【ご報道のお願い】
2019年における国際協力進展の総合評価はD(やや後退した)
~言論NPOは日本のシンクタンクとして初めて、昨年1年間の地球規模課題の進展を評価し、 今日、世界に公表しました~

2020年1月30日

 非営利シンクタンク言論NPO(東京都中央区、代表:工藤泰志)は、1月30日(木)、2020年版の「地球規模課題への国際協力の評価」を発表しました。これは、気候変動、サイバー、通商、核軍縮など世界的な課題10分野に対する2019年の国際協力の進展への評価や、2020年におけるそれぞれの課題の重要度、解決に向けた見通しを明らかにするものです。


―大国間競争や地政学的対立が世界の分断の危険を高め、多くの世界的課題解決の障害に―

 その結果、2019年の地球規模課題10分野への国際協力の総合評価は、5段階評価で上から4番目のD(やや後退した)となり、前年2018年に言論NPOが評価した「C(変わらない)」から悪化しました。
この要因としては、米中対立を中心に激化する大国間競争や、自国第一主義に伴う保護主義の動き、地政学的な対立が、多国間の取り組みの障害になっているどころか、世界の分断の危険性を高め、世界課題の解決を難しいものにしていることが挙げられます。これは国際貿易面だけではなく、サイバーガバナンス、核不拡散、国際開発など様々な分野の評価で減点要因になっています。

 言論NPOは、ルールに基づく世界の自由秩序や多国間主義の維持・発展に日本外交がリーダーシップを発揮するため、日本自身として世界の課題解決に対する主張を発信すると同時に、日本の社会にも、世界の課題を多くの人が考える舞台をつくることを目指しています。

 「地球規模課題10分野への国際協力評価」は、2015年より米外交問題評議会(CFR)や英チャタムハウスをはじめとした世界25ヵ国のトップシンクタンクネットワーク「カウンシル・オブ・カウンシルズ(CoC)」が行っているもので、言論NPOは日本を代表し、この作業に参加してきました。言論NPOが実施した評価・見解は、外交問題評議会のホームページに毎年取り上げられ、国際課題に対する日本の意見が注目されてきました。

 言論NPOはこの実績を踏まえ、2020年より、まず日本として独自で評価を行い、世界に発表することにしました。日本のシンクタンクが地球規模課題に対する国際協力の進展を評価し、世界に発信するのは初めてのことになります。

 評価結果は、主に、①日本国内の約40名の専門家や政府関係者との会議、並びに、②言論NPOに参加する有識者2,000氏へのアンケート結果(回答者:307名)を基に決定されました。
 評価の詳細は、1月30日13時45分より、言論NPOウェブサイトで公開いたします。
 報道関係者の皆様には、この取り組みをぜひご報道いただきたく、お願い申し上げます。また、代表・工藤への個別取材も承っております。

2019年における進展
総合評価
(参照)有識者 
アンケート結果
B 一程度前進した
B
C 変わらない
C
C 変わらない
D
C 変わらない
C
D やや後退した
C
D やや後退した
D
D やや後退した
D
D やや後退した
D
D やや後退した
C
D やや後退した
D

 地球規模課題10分野に対する2019年の国際協力の進展は、最も評価が高い「グローバルヘルスの促進」でも「B(一定程度前進した)」にとどまり、「A(大きく前進した)」はありませんでした。一方、米中対立が色濃く出た「国際貿易」や「国際経済システム」、また北朝鮮の非核化交渉の停滞や、イランによる核合意での履行義務の段階的停止があった「核拡散防止」など、D(やや後退した)が10分野中6分野に上りました

 米中対立などの地政学的な対立が地球規模課題への国際社会の取り組みに大きな影響を与えた2019年にあって、グローバルヘルスや気候変動は、国境を越えて多くの人々が直接利害に関係する課題であり、こうした問題の解決に向けた国際的な動きがどう機能したか、という視点からの評価が可能な数少ない分野でした。国境を越え多くの人が利害を共有し、国際的な課題の解決に向けた国際社会の取り組みが、地政学的な対立を乗り越えることを私たちは強く期待しますが、現状ではまだそうした共通の危機感が、対立を乗り越えるほど広がっているわけではありません。そのため、2019年の地球規模課題10分野への国際協力の評価は、言論NPOが過去5年間にわたって行った評価結果(B~C)と比較しても非常に厳しいものとなり、地球規模課題への国際協力は後退したという評価を行うことになりました。


2020年の最優先課題は「核拡散抑止」次いで「気候変動」

2020年における優先度
優先度の高さ
(参照)有識者 
アンケート結果
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10
10

 一方、地球規模課題10分野の中で、2020年において最も優先されるべき課題は「核拡散防止」となり、これに近年世界中で異常気象が多発し脅威が増している「気候変動」問題が続きました。

 また、2019年により激化した米中対立を受けて、「国際経済システム」や「国際貿易」の優先度も増しています。

 さらに、2020年1月の1か月間で一気に中国・武漢から広がった新型肺炎の脅威から、「グローバルヘルス」の分野の優先度も上昇しました。


2020年に「前進」が予想される分野はゼロ

 また、2020年に解決に向かう可能性について、「前進する」あるいは「一定程度前進する」と評価された分野は、10分野中ゼロとなりました。地政学的対立が影響する通商や核拡散防止など分野は引き続き評価が低くなっています。その他の分野は、一部の進展が見込まれるものの、多国間で合意を作り、実行・継続することが難しい面が多いため、「現状のまま変わらない」との評価になりました。

 気候変動の分野は、異常気象の拡大や平均気温上昇など状況の急速な悪化に対し国連方式の全会一致の意思統一が時間的に間に合わず、たとえ温室効果ガスの対策が進んだとしてもゴールがさらに遠のくという問題が起こり、前進する見通しが下がっています。

2020年において進展する可能性
総合評価
(参照)有識者 
アンケート結果
C 現状のまま変わらない
B
C 現状のまま変わらない
B
C 現状のまま変わらない
B
C 現状のまま変わらない
B
C 現状のまま変わらない
B
C 現状のまま変わらない
C
C 現状のまま変わらない
C
C 現状のまま変わらない
C
D 後退する
C-
D 後退する
C





評価方法について

 言論NPOは、2020年1月11~19日に、言論NPOの活動に参加する全国の有識者2,000人を対象にアンケートを実施し(回答者数:307人)、世界的課題10分野の「2019年における進展」と「2020年に解決に向かう可能性」をそれぞれ5段階評価してもらいました。
 このアンケート結果を基に、アンケートの前後に行った専門家・政府関係者約40氏との議論や、直近の情勢変化も加味し、言論NPOとしての評価を決定しました。

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【評価にご協力いただいた専門家の皆様(順不同、敬称略)】
川口貴久(東京海上日動)、小宮山功一朗(JPCERT)、原田有(防衛研究所)、戸崎洋史(日本国際問題研究所)、増田雅之(防衛研究所)、宮坂直史(防衛大学校)、菅原淳一(みずほ総合研究所)、河合正弘(東京大学公共政策大学院)、中川淳司(中央学院大学)、細川昌彦(中部大学)、神保謙(慶應義塾大学総合政策学部)、志賀裕朗(JICA研究所)、内野逸勢(株式会社大和総研)、押谷仁(東北大学)、伊藤融(防衛大学校)、下斗米伸夫(法政大学)、江守正多(国立環境研究所)、亀山康子(国立環境研究所)、藤野純一(地球環境戦略研究機関)など約40氏


地球規模課題に対する言論NPOの取り組み

 言論NPOは、2012年より米国の外交問題評議会が主催する世界25ヵ国の主要シンクタンクによる国際会議「カウンシル・オブ・カウンシルズ(CoC)」に日本から唯一の常設メンバーとして参加し、日本の主張を継続的に発信しています。その中で痛感しているのは、ルールに基づく世界の自由秩序を維持・発展させるために日本への期待が高まっている一方、世界の課題解決に対する日本の発信力は弱いものにとどまっており、同時に、自身の専門領域を超えて世界の様々な課題領域を横断的に捉え、主張を形成できる専門家や実務者が、日本には極めて少ないということです。

 そこで、言論NPOは、2016年に国内の専門家・経済人・ジャーナリスト等でつくるワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)を立ち上げました。WACでは、各分野に点在する専門家を横断的につなぎ、政府の国際交渉担当者を招いた定期的な意見交換や、最新の重要テーマにおける公開座談会を継続的に実施しています。これにより、日本国内において世界の課題に挑むオピニオンの形成や、その発信を通し、多くの人が世界の課題を考える舞台づくりに努めています。

 また、2017年には、自由と民主主義の価値を共有するG7にインド、ブラジル等を加えた10ヵ国の有力シンクタンクトップが毎年東京に集まる「東京会議」を発足し、国際秩序と多国間主義の未来をG7議長国と日本政府に提案する仕組みをつくり上げました。
 今年2月29日(土)~3月1日(日)に開催する「東京会議2020」には、こうした10ヵ国のシンクタンクトップに加え、ドイツのヴルフ元大統領やフランスのヴェドリーヌ元外相ら言論NPOの取り組みに賛同する各国の首脳・閣僚経験者が、言論NPOの呼びかけに応じて東京に集まり、世界経済を分断させず、自由や多国間協力の規範のもとで米中が共存する国際秩序の在り方をどう描くのかで議論を行います。

 今回発表した「地球規模課題への国際協力の評価2020」の内容は、この「東京会議2020」の議論にも反映されることとなります。


【言論NPOとは】
 言論NPOは、「健全な社会には、当事者意識を持った議論や、未来に向かう真剣な議論の舞台が必要」との思いから、2001年に設立された、独立、中立、非営利のネットワーク型シンクタンクです。世界的課題を巡る取り組みのほか、国内では毎年政権の実績評価の実施や選挙時の主要政党の公約評価、日本やアジアの民主主義のあり方を考える議論や、北東アジアの平和構築に向けた民間対話などに取り組んでいます。


国際的暴力紛争の防止と対応

2019年評価】C(変わらない)

2019年の評価にあたって、言論NPOが対象としたのは、「ウクライナ」、「南シナ海」、「東シナ海」、「カシミール」の4つの問題である。このうち、和平に向けた合意がなされ、ゼレンスキー、プーチン両首脳が初会談を行ったウクライナ問題に関しては、「一定程度前進した」と評価したが、中国の活発な活動が続いている南シナ海、東シナ海に関しては、昨年から悪い状態のまま「変わらない」と判断した。一方、カシミールについては、インド軍機が48年ぶりにパキスタン領内に侵入して空爆をするなど緊張が高まっており、「やや後退している」と判断した。
以上のことから、2019年全体の評価は「C(変わらない)」とした。

【2020年進展に対する期待】C(変わらない)

 2020年における期待に関しては、ウクライナでは、和平プロセスを進める上での課題はまだまだ多く、現状から後退はしないとしても進展も見込めないため「変わらない」と判断した。南シナ海、東シナ海でも、情勢悪化はしないとみられるが、中国の行動も大きくは変わらないことが予想され、「変わらない」とした。一方、カシミールでは、パキスタン側からのテロと、それに対するインドの反撃が、それぞれ昨年よりも大規模化する懸念があり、対立解消の目途も立たないため「やや後退する」と判断した。
以上のことから、全体的な2020年の進展に対する期待は「C(変わらない)」とした。


国際貿易の拡大

【2019年評価】D(やや後退した)

米中貿易対立や米EUなどの対立の先行きが見通せない中、世界の物品貿易量の伸び率は減少しており、今後も低下する恐れがある。また、WTOの上級委員会の機能は実質的に停止しておりWTO体制自体が危機に直面しており、世界の自由化を支える仕組みは大きく後退した。一方、CPTTPや日EUのEPA、またRCEPが大筋合意する等、地域メガFTAは進んだものの、国際貿易の拡大という点では後退していると判断した。

【2020年進展に対する期待】D(やや後退する)

20年1月14日に日米欧の三極貿易担当相が通商のルールや世界経済を歪める産業補助金の規制強化などを柱としたWTOの新ルールに関する素案を発表したものの、中国を含めた合意は極めて難しく、紛争処理についても6月のWTO閣僚会議での合意は困難と考える。経済における自由主義や多国間主義を守ろうとする意識は多くの国が共有しているが、G7やG20においても合意を作ること自体が難しくなっており、アメリカ大統領選を控えた今年は、大統領選挙の行く末を見守る状態となっており、少なくとも2019年に後退した局面が改善されるきっかけにはならない。


国際テロ対策

【2019年評価】C(変わらない)

 2018年現在、全世界でのテロの件数は9,607件、死者数は22,987人を超え、1万件前後で高止まりしているのが現状。テロリストの「主体」という視点で見ると、現在の大きなテロを起こす主体は組織に属さず一人で長い期間準備をして大事件を起こす初犯の「ローンウルフ」が大半。インターネットやSNSを使い、多数の見ず知らずの人と情報交換や交流ができるため、過激化するのを防ぐための有力な対抗策は現時点では存在しない。さらに安保理決議などによって国際社会全体でテロ組織に対する資産凍結などの資金対策、テロリスト等の犯罪者情報の提供・交換、主入国管理体制の強化などの対策は行われてきており、テロ対策はある程度進展しているものの、まだ十分とはいえない。


【2020年進展に対する期待】C(変わらない)

 ISILの解体後、イスラム過激派は各国、地域に分散してテロの端緒が把握しにくくなっている。現在のテロ対策は、手法や武器を規制する対処療法に移ってきている。各国の捜査機関や諜報機関の間でテロリストの情報は共有されていたものの、一般人の中からもそうしたテロ行為を行う人たちが出る危険性がこれまで以上に高くなってきている。個人情報や自由を制限し、監視をどこまで行うか、という問題について議論し、社会としての合意を行う段階にきていると考えるが、そうした議論は先送りされており、2020年に踏み込んだ取り組みがなされることは期待できない。


グローバルヘルスの促進

【2019年評価】B(一定程度前進した)

 2019年、グローバルヘルス分野で最も重要な世界的な課題は、コンゴ民主共和国で発生したエボラ出血熱への対応であったが、前回2014年前後の西アフリカでの発生時の対応とは異なる判断をしている。まず、WHOの対応の問題である。2017年よりテドロス新事務局長新体制の下、WHOが緊急時に迅速に対応できる体制と資金を拡充し、緊急時のレスポンスの強化を図ってきた。そのため、現在何とか感染の広がりは抑えており、この点は前進と判断できる。一方で、コンゴ民主共和国含め紛争地や国家ガバナンスが欠如している脆弱国家での感染症への対応という面では引き続き課題が残る。

 2019年により深刻度が増したのは、非感染症疾患(NCD)の問題、耐性菌の問題、また近年より悪化する気候変動や異常気象を起因とする様々な感染症や慢性疾患などである。
これらの問題を含めるとグローバルヘルス分野での地球規模の課題はむしろ広がっており、大幅に資金や人的リソースが不足している。今後、WHO自身がどの問題により焦点を当てるのか、そのためにどう他の国際機関や民間組織と連携するべきか検討が必要である。そのため、最終的に「一程度前進した」と判断した。

【2020年進展に対する期待】C(変わらない)

 2019年末から大きな問題となっているのは、中国で発生した新型肺炎である。すでに感染者数は中国本土だけでも6千人近くになり、海外への感染も確認されている。1月23日にWHOは「緊急事態宣言」の発表を見送ったが、同日武漢市の空港・駅が閉鎖され、中国内外へも感染が広がっている。この対応が正しかったかは今後判断が必要となる。

 もう一つ課題は、WHOが中心となってIHR(国際保健規則)の履行を推進する体制が強化できるかである。WHO加盟国にはIHRにおいて緊急事態発生時の対応能力やサーベイランス等について最低限の能力整備が求められているが、この進捗についての外部評価を先の脆弱国家だけではなく、中国やロシアなども受け入れていない。IHRの徹底が求められてはいるが、実際に改善できるかは現時点で判断できず、2020年の評価は、「変わらない」となった。


サイバーガバナンスの管理

【2019年評価】C(変わらない)

 国連でのサイバーセキュリティと規範に関する合意は2015年に行われ報告書が提出された。しかし、17年に開かれたGGEでは何ら進展がなかったものの、19年12月にGGEが21年の国連総会に報告書を提出することを目指し、議論が開始されたことは評価できる。さらに、国連の全加盟国や民間企業も参加できる国連オープン・エンド作業部会(Open-ended Working Group (OEWG))が行われ20年の国連総会において報告書を提出することになっており、国連を舞台にサイバー空間における規範についての議論が2つの軸で動き始めた。

 こうした議論が動き始めたことは積極的に評価できるものの、日米欧と中露の間には大きな隔たりがあり、合意に至るかは現段階では展望が見られないため、今回のサイバーガバナンスの管理という点では、変わらないと判断した。

【2020年進展に対する期待】C(変わらない)

 2020年は、米国の大統領選挙やフランスの上院議員選挙など、多くの選挙が世界中で行われるが、ITやデジタル技術が民主主義を強くするのか、それとも壊してしまうのか、という点がクローズアップされるべき年だと考える。現在では主権国家の対立がサイバー空間にも持ち込まれ、サイバー空間のガバナンス形成を非常に難しいものにしている。

 しかも、こうしたサイバー空間での攻撃対象が、市民生活や各国の民主主義という仕組みにまで広がり、個人情報の保護やデータの管理、権威主義国家がサイバーの技術を使って国民を統制したり、民主主義国家の選挙に干渉にまで及び始めた。民主主義という仕組みがサイバー技術によって危機にさらされる中、民主主義とIT・デジタル技術を考える一つの大きなチャンスを迎えている。20年は多くの人たちが、民主主義や社会の問題、個人情報等の問題を本気で考える局面になることを期待している。しかし、そうした動きが、サイバー空間における規範化やルール化まで、一気に大きく展開していくということは考えられないため、20年のサイバーガバナンスの評価としては変わらないと判断する。


気候変動抑止及び気候変動による変化への適応

【2019年評価】D(やや後退した)

 2019年、温暖化に起因する異常気象は、世界各地で人々の生命や暮らしを脅かし続けた。こうした中、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の特別報告書は、これ以上の温暖化の進行は、食料の安定供給を阻害することなど様々なリスク要因となっていることを指摘している。そして、国連環境計画(UNEP)の報告書では、各国が抱える現目標のままでは2030年には平均気温が3.2度上昇すると警告し、現状の対策では到底対応できないことを警告した。

 しかし、12月のCOP25では、有効な対策を打ち出すには至らなかった。削減目標の引き上げに合意できたのは77カ国にとどまり、各国への義務付けは見送られた。また、議論の焦点だった温室効果ガス削減量の実績を国の間で融通する「市場メカニズム」の実施ルールづくりも、ブラジルやインドが強く反発したことで結局合意できなかった。さらに、排出量が圧倒的に多い米中2カ国は、いずれもその膨大な排出量に見合った取り組みをしているとはいえない状況である。こうした状況の中、民間企業を中心とした取り組みが拡大していることは好材料だが、発展途上国の工業化や人口増加に起因するエネルギー需要増もあり、温室効果ガス排出量は前年比で0.6%増えている。対策が進むよりも早くゴールが遠ざかっているような状況は2019年も続いており、こうしたことから「やや後退した」と評価した。

【2020年進展に対する期待】C(変わらない)

 2020年にはパリ協定が始動するが、気候変動問題における課題解 決に向けた進展は、期待できない状態のまま「変わらない」と評価する。まず、中国・米国・インドといった国々の温室効果ガス削減に対する消極姿勢は2020年も継続するとみられる。また、COP26において削減量の引き上げやルールづくりに合意できるかはまだ不透明である。そして、国際的なリーダーシップを取る国がいなくなったことも期待できない要因となっている。1997年に京都議定書の採択をリードした日本もリーダーシップ発揮は期待できない状況である。こうしたことから2020年もゴールが遠ざかっていく状況が変わることはないと判断した。


国際経済システムの管理

【2019年評価】D(やや後退した)

 国際経済システムの管理においては、グローバリゼーションに伴う格差の拡大が続き、各国が保護主義的な傾向を強める中、世界と国内の政策調整を行いながら持続可能で、均衡ある、かつ、包摂的な成長をどのように続けていけるかがポイントとなる。

 まず、国内外の経済・所得格差の解決という点で見れば、2019年6月のG20大阪サミットの首脳声明で、GAFAに代表される世界的な巨大IT企業の課税逃れを防ぐため、デジタル課税を国際ルールとして20年末までに合意できるデジタル経済上の課題に対する解決策を作ることで一致したことは一歩前進と言えるが、各国間で意見の相違が見られることから、20年末までに最終合意に至るか現時点で判断できない。

 次に、貿易におけるルールベースの世界秩序をどのように考えていくべきか、という課題については、G20の首脳声明でWTOの改革を支持する方針は盛り込まれたものの、米中の構造的な対立や米国を始めとする先進国の中でも自国第一主義的な考え方が顕著になってきており、WTOの改革の実現性は見通せない。

 さらに、経済システムにおいて課題となるのは、通貨問題である。G20を前後して、Facebookのリブラの創設構想が公表された。世界中で利便性が高いという付加価値を武器に、リブラが送金・決済手段として急速に普及することになれば、国際課税を巡る問題やマネー・ロンダリングおよびテロ資金供与対策の問題が懸念される。将来的に、リブラが送金・決済以外の金融分野に進出することになれば、各国の金融政策や国際的な通貨システムを脅かす可能性も考えられる。G20では主要な中央銀行がマネー・ロンダリングへの対応が不十分との理由などで封じ込めの動きで歩調がそろったことは評価できるが、中国がデジタル人民元の発効を示唆しており、今後、デジタル的な通貨への対応も含めて課題となるが、現時点では後手に回っていると言わざるをえず、全体的に後退と判断した。


【2020年進展に対する期待】C(変わらない)

 IMFのシナリオでは経済成長は2019年をボトムに2020年は回復してくると予想されている。20年は米国大統領選挙の年であり、トランプ大統領が米中貿易紛争に深入りはしない可能性が高い。そうであるなら、国際経済システムの分野での協力は表面的には一部進展すると考えられる。ただし、米中の構造的な問題に変化はないためWTOやG20などの国際い秩序を維持するための仕組みは形骸化が進むと考えられ、その状況が改善する可能性は、ほとんどみられない。

 また、現状のブレトンウッズ体制を始めとする国際経済システムを維持していくためには、中国を高いレベルのルールベースの国際的な自由秩序にどのようにエンゲージしていくかということが大きな課題となる。しかし、G20ではこうしたテーマで議論ができないため、G7において各国が意思統一する必要があると考えるが、日米と欧の間でも中国に対する見解には開きがあり、どこまで同じ方向で足並みを揃えられるかは現時点では見通せず、20年の展望についても19年と変わらないと判断した。


国際開発の推進

【2019年評価】D(やや後退した)

 開発の目標は「持続可能な開発目標」(SDGs)において具体化されており、「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」、「安全な水とトイレを世界中に」等、17の目標が掲げられている。2019年9月の持続可能な開発に関するハイレベル政治フォーラム(High-level Political Forum(HLPF))の報告によると、2018年の世界の貧困率は8.6%と1990年の36%から大きく減少しており、5歳未満の死者は2000年の980万人から540万人(2017年)に減少するなど目標達成に向けて進捗している。一方で、基本的な飲料サービスを受けられていない人たちは、2015年時点の6億6300万人から7億8500万人増加する等、目標達成度にばらつきがみられ、2030年の目標達成に向けて更なる上積みが必要となっている。

 こうした目標の上積みには巨額の投資が必要になるが、先進国の経済情勢が厳しいためODA等の開発援助額は頭打ちになり、かつ対中国の「一帯一路」に対抗する形で世界の開発援助が地政学的考慮に基づき、支援国に有利になる港湾整備や都市基盤づくりなどが逆にかさ上げされるとの現象が加速し始めている。また、民間の途上国向けの投資もリターンが出る案件に集中し、膨大なインフラ需要の実現の道筋は見えない。SDGsが世界の貧困国のみならず、先進国の自国の貧困や格差などに取り組むきっかけをつくったことは意義があるが、絶対的な貧困者のように世界で本当に困っている人たちに対してリソースの選択と集中ができなくなってきたとの懸念がある。これらの理由から全体としては後退と判断した。

【2020年進展に対する期待】C(変わらない)

 SDGsの実現には、巨額の資金が必要になってくる。しかし、現在、この資金の出し手に様々な問題が生じ始めている。中国は「一帯一路」戦略のもとで、被援助国の債務持続可能性を超えた多額の借款を発展途上国に貸しつけ、債務減免と引き換えに港湾のような重要インフラの経営権を奪うなどの問題が見られる。一方の先進国においても、自国第一主義が浸透してきており、本当に支援が必要な国や人に対してではなく、援助の出し手が対中国戦略の手段として開発援助を行う傾向も見られている。こうした国家間の地政学的な対立を背景とする援助が目立つようになってきており、貧困削減を始めとする途上国の喫緊の開発課題の解決に寄与する援助プログラムとなっているのかについて懸念が生じている。

 SDGsが世界の貧困国のみならず、すべての国に対象を広げたことで焦点が曖昧になったという問題もある。またインフラ需要推計における「必要なインフラ」という定義も曖昧なため、今後、途上国が発展し、SDGsの目標を実現していたくためには、あらためて途上国の「必要なインフラ」の定義を明らかにし、選択と集中を再考していくことが必要だと考えるが、こうした動きは現時点でみられない。限りある資金やリソースの中では、そうした不断の見直しに着手しなければ、そもそもSDGsが掲げる「誰も取り残さない(Leave No One Behind)」という究極目標の達成は現時点では難しく、2020年もこの状況変わらないと判断した。


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