、米中対立など、世界が大きな岐路に立つ中で、日本の官僚システムや政府の仕組みの力を発揮できていないのではないか、といった疑問があると説明。その上で、こうした危機の状況の中で、それが発揮できるような体制をつくっていくためには、民間側からその議論を仕掛けるべきであり、そうした議論を言論NPOとしては引き続き取り組んでいきたい、と今後の抱負を述べ議論を締めくくりました。
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