日本は環境先進国ではないのか

2016年1月09日


工藤泰志工藤:言論NPOの工藤泰志です。さて、言論NPOは今年、地球的な、世界的な課題についてもきちっと議論していきたいと考えています。

さて、昨年の11月末から12月にかけてパリで開催されていた国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)にて、2020年以降の温室効果ガス排出量削減のための新たな国際枠組みである「パリ協定」が先進国と新興国の全てが参加する形で採択されました。

そこで、今日はCOP21での合意内容、その合意内容を実現していく上で、日本に何が出来るのか、そうした観点から議論してみたいと思います。

実際にCOP21開催中のパリに行かれて、会議を見てこられた方にお越し頂き、感想も踏まえて、今回の合意の意味とそれをベースにしながら、日本で、私達は何を考えるべきなのか、ということについて、議論を深めたいと思います。

ということで、ゲストは、京都大学名誉教授の松下和夫さん、国立環境研究所主任研究員の藤野純一さん、地球環境戦略研究機関上席研究員の小圷一久さんのお三方です。よろしくお願いします。


まず、今回のCOP21については、日本でもいろいろな報道がありました。全参加者が合意したということで、非常に意味があるものだと思います。また、報道では、安倍総理も演説し、丸川環境大臣の顔も出ていましたが、日本がどういう役割を果たしたのかということがなかなか見えてきません。

まずは、このCOP21の合意の歴史的意義について皆さんからお話を伺いたいと思いますが、まず松下さんからいかがでしょうか。


「パリ協定」は、全参加国間で合意できた歴史的意義のある合意

松下:私自身はCOP21の会場には行っていないのですが、パリで関連する同じ時期の会議に参加しておりました。パリの街は、テロ直後でしたが、比較的平穏で、COP21に向けたいろいろな取組みが行われていました。

 COP21で合意され採択された「パリ協定」は、法的な拘束力をもった枠組みです。1997年のCOP3で採択された「京都議定書」は、先進国だけに対して温室効果ガスの排出抑制義務を課していましたが、今回は途上国も加わる形の全員参加型です。もちろん、先進国に率先的活動を求めていますが、世界全体で温暖化対策に取り組むということで合意ができたという点で歴史的な合意だったと思います。

 もう一点は、長期的目標として平均気温の上昇を産業革命の前と比べて2℃よりも十分低く抑えるということ(2℃目標)、また、1.5℃の上昇でも小さい島国などは影響を受けますから、そういった国に対する影響も考慮して、1.5℃に抑える努力をしていくという長期的な目標が、「パリ協定」に明確に書かれたことは大きな意義があります。

 これを具体的に排出量で言うと、世界全体で、21世紀後半、2050年以降に向けて、人為的な温室効果ガス排出量をゼロ(ネット・ゼロ)にする、ということです。私は「ゼロ炭素社会」という言葉を使いますが、これからは、温室効果ガス排出をゼロにすることが求められていくのだと思います。これは、産業界にとっても非常に重要なメッセージです。

 ただし「パリ協定」は長期的目標とどう取り組んで行くかについての枠組みは決めていますが、各国が目標を達成できなかった場合の罰則はなく、各国に取り組みが委ねられています。

工藤:藤野さんはCOP21に参加されたということですが、現地はどのような感じだったのでしょうか。

藤野:現地で会議に参加していましたが、良かったと思います。2005年にカナダのモントリオールで開催されたCOP11の時から参加しており、私自身は交渉する立場ではなく、自分たちがやっている活動をお知らせするようなことを、ずっと続けてやってきたのですが、苦労した人たちとその瞬間を共有したかったという意味で、今回は最後まで居たかったなと思いました。

 自分の貢献はそれほどではありませんが、合意を作るために多くの人たちが歩み寄ってできあがった合意である、ということを会場にいるときから感じていました。

 議長国であるフランス政府は、会場の雰囲気を良くして、すごいデザイン性の良い、おしゃれな、食べ物も美味しい場所を提供してくれました。最後までその場に居たかったと思うと同時に、これからが本当のスタートだと感じています。

小圷:私が大学時代に「京都議定書」が合意され、その会議に参加したことがきっかけでこの分野に入りました。それから、交渉プロセスについてもフォローしてきましたが、今回、特に重要だと感じているのは、全ての国、全ての関係者がこの枠組みに入ったということです。

 「京都議定書」は、結果的にアメリカは途中で脱退しましたが、日本、ヨーロッパなどの先進国が中心に実施されました。そうした枠組みが、今回の「パリ合意」では大きく変わったということが、これまでと比べて一番大きな違いだと思います。

 すべての関係者が連携し、連帯していくところを、私も現地に行って垣間見ることがでました。中でも非常に印象深かったことは、これまでの交渉では、会議の最後で反対意見を言う国が出てしまうなど、後味の悪い終わり方がこれまでたくさんありましたが、今回は皆さんが賛成の意見で合意できたということです。合意がなされた後、多くの関係者と意見交換を行いましたが、パリ協定の内容については皆さんが「ハッピーだ」と言っていました。

 その理由は数多く挙げられますが、その一つは、支援の枠組みが充実しているということがあります。資金の問題が非常に大きな争点だったのですが、先進国が資金の上限を引き上げることを約束して、資金と行動をつなぎ合わせることができました。また、目標達成に向けた長期的な取り組みが見えてきました。その結果、皆がコミットメントする、「約束草案」(Intended Nationally Determined Contributions:INDC。COP21に先立って各国が提出した、各国内で決めた2020年以降の温暖化対策に関する目標)という形で、各国がボトムアップで目標値を積み上げるという流れになり、それを国際的に支援するという約束が出来たことが非常に重要だと思っています。

工藤:松下さん、全参加国が合意した理由は何だとおもいますか。「京都議定書」には、中国も、アメリカも入っていなかったのですが、そうした大国が中心になって加わったことが大きかったのでしょうか。


アメリカと中国の協調、フランスの周到な準備が合意を生み出した

松下:一つは、温暖化についての科学による評価の確実性がかなり高まったこと、また、現実に、温暖化が原因と思われる色々な被害が起こっていることで緊急性が高まっていることが挙げられます。さらに、今回のCOP21の1年以上前からアメリカと中国が合意して、取組みを始めたことが大きいと思います。

 それから、主催国であるフランスが非常に周到に準備をして、各国に働きかけたことも大きいと思います。2009年にコペンハーゲンでCOP15が開かれ、各国の首脳が参加しましたが、最終的に合意が出来ず、「合意に留意する」という形で終わってしまいました。

 そういう失敗の経験を活かして、フランス政府は周到に準備して、各国の意見をできるだけ聞いて、なおかつ各国が自主的に提出した約束をもとにして議論したところに成功した原因があったと思います。

工藤:今回の合意は、「京都議定書」のようにきちんとした目標を定めて、それをどう実現するかというよりも、各国が自主的に目標を定めて、その目標をチェックしていくという形になったわけですが、実効性という点でどのように判断すればいいのでしょうか。

藤野:松下先生がおっしゃったように、IPCCの第五次評価報告書で示されている平均気温の上昇を産業革命の前と比べて2℃未満に抑えるための削減目標値と比較すると、現時点の各国の自主的な削減目標値の積み上げでは実現できず、その間にギャップがあります。ただし、先進国と途上国が自分たちの計画を出し合ってレビューし、5年に1回改定される。その改定プロセスで必ず、上方に、良い方向に修正するようにやっていきましょう、というルールができた。これは今までになかったことなのです。

 もちろん、どこまでそのギャップが埋まっていくかは、これからの努力になりますが、そうした仕組みが出来たことが大きいと思います。

工藤:一般の人たちからすると会議の雰囲気がわからないので、もう少し教えてもらえればと思います。COP21の会場には、2つのメイン会場があり、そこでいろいろな会議が行われ、アメリカのオバマ大統領、中国の習近平主席も出席したようですが、安倍総理が演説した場所はメイン会場でなかったという話がありますが、どういう雰囲気だったのでしょうか。

小圷:今回、非常に多くの方が来られるということで、大きな会場が2つ用意され、1つは首脳、閣僚級を含むハイレベルが集う会場で、人数制限があり、関係者のみ一部が入れるという形でした。その隣にもう1つ大きな会場が、外部中継会場になっていて、そこで画面を見て、隣で起きている状況を見るという形でした。今回、多くのハイレベルの人物が参加し、時間の関係で、安倍総理はメイン会場に入りながら、サブ会場で演説するということだったと思います。

 我々もサブ会場を中心として、どういうことが起きているのかを見ていました。それでも、入れない場合は、他の小さい個別の部屋も用意されていて、そこで中継を見ていました。非常にたくさんの方がいらっしゃっていたので、うまく分けていたという感じでした。

松下:今回の会議は、150カ国から首脳が参加し、同じ屋根の下にいたということで、国連史上最大の国際会議と言われていて、しかもこれを冒頭に開催しました。コペンハーゲン会議では最後に首脳達が直接協議して、合意しようとしたが、うまく行かなかった。今回は、冒頭に各国のリーダーがメッセージを強く出し、それに基づいて実務的協議がなされて、最後に閣僚級でまとめていくという、首脳、実務者、最後に閣僚というパターンで、全体として非常にうまくアレンジされていたと思います。

藤野:会場の雰囲気ですが、もちろん交渉を行う人がメインです。今まで同様、交渉を行う会合によってはオブザーバーも傍聴できるようになっていて、私もオブザーバーとして、一緒に参加しました。このオブザーバーとして参加するためには、事前に登録した機関の関係者しか参加できなかったので、参加したくても参加できない人が、かなり多く出ました。

 交渉するスペースのほかに、パビリオンやサイドイベントを行うスペースがあり、「こうすればできますよ」「こういうところがイシューですよね」「交渉の様子もちょっと話してもらえませんか」といった、ある意味交渉を後押しするような場所もありました。今回、そうした場所がさらに広くなり、中国、インド、日本、EU、アメリカ、それにベトナムのパビリオンもあり、博覧会の展示場のような、ある意味お祭りみたいな盛り上がりがありました。


日本のプレゼンスが低下していることが明らかになったCOP21

工藤:日本の存在感が高くなかったという指摘がありますが、いかがでしょうか。

藤野:少し寂しい感じはありました。まず1つは、テロのこともあり、特に企業系の方があまり来られていないのか、参加者も前より少なくなっているように感じました。また、交渉の方でも、聞くところによると、十数個ある交渉グループにおいて、日本がとりまとめ役を頼まれたところはなかったようです。

 また、安倍総理が来たときにはプレスリリースを出しましたが、熱心に日本から積極的にメッセージを出すことも余りなかったようです。そうした点も含めて、日本の存在感があまりなかったという話も聞いています。

 さらに、米国やEUは、アフリカ、南米、太平洋の島礁国グループとともに、100カ国以上からなる「野心連合」を結成し、合意に向けた多数派工作に動こうとしたのですが、日本は誘いを受けていなかったということで、ようやっと最後に加わったということなどもありました。

工藤:2020年に、途上国に現在の1.3倍、官民あわせて年間約1兆3000億円の気候変動対策事業を行うという日本からのお金の支援についての評価はどうでしょうか。

小圷:実際の中身がどういうものか、ということについては、これから問われてくると思います。また、「緑の気候基金」(Green Climate Fund: GCF)という開発途上国の温室効果ガス削減と気候変動の影響への適応を支援するための基金があり、日本は拠出額全体の15%を念頭に最大15億ドルを拠出するとことにしていて、1カ国としては、非常に高い額を出しています。しかし、今後、日本の顔が見えることをしていかないといけないと思います。

 その観点で、私も関わっていますが、二国間クレジット制度と言って、二国間で排出量を取引していくというメカニズムがあります。今回の「パリ協定」では、この二国間クレジット制度が市場メカニズムの中に位置付けられ、会議中にフィリピンがこのメカニズムに参加したいと署名式が催されるなど、非常に大きな出来事がありました。このように、具体的に日本の顔が見える形で貢献していくことが大事だと思いますが、まだまだ不十分だと感じています。

松下:日本の企業のプレゼンスが小さかった、とのお話がありましたが、世界的に見れば、今回のCOP21では、会議の冒頭にビル・ゲイツが、新エネルギー技術開発のために共同基金を27人の投資家と一緒に作ったり、パリ市長と都市・気候変動担当の国連特使を務めるマイケル・ブルームバーグ前ニューヨーク市長が中心となって、「市長連合」を作って、世界の主要都市で温室効果ガスを削減すると約束したり、政府以外の企業、自治体の動きが非常に盛り上がってきたということも今回の会議の特徴だったと聞いています。

工藤:COP21の全体像、意味、雰囲気はわかりましたので、次は、その中身について議論したいと思います。



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