バイデン政権で全てが変わり、インド太平洋戦略は「QUAD2.0」となった  ~「東京会議」セッション1報告~

2021年3月24日

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 セッション1の議論は、「インド太平洋戦略でアジアの平和は守れるのか」をテーマにQUAD(日米豪印戦略対話)の4カ国の安全保障、外交関係者に、英国、シンガポールのシンクタンク代表が加わり、議論が行われました。

 司会はインドのサンジョイ・ジョッシ氏(インド・オブザーバー研究財団(ORF) 理事長)が務めました。

 議論では、まだ概念段階のQUADの目的が中国の対抗措置なのか、新しい繁栄と平和のフォーラムなのか等が議論となり、米国参加者からは既にQUADは、QUAD 2.0に変わり、対中国、反中国のメッセージを発信するものでなくなったとの意見が出されました。

 このQUADには欧州の国からも参加の期待が高まっており、新しいフォーラムとしての可能性を高めているものの、ASEANは中国も含めた他の国との信頼醸成が次の課題という指摘がなされたほか、QUAD自体に、強固な対応能力と他国との協力も含めた柔軟なアプローチとのバランスを取るべきとの意見もありました。

 QUADに関しては全ての仕事はこれからで、米国がこの構想でどんな役割を果たすのか、共有の戦略を同盟国やパートナー国と形成することがこれからの作業となるが、ただ豪州の参加者からは米国はその中心になるということは目的にはならず、新しい方向を踏み出すべきであり、それこそがこの地域の安定の基礎となるとの意見も出されました。
 

インド太平洋戦略とQUADは中国への対抗措置なのか

 このセッションの目的は、インド太平洋戦略とQUADの今後の展開とその目的を明らかにすること。この背景には中国の台頭があり、中国が近い将来、米国に代わって世界の経済大国にのし上がろうとする勢いを見せ、それと同時に、増強、拡大し続ける軍事力が、周辺国だけでなく世界の懸念になっていることがあります。

ジョッシ.jpg 司会を務めたインドのサンジョイ・ジョッシ氏は、米政権が最近、発表した国際的安全保障に関する報告書が、中国は経済的、外交的に軍事的な力を持って、この安定した開かれた国際秩序に挑戦してくる唯一の国であると名指しで非難していたことに触れ、開かれたインド太平洋戦略とQUADは、中国との潜在的な紛争を避けることになるのか、対抗措置になりうるのか、その最終目標は何なのか、参加者に意見を求めました。


香田.jpg 自衛艦隊司令官を務めた香田洋二氏は、QUADは軍事的協定ではなく、またこの4カ国間で戦略的整合性もなく、概念に留まっていると説明。しかし、民主主義や自由、国際協調、人権などが危機にさらされている今こそ、民主主義国の共通の価値を再確立しないといけないとして、QUADの目的を考える上での四つの視点を示しました。

 第一に、中国をどのように理解するかです。中国は2015、2016年以降、国力と軍事力をつけるにつれ、国際規律に組み込まれることなく、独自のやり方を行う国であり、南シナ海や香港でも国家的な約束を破ったことを考えると、我々の価値である民主主義と自由にどれほど自らの行動を合わせるか、ということでは期待できない国だと説明しました。しかし、我々は簡単に軍事力や力で訴えることはできず、外交と政治を通じてコミュニケーションをとっていくしかない、と述べました。

 次に、アメリカファーストの自己中心主義で、同盟国すら軽んじてきたトランプ前大統領の4年間とは対照的に、バイデン大統領は、同盟国との国際協調で世界の問題に取り組んでいく姿勢を見せていること、この新しい姿勢にどのように橋を架けるのか、叡智を集める必要があると指摘。最後に中国の圧倒的な軍事増強に直面している日本、ASEAN諸国は、強い圧力を直接感じているだけに、中国の最後の手段として軍事的挑戦を考えておく必要がある、と元自衛官の立場から語るのでした。


インド太平洋構想は二つの大洋を結び付け、平和と安全保障に貢献する概念に進化した

ローリーメドカフ.jpg 豪州のローリー・メドカフ氏(オーストラリア国立大学安全保障カレッジ学長)は、インド太平洋戦略はすでに一つの枠組みになっており、トランプ政権時のバージョンの域を越え、バイデン政権によってより包括的な方向転換が図られ、より長期的なものになっていると指摘しました。その上で、中国はインド太平洋戦略を非難しているものの、実際はこの海洋に関心を強めており、参加国は衝突ではなくバランスを取ることを考えてほしい、と語りました。


ラケッシュソード.jpg インド太平洋構想は2007年、安倍前首相がクアラルンプール、ニューデリーでの演説で披露した、と語ったのはインドのラケッシュ・ソード氏(インド元軍縮・不拡散特別大使)です。その時は文化、文明の観点から話されたようだが、その後、意味も見方も変わって、QUADという具体的な形を持つようになったと説明。その上で、このQUADは、一部は同盟国であり、一部はパートナーであるというハイブリッドの性格を持つことを強調し、インド太平洋の安全保障に資する一定の能力を増強させる強靭性とともに、協力態勢とアプローチにおける柔軟性を兼ね備えた二つの特徴を持ち、それによってインド太平洋の平和に貢献を導いていくことになる、と指摘しました。


「QUAD 2.0」に向け、全てが変わった

ダニエルラッセル.jpg 「QUADはすでに次の段階、QUAD 2.0になっている」と、その進展ぶりを指摘し、バイデン政権が「その全てを変えた」と主張するのは米国のダニエル・ラッセル氏(米元国務次官補(東アジア太平洋担当))です。

 当初は、QUADといっても首脳会談はなく、閣僚級会議も二回ほどで、ラッセル氏自身が言葉だけで現実味に欠けていると判断していたこと、さらにトランプ前大統領が、QUADを北大西洋条約機構(NATO)のように話したため、ASEAN諸国はこれを嫌っていたと説明しました。 

 そこへバイデン大統領が現れ、その全てを変えたとラッセル氏は指摘し、今やQUADは新QUAD2.0になり、QUADは4カ国の民主主義国が繁栄と安全保障を促進するために確立したものとなったと強調。QUADは軍事的なものだけでなく、最近の首脳会議ではワクチン配布計画も議題になっており、決して対中国、反中国のメッセージを発信するものでもなくなった。そして、首脳会合や閣僚級の会合を持ち、地域的な課題で行動する、ところまで発展しており、ASEAN諸国も安心するのではないか、とラッセル氏は語るのです。

 そして、バイデン大統領は安全保障の仕方もトランプ前大統領とは違い、中国を封じ込めようとは思っておらず、競争で勝つことを目指し、QUAD 2.0を頼れるパートナー、ミニ多国主義の一つのユニットと見ている、そして、新QUAD2.0はこの地域に平和に資するとものとの見方を示しました。


ASEANは反中、反米の議論には巻き込まれたくない

オンケンヨン.jpg ただこれに対しては、オン・ケンヨン氏(シンガポール・ラジャトナム国際研究院(RSIS)所長、元ASEAN事務局長)は、QUAD 1.0、QUAD2.0でも、このQUADが攻撃的な中国外交を管理できるメカニズムなのか、それともアメリカの存在をこの地域で維持するメカニズムなのか、もし後者の目的ならばASEANにとってはあまり変わりがないとした上で、もし、QUADが東アジアの繁栄と平和、インド太平洋の繁栄と平和を望む人が関与するフォーラムであれば、建設的なものが生まれる、そのためにはQUADとQUADプラス、そしてその他の国々との信頼を醸成することが必要で、こうしたプロセスが進んでいる中では、これが反米か、反中かという議論はしたくないと語りました。

ジョンニルソンライト.jpg 英国のジョン・ニルソン=ライト氏(英王立国際問題研究所シニアフェロー)はフランスやオランダが、このインド太平洋に独自の戦略を追求していること、英国もこの構想に参加したいとの意向を持っており、この地域に対する欧州の見方が変わりつつあることを指摘すると同時に、その目的を実現するための能力やそのための資源が十分にあるのか、またこの構想を実現するための世論の支持も課題にあげました。


米国中心の枠組みではなく新しい方向を、バイデン政権は目指すべき

 香田氏は、QUADにヨーロッパの国など他の国のアプローチがあることを指摘し、それ次第で非常に大きなポテンシャルを持っているが、逆にコーディネーションがうまくいかないと失速する可能性があり、この先の知恵が問われる、と語りました。 

 最後に豪州のローリー・メドカフ氏は、バイデン政権の発足後の対応は評価できるが、実際の仕事はこれからだとした上で、米国はどのような役割を果たすのか、共有の戦略を同盟国やパートナー国と形成することがこれからの目標となるが、ただ米国はその中心になるということは目的にはならず、新しい方向を進むべき、それがこの地域の安定の基礎となる、と語りました。