世界には、エボラ出血熱、気候変動など、さまざまな地球規模の課題が解決されないまま存在している。9月26日の言論スタジオでは、赤阪清隆氏(フォーリン・プレスセンター理事長)、髙島肇久氏(日本国際放送特別専門委員、元外務省外務報道官)、杉田弘毅氏(共同通信編集委員室長)の3氏をお迎えし、「世界的な課題に対する日本の発信力はなぜ弱いのか」と題し、議論を行いました。
議論では、過去と比べて、日本の対外的な発信力は弱くなっているとの認識で3氏が一致、そうした中で、国際社会の中で一翼を担うためにも、世界的な課題解決に向けて活躍する人材の育成や国連安保理の常任理事国になる必要性、また、防災や環境など、日本の強みを活かせる分野で存在感を高めていくことなどが指摘されました。
自分自身と国際社会との間に関係性を見いだせない日本人
冒頭、司会を務めた言論NPO代表の工藤が、世界的な課題に日本としても役割を果たしていくために、世界の課題解決に向けた「言論」の舞台を日本国内にも活発化するほか、東京発の議論を世界に伝えていく必要がある、と言論NPOが地球規模的課題に対する取り組みを行う趣旨を説明しました。その後、「世界的な課題に関する日本の発信力はむしろ弱まっているが、これをどのように考えているのか」と疑問を投げかけ、議論はスタートしました。
元外務省外務報道官だった高島氏は、2015年9月の国連総会で採択された新しい開発目標に対する日本国内の認知度が他国に比べて高まっていないことを例に挙げ、「日本からの発信力が弱いだけでなく、国民全体が、国際社会で行われている努力が自分に関係していると自覚していない。これが日本の最大の弱みだ」と指摘し、対外発信以前に、国内の意識改革こそ必要だとの考えを明らかにしました。元国連事務次長でもあった赤阪氏は、「世界の課題に対して日本国内では様々な議論がなされているが、海外からは、課題解決に向けて日本のアイデアが出されず、それに関するコミュニケーション能力がないように見えている」と述べ、米国のフォーリン・アフェアーズ誌のような世界的に影響力のあるクオリティ誌を日本でもつくり出すことの意味と、世界に向けて日本の意見を発信していく人材を育成することが重要だ、と訴えました。
工藤はこれに対して、日本の存在感低下への危機感から14年前に言論NPOを設立した経緯を説明しながら、「当時と比べ、状況は改善したのか、悪化したのか」と問いかけました。杉田氏は、「日本からグローバルな課題の解決策が示されない背景には、戦後、国際的な問題にかかわらなくても豊かな生活を享受できる状況が続いたことが背景にある」とした上で、「最近は海外経験をした人が増え、アジアの問題を中心に、国際情勢を考えて議論していく土壌は整っているのではないか」と述べました。これに対して赤阪氏は「東京にいる海外メディアの特派員は、ここ十数年で半分になった」と述べ、中国と比べた今後の人口や経済力の見通しから、今後の日本の発信力について悲観的な見方を示しました。
国際的な影響力向上のため、政府のガバナンスや政治家の姿勢の改革を
次に、日本の国際的な影響力を高めていく課題として、赤阪氏は、国際機関の要職に就く日本人が減っていることに触れ、「人物はいるが、政府としての戦略と、各省を束ねる司令塔がない」と、首相官邸を中心としたガバナンスの再構築が必要だと述べました。続いて髙島氏は世界で活躍する人材にとって日本自体の存在感が後ろ盾になると述べ、そのためにもODAの戦略的な活用が重要だと強調。中国の途上国支援に対して現地で「植民地化ではないか」という批判が出ている中、ODAでこれまで成果を上げてきた日本が再びその取り組みを強化し、相手国との信頼関係を築くことで、国際機関の選挙における票の獲得にもつながると指摘しました。
杉田氏は、日本の政治が国際社会の課題解決に取り組む体制について、「ここ10~20年、経済問題や政治の混乱があり、世界的なプレセンスの向上にまで手が回ってこなかった」と振り返り、「国際的な発言が日本以上に注目されているシンガポールのような、『世界の中でどう生きていくか』という大きな戦略が足りなかった」と指摘。同時に、「日米の安全保障の関係、経済の枠組みのみを指針としていく傾向が強まっている」と指摘し、国連や多国間の外交が軽視され、そうした舞台における環境や軍縮、人道のような分野での貢献が減ってきていると述べました。
一方、気候変動やインフラ整備に関する安倍政権の提案など、今の地球規模の課題に対する日本政府の取り組みがどの程度効果を発揮しているかについて、赤阪氏は「日本はこれまで多くの分野で貢献をしてきたので評判は悪くないが、リーダーシップやアイデアとなると十分でない」と評価。原因は「その必要性がないことだ」と指摘し、打開策として、国際的な課題に関して国民を交えて議論し、判断を下す場を与えられること、具体的には日本が国連安保理の常任理事国となることが、必要だと述べました。また、高島氏は、難民問題の扱いが日本の行政では極めて小さくなっていることを例に、「今は蚊帳の外だと思っていても、ある日突然『日本は何もしていないではないか』という声が国際社会から起こる可能性がある」と述べ、メディアや政府、NGOなどが対応の枠組みについて議論を開始する必要性を強調。そうした努力によって徐々に国際機関での発言力を獲得し、最終的には常任理事国入りを目指すというプロセスを踏むべきだ、と主張しました。
課題解決や秩序形成の担い手として、日本への期待は大きい
司会の工藤が「課題解決のプレーヤーとして、世界は日本に何を期待しているのか」と尋ねると、赤阪氏は、国際秩序の面から、「中国が普遍的な価値を包摂し、秩序を守っていくよう導く役割を日本は期待されている」と述べ、日本がアジアや世界の平和構築に取り組む意思があることを、より積極的に世界に発言すべきだと訴えました。杉田氏は、日本が特化すべき分野の一つとして防災を挙げ、「気候変動が進む中、防災はグローバルな課題になっている。日本はこの分野が非常に進んでおり、世界がそれを期待している」と述べ、日本で国際会議を開くだけでなく、その後のフォローアップが重要だと強調しました。
将来を見据えたソリューションやオピニオンを世界に発信すべき
その後、議論の焦点は、日本の考えを世界に伝えるための広報、発信の役割に移りました。杉田氏は、日本の政府広報を強化していく重要性は認めた上で、現状の問題点として、「歴史問題などでの主張内容が微細な部分にまで及び、国際社会の関心とずれている」と指摘。加えて、「日本は世界の平和・発展にどう貢献していくのか」という、将来を見据えたソリューションが伴った発信の必要性を訴えました。高島氏も、「日本の政府広報は、中国や韓国を意識した戦後処理の問題にほとんどの意識が集中している」と述べ、日本に対する高い好感度をベースに、「日本が国際社会でどのような役割を果たそうとしているか」を発信していくことの重要性を主張。そして、政治家や報道官だけでなく代表的な日本人を海外に派遣して現地の人との意見交換の場を持つことも、日本への理解促進につながる、と提案しました。
日本の発信力向上における政府以外の主体の役割について、赤阪氏は「日本の情報が世界に流れないのは、政府だけでなく自治体の問題でもある」と指摘し、観光や文化のなど面で、外国人を意識した情報の輸出を促進すべきだと提案。具体的な手段として、政府の広報や広告だけでは疑いの目で見られてしまうことがあるため、日本にいる海外メディアへの働きかけが重要だと述べました。杉田氏も地方発の情報発信を増やすべきだと赤阪氏の意見に同意した上で、加えて、「外国人は、日本人が何を考えているのかを知りたがっている」と指摘。日本の将来展望についてのオピニオンの強化を求めました。また、日本のメディアにおける人材育成の課題について、政治や経済といった特定の分野にとどまらない総合的な知見を持つことや、国際的に通用する論理的な文章構築の実践を挙げました。
課題解決に向けた議論の舞台づくりを
赤阪氏は、国際的な発信における言論の役割に触れ、「チャタムハウスやダボス会議のような、定期的にいろいろなテーマを扱う議論の場を日本につくり、外国のメディアに関心を持ってもらえば、日本の情報がもっと世界に流れるのではないか」と提案。高島氏も、「交通網の発達や防災など、日本が売り物にできる課題解決の経験はたくさんある。日本発でそれを話し合う場をつくれば、間違いなく議論は深まっていく」と述べました。
最後に工藤が、「今日のような、日本の世界に対する貢献や、その発信のあり方に関する議論に、これから本格的に取り組んでいきたい。これから、世界の一つひとつの課題にどう答えを出していけばいいのか、日本の正しい姿を世界にどう伝えていくのかについて、より突っ込んだ議論を開始したい」と、言論NPOが取り組む、地球規模的な課題に対する議論の舞台づくりへの決意を述べて、議論を締めくくりました。
言論NPOでは今後、地球規模的な課題解決に向けた議論を本格化させていきます。その模様は、言論NPOのウェブサイトで随時お伝えしていきますので、ぜひご期待ください。