セッション2は「台湾は第二のウクライナになるか」をテーマに議論を行いました。
日本側から元駐中国大使の宮本雄二、前自衛隊統合幕僚長の河野克俊、中国側から清華大学国際安全保障戦略センター・シニアフェローの周波、の3氏が問題提起を行い、言論NPO代表の工藤泰志が司会を務めました。
工藤は冒頭、「台湾が第二のウクライナになるという見方は世界に広まっており、台湾でも不安が高まっている。中国の主張はあくまでも台湾は国内問題であり、ウクライナとは異なるというものだが、中国の軍事拡大や香港の事例を見て平和的な統一を期待する人は少なくなっている」としつつ、言論NPOが2月に公表した日米中韓4カ国の専門家200氏アンケート結果でも、台湾有事や台湾海峡を2022年の安全保障リスクとして判断している専門家は増えており、特に米国の専門家は「台湾海峡での偶発事故」を最も大きなリスクとしていたことを紹介しました。
その上で、①欧米ではウクライナへのロシア侵攻との類似性から、台湾有事の引き金になるとの議論があるが、これに対してどう考えるか、②中国の台湾への武力侵攻はあるのか、あるとしたらいつか。その危険性を生みだしている要因は何か、③紛争をどのように回避し、危機を管理するか。それは果たして可能なのか、といった質問を投げかけました。
中国に「大義名分」を与えないこと。そして、「外交の内政化」を避け、米中間の相互信頼の早期回復が重要な課題となる
最初に登壇した宮本アジア研究所代表で、元駐中国大使の宮本雄二氏が問題提起。宮本氏は台湾とウクライナの類似性については、「多くの識者が指摘するように、台湾の法的・政治的位置づけと、ウクライナのそれとは異なる」とし、直ちに台湾有事の引き金になることはない、との見方を示しました。
また、習近平主席にとっては、今秋の共産党大会で三選を確保し、自らの政治基盤を盤石にすることが至上課題であり、そのために最優先すべきは国内経済であると解説。その意味でも台湾侵攻の余裕などないとしました。
もっとも、宮本氏は「今回のウクライナのケースは、中国が武力統一する際の軍事的侵攻のやり方、それから国際社会、特に米欧の対応について予行演習の意味はある」とも指摘。したがって、「ロシアによるウクライナ侵攻の成果を小さくし、代償を大きくする」ことは台湾問題に備える意味でも必要との認識を示しました。また、「大義名分」があれば習近平政権としても侵攻せざるを得なくなるとも指摘。例えば、台湾の蔡英文政権が明白に独立に向かうことがそれに当たるとしましたが、「逆に言えば、そうしたことをせずに中国に『大義名分』を与えなければいい」と語りました。
一方、台湾海峡を挟んだ米中関係の状況には大きなリスクがあると宮本氏は警鐘を鳴らしました。「現状、米国はトランプ政権以来の台湾支援強化によって中国の外交的レッドラインを試し、中国は軍事演習の拡大強化のよって米国の軍事的レッドラインを試しているという構図だ」としつつ、これを「極めて危険な状況だ」と強く懸念。
こうした状況下で危機を管理し、紛争を回避するためには、「米中間の最低限の相互信頼を早急に回復することが最優先だ」と主張。そのためには首脳同士や軍関係者同士など様々な直接対話を再開するとともに、危機管理メカニズムの拡大強化が求められるとしました。
最後に宮本氏は、「米中ともにより大きなピクチャーを持つべきであり、それは台湾問題を外交問題として処理するということだ」と提言。もっとも、米国だけでなく中国にも過熱した国内世論によって外交も過激化するという「外交の内政化」が起こっているとし、これにどう対応するかということは大きな課題だ、と語りました。
中国に「できない」と思わせる抑止力構築とともに、米国は曖昧戦略の転換を図るべき
続いて、前自衛隊統合幕僚長の河野克俊氏は、今回のウクライナ危機は世界の安全保障における大きな転換点となったとの見方を提示。1991年の湾岸戦争でイラクがクウェートを侵略したように、これまで米国は冷戦後の国際秩序の崩壊を阻止するためには躊躇うことなく軍事介入してきたが、今回ロシアに対しては早々に軍事介入を否定し経済制裁のみになっていると指摘。主権国家に対する侵略が同じく問題となっているにもかかわらず、こうした差が出たことの理由として河野氏は、「ロシアが核大国なので、核戦争へのエスカレーションを恐れているからだ」としつつ、「核戦争の可能性を考慮して軍事介入をしない米国の姿を、ロシアと同じく核大国である中国はよく見ている」とし、これは台湾有事の大きなリスク要素であるとの見方を示しました。
一方で河野氏は、中国はロシアが苦戦する様子もよく見ていると指摘。「陸続きの国への侵攻がこれほど難しいのであれば、台湾海峡を渡って攻め込むことはもっと難しいという教訓を得たはずだ」とし、これは中国に対するブレーキ要素になると語りました。
もっとも、「武力行使するかどうかは別にして、中国には台湾を併合しないという選択肢はない」と指摘。そうである以上、中国に「台湾の武力統一はできない」と思わせる状況を作り出す必要があるとしつつ、ウクライナでの教訓が「安全保障の論理で攻めてくる相手には、経済の論理でその意図を挫くことはできない」ということであり、指導者の軍事侵攻を止めるには「結局、軍事力しかない」と語ります。
その上で河野氏は、「中国に『できない』と思わせる抑止力を日米が構築することが急務で、その抑止力あってこその外交だ」と強調。さらに米国に対しては「核戦争を避ける姿勢が明白になった今、台湾における曖昧戦略についても見直す時期に来たのではないか」と注文を付けました。
台湾とウクライナは根本的に異なるが、台湾の平和統一が「完全に不可能」となった時には、中国は武力行使する
中国から参加した、清華大学国際安全保障戦略センター・シニアフェローの周波氏が最後の問題提起者です。
周波氏も、台湾とウクライナの類似性についてはこれを言下に否定。その理由としてはまず、国際秩序への態度を挙げ、「中国はグローバル化の恩恵を受けているので既存の国際秩序を転覆する意思などなく、ソ連崩壊で被害者意識を持つロシアとは根本的に異なる」と指摘しました。
次に、勢力圏をめぐる地政学的争いの視点からは「ウクライナ戦争はNATOの勢力圏とロシアの勢力圏との衝突であり、今回のウクライナ侵攻はNATOの東方拡大へのバックファイヤーだと思う。一方、中国の影響力は世界に広がっており、それは維持したいと考えるが、東アジアに勢力圏があるわけではない。ほとんどの国が米国の同盟国であり、インドも中国のインド洋への影響を止めようと考えている」と訴えました。
さらに、「ロシア・ウクライナと同様に、中国・台湾も『独裁対民主』の構図で語られることがあるが、これも誤りだ。中国には中国の民主がある」と指摘。加えて、宮本氏の問題提起にあったように経済最優先であることにも言及しつつ、こうしたことからウクライナ情勢が長引いても、それが台湾有事に伝播することはないとの見方を示しました。
もっとも周波氏は、宮本氏が指摘したように台湾の独立に向けた明白な行動など「大義名分」を得た場合には、中国ももはや武力統一に出るしかないと断言。「中国が武力行使をするのは、平和統一が完全に不可能になった時だが、米国やその同盟国への介入に備えて、軍事的な準備はしなくてはならない」と語りました。
ただ、「台湾の問題は中国にとっては主権の問題で妥協の余地はなく、ゼロサムゲームになる。そのため、戦争は最後まで行われ悲惨なものになる。米国に加えて日本や豪州まで関わることになるが、中国にとっては厳しい戦いになる」としつつ、「中国は負けることはない。ウクライナの頑強な抵抗を見ればわかるのではないか。中国本土の戦いの方が有利だと考える」と自信を滲ませました。
3人の問題提起を受け、シンクタンクの参加者10氏が議論に入りました。
【アメリカ】ジェームズ・リンゼイ(外交問題評議会(CFR)シニアバイスプレジデント)
【フランス】トマ・ゴマール(フランス国際関係研究所(IFRI)所長)
【ドイツ】ステファン・マイヤー (ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)ディレクター)
【イギリス】ハンス・クンドゥナニ(英王立国際問題研究所欧州プログラムディレクター)
【イタリア】エットーレ・グレコ(国際問題研究所(IAI)副理事長)
【カナダ】ロヒントン・メドーラ(国際ガバナンス・イノベーション(CIGI) 総裁)
【インド】サンジョイ・ジョッシ(オブザーバー研究財団(ORF) 理事長)
【ブラジル】カルロス・イヴァン・シモンセン・レアル(ジェトゥリオ・ヴァルガス財団(FGV) 総裁)
【シンガポール】ローレンス・アンダーソン ラジャラトナム国際研究院シニアフェロー
【日本】工藤泰志 言論NPO代表