国際課題勉強会「グローバルエネルギー危機と脱炭素:勝者と敗者は誰か?」報告

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 言論NPOは5月8日、国際課題勉強会「グローバルエネルギー危機と脱炭素:勝者と敗者は誰か?」を開催しました。この勉強会は、世界やアジアの課題について考えるためのメンバー・支援企業限定のイベントで、今回は田中伸男氏(元国際エネルギー機関(IEA)事務局長)を講師にお招きしました。

IMG_0493.jpg 田中氏はまず、エネルギーを取り巻く世界の現状について講演。これまでにも石油危機などは何度かあったものの、ロシアのウクライナ侵攻によって「世界は初めて、石油、天然ガス、石炭といったすべてのグローバルなエネルギーの危機に直面している」との認識を示しました。

 同時に、IEAが発表した「2050年ネットゼロのロードマップ」が、そのレポートの中で「油田やガス田の新規開発をすべきではない」と強調していることから、世界の産油国、石油企業の間で「石油ショック」ならぬ「IEAショック」を引き起こしたと指摘。ロシアのプーチン大統領はこのIEAショックを受けて、「石油やガスの需要がピークアウトして収入が減少する前に早期のウクライナ侵攻を図ったようにも見える」とも語りました。

 田中氏はこうした現状を踏まえた上で、グローバルエネルギー危機における各国の"勝敗"について予想。最大の敗者はロシアであり、「危機に対して全く準備ができていない。制裁で西側の技術は入らず、民間投資は逃げ出している。戦費は増大し、若手人材も流出しており危機に対応する力を喪失しつつある」と評しました。

 一方、最大の勝者は米国であると指摘。シェール革命により液化天然ガス(LNG)の輸出を大きく伸ばしており、2023年には初めて世界首位に立つなど、現状一人勝ちであるとしました。今後についても、2022年夏にバイデン政権が制定したインフレ抑制法(IRA)において、二酸化炭素回収・貯留(CCS)や水素エネルギーに関する大規模な税額控除制度を創設するなどクリーンエネルギーへの投資を急速に拡大させており、ありとあらゆる産業政策の総動員をしている米国が勝者である構図は続くと予想しました。

 こうした「グリーンに関しては産業政策をいくらやってもかまわない」といった風潮はEUや中国でも同様であると指摘。特に中国は「クリーンサプライチェーンを押さえて再生可能エネルギーのスーパーパワーになろうとしている」とその政策意図を読み解きました。

 一方、サウジアラビアなどの従来の資源大国は、水素、アンモニアに切り替えることによって資源の座礁資産化を防ぐことが生き残りのカギになるとしました。

 そして、日本については、「勝者になるためには原子力とクリーン水素が必須」と発言。原子力では原発再稼働を進めるべきとしつつ、現在の主流である大型軽水炉は事故時のリスクが高く、持続可能性もないと指摘。新増設をする場合には炉を小型にして、事故が起きてもその影響する範囲を狭めるとともに受動的安全性のある小型モジュール炉(SMR)に絞るべきと主張。また、核のゴミについては、安全なゴミ焼却炉としての金属燃料小型高速炉を活用すべきとしました。一方、水素については、水素サプライチェーン構築について提言。世界に先駆けて国際間水素サプライチェーン実証事業に本格着手している日本こそが先頭に立つべきと語りました。

 田中氏は、こうした勝敗争いは国だけでなく企業間でもあるとしつつ、その代表例としてAppleの取り組みを紹介。サプライヤーと協力してApple関連製品製造の2030年までの脱炭素化を加速し、世界中でクリーンエネルギーおよび気候変動ソリューションへの投資を拡大していると解説しつつ、こうした脱炭素の流れの中で競争力を強化していける企業が今後の勝者になるとしました。

 さらに、クリーン水素の中の液化水素、MCH(メチルシクロヘキサン)、アンモニアなどによる主導権争いなどにも言及しつつ、今後のエネルギーをめぐる展望について語りました。


 他にも、最先端エネルギー技術の動向や政策解説、日米韓による北朝鮮への核問題への対応、核兵器禁止条約と核不拡散、米大統領選でトランプ氏が勝利した場合への対応など、講演内容は多岐に渡り、その後の参加者との質疑応答も活発に行われました。

 国際課題勉強会は、今後も月一回程度の開催を予定しています。勉強会の様子については言論NPOホームページで随時ご報告いたします。是非ご覧ください。