各国の対応に見る日本のワクチン接種失敗の本質とは

2021年6月05日

 6月1日から東京都をはじめとした9都道府県に再度緊急事態宣言が再延期された。
感染者数が高止まりする中、頼みの綱は国民への迅速なワクチン接種であるが、一回目の接種を受けた人は、5月末時点で全人口のわずか7%程度であり、OECD諸国の中でも最低水準である。(Our World in Dataより)

 これまで、感染者数を比較的低く抑えてきた日本だが、ここにきて「ワクチン接種後進国」となったのはなぜなのか。今回、言論NPOは、ワクチン接種で世界をリードする米国、中国、イスラエルの3ヵ国の専門家4氏に、迅速な接種を進めることができたワクチンのベストプラクティスについて、意見を聞いた。4氏の一致した見解は、国や国のリーダーが先陣を切り十分なワクチン量を確保し、スピーディーな接種体制の整備と共に国民への明確な説明を行ったことである。

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イスラエルは昨年4月から製薬会社と交渉開始
成功の秘訣は、何といっても十分なワクチン供給量

 ワクチン接種での成功要因として、3ヵ国の専門家が語った点でまず重要なのは、国が十分なワクチン量を早期から確保していたかだ。
 国産ワクチンの開発が遅れている日本とは異なり、自国内で早期にワクチンの開発と製造に成功した米国と中国はワクチン接種で他とは違う優位な立場にあった。

 アメリカ・ジョンズホプキンス大学准教授のジェニファー・ナッゾ氏は「多くの国がワクチンの確保で苦労する中、アメリカの場合は、十分なワクチンの供給があったことが一番の成功要因である」と語る。公衆衛生の専門家で米国疾病対策予防センターに勤務していたヴィン・グプタ氏も同様の点を指摘し、「トランプ政権時代からワクチンの開発で世界をリードし、他国に先駆け製造・供給を進めてきたことが寄与した」と語る。
 中国も自国でワクチンを開発・生産していることから、「ワクチンの供給や配分についてはスムーズに進んだ」と中国疾病対策予防センター所長の高福氏と話す。

 一方、日本同様にワクチンを海外からの輸入に頼っていながらも世界で最も進んだワクチン接種を実現したイスラエルはどうなのか。

 「一年以上前の2020年4月に、モデルナやファイザーなどの製薬会社と交渉を行った」。そう話すのは、当時イスラエル保健省の局長としてワクチン確保のための交渉を行った バー・シマン・トフ氏である。同氏は「ワクチンこそがこのコロナウイルスとの闘いでゲームチェンジャーになると考えていた」と語り、ネタニヤフ首相自ら製薬会社のトップに十数回以上電話をかけるなど、ワクチンの確保のために先手を打って政府が総力をあげて動いていたことを紹介した。

 昨年4月当時、第1回目の緊急事態宣言の発令やマスクの配布、持続化給付金の支給で日本国内は混乱していた。それでもその後、2020年7月末にはファイザーとのワクチン供給の基本合意を交わし、この段階までは素早い対応であったと言える。ただ、結果として同社との正式契約に至ったのは今年の1月であり、すぐに調達できるワクチン数も基本合意時より大きく減るなど、大きく出遅れた。


接種人員や会場を迅速に確保―既存の健康保健や民間サービスを活用

 次に重要であるとの意見があったのは、国や地方自治体がワクチンの接種実施者や会場を迅速かつ大規模に確保したことだ。
 ジョンズホプキンス大学准教授のナッゾ氏は「薬局や球場など民間の施設を活用し、ワクチンの大規模接種ができる会場を徐々に増やし、アクセスを容易にしたことは大きい」と語る。

 また、ワクチンを接種実施者の動員も重要な点だ。日本でも最近歯科医がワクチン接種をできるようになるなど対象を広げたが、アメリカでは昨年12月の時点で州の保健当局が医学生や看護学生など医療機関スタッフに代わりワクチン接種できるよう動員をかけていた。前述のグプタ氏は、「接種実施者を消防士、緊急医療隊、元医療従事者、研究者などにも広げてきたことが功を奏した」と話す。

 中国も同様である。高氏は、「中国の現場の対応力が十分にある」と語り、現場で働く人の動員力も非常に強いと説明する。同氏は、この高い現場の力がコロナ対策を進める上でも、ワクチン接種を進める上でも大きくプラスとなったと強調する。

 一方、既存の国民皆保険制度の仕組みを上手く活用したのがイスラエルである。日本同様に国民皆保険制度があるイスラエルでは、同制度を担う保険組合機能(HMO)に4つの組織が属し、保険組合機能だけではなく、傘下に医療機関をかかえている。前述のバー・シマン・トフ元イスラエル保健省局長は、これらの4つの保険組合機能(HMO)を効率的に活用したことで、接種実施者や場所の確保がスムーズに進んだと話す。

 「国が平時から機能する仕組みをつくっていないなら、緊急時に機能することはない」とイスラエルのバー・シマン・トフ氏は断じる。同氏によれば、イスラエルは何も特別なことはしていないという。保険組合機能(HMO)という医療インフラの充実に加え、スマートフォン一つでPCR検査やワクチン接種の予約、診察履歴の確認ができるITインフラが整っていることも要因だろう。


ワクチン接種の重要性をいかに説明できるか―国の指導者のメッセ―ジが重要

 さらに三か国の専門家で一致した点はワクチン接種への「国民の理解」だ。アメリカをはじめ、イスラエルでも中国でも、いかに早期のワクチン接種が重要であるか国のトップが丁寧な説明を行ってきたと話す。

 アメリカの専門家・グプタ氏は、「ワクチン接種をためらう人に対し、なぜ接種が必要なのか丁寧に国民に説明したこと」を成功の重要な要因と指摘する。また、イスラエルのバー・シマン・トフ氏も、「政府は国民に対し、限られた時間の中で、コロナ絶滅のためにあらゆる努力する」と発信し続け、そのためにもワクチン接種が重要であることを説き、国民の高い理解を得てきたことを紹介した。中国も同様である。ワクチン接種の必要性について、啓蒙・普及活動を行い、国民の意識向上に努めてきたという。

 日本の場合、接種の遅れもあるが、ワクチン接種を躊躇する国民も未だ多い。毎日新聞と社会調査研究センターが5月22日に実施した全国世論調査によると、「すぐに接種を受ける」と答えた人は全体の6割程度(63%)で、「急がずに様子を見る」は28%や「接種は受けない」は6%と3割以上が慎重だ。

 アメリカでは、バイデン大統領の6月中に7割の国民が接種という目標を前に、接種数が鈍化していると前述のナッゾ氏は指摘する。日本も今後接種を進めていくにあたり、国民にワクチン接種の重要性を説明し、いかにより多くの人に接種を促せるかが課題になるだろう。


ワクチン接種のベストプラクティスとは

 アメリカ、イスラエル、中国という、政治体制、文化や宗教が異なる国の4名が語ったワクチン接種の共通のベストプラクティス。それは、国や国のリーダーが自ら先頭に立ち、十分なワクチンの供給を確保し、既存のインフラや民間を動員しながら接種人員や会場といった接種体制を速やかに整備し、同時に丁寧な国民へ説明を重ねてきたことであった。

 もちろん国によってワクチン接種の進め方で異なる点もある。中国の場合、日本や欧米と異なり、高齢者や基礎疾患を持つ人を接種の優先対象にしていない。それは、水際対策や感染対策を徹底し、国内の感染例を低く抑えているため科学的に判断し、優先対象は、感染した場合に重症化のリスクが高い人々ではなく、医療従事者や警察官、税関職員、製造業従業員を対象にしているという。中国CDCの高福所長は、「中国の国内状況に合わせた適切なプランニングも肝要だ」と語る。

 4氏は、ワクチンと並行した感染の単線の公衆衛生対策の徹底は重要だとしながらも、ワクチン接種こそがこのパンデミックの出口を示すという点で一致している。

 「とにかくワクチン接種によって、心理的に大きく変わった」とジョンズホプキンス大学のジェニファー・ナッゾ氏は切り出し、ワクチンの接種によって、高齢者などリスクの高い人たちを守り、入院率、重症化率、死亡率を大幅に下げることが出来たのは重要な成果だと語る。同氏は、高齢者に加え、現役世代への接種が進めばさらに感染者数が減り、パンデミックの出口に近づくと加えた。

 来年には、人口の70%~80%のワクチン接種の完了を目指す中国。中国CDC所長の高福氏は、「ワクチンは最も基礎的な防御だ」として、ワクチンが広がることで医療への負担軽減と社会・経済活動の再開が可能になると指摘し、ワクチン接種の進展の重要性さを訴えた。

 日本の場合、他にもワクチン接種の遅れの要因として、国内の治験データを必要とし承認に時間がかかることなどまだ課題が多い。東京五輪・パラリンピックまで50日を切った。ここから挽回できるのか。

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記事:
西村友穗(言論NPO国際部部長)
編集補佐:
日高実吹(明治大学)、久保田玲(ミシガン大学)

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