「東京会議2023」2日目の3月24日の午後に開催された公開フォーラム第1セッションでは、「ウクライナ戦争から1年──世界の平和秩序の再建は可能か」と題して、10カ国のシンクタンク代表者らが1時間半にわたって活発な議論を交わしました。
司会を務めた元駐米日本大使の藤崎一郎氏が「ウクライナ情勢を分析、予測するのはやめて、誰がいつ何をすべきなのかを議論しよう」と呼びかけ、議論はスタートしました。
ウクライナ情勢については、均衡状態が続くとの見方
ラスムセン・グローバル(デンマーク)所属のファブリス・ポティエ元NATO政策企画局長は冒頭、ウクライナのゼレンスキー大統領に対して安全保障政策を支援するチームに所属しており、「中立ではない」との立場を表明しました。その上で「ゼレンスキー大統領は俳優出身であり、ウクライナ国民のアイデンティティーを天才的に代弁している。彼が考える安全保障とは軍事資金ではなく、経済政策だ。再び避難民が自国に戻り、二度と戦禍が起こらないようなセキュリティーを確立されることが重要だ。子供達がロシアへ誘拐されたことはある意味でジェノサイドとも言え、戦後の司法手続きも講じられなければならない」と述べ、ウクライナ側の主張を代弁しました。
米外交問題評議会(CFR)シニアバイスプレジデントのジェームス・リンゼイ氏は、先の中露首脳会談の際に提案された中国の「和平案」に対して「提案とは考えていない」と一蹴。現状においては「西側諸国による充分な軍事支援を続けるしかないだろう。バイデン政権は今後数年間コミットを続ける方針を示しているが、仮にトランプ元大統領が復帰する事態にでもなれば、状況は変わるかもしれない」との分析を披露しました。
同時に、機能不全が指摘される国連の役割に関しては「ロシアは安全保障理事会で拒否権を発動し、事務総長は厳しい立場に置かれている。中国も地政学競争をやめるチャンスが幾度もあったにもかかわらず、降りることをしなかった」と述べ、中国側の対応を批判しました。
司会の藤崎氏が「ウクライナへの支援を続ける西側諸国が疲弊するように、ロシアは戦争長期化を目指している」と指摘し、ドイツの果たす役割をただしました。
独国際政治安全保障研究所(SWP)ディレクターのステファン・マイヤー氏は、ロシアの天然ガスに依存していたエネルギー環境が短期間で削減することに成功したと報告。その上で「ドイツ製戦車『レオパルト2』を提供したことは、ウクライナ支援の分水嶺となった」と述べました。ロシア政府とロシア国民との関係性については「レジームと市民を別々に考えないといけないのはどうか。市民の多くは依然として政府を強く支持しており、疲弊を待つのは困難だ。そうした"ニューロシア"にどう対峙すべきかを考えないといけない」との見解を示しました。
続けて藤崎氏は、旧ソ連時代からロシアと軍事・科学技術関係で深い連携がある一方で、中国との国境紛争問題を抱えるインド側の見解をただしました。
印オブザーバー研究財団のサンジョイ・ジョッシ理事長は「インド政府ではなく、個人的な見解」と断った上で、「ウクライナへの侵攻は明確な国連憲章違反であり、疑義はない」と指摘。一方でアフガニスタンやイラクなどの戦争・紛争を念頭に「ウクライナだけでなく、複数の戦争も考える必要がある。エネルギーや食糧、肥料などありとあらゆる問題が連鎖しており、国際秩序の将来を考察しなければいけない。東西対決の"代理戦争"になるのは問題だ」と独自の見解を表明。「代理戦争と見ているのか」という藤崎氏の質問に対して、ジョッシ氏は南半球を中心とする途上国「グローバルサウス」を引き合いに出して「グローバルサウスは脆弱で、グローバル化が必要だが、中国が進める多国間主義は成功しない」と断じました。
続いて発言した仏国際関係研究所(IFRI)のトマ・ゴマール氏は「セッションの標題となっている『「ウクライナ戦争から1年』はおかしい。実際には2014年の騒乱から始まっている。ロシアのプーチン大統領は特別軍事作戦を実行するまで8年間準備することができた」と指摘しました。その上で現時点で想定される軍事シナリオについて「ウクライナが勝つ可能性は低く、ロシアが勝利することもない。ウクライナが部分的に勝つことが安全保障上必要だ。少なくともロシアにとって10~20年間は残念な状況になるだろう」との見通しを示しました。一方で先のロシア政府と国民の関係性に対しては「やはり区別する必要がある。西側の制裁が続く限り、国民は益々影響を受けるだろう」と述べました。
日独中が停戦に向けて動き出せるように、民間も大きな努力を払うべき
今回で7回目の「東京会議」を主催する言論NPO代表の工藤泰志は「国連が機能していないこと」を問題視した上で、1956年にスエズ運河の管理を巡って勃発したスエズ動乱の際に派遣された国連緊急軍をモデルにできないかと提案。具体的には「日本が派遣したカンボジアPKOのような形を再現できないか。昨年実施した日中共同世論調査では、中国国民の半数がウクライナ戦争に反対し、PKO派遣協力にも6割が賛成している。平和秩序をいかにつくりだすか、中国やドイツ、日本が停戦へ向けて動き出すような大きな話を考えないと解決できないのではないか。そのために民間ベースでも大きな努力を払うべきだ」と述べ、さらなる議論進展を呼びかけました。
英王立国際問題研究所チャタムハウスのクレオン・バトラー氏(グローバル経済・金融プログラム ディレクター)は「ウクライナの人々の理解が得られることが最も大切だ。過去に戻ることはないわけで、ウクライナが勝利するために制裁は不可欠だ」と一層の協調支援が重要になると語りました。
カナダ国際ガバナンス・イノベーションセンター(CIGI)のポール・サムソン総裁は、和平交渉の仲裁役について言及しました。「日本はロシアと難しい歴史があり、米国や中国はふさわしい仲介者ではない。名前はあえて言わないが、グローバルサウスで大きな存在感を示す国がふさわしいのではないか」と述べ、暗にインドへの積極的な役割に期待感を示しました。
ブラジルのジェトゥリオ・ヴァルガス財団(FGV)のカルロス・イヴァン・シモンセン・レアル総裁は仮にロシアが勝利した場合について「ウクライナが併合しても、30年間近く民主化が進んでいた国を治めることができるのか。分断する可能性もある」と指摘。その一方で、ロシアが敗北した場合についても「核兵器で対応する可能性もあり、大変難しい事態に陥る」と述べました。また、中国の対応についても「中国はロシアを"カニバリズム"しているのではないか。中国はビジネスで儲けており、早く終息させるつもりはないだろう」との見解を明らかにしました。
国連が機能しない現状においては、世界の英知を集結する必要がある
司会の藤崎氏は「核戦争に勝者はなく、決してその戦いはしてはならない」という1985年の米ソ首脳会談で共同声明に明記された言葉を引用して、世界平和の秩序修復に向けた議論の活発化を促しました。
続いて発言したイタリア国際問題研究所(IAI)のエットーレ・グレコ副理事長は、ウクライナ戦争の意味合いについて「体制変革を試みた戦争でもなく、存亡の脅威にさらされた民主国家をサポートする戦いでもない。"代理戦争"と解釈するのは誤りだ」と主張。その上で、ロシアが敗北した場合であっても「ウクライナのNATO加盟は難しいだろう。中長期的な信頼醸成と安全信任をコントロールする措置が必要になる」と分析しました。
シンガポールのオン・ヨンケン南洋理工大学S.ラジャラトナム国際関係学院副理事長は、対立を深める民主主義陣営と権威主義陣営の状況を踏まえて「どのコインも両面がある」と喩えた上で、「二つの異なるシステムの違いを乗り越えてマネージして、共存する必要がある」と強調しました。同時に、過去においてより良いプロセスや制度には「強いリーダーシップがあった」とも述べ、国連が機能しない現状において、世界の英知を働かせる必要があるとの認識を示しました。
会場の聴衆からは「大学など高等教育機関の果たす役割」や「仮にプーチン大統領が"暗殺"された場合、戦争は終結するか」といった質問が出されました。プーチン氏に関しては「誰かが死ぬというようなことはやめよう」「人はいつか必ず死ぬ」といった意見の他に、「後継者が譲歩する準備はできていないのではないか」などの見解が示されました。そうなった場合、「ロシアの不安定化は避けられない」との見通しが示され、より一層のタフな外交交渉が求められるとの認識で一致し、セッションは閉会しました。