非営利シンクタンク言論NPO(東京都中央区、代表:工藤泰志)は8月30日、9月3・4日に開催する「アジア平和会議」を前に、日本、米国、中国、韓国の外交・安全保障の専門家に「2024年の北東アジアの安全保障リスク」について、アンケート調査を行い、その調査結果を公表しました。
今回の調査結果は4カ国の計161名が2つの基準で評価・採点した結果をまとめたものです。
報道関係者の皆様には、この調査結果をぜひご報道いただくと同時に、9月3日・4日開催する「アジア平和会議」をご取材いただきたく、お願い申し上げます。また、当代表・工藤へのインタビューなどのご要請がありましたら、積極的に対応させて頂きます。
【主なポイント】
- 2024年の北東アジアの平和を脅かす最も大きなリスクとして、朝鮮半島をめぐる項目が今回、初めてトップ10に4項目入った。北朝鮮自身のミサイル発射等の行動に加えて、日米韓と中露朝の「新冷戦」の構造、露朝のパートナーシップ条約など、朝鮮半島をめぐる対立構造にも目を向けている。
- 米中対立の懸念が軍事面だけではなく、経済、サイバー等、多面的に広がってきている。こうした、米中対立の多面的な深刻化を、この地域のリスクとして強く意識しているのは、中国、米国、日本の3カ国の専門家に多い。
- 今回の評価では、「南シナ海における中国の行動によってフィリピンなど周辺国との間に緊張があること」が5.49点で4位に急浮上している。
- 特に米国と日本の専門家に「南シナ海」への危機感は高く、この地域の安全保障リスクの1位に「南シナ海」を選んでいる。
- 「次期米国大統領選結果が北東アジアにいかなる影響を及ぼすか不透明なこと」が5.20点で9位にランクインしており、米大統領選結果がこの北東アジア地域のリスクになると4カ国の専門家は判断している。この傾向は特に、米国と同盟関係を結ぶ、韓国と日本の2カ国の専門家に大きく出ている。
- 2年前に、北東アジアの大きなリスクとして浮上した「台湾問題」だが、今回も昨年同様ランク外となった。
【10のリスクの詳細】
2024年の北東アジアの平和を脅かす最大のリスクは「朝鮮半島」
2024年の北東アジアの平和を脅かす最も大きなリスクとして、日米中韓4カ国の専門家が選んだのは、朝鮮半島情勢です。
「北朝鮮が核保有国として存在し、ミサイル発射などの挑発的な行動を繰り返していること」が5.95点と、昨年同様トップ10の中の1位に選ばれましたが、今年はこうした北朝鮮の行動に加えて、「日米韓という米国を軸とした三カ国と、中国・ロシア・北朝鮮の三カ国との間で、『新冷戦』を想起させる対立構造が生じ始めていること」(5.26点・6位)、「ロシアと北朝鮮が『包括的戦略パートナーシップ条約』に署名し、露朝関係が軍事同盟の水準に上がったこと」(5.19点・10位)が上位に並び、採点者は朝鮮半島をめぐる対立構造にも目を向けています。
これに「韓国と北朝鮮の関係が悪化し、朝鮮半島に緊張が存在すること」(5.23点・8位)を加えると、朝鮮半島をめぐる項目が今回、初めてトップ10に4項目入る状況となりました。
国別で見ると、特に韓国の専門家はこの4項目に高得点を付け、強い危機感を示しています。これに対して、中国の専門家の採点は相対的に低いものとなっています。
2024年の北東アジアの平和を脅かす最大のリスクは「朝鮮半島」
米中対立の懸念が軍事面だけではなく、経済、サイバーも含めて多面的に広がっていることも、今年の北東アジアの安全保障リスクのもう一つの特徴です。
「米中対立の深刻化が、アジアの経済や安全保障における緊張を高めていること」(5.64点・3位)、「経済の安全保障化と中国排除のサプライチェーン分断の動き」(5.26点・同率6位)、そして、「サイバー攻撃の日常化」(5.85点・2位)が、いずれも4カ国全体で高得点をつけています。
こうした、米中対立の多面的な深刻化を、この地域のリスクとして強く意識しているのは、中国、米国、日本の3カ国の専門家です。
ただ、中国の専門家は昨年同様、米中対立にとどまらず、日本の軍事拡大や米国に偏った日本の外交姿勢を懸念しており、その二つを最も高いリスクと評価しています。
南シナ海リスクが急浮上
この米中対立と関連して今回の評価では、「南シナ海における中国の行動によってフィリピンなど周辺国との間に緊張があること」が5.49点で4位に急浮上しています。
特に米国と日本の専門家に「南シナ海」への危機感は高く、この地域の安全保障リスクの1位にこの「南シナ海」を選んでいます。昨年は、日本の有識者アンケートの段階で25位に入らなかったため、「南シナ海」は4カ国の採点の対象から外れましたが、今回リスクとして急浮上したといえます。
この南シナ海の南沙諸島海域をめぐっては、領有権を主張する中国とフィリピンの対立が激化し、両国は一旦、海上での緊張緩和に努めることで合意したものの、その後も、中国海警局とフィリピンの沿岸警備隊の衝突が頻発。中国との対立から日米がフィリピンと防衛協力を進める事態になっています。
米大統領選結果を日韓の専門家は強く懸念。米中とは温度差も
今回の評価では、今秋に行われる「次期米国大統領選結果が北東アジアにいかなる影響を及ぼすか不透明なこと」が5.20点で9位にランクインしており、米大統領選結果がこの北東アジア地域のリスクになると4カ国の専門家は判断しています。
この傾向は特に、米国と同盟関係を結ぶ、韓国と日本の2カ国の専門家に大きく出ており、韓国が5.90点、日本が5.62点と高得点を付けています。これに対し、中国は4.72点、そして当事国である米国の専門家は4.57点にとどまっており、評価に温度差が出ています。
台湾リスクはランク外
2年前に、北東アジアの大きなリスクとして浮上した「台湾問題」ですが、今回も昨年同様ランク外になっています。
「台湾有事」は4カ国全体でも4.28点で23位(昨年は21位)、「台湾海峡での偶発的事故」は4.74点で18位(同18位)です。4カ国の専門家は、台湾で紛争が発生した場合の影響と深刻さは決定的に大きいと判断しているものの、「台湾有事」や「台湾海峡での偶発的事故」が今年2024年に発生する可能性は低いと判断しているからです。
中国は台湾の頼清徳新総統を独立派として警戒を強めていますが、新総統誕生後、目立った対立がないことや、米中両国の間で国防相対話や軍実務者同士の協議が相次いで再開していることが背景にあると見られます。
「2024年の北東アジアの安全保障リスク」専門家アンケート概要
今回の採点には、「アジア平和会議」に参加する日中韓米4カ国のシンクタンクの研究者に加え、政府幹部OBや軍関係者、大学の安全保障専門家が協力しました。回答に協力していただいた専門家は、日本は50名、米国は51名、中国50名、韓国10名であり、合わせて161名です。
【評価方法】
まず、言論 NPO のアジア外交の議論や活動に参加する日本有識者約 1000 氏へのアンケート(回答は 388 氏)を行い、北東アジアの安全保障リスクに伴う評価項目を 25 に絞り込みます。
次に、この 25 項目を日本、米国、中国、韓国の 4 カ国の外交や安全保障の専門家が二つの基準で採点しました(中国のみ 24 項目で採点)。
二つの評価基準は、「評価基準 A:このリスクによって実際に紛争が発生する可能性」、さらに「評価基準 B:このリスクが紛争に発展した場合の影響と深刻さ」です。
これらの評価は 2024年7月 12 日から8月 22 日にかけて行われました。それぞれが4点の配点となり、二つの評価に基づく採点を足して算出しています。したがって、8点がリスクの天井となります。
採点については、以下の2つの基準に基づいて評価を行いました。
4点(すでに発生している)
3点(2024 年に発生する可能性は高い)
2点(2024 年に発生するか否か、可能性は半々)
1点(2024 年に発生する可能性は低い)
0点(発生する可能性は全くない)
評価基準 B:このリスクが紛争に発展した場合の影響と深刻さ
4点(影響は極大)
3点(影響は大)
2点(影響は中)
1点(影響は小)
0点(影響は全くない)
二つの評価基準での安全保障リスク
評価基準A:2024年、このリスクによって実際に紛争が発生する可能性
評価基準Aは、2024年にこのリスクによって実際に紛争が発生する可能性についてです。
4点満点で4点は「すでに発生している」、3点が「24年に発生する可能性は高い」で注意を要する段階、2点では「24年に発生するか否か、可能性は半々」となります。
4カ国の専門家の採点を合わせた評価で最も高得点となったのは、「サイバー攻撃の日常化」の3.33点でした。次いで、「ウクライナ侵略の長期化やガザ紛争などに対して世界が結束して対応できていないこと」(3.05点)となり、ここまでが3点=「発生の可能性は高い」を上回っています。
この北東アジアでも日常化しているサイバー攻撃や紛争の終結の展望が見えない二つの戦争は、今後の展開においてまだ注意を要する段階であるという判断になります。
評価基準B:このリスクが紛争に発展した場合の影響と深刻さ
評価基準Bは、リスクが実際に紛争の発生となった場合の影響と深刻さについてです。
採点は4点満点で行われます。4点は「影響は極大」、3点は「影響は大」、2点は「影響は中」となっています。
25項目の中で、3点=「影響は大」であると4カ国の専門家の採点が判断したのは、「台湾海峡における偶発的事故の可能性を否定できないこと」(3.15点)と「北朝鮮が核保有国として存在し、ミサイル発射などの挑発的な行動を繰り返していること」(3.01点)の2項目だけです。
4カ国の専門家は、この「台湾海峡」と「北朝鮮」の二つをめぐる紛争が発生した場合、北東アジアに深刻な影響を及ぼすものと判断し、この地域で避けなくてはならない本質的なリスクだと考えています。
アジア平和会議」とは
「アジア平和会議」は、言論NPOが2020年に立ち上げた会議で、米中対立が続く中、米中の安全保障関係者を含めて日米中韓4カ国の外交・安全保障関係者が東京に集まり民間の場で議論する初めての対話です。この会議は、北東アジアで①紛争を回避し、②安定的な平和を将来的に模索する、というミッションを4カ国で共有し、「北東アジアの安全保障のリスク」を毎年分析・評価するだけではなく、当該国の政府間の取り組みを毎年レビューし、その中での課題点や障害を明らかにし、どのように改善するか、について話し合うこと、さらに将来の安定的な平和構築を目指す対話です。
北東アジアでは、安全保障面での軍事的な抑止を高めることだけが議論されていますが、政府間対話が十分に機能しない状況ではこうした抑止が十分に機能せず、緊張だけを高める結果になりかねません。
アジア平和会議はこうした状況下で日米中韓の安全保障や外交関係者が民間のトラック2の場で定期的に対話する、数少ない信頼醸成の場でもあります。
言論NPOとは
言論NPOは、「健全な社会には、当事者意識を持った議論や、未来に向かう真剣な議論の舞台が必要」との思いから、2001年に設立された、独立、中立、非営利のネットワーク型シンクタンクです。2012年から米国外交問題評議会が主催する世界25ヵ国のシンクタンク会議に日本を代表して参加し、世界の課題に対する日本の主張を発信しています。このほか、国内では政権の実績評価の実施や選挙時の主要政党の公約評価、日本やアジアの民主主義のあり方を考える議論や、北東アジアの平和構築に向けた民間対話などに取り組んでいます。
さらに、2017年には、世界の知的論壇や世論形成に強い影響力を持つ10ヵ国シンクタンクの代表者が東京に集まり、国際社会が直面するグローバルな課題について、東京から議論を発信し、会議内での主張や意見をG7議長国に提案する日本初の国際会議「東京会議」を立ち上げました。
日米中韓4か国161氏の国別結果
【日本の専門家50氏】懸念要素は「中国」と「北朝鮮」
日本の専門家評価では、「南シナ海における中国の行動によってフィリピンなど周辺国との間に緊張があること」(6.42点)、「中国の核軍拡や軍事力のさらなる拡大と不透明さ」(6.42点)の二つの項目が最上位のリスクとなるなど、この地域の平和リスクではまず中国の行動に対する意識が強く出ています。
また、「北朝鮮が核保有国として存在し、ミサイル発射などの挑発的な行動を繰り返していること」も6点を超えたほか、朝鮮半島で強まる冷戦的な対立構造や緊張感も意識しており、例年通り「中国」と「北朝鮮」が日本のこの地域の平和に対する懸念となっています。
【米国の専門家51氏】「南シナ海」が最も大きなリスク。米中の対立や競争の深刻化を懸念
米国の専門家の採点で総合点が6点を超える項目は「南シナ海における中国の行動によってフィリピンなど周辺国との間に緊張があること」(6.21点)だけであり、これが突出する構図となっています。
米国の上位10位を見ると、この「南シナ海」を筆頭に中国との対立や競争の項目が7項目となり、圧倒しています。
3位は「サイバー攻撃の日常化」(5.25点)、4位は「中国の核軍拡や軍事力のさらなる拡大と不透明さ」(5.23点)、そして、5位は「中国・習近平主席とプーチン露大統領の関係が続いていること」の5.23点です。そして、6位に5.22点の「台湾海峡の偶発的事故の可能性」、7位は「米中対立の深刻化が、アジア経済や安全保障の緊張感を高めている」の5.19点、さらに8位には「サイバーや宇宙などの新領域のおけるガバナンス不在の大国間対立」が5.02点で並んでいます。
残りの3項目は、北朝鮮の行動や朝鮮半島をめぐる対立や緊張に伴うものですが、米国の専門家は、米中の対立や競争が紛争となるリスクをより懸念しています。
ただ、今秋に控える自国の大統領選挙の北東アジアの平和に及ぼすリスク意識は乏しく、同盟国である日韓との差が浮き彫りとなっています。
【韓国の専門家10氏】北朝鮮の行動や朝鮮半島の対立構造がリスク。米国大統領選の影響も懸念
韓国の専門家で最も総合点が高かったのは、「北朝鮮が核保有国として存在し、ミサイル発射などの挑発的な行動を繰り返していること」の7.30点で、これが突出しています。4カ国通じても唯一の7点台であり、韓国の強い懸念が浮き彫りとなっています。
6点台は四つあり、「日米韓という米国を軸とした三カ国と、中国・ロシア・北朝鮮の三カ国との間で、『新冷戦』を想起させる対立構造が生じ始めていること」(6.10点)、「サイバー攻撃の日常化」(6.10点)、「ロシアと北朝鮮が『包括的戦略パートナーシップ条約』に署名し、露朝関係が軍事同盟の水準に上がったこと」(6.00点)、「米中対立の深刻化が、アジアの経済や安全保障における緊張を高めていること」(6.00点)の順となっています。ここでも、北朝鮮の行動や朝鮮半島における対立の状況への強い懸念がうかがえます。
また、「次期米国大統領選結果が北東アジアにいかなる影響を及ぼすか不透明なこと」も5.90点と高得点となり、大統領選結果を強く懸念していることがうかがえます。
【中国の専門家50氏】昨年同様、日本の外交姿勢や軍事費の増強を大きなリスクと見ている
中国の専門家の採点で総合点が6点を超えたのは、「日本の防衛費の増額」(6.46点)と「日本外交が米国一極に傾き、バランスを欠いていること」(6.14点)です。
順位は入れ替わりましたが、昨年と同様に日本に関連するこの二つの項目が上位を占めているなど、中国の専門家は日本の外交・安全保障政策の動向をリスク視しています。
また、米中対立が軍事だけではなく経済など多面的になって深刻化していることにも紛争のリスクを強く感じています。
4カ国の中では唯一、「北東アジア地域全体の安全保障問題を話し合う政府間対話の枠組みがないこと」が5.72点で上位5位に入っており、地域のガバナンスの不在自体をリスクだと判断しています。
フィリピンとの対立が激化している「南シナ海」に関しては、日米韓の専門家が6点前後を付けているのに対し、中国の専門家の採点は3.52点にとどまっており、認識に大きな差が見られます。