COP21で合意された「パリ協定」の意義と課題とは何か
工藤:このセッションでは、今回の「パリ協定」での合意の意味をアウトカムベースで考えてみたいと思います。
つまり、地球温暖化が進み、非常に深刻な事態を招いている。例えば、東京でも正月を迎えるというのにイチョウの葉が黄色のままで、紅葉が楽しめるという状況にびっくりしているのですが、地球温暖化を阻止するという大きな目的から見て、今回の合意の持つ意味は何なのかということを聞きたいと思います。
また、藤野さんからは、目標とする2℃の上昇に抑えるためには、各国が出している削減目標ではまだ足りないという指摘もありました。今後、地球を守る動きに発展するのか、この合意を踏まえた評価について、お聞かせいただけますか。
松下:工藤さんがおっしゃるとおり「パリ協定」は、歴史的な合意、歴史的に大きな一步だと思いますが、これから進むべき長い道筋を考えるとささやかな第一歩でしかありません。
「パリ協定」自体は法的拘束力がある協定ですが、実際は長期目標とその達成・評価プロセスを決めたものであって、国際社会が取り組むべき課題と枠組みを示していますが、本当にゼロ炭素、低炭素でレジリアントな(回復力のある)社会にどのように転換していくか、ということが今後全ての政府、自治体、企業に求められています。
具体的にいうと、各国が出している「約束草案」を実施することだけでは足りなくて、将来、出来るだけ早く、より高いレベルに削減目標を引き上げ、現在の産業界、自治体、市民社会が取り組んでいる勢いをもっと高めていく必要があると思います。
フランスのオランド大統領が閉会式で「パリではこれまでたくさんの革命があったが、今回の革命は最も美しく、最も平和的な気候変動防止のための革命だった」と語ったように、その革命の成果を、これからどう活かしていくかが重要です。
工藤:基本的に各国が自主的な目標を作り、それを達成するために取り組んでいく、そのルールも決まったということですが、最終的に何を目指すということなのでしょうか。
松下:ひとつは、産業革命前と比べて温度の上昇を2℃より十分低いレベルに保つ、できれば1.5℃にすることを掲げましたが、排出量でいうと、21世紀後半には「ネット・ゼロ」と言いますが、吸収量の範囲内で温室効果ガスを抑えなければなりません。
工藤:出たものが全部吸収されるということですか。
藤野:そうです。ゼロかマイナスになるということです。日本でも2050年の目標値が80%削減とありますが、2100年またはその前に、ゼロかマイナスにするということを中国、インドなども含めて世界全体で実現しようということで合意されたことになります。
工藤:それをどのように実現していくのかということで、藤野さん、自主目標の展開はどのような意味を持つのでしょうか。
藤野:最初のスタートとしては、計画を出し合わないと、どのように達成しようとしているのかが見えないので、その手段が見えるようになったという意味はあったと思います。
そして、世界全体の削減目標値をレビューする仕組み、「グローバル・ストックテイキング」と言いますが、5年に1度それが世界の目標に合っているかどうかをちゃんと評価しましょうということになりました。
これらの評価については、UNFCC(国連気候変動枠組条約)の事務局の中でチェックしようという形で、世界全体と国別の目標の達成度合いをそれぞれ評価するという仕組みが出来ました。
工藤:基本的な質問ですが、これは、2020年から2030年の話でしょうか。「パリ協定」が対象としているのは、いつまでの話なのでしょうか。
藤野:2020年以降、先進国は概ね2030年を含めてということです。
松下:現在でも2020年までの目標はあります。それは、京都議定書の「第二約束期間」ということで、取り組んでいる国(ヨーロッパが多い)がある一方と、それ以外の国は自主的な目標を達成していくことになっています。2020年に向けて、日本を含め、現在の自主的な目標をもっとレベルアップし、もっと早く達成するということが求められています。
小圷:概ね2020年目標ですが、2025年目標、2030年目標をそれぞれ出している国もあります。
工藤:今世紀末の早い時期にゼロ、マイナスにするということどう繋がるのでしょうか。
目標期間は2020年、2025年、2030年と出していて、それがかなり長期的な問題と連動していると見てよいのでしょうか。
温室効果ガスの削減と温暖化による被害の拡大への適応の両面が重要に
小圷:そこをどう連動させるかかということが今後、重要な点です。今回の合意の一番重要な点は、長期目標として気温上昇を2℃に抑える、1.5℃まで減らす、ということで大事なことは、ゼロエミッションの世の中を作っていくということが重要です。それに向けて、温室効果ガスを削減していく、つまり「緩和」していかなければならない。一方で、様々な被害を抑えていく、つまり「適応」していく。この2つの点について、大きな目標を作ったと言う点が大きなことだと思います。
それをどう達成していくかという問題がありますが、条約の中で、技術、資金、能力構築という3つのキーワードがあって、それをどう使っていくかについて、今回、技術、資金についてのそれぞれ具体的なメカニズムを作り支援をしていく、能力構築についても、段階的にそれを支援していく枠組みを作ることで合意しました。
まさに、どう実行していくかという問題がありますが、国際的な大きな目標と国のボトムアップを繋ぐ仕組みが技術であり、資金であり、能力構築であり、今後、そこが問われていきます。
工藤:聞いている人も私も疑問が出ていて、答えも出ていると思うのですが、「京都議定書」では、実際に排出量を削減するのと、排出量などを途上国から買うなどして、色々組み合わせながら削減してきましたが、今回も同じなのでしょうか。
小圷:自分たちの目標を自分たちの国の中で達成することが基本で、排出削減クレジットの買い取りは更なる深掘りに使うことになると思います。
藤野:インドネシアは前から目標を出していましたが、2020年に自国の努力だけで成り行きケースに対して26%減らすが、国際的な協力もあれば深掘りして41%削減を目指す、といったように、実はそれぞれの国が目標値を出していました。
工藤:自分たちの努力で排出量を削減するという目標を設定し、色々な取引は、深掘りのために使っていくということでしょうか。
小圷:長期的な目標と、各国が積み上げたものとの間にギャップがある、今の目標を足しても達成できない、それをどう達成していくかが「深掘り」の部分であって、そこをいかに国際的に支援できるか、メカニズムを作っていけるか、「野心の向上」をどうやっていけるのかがある意味、これから問われるところだと思います。
工藤:基本的なところで減らしていく努力をするということで、目標は異なっても足並みを揃えたということですか。
藤野:京都議定書の時は、国が限られていましたが、今回は足並みを揃えたということです。
工藤:「ゼロ炭素」というのは、どういうことでしょうか。石炭などの化石燃料を使うことをなくすということでしょうか。
藤野:石炭を仮に使うとしても、炭素隔離貯留技術というのがあって、発電所や工場から排ガスとして出てくるCO2を取り除いて、それを地中に埋めたり、海に埋めたり、また、技術が進歩すれば宇宙に放出するなど、CO2を取り除く技術があります。
さらにはバイオマス・エネルギーと組み合わせる。バイオマスはCO2を吸収しながら大きくなりますが、エネルギー利用するときに出てくるCO2をさらに地中に埋めると、ネットでマイナスになります。そういったものを組み合わせながら、世界全体でゼロ、またはマイナスに出来ないかということです。
工藤:世界の潮流は、化石燃料に依存することなく、排出を抑えるような技術的な仕組みを入れることで、ゼロまたはマイナスにするということですね。
藤野:太陽光発電が家に付いていたとします。太陽熱温水器も同時に付いて、断熱の良い家を作れば、ネットでエネルギーを生み出すような家ができるし、すでにゼロエミッション住宅というものあります。また、エネルギーを作りだすような、創エネルギー住宅、プラス・エネルギー/ポジティブ・エネルギー住宅もあります。
工藤:目標を実現するための手段の話なのですが、小圷さん、あとはどういう手段があるのでしょうか。
各国の削減目標の積み上げでは達成できない2℃目標を、どう実現するか
小圷:「京都議定書」の時は、主に国と国の間での取り決めでやってきたのですが、いま注目されているのは、国を超えて、企業や市民社会、自治体などの人たちがどう主体的に関与していけるかが、重要なポイントとなっています。2020年までの取り組みとして、様々な関係主体が具体的な行動を登録して、その行動に対して、国際的にお金を付け、支援してあげるということを国連が実施する。そういった取り組みに、先ほどの技術メカニズムを組み合わせて、技術的な支援をするとか、さらに資金が貯まっている「緑の気候基金」からもお金を出して後押しするなど、どんどん国を越えて関係者をもっと増やしていくことが大きな手段になりつつあります。
工藤:国だけではなく、ノンステートの取組みがどんどん動かなければならないという話ですね。
松下さん、手段や流れの展開、考え方はわかったのですが、実感として、2℃目標の実現の目処は立ったと思いますか。それともまだ始まったばかりという考えでしょうか。
松下:基本的には、省エネルギー、エネルギーの使用量を減らす、効率を上げる、電源構成でいうと再生可能エネルギーの構成比率を高める、森林の吸収力を増やすなどが考えられます。
再生可能エネルギーはヨーロッパ、アメリカ、中国を含めて、かなりエネルギー構成比率は高まっていますし、再生可能エネルギーに対する投資も高まっており、今後、確実に広がっていくと考えられます。
省エネについても、断熱などまだまだ可能性がありますし、地球全体でどこまで可能か、いくつか既にシミュレーションがあって、IPCCでも出されていますが、最近では、イギリス政府が中心となった「グローバルカリキュレーター」という世界の専門家、国際機関が関わって作成したツールがあります。現在の経済、政治、人口増加を前提としながら、どのようにして気温上昇を2℃に抑えることができるか、あるいは温室効果ガスの排出を2050年末に半減させることが物理的に可能かと、いくつかのモデルを使って計算するツールです。これによると、現在ある技術を使うことで、生活水準を下げずに、2050年までにCO2の半減を達成できる経路があります。
実際に、自分でオプションを選んで、例えば、再生可能エネルギーをどれくらい増やすかとか、食料についても牛肉をたくさん食べると色々な意味でCO2 が増えるのですが、牛肉を減らし、肉であれば豚肉、鶏肉を食べるとか、あるいは肉食を減らし穀物消費で置き換える。また、交通についても輸送手段の転換を図る「モーダルシフト」によって、公共交通を増やすなど様々なオプションを採用することで、生活レベルを下げずにかつ栄養状態を下げずに世界の人が安定的に生活できて、なおかつ、CO2を減らすことが出来るというオプションの組み合わせが存在します。このように、科学的かつ技術的な可能性と選択肢をベースにして、政策の組み合わせを議論していくことが必要です。
工藤:一番重要なのは、各国がいま出している、「約束草案」という目標をどう評価して、積み上げてもまだ出来ていない状態にある。基準年がばらばらなので単純に評価できないのですが、藤野さん、各国が出している目標を見て、どうでしょうか。
藤野:今までのトレンド、やってきた努力から見ると、それぞれ「もうちょっと頑張ってみよう」という姿勢が見えます。ただ、それが2℃目標、さらには1.5℃目標に到達するかというと難しく、さらにギアを上げないと間に合わないと思います。
松下:クライメート・アクション・トラッカーという研究組織がありますが、そこの評価だと、現在、各国が出している約束を合計すると、2.7度くらい上がってしまうことになります。
工藤:2℃目標の達成には至らないわけですね。ということは、EUの2090年まで40%などの評価を足してみても今は足りないのですね。
藤野:今は足りません。
工藤:小圷さん、現在の目標を見て、なぜ足りないのでしょうか。今後、こういう風に変わるともっと増えるのではないかという可能性はどこにあるのでしょうか。
小圷:我々研究機関も様々なシナリオを比較検討して、いわゆる「2℃目標」の範囲に入っているかというようなところで、評価、分析を行っています。そうした点で言えば、例えばアメリカは比較的、意欲的なプランを出していて、石炭をより効率的に使用する、あるいは地中に貯留するようなものと合わせるとか、そういったものは海外に輸出しないなどを含めて対応はしています。
一方で、中国も含めた途上国は、これからも成長していく、なるべくその成長は犠牲にしない。けれども、排出量のピークはそれなりに早く抑えていく、そのために必要な措置、たとえば排出量取引制度を国として導入ようとしています。そうしたことが、25%削減、20%削減というものには効いてくると思いますが、ゼロエミッションなど本当に「2℃目標」を達成するには、全ての国を含めても、おそらく足りていない。ですから、そこは、違う変革が必要なところで、それを国際的にどう進めていくかについても今後レビューしていこうという話があります。本当の意味で「2℃目標」、「1.5℃目標」を達成するための措置を提供している国は、おそらくまだそれほど多くない。それを今後やっていかなければならないというのが、この枠組みに期待されていることだと思います。
工藤:EUの40%というのは、一番高い目標のように思えますが、「2℃目標」をどれくらいイメージされているものなのでしょうか。
藤野:EUの目標は1990年比です。東ドイツとの統合だったり、東欧諸国が入ってきたりして、それによってかなり削減できた部分があるという評価があって、なかには、結構、もとから出来ていたことを積み上げただけじゃないかという人もいます。
工藤:いまの話を見ると、今回の「パリ協定」の意味は、全員が参加して、目標を共有化して、そして、その取組みが始まったというのが歴史的な意義だということでした。しかし、これからは、さっきのアウトカム的な目標達成に向けて、どうやってドライブをかけていくかという点が課題だということですね。
途上国とビジネスから起きる温暖化対策の新たな動き
藤野:今までは政府レベルで頑張ってきたというところがあって、企業も政府レベルのがんばりによってある種、規制的に参加せざるを得なかったのが、今度はマーケットとして参加できるかどうか、ということになってくると思います。つまり、ビジネスになるかならないかということです。今まで外部不経済で温暖化対策というのは常にコストがかかる、やらない方が良いという扱いだったものが、グローバル・ルールになって、ある意味、炭素に価格が付いて、税金ではないですけれども、炭素を出すと何かしらのコストを払わなければならないのだったら、少ない量の炭素しか出さない製品を作った方が得なのではないか、というマインドに変えることが、小圷さんがおっしゃった、変革を起こすための一つの切り口になると思います。
工藤:今までの流れというのは、省エネなどいろいろな枠組みをやると同時に、発展途上国の開発と連動して、そのなかで排出枠を取得するという話だったと思うのですが、それだけでは駄目で、今度は技術とマーケットが、温暖化対策を前提とした仕組みにかえていかなければいけない、ということでした。そういう流れの端緒が今回見えたという理解でいいのでしょうか。
小圷:途上国自身がより積極的に、自分たちの温暖化対策を実際に提案して、それを実施しようとする動きは「京都議定書」の頃にはなかったことでした。例えば、今回のCOPの会場内で催されていた各国のパビリオンの中で一番目立っていたのは、インドのパビリオンでした。
途上国が「これだけ温暖化対策をやっている」「これだけ良いことをしている」と見せようとしていました。これは、他の展示でも同じで、自分たちの取り組みをいかにアピールするか。アピールをするということは、実際に実行しなければならないのですが、そういったことをより積極的に展開し始めたということは非常に大きいと思いますし、それが積み重なっていくものなのかと思います。