非営利シンクタンク言論NPO(東京都中央区、代表:工藤泰志)は、2023年7月18日、19日開催の「アジア平和会議2023」の開催に合わせて、北東アジアの平和を脅かすリスクについて、日本、米国、中国、韓国の韓の外交・安全保障の専門家143氏が採点した調査結果を公表しました。
報道関係者の皆様には、この調査結果をぜひ報道いただきたく、よろしくお願いいたします。
昨年上位だった「台湾海峡の偶発的事故」の発生や「台湾有事の可能性」が後退し、「北朝鮮のミサイル発射などの挑発的な軍事行動」が今年のリスクトップに
言論NPOは2023年6月5日から7月12日にかけて日本、米国、中国、韓国の外交・安全保障の専門家に「北東アジアの平和を脅かす10のリスク」について調査を行い、4カ国の計143名が評価・採点し、2023年版「北東アジアの平和を脅かす10のリスク」をまとめました。
2023年の北東アジアの平和を脅かす最も大きなリスクとして4カ国の専門家が選んだのは、「北朝鮮のミサイル発射などの挑発的な軍事行動」であり、次いで「北朝鮮が核保有国として存在すること」となり、4カ国の専門家は北朝鮮が2023年のこの地域の最大のリスクだと判断しています。
トップ10にはこの他、「米中対立の深刻化」が3位、「デジタル分野における米中の覇権争い」が4位、「経済の安全保障化と中国排除のサプライチェーン分断の動き」が6位、さらには「米中間の危機管理のための対話等のガードレールが機能していないこと」が10位に入るなど、米中対立の展開やその深刻化に伴うリスクが上位に選ばれています。
一方で、昨年4位の「台湾海峡における偶発的事故の発生」は18位、「台湾有事の可能性」も昨年の8位から21位に下がりました。
【「アジア平和会議」とは】
「アジア平和会議」は、北東アジアの平和に責任を有する日米中韓4カ国の実務経験者や有識者が、平和に向けた課題の解決を話し合い、この地域の持続的な平和秩序に向けた、歴史的な作業に乗り出すための舞台で、2020年1月に創設されました。その協議内容の大部分は公開され、参加国だけではなく世界にも発信されます。日米中韓が北東アジアの平和づくりに共同で取り組む姿やその中での合意を各国の社会や国際社会へ伝えることで、北東アジアの平和づくりに向けた世論環境の形成に寄与することを目指しています。
【言論NPOとは】
言論NPOは、「健全な社会には、当事者意識を持った議論や、未来に向かう真剣な議論の舞台が必要」との思いから、2001年に設立された、独立、中立、非営利のネットワーク型シンクタンクです。2012年から米国外交問題評議会が主催する世界25ヵ国のシンクタンク会議に日本を代表して参加し、世界の課題に対する日本の主張を発信しています。このほか、国内では政権の実績評価の実施や選挙時の主要政党の公約評価、日本やアジアの民主主義のあり方を考える議論や、北東アジアの平和構築に向けた民間対話などに取り組んでいます。
さらに、2017年には、世界の知的論壇や世論形成に強い影響力を持つ10ヵ国シンクタンクの代表者が東京に集まり、国際社会が直面するグローバルな課題について、東京から議論を発信し、会議内での主張や意見をG7議長国に提案する日本初の国際会議「東京会議」を立ち上げました。
【評価方法】
まず、言論NPOのアジア外交の議論や活動に参加する日本有識者約500氏へのアンケート(回答は333氏)を行い、北東アジアの安全保障リスクに伴う評価項目を25に絞り込みました。次に、それぞれの項目を日本、米国、中国、韓国の外交や安全保障の専門家が2つの基準で採点しました(中国のみ24項目で採点)。
2つの評価基準は、「評価基準A:北東アジアでリスクが実際に発生する可能性」、さらに「評価基準B:北東アジアの平和に対する影響とその深刻さ」です。
これらの評価は2023年の6月5日から7月12 日にかけて行われました。それぞれが4点の配点となり、2つの評価に基づく採点を足して算出しています。8点がリスクの天井となります。
採点については、以下の2つの基準に基づいて評価を行いました。
◆評価基準A.2023年に北東アジアでそのリスクが発生する可能性
4点(すでに発生している)
3点(2023年に発生する可能性は高い)
2点(2023年に発生するか否か、可能性は半々)
1点(2023年に発生する可能性は低い)
0点(発生する可能性は全くない)
◆評価基準B.北東アジアの平和に対する影響とその深刻さ
4点(この地域に紛争や被害を生じさせる可能性がきわめて高い状況【影響は極大】)
3点(この地域に紛争や被害を生じさせる可能性は高いが、深刻な状況には至っていない【影響は大】)
2点(この地域の平和に影響を及ぼす懸念がある【影響は中】)
1点(この地域の平和とは直接関係ないか、あるいは関係があったとしても影響は軽微【影響は小】)
0点(影響は全くない)
今回の採点は、「アジア平和会議」に参加する日中韓米4カ国のシンクタンクや安全保障専門家が協力しました。日本では言論NPO、米国ではパシフィックフォーラム、中国では人民解放軍系を含めた2つのシンクタンク、韓国はアサン研究所が協力し、外交や安全保障に関係する政府幹部OBや専門家がアンケートに協力しました。回答に協力した専門家は、日本は52氏、米国は33氏、中国51氏、韓国7氏であり、合わせて143氏です。
二つの評価基準別の採点結果
基準1:2023年に北東アジアでそのリスクが発生する可能性
4カ国の専門家を合わせた評価で最も高得点となったのは、「北朝鮮のミサイル発射などの挑発的な軍事行動」の3.39点で、「デジタル分野における米国と中国の覇権争い」が3.33点、「サイバー攻撃の日常化」が3.18点、「日本の防衛費の増額」が3.05点の順となっています。
上記4項目は全て、3点=「発生の可能性は高い」を上回っているため、注意を要する段階であるという判断になります。「日本の防衛費の増額」が、3点を超えたのは、中国の専門家がそれを「リスクの発生の可能性が高い」と強く判断しているためで、3.82点とこの調査では最高得点になっています。
基準2:北東アジアの平和に対する影響とその深刻さ
25項目の中で、3点=「影響は大」であると4カ国の専門家の採点が判断したのは、「米中対立の深刻化」(3.31点)や「台湾有事の可能性」(3.10点)、「北朝鮮が核保有国として存在すること」(3.03点)の3項目です。
4カ国の専門家は、この3つのリスクについて、これが深刻な影響になるものと判断し、この地域で避けなくてはならない本質的なリスクだと考えています。
いずれも昨年は2点台だったものが、今年は3点台に拡大しています。これに、2.96点と3点に迫っている「台湾海峡における偶発的な事故の発生」を加えて、この4つのリスクをどう管理するのかがここでの課題になります。
「台湾有事の可能性」の深刻さから、米国が3.36点と最も大きなリスクと判断しており、日本(3.08点)、中国(2.96点)、韓国(3.00点)と比較すると高い点数になっています。
一方、「北朝鮮が核保有国として存在すること」では、韓国は3.57点と最も大きなリスクと判断しており、日本(3.12点)、米国(2.76点)、中国(2.67点)よりも突出しているなど、隣国韓国の専門家の強い危機意識が浮き彫りとなっています。
「米中対立の深刻化」は、中国の専門家と日本の専門家が共に最も深刻なリスクだと判断しており、特に中国の専門家が3.67点を付け、日本(3.25点)、米国(3.03点)、韓国(3.29点)と比較しても高い点数になっています。
評価基準Aの「発生可能性」については、1.57点を付けるなど、これ以上対立は深刻化することはないとみていた中国の専門家でしたが、実際に事態が発生した場合の影響と深刻さについては、強く懸念していることがうかがえます。
日米中韓4か国143氏の国別結果
まず、日本の専門家評価では、評価基準A、Bの合計で、「6点」を上回った項目が6つありました。この6点という点数は、深刻な影響に発展しかねないリスクの、2023年の発生可能性が半々というものです。
日本の専門家が6点以上を付けたのは6項目で、その中で上位を占めたのは、「北朝鮮が核保有国として存在すること」(6.79点)、「北朝鮮のミサイル発射などの挑発的な軍事行動」(6.73点)の2つで、7点に迫ったのは、最近のミサイル発射などの動きを反映し、日本の専門家が北朝鮮の行動に高いリスクを感じているためで、リスクの発生を半々以上だと判断しています。
これに「中国の核軍拡や軍事力のさらなる拡大と不透明さ」(6.56点)、「米中対立の深刻化」(6.48点)、「サイバー攻撃の日常化」(6.42点)、「デジタル分野における米国と中国の覇権争い」(6.32点)が続いています。
日本の専門家は昨年と同様に、中国の軍事力の拡大を強く意識しており、それに伴う米中対立の深刻化や、経済・技術の分断の影響に強い関心を示しています。
【米国の専門家33氏】
米国の専門家では、総合点で6点を超える項目はありません。最も高い点数となったのは、「米中対立の深刻化」の5.73点でした。次いで、「北朝鮮のミサイル発射などの挑発的な軍事行動」(5.55点)となっています。
評価基準Aでトップになったのは「中国共産党大会で権力を掌握した習近平体制の行動」の3.15点で、これに「サイバー攻撃の日常化」が3.00点で続いています。中国の行動がこれからのこの地域のリスクを引き起こすことを懸念しています。
一方、Bでは「台湾有事の可能性」が3.36点で突出して高くなっています。「台湾海峡における偶発的事故の発生」も3.03点と3点を越えており、米国の専門家は台湾海峡での危機勃発の可能性は低いとみているものの、それが現実化した場合の脅威は非常に大きいとみていることが分かります。
【中国の専門家51氏】
中国の専門家の採点で総合点が最も高かったのは、「日本外交が米国一極に傾き、バランスを欠いていること」の6.45点でした。次いで「日本の防衛費の増額」(6.21点)となるなど、中国の専門家が2023年の北東アジアのリスクとして認識しているのは、日本の外交・安全保障政策の動向であることが明らかになりました。
「米中対立」の影響の深刻さには強い危機感を持っていますが、米中の対話再開などの動きも反映して、そのリスクの発生の可能性の認識が後退したため、日本への意識が高まる構造になっています。
また、「地球温暖化への対策が間に合わず、異常気象が増大していること」も、6.15点と6点を超えて高く、総合リスクの3位につけているのも他の3カ国と異なる点です。
【韓国の専門家7氏】
韓国の専門家では、最も総合点が高かったのは、「北朝鮮のミサイル発射などの挑発的な軍事行動」の6.71点でした。この6点台には、「米中対立の深刻化」(6.29点)、「北朝鮮が核保有国として存在すること」(6.14点)、「デジタル分野における米国と中国の覇権争い」(6.14点)、も合わせて4項目が入っており、「北朝鮮」と「米中対立」に懸念が集中している構図となっています。
ただ5点台まで広げると、「中国の核軍拡や軍事力のさらなる拡大と不透明さ」が5.71点、「共産党体制で権力を掌握した習近平体制の行動」が5.43点となっており、中国の行動をリスクと判断していることも分かります。
個別課題についてのアンケート
アンケートでは、他にも個別の課題について、4ヵ国専門家の見方を訊ねています。言論NPOは5月に有識者1000氏を対象にアンケート調査を実施しましたが、その中から抜粋して質問しました。
北東アジアの平和実現のために取り組むべき課題とは
北東アジアの現状の平和と紛争回避や、将来の持続的な平和を実現するために、取り組むべき最も重要な課題について訊ねました。その結果、中国の専門家では、「日中、日韓、米中などの大国関係の安定」が82.4%で突出しています。
これに対し米国の専門家では、「中国の軍事台頭に対する日米同盟、米韓同盟など米国主導の抑止力の向上」が60.6%で最も多く、「米国の核抑止をより徹底させること」も30.3%あるなど、自国の抑止力を重視する意見が多く見られます。韓国の専門家も同様に、「中国の軍事台頭に対する日米同盟、米韓同盟など米国主導の抑止力の向上」(42.9%)、「米国の核抑止をより徹底させること」(42.9%)との回答が多くなっています。
日本の専門家では、「日中、日韓、米中などの大国関係の安定」が56.9%で最多となりましたが、次いで「中国の軍事台頭に対する日米同盟、米韓同盟など米国主導の抑止力の向上」(33.3%)となっています。
北東アジアの現状の平和と紛争回避、将来の持続的な平和を実現するために、取り組むべき最も重要な課題は何だと思いますか。(2つ回答)
核保有国・北朝鮮に世界はどう対処するか
核保有する北朝鮮の行動に対して、世界が最も優先すべき取り組みを質問したところ、日本(52.9%)、韓国(42.9%)、米国(36.4%)ではいずれも「当面は米国の核の拡大抑止の力を高めるほか、日米韓の安全保障体制を高める」との回答が最多でした。
これに対し中国では、「北朝鮮自身との対話を構築するためのあらゆる努力を始める」(46%)、「中国との交渉を急ぎ、北朝鮮の軍事行動や核保有に伴う行動を抑止するなど、中国も含めた体制を構築するための努力を行う」(36%)の順となっています。
核保有する北朝鮮の行動に対して、世界はどのように取り組むべきだと考えますか。
最も優先すべきだと思うものをお答えください。(単数回答)