3月24日の午後から開催されている「東京会議2023」の公開フォーラム。第1セッションに続いて開催された第2セッションは「民主主義国は、世界の分断と民主主義の修復にどう立ち向かうか」をテーマに、再び10カ国シンクタンク代表者が長時間の議論の疲れを見せずに、熱い論戦を繰り広げました。
世界55カ国の世論調査結果から明らかになったのは「民主主義の正統性」
司会を務めたカナダ国際ガバナンス・イノベーションセンターのロヒントン・メドーラ特別フェローが「シンクタンクの皆さんで一緒に民主主義に何ができるのか、どう推進すべきなのか考えよう」と呼びかけ、1時間半余りの議論が始まりました。
冒頭、言論NPO代表の工藤泰志は、10年近くにわたって実施している民主主義に関する世論調査結果を踏まえて「問われているのは民主主義の正統性だ。人類の財産として自発的に発展させ、しっかり確立化させなければいけない」と主張しました。続けて、従来その役割を担ってきた米国が近年力を失いつつある一方で、中国が台頭している状況に触れて「言論NPOが実施した55カ国調査の大半が政府や政党における民主統治の仕組みを疑っている」と指摘しました。その上で、国民所得を増やして中間層を厚くするなどした岸田政権の「新しい資本主義」を例に挙げながら「市民がオーナシップ、担い手として世界の課題解決、世界平和に向けて連携してゆかねばならない」と強く訴えました。
自由な民主主義と、自由でない民主主義の差異とは
シンガポールのオン・ヨンケン南洋理工大学S.ラジャラトナム国際関係学院副理事長は「民主主義の確立について、常に懸念している」と表明。さらに米国内で起きた国会議事堂襲撃事件などを引き合いに出して「アジアにおいて『民主主義』とは何を意味し、何をすべきなのか。東南アジア諸国は米国で起きた事案に困惑している。自由である民主主義と、それほど自由でない民主主義の差異は何か。インターネットやデジタル化の進展によって、民主化がどのような影響を受けているのか、考える必要がある」と述べ、意見の違いを受け入れて合意に導くプロセス構築の重要性を主張しました。
ブラジルのジェトゥリオ・ヴァルガス財団のカルロス・イヴァン・シモンセン・レアル総裁も同様に「民主主義を定義するのは難しい」と指摘しました。その上で、「言論の自由がなく、反対意見を表明できず、指導者を投票で選ぶことができなければ、民主主義ではない。どのようにコンセンサスを醸成するのかも重要だ。交渉して合意を目指しても、話がかみ合っているかどうかも判然としない場合もある」と指摘しました。また、新聞などオールド・メディアが衰退する一方で、インスタグラムやTikTokといった新しいメディアの出現を巡る考察も必要になるとの認識を示しました。
過渡期を迎える、新しいメディアとの関与の在り方。
新技術を活かしながら、国民の意見を代替する方法の模索が必要
英王立国際問題研究所ディレクターのクレオン・バトラー氏はメディアとの関係性について「英国では公共放送、テレビに対して厳しい規制を敷いているのに、同じアプローチをなぜネット空間に講じないのか分からない」と自国の事例を紹介し、新たなメディアとの関与のあり方が過渡期にあるとの認識を示しました。また、非民主国家の国々との関係性についても、気候変動対策やパンデミック、途上国の債務超過問題など優先順位をつけて一緒に取り組む必要性があるとの考えを明らかにしました。
カナダの国際ガバナンス・イノベーションセンターのポール・サムソン会長は、ロシアのような非民主国家において「国民が『戦争を支持している』と言っても、それが本当かどうかは不明だ」と指摘。同時に自身のことに触れて「もしかしたら我々が若い世代の意見を代弁しているかどうかも分からない」として、メタバースなど新たなテクノロジーを使って代替することも検討する余地もあるとの認識を示しました。
イタリアの国際問題研究所のエットーレ・グレコ副理事長もポール氏の意見に賛同した上で、「数年間のトレンドを見るだけでは、マイナス現象もあるだろう。ポピュリストが台頭し、既存のシステムの弊害も生じるかもしれない」と指摘。続けて「大切なのは精密なガバナンスを推進することだ。ロシアは欧米の統治制度を貶めようとしている。一方で新型コロナ対策などで政府の施策に正統性がなければ、国民は不信感を持つ。EUとロシアの関係性は、ウクライナ戦争だけにとどまらず、幾つかの事案でうかがえる。草の根で目先を変えようとしており、これらの動きを過小評価してはいけない」と自説を展開しました。
仏国際関係研究所のトマ・ゴマール所長は2004年にウクライナで起きたオレンジ革命などに触れて「民主主義は厳しいトレンドに置かれている」と指摘。その上で投票率の低下や政治への不信感に言及して「この流れに耐えることができるのか。テクノロジーの進化で自ら言説を発信できる時代になった。この『東京会議』の議論も意味のあることだと考える」と述べました。
新技術も生かしながら、民主主義による成果をどう生み出すかがカギ
印オブザーバー研究財団のサンジョイ・ジョッシ理事長は「民主主義はしばしば悩むものだ。何をもって民主主義と言えるのか。何をもってして自由であり、自由ではないのか」と語りかけた上で、テクノロジーの進展に伴う新しいツールに注目しました。「テクノロジーのインパクトを考えなければならない。データのプライバシーは何を意味するのか。昔とは異なり、誰がどのデータを用いてコントロールしているのかが重要になっている」と指摘しました。
米外交問題評議会シニアバイスプレジデントのジェームス・M・リンゼイ氏は、グローバル化とソーシャルメディアの進展が民主主義に与える影響について考察しました。「AIはかなり完璧の域に来ており、ルールがない中で、民主主義にどう関与してゆくのか」と問題提起しました。さらに米国流の民主主義に関して「その利点は声を上げて軌道修正することだが、バイデン政権が『Vote to Change』と呼びかけても、現状はあまり変わっていない。アイデンティティーを議論するようなもので、米国がまとまることは難しい。ただ、民主主義はより良い価値観を与えて、良い結果をもたらすこともできる」と分析してみせました。
これに対し、司会のメドーラ氏が「テクノロジーやAIの進展に対して、民主主義はどう対峙してゆくのか。もし民主国家ならば何ができるのか」と問いかけたところ、独国際政治安全保障研究所ディレクターのステファン・マイヤー氏は「我々の民主主義をもっと魅力的にするしかない。どのような成果を実現するかだ」と応じました。移民問題やパンデミック対策などにおいて、権威主義国家よりも効果的な施策を実現することが可能であるとの考えを示したものです。
簡単な答えが見つからないからこそ、民主主義が機能するように絶え間ない努力が必要
この点に関して工藤氏は、気候変動など国内外の課題を例に挙げて「課題解決に向けたサイクルが回っていないことが問題だ。そのためにも政治や政党、国会、メディア、知識層、シンクタンクの役割も重要になる」と指摘。さらにソーシャルメディアの発展が著しいネット空間の変化に言及して「対話が一層必要になる。私たちは大学に乗り込んで、議論環境を構築しようと先進的に取り組んでいる。主権者の姿勢が問われている中、知識人や言論人の責任は大きくなっている」と述べ、聴衆に強く訴えました。ポール・サイモン氏も「シンクタンクのようなものは、権威主義国家にはない。G7、G20の役割を含めてメカニズムをどう進展させてゆくかが問われている」と述べました。
予定された時間が迫る中、司会のメドーラ氏が「簡単に答えが見つからないから、我々は議論をしているのだ。民主主義がうまく機能するように努力を深化させることが、民主化したいと思っている国々へのアプローチになるだろう」と呼びかけ、議論を結びました。