5月8日放送の言論スタジオでは、「大国関係と国家主権の未来~ウクライナ問題を考える~」と題して、河東哲夫氏(Japan World Trends代表)、下斗米伸夫氏(法政大学法学部教授)、西谷公明氏(国際経済研究所理事・シニアフェロー)、廣瀬陽子氏(慶應義塾大学総合政策学部准教授)をゲストにお迎えして議論を行いました。
まず、司会の工藤から、今回の議論に先立ち行われた有識者アンケートでは、ウクライナ南部のクリミア自治共和国を、軍事的脅威を背景にした「力による現状変更」により、ロシアに編入したプーチン大統領の一連の行動について、「いかなる理由があろうとも許されない」との回答が43.6%あった一方で、「クリミアはロシアにとっては歴史的に特別な地域であり、かつ欧米側の支持でウクライナのEU加盟やNATO参加を阻止するためのやむを得ない対応とも理解できる」と理解を示す回答も34.7%と一定数あったことが紹介されました。
プーチン大統領の行動原理の根底にあるものとは
この結果を踏まえ、下斗米氏は、いかなる理由があろうとも許されないと前置きしつつ、プーチン大統領の行動に対する分析として、「彼はウクライナの2月政変の背後には、西側諸国がいる、と認識していた。実は、アメリカのオバマ大統領も関与は認めており、その認識は正しかった。今回の併合はそれに対する対抗措置としてとられたものであり、計画的なものではなかったのではないか」と述べました。
この発言を受けて、河東氏は、「歴史上、悲劇が起きる時には、どうしようもない誤解や認識のずれがあるものだが、今回のウクライナ問題はまさにその典型である」とした上で、「プーチン大統領はアメリカの関与もあったので、海軍基地のあるクリミアを確保しなければならない、と焦ったのだろう。しかし、アメリカはウクライナの民主化には関与しようとしていたが、ロシア封じ込めを狙った軍事的な意図まではなかった。ここに双方の大きな認識のずれがあった」と分析しました。
廣瀬氏は、両氏の見解に基本的に同意しつつ、「ロシアは事前の世論誘導により、クリミアの世論に親ロシア的な土壌を作っていた。今回の併合も突発的なものではなく、前々から周到に計画されていたものではないか」との認識を示しました。
西谷氏は、ウクライナ問題の背景として、まず、地政学的に見て、米欧とロシアに挟まれたウクライナは元来、大国間の思惑によって揺れ動きやすいことを指摘しました。さらに、「現代の国際政治は政治的指導者個人によって決まる要素が意外に大きくなっている。今回の併合はまさにプーチン大統領の『影響圏』に関する思想が色濃く反映されているのではないか」と語りました。
改善の見通しが立たないウクライナ経済
続いて、ウクライナ経済の現状について議論が移りましたが、各氏は一様にウクライナ経済の苦境を指摘しました。
河東氏は、「ウクライナはロシアへのガス代金の支払いに苦慮しているが、これはティモシェンコ政権時代に、ロシアに支払う価格を高く設定したことが背景にある。また、オリガルヒ(新興財閥)が政治、軍事、経済すべてにおいて実権を握り、国内の混乱を招いている」と説明しました。
廣瀬氏は、「政変前にEUはウクライナが自立する見通しを立てていたが、肝心のウクライナ自身にはその意欲がない。重工業地帯の東部は設備の老朽化が酷いし、効率も悪く政府の補助金頼みの状況になっている。また、長年ロシアからガスを廉価で購入できていた反動も顕著になっている」と述べました。
西谷氏は、「ウクライナ政府自身が、自国の経済崩壊の実態を把握できていない有り様である。今年の2月、通貨フリブナが急落し、IMFの融資により何とかしのいだが、そもそも外貨準備高が非常に少ない。また、物価もインフレ率40%という状況であり、ガス代、燃料代も高騰している」とした上で、「今のところ国民は耐えているが、いずれは耐えられなくなる。その時にどうなるかが問題」と指摘しました。
大きな転換期を迎えた「国家」という枠組みを前提とした国際政治
続いて、工藤が「今の国際政治は『国民国家』という枠組みを前提としているが、このウクライナ危機は国家というもののあり方について大きな問題提起をし、国際政治は大きな転換期を迎えているのではないか」と問いかけると、廣瀬氏は、「間違いなく転換期を迎えている」と答えました。
その上で廣瀬氏は、「国家という枠組みが脆弱になりつつあることにより、国家を前提としたウェストファリア体制も脆弱になりつつある。国家という枠組みを巡り、各国が色々な選択を迫られようとしている。その中で、このウクライナ問題が一つのテストケースになるのではないか」との見通しを示しました。同時に、「プーチン大統領はクリミア併合を正当化する根拠の一つとして、NATOの介入を経て2008年に独立を宣言したコソボをあげているが、コソボが承認されてクリミアが承認されないのはなぜなのか、という彼の疑問に対して米欧も明快に答えられていない。この米欧の『ダブルスタンダード』も問題の背景にあるのではないか」との認識を示しました。
下斗米氏は、独立以降のウクライナについて、「国民国家を形成しなければならないのに、『国民』がいない(言語や文化、宗教が共通ではない)。そして、『国家』もない(例えば、国軍が機能していない)。まさに国家がメルトダウンしているような状況である」と指摘しました。
「真の和平」を実現するためには、西側諸国による実のある支援が不可欠
最後に、工藤が「ロシアは最終的に何をしようとしているのか。真の和平を実現するためにはどうすべきか」と問いかけました。
河東氏は、ロシアの意図について、「ロシアは東ウクライナの併合までは考えておらず、この地域で混乱を持続させること自体が目的になっている。併合にはコストがかかるし、混乱が続けばウクライナは米欧に接近するどころではなくなるので、混乱の持続で十分だからだ」とロシアの目的を分析しました。
下斗米氏は真の和平への道程について、「独仏による『ミンスク2』ではなく、アメリカも加えた『ミンスク3』の合意を急ぐことが第一のポイントになる。さらに、政治指導者同士の対話だけでは限界があるので、宗教指導者の関与などを活用していくことも視野に入れるべきだ」と主張しました。
廣瀬氏は、「日本も含めて西側諸国がウクライナを支援する。それも単なる援助ではなく、技術支援など国としての底力を上げるようなものにしないと、国家として自立できなくなってしまう」と主張しました。
西谷氏は、「実は内戦が始まってからこの1年で、ウクライナの対ロシア貿易額は過去最大になっている。今は反ロシアの機運も高いが、それが高まりすぎると国の復興と自立にも悪影響を及ぼすことになる。米欧もこういう現実を見据えた上で、安易にウクライナの行動を縛るようなことをすべきではない。また、ウクライナが完全に崩壊したら4000万人もの労働難民が西欧に流れ込むことになるが、こうした大混乱を未然に回避するためにも米欧の支援は不可欠である」と語りました。
今回の議論を受けて、工藤は「このような地球規模の課題について、今後も継続して議論していく必要がある」と述べ、白熱した議論は終了しました。