2日目となる3月24日(金)の「東京会議2023」は、午後からメインとなる公開セッションを行いました。開幕式に引き続いてまず基調講演が行われました。
人類は"崖っぷち"に立たされているにもかかわらず、政治的な意思が欠如している
最初に登壇したのはアイルランド元大統領で、国際連合人権高等弁務官も努めたメアリー・ロビンソン氏です。「2023年、そしてその先へ。世界の未来に対する私たちの責任」と題したロビンソン氏は、ウクライナ戦争、気候変動、パンデミック、核戦争リスクなど複数の存立危機事態に直面している人類は、「率直に言えば、崖っぷちに立たされている。しかし、私たちのリーダーは、十分なスピードで、倫理や野心を持って行動していない。何をすべきなのか知っているのに、政治的な意思が欠如しているのだ」と強い口調で切り出しました。
ロビンソン氏は、危機に対処するための原則として、「個々の国益よりもグローバルな公益重視」「多国間主義によるアプローチ」などを提示しましたが、明白な国連憲章違反であるロシアのウクライナ侵略に対して、自国の国益を重視する国々が出てきているために、ロシアに対抗するために必要な世界の結束が損なわれていると批判。すべての国家は、主権尊重や領土保全などを定めた国連憲章の基本原則を遵守しなければならないと説きました。
一方でロビンソン氏は、ロシアに対する怒りに囚われて、核の脅威増大や気候変動、パンデミックといった重大な国際課題から目を背けてはならないとも指摘。これらの課題はいかなる大国といえども一国だけで克服できるようなものではない以上、地域連合や国際機関を通じた多国間協力によって取り組むべきと主張。その意味でも世界の分断を修復し、多国間主義の再生を目指す「東京会議2023」は時宜にかなった取り組みだと評価しました。
その上でロビンソン氏は、改めてウクライナ問題に言及。インドや南アフリカといった世界的な民主主義国家が、ロシアを非難する国連総会決議で棄権を繰り返していることを証左として、「この戦いを民主主義と専制主義の間の分断という構図で見るべきではない」と指摘。新型コロナや気候変動でも見られたように、西側の先進諸国に対するグローバルサウスの国々の不信が根底にあるとの見方を示しました。
その上で、こうした状況の中で求められるのは、やはり国際法の原則に則った対応であると改めて主張。具体的な提言として、国連総会による承認の下、戦争犯罪の指導者を訴追する特別法廷を設け、国際法によって断罪する仕組みを創設すべきと主張しました。
各国市民も、世界のリーダーが課題解決に向けた行動に出るように圧力を
ロビンソン氏は次に核問題について発言。プーチン露大統領によるウクライナでの核の恫喝、さらに米国との核軍縮合意である新戦略兵器削減条約(新START)の履行停止表明は、世界に核の脅威を再来させていると強く懸念。こうした中では唯一の被爆国である日本の役割は大きいとし、議長国として迎える今年のG7サミットでのリーダーシップ発揮に期待を寄せました。
しかしロビンソン氏は、続いて言及した気候変動問題では、脱化石燃料と再生可能エネルギーの導入促進が喫緊の課題であるとしつつ、日本の後ろ向きな姿勢に「地球の未来に良い影響を与えることはできない」などと苦言を呈しました。資金面を中心とした様々な援助策を提言しながら、G7によるグローバルサウスへの支援強化が重要であると説きました。
ロビンソン氏は続けて、新型コロナウイルス問題について発言。初期のパンデミック時に、西側先進諸国が、現在ウクライナに対して示しているような連帯を、グローバルサウスに対して示していなかったことが、多国間主義に対する信頼を失墜させた大きな要因となったと分析。今年9月に行われる国連でのパンデミックに関するハイレベル会合において、野心的な政治宣言を発出するなどして、グローバルヘルス・アーキテクチャーの再構築を目指すべきと主張。同時に、その重要なピースであるユニバーサル・ヘルス・カバレッジへの取り組みについて、「これまでそうしてきたように、これからも日本に主導的な役割を果たすことを期待する」と居並ぶ日本政府関係者に呼びかけました。
ロビンソン氏は最後に、世界のリーダーたちはすでに十分な警告や具体的な提案を受けているとし、「理解や知識の不足は言い訳にはならない」と断じつつ、国連を中心とする多国間主義システムの強化・改善に向けた具体的な行動を要求。同時に各国市民に対しても、自分たちのリーダーに対して行動に出るよう圧力をかけ、その責任を追及するための役割を求めました。
そして、1974年にともにノーベル平和賞を受賞した日本の佐藤栄作元首相と、アイルランドの外交官であるショーン・マクブライド氏の「すべての国民は平和を現実のものとし、その土台となる基盤を強化し、すべての人類に進歩とより良い生活を確保するために、積極的に団結すべきである」という言葉を紹介。これは今日の我々にも依然として求められる姿勢だとしつつ、基調講演を締めくくりました。
「普通の世の中」は変わってしまった。民主主義陣営はネットワークを構築しながら、協力して新しい世界の諸課題に取り組む必要がある
続いて、イギリスの元外務大臣であるウィリアム・ヘイグ氏が登壇。そこではまず現在の世界は、気候変動やパンデミック、さらには安保理常任理事国による他国侵略などの難題に直面している上に、国内においてもSNSなどによって政治のあり方そのものが変わってきているとの見方を示し、「ずっと続くと思っていた『普通の世の中』は変わってしまった。かつてフランシス・フクヤマが言ったような"歴史の終焉"も西側先進諸国の慢心だったのだ」と語りました。
その上でヘイグ氏は、新しい世界で民主主義諸国がなすべきことについて発言。まず、ウクライナのサポートが必要と主張。「ウクライナの民主主義が倒されたらそれが他国にも波及してしまう」と強く懸念しました。また、終戦後の課題についても言及し、復興支援と共に再度の侵略を防ぐための「何らかの強力な安保体制の提供が必要だ」と語りました。
次にヘイグ氏は、グローバルサウスとの対話の必要性を強調。こうした国々を民主主義陣営に引き留めることが大事だとしましたが、同時に西側先進諸国とは歴史や文化も民主主義についての考え方も異なるという点を留意すべきとしつつ、「欧米側は旧宗主国のような態度で接するべきではないし、多様性に配慮すべきだ」と戒めました。
ヘイグ氏は続いて、民主主義陣営内でのネットワーク構築について提言。クアッド(QUAD)とオーカス(AUKUS)、あるいはCPTPPといった多国間の枠組みを評価するとともに、こうしたネットワークを拡大・強化すべきと主張しました。
ヘイグ氏は最後に、SNSやAIなどへの向き合い方についても発言しました。「民主主義は事実についての共通理解が必要」とした上で、「デマやフェイクニュースが溢れているSNSはこれを危うくしている」と分析。SNS時代における情報の真実性の確保は大きな課題であるとしました。
またAIについては、「民主主義も地政学も何もかも変える」との認識を示しつつ、「AIは国民の監視・管理を志向する権威主義国家でも活用が進んでいる」という状況の中では、民主主義陣営が先んじてAIに関する国際的なルールづくりを主導していかなければならないと訴えました。
相互接続された世界では課題に対して各国は国境を越えて共に責任を負う。
違いではなく共通項を見つけながら協力していくべき
最後に登壇したのは、インドネシアのエネルギー・鉱物資源大臣と運輸大臣を務めたイグナシウス・ジョナン氏です。その冒頭、ジョナン氏は世界のGDP(国内総生産)ランキングに触れながら、「中国は日本を大きく超えて米国に迫っている。また、インドがイギリスを追い抜くなどかつては考えられなかった」などと語り、経済定な力関係が変化する中では多国間関係のパラダイムも見直すべきとの認識を示しました。
次にジョナン氏は、インターネット技術の高度化について言及。自らの子どもたちの世代は「もはやテレビよりもスマートフォンを信じている」としつつ、インターネットによる自由な情報の流通によって、「世界はよりグローバルな課題に触れやすくなってきた」とこれを好意的に受け止めました。
もっとも、このように相互接続された世界では、課題に対して「各国は国境を越えて共に責任を負うことを意味している」とも指摘。先進国は、グローバルサウスやサブサハラ諸国との間とも公正な対話を繰り返しながら取り組んでいくべきとしました。
ジョナン氏は、その際の留意事項として、「違いにフォーカスしないこと」を提示。自国インドネシアが約 300もの民族からなる多民族国家であることを紹介しながら、「例えば、『自由』といった時に、日本人の中では同じ理解に至るかもしれないが、インドネシア人ではそうはならない」などと解説。共通理解の形成は、一国内でも困難な作業だと指摘し、だからこそ尚更多国間では「違いにばかりにフォーカスすると何も決まらなくなる。それよりも共通項を見つける努力が必要だ」と語りました。
ジョナン氏は最後に、「我々にとって地球は一つの家であり、他の星に移住などできない」とした上で、気候変動や平和構築など様々な国際課題に対してはグローバルな協力によって対処するほかはないと改めて強調。G7諸国に対してそのリーダーシップを期待しつつ、「先進国だけの優越的利益ではなく、人類共通の繁栄を発展させることに重点を置いてほしい」と注文を付けながら、講演を締めくくりました。