中国経済の構造調整の先行きに対する疑念から世界の市場が大きく揺れ動く中、全人代で示された改革方針は果たして成功するのか。3月10日収録の言論スタジオでは、河合正弘氏(東京大学公共政策大学院特任教授、前アジア開発銀行研究所所長)、佐久間浩司氏(国際通貨研究所経済調査部兼開発経済調査部長)、田中修氏(日中産学官交流機構特別研究員)の3氏をゲストにお迎えし、議論を行いました。
議論では、世界が懸念する中国経済のハードランディングは起こらないという認識で各氏が一致しましたが、中国が抱える様々な「過剰」の実態には不透明な部分も多く、難しい舵取りが迫られるため、構造調整には時間がかかるとの指摘が相次ぎました。
移行期の最中、様々な課題に直面している中国
まず、第1セッションでは、冒頭で司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志が、中国経済では今、何が問題になっているのか、その現状認識について尋ねると、河合氏は「当面の最大の問題は、人民元に対する下方圧力」と答えました。河合氏は、人民元が大幅に切り下がる根拠が乏しいにもかかわらず、中国経済に対する疑心暗鬼から市場が過剰反応を起こしているため、下落圧力がかかっていると解説。その上で、人民元の下落の影響は世界の株価や新興国通貨、さらには日本経済への影響が大きいため、「人民元が下がることは決して良いものではない」と語りました。
田中氏は現在、中国経済が「短期的な経済減速」と、「高成長から中成長に移行させるための大きなギアチェンジ」という2つの大きな時期に直面していると指摘し、その2つの難題に同時に直面しているため、現状は非常に厳しいとの見方を示しました。
佐久間氏は、中国が胡錦濤政権時代に中成長へのギアチェンジを図っていたものの、リーマン・ショックというグローバルな経済危機によって世界の需要が突然大きく減ったので、需要を創出するために、4兆円の経済対策のように「無理にエンジンをふかしてしまった」と分析。しかも、その危機が去った後も、世界全体が、「中国がふかしたエンジンに乗っかってしまったまま」であるので、中国が景気刺激策を少し元に戻そうとすると、世界全体が騒ぎ出すことになると指摘した上で、そういう構造の中では「中国がちょっと気の毒だとすら思っている」と述べました。
今後、どのような不良債権が出てくるかはまだ見えてこない
続いて、工藤が中国が進める構造調整の全体的な見通しについて尋ねると、河合氏は時間がかかるとしつつも、中央政府の債務が対GDP比で低く、財政的な余力があることを理由に、構造調整は十分に実行可能との見方を示しました。
田中氏も、債務残高のGDP比が、中央・地方合わせて40%くらいで財政状況に余裕があると指摘した上で、中国政府はこれまでのような過剰設備投資や不動産開発による投資ではなく、真に必要な投資に集中し、それによって経済を下支えしていく方針であると解説しました。
一方、佐久間氏は「人民元建ての国内での債務」の大きさを問題視し、今後、景気減速の過程で生まれてくる不良債権をうまく処理できなければ、「日本の『失われた20年』のように長い低迷に陥る」と警鐘を鳴らしました。
全人代で打ち出された改革方針は課題解決に向かっているのか
続く第2セッションでは、現在、行われている全国人民代表大会(全人代)で打ち出されている様々な改革についての議論が行われました。
河合氏は、サプライサイド側の改革の一環として不採算の国有企業を整理することを打ち出していることについて、「例えば、鉄鋼・石炭業だけでも180万人の人が職を失う」とした上で、そのようなマイナスのインパクトに対して財政出動による手当が必要になってくると語りました。しかし同時に、かつての4兆元の経済対策のようにやりすぎると、「ゾンビ企業などを延命させるのではないかという市場の疑惑・疑念も生むので、バランスを取りながらやる必要がある」と指摘しました。
これを受けて田中氏は、4兆元の経済対策によって本来削減すべきだった不動産などの在庫が積み上がってしまったことで、「その分構造調整が余計大変になってしまっている」と述べました。その一方で田中氏は、国有企業改革については、既得権益の頑強な抵抗によって胡錦濤政権以来停滞していたものの、習近平政権には反腐敗運動に見られるように強い問題意識があるとの見方を示しました。また、改革による失業対策としては、職業訓練の充実や成長してきたサービス産業への配置転換促進などを挙げました。
一方、佐久間氏は、李克強首相の「政府活動報告」について、数多くの問題を取り上げてそれに対する適切な対処方針を打ち出していると評価。これを受けて工藤は、そのように数多くの政策を同時並行して進めることが本当に可能なのかと問いかけると、河合氏はここで改革ができないと徐々に潜在成長率が下がっていってしまうため、「中長期的な観点から見てもやはりどうしてもやらざるを得ない」と応じました。
ハードランディングすることはない。しかし、いずれは大きなチェンジが必要
最後の第3セッションではまず、工藤は中国経済がソフトランディングできるのか、その見通しや、そこでの課題について尋ねました。
佐久間氏は、ハードランディングはないとの見方を示した上で、その理由として中国が対外的には純債権国であることを挙げました。一方で、問題が国内にあり、自らの手で何とかできる範囲のものであるが故に、解決が先送りされる懸念もあると述べました。さらに、より根本的な問題として、中国が目指す消費主導の経済というものが、サービス業を中心として都市部の経済圏が発達することが不可欠であるものの、「それは自由闊達な一人ひとりの市民がいてこそ実現する経済のモデル」と指摘し、それに向けた大きな体制のチェンジがないと、構造調整もいずれは行き詰るとの見通しを語りました。
田中氏は、中国に世界経済の牽引役を期待する世界や、改革疲れによる国内からの圧力をうけたときに、再び大規模投資路線へ戻ってしまうようであれば中国経済の寿命は縮むとしつつも、現政権はそうした「外圧」をうまく利用して構造調整を進めようとしているのでハードランディングはないと語りました。
河合は、いざとなれば財政によるテコ入れが可能であるし、サービス産業、特に金融業の成長に見られるように、「新常態」への移行が現時点では進んでいることを理由に、ハードランディングはないとの見方を示しました。
先進国はまず、自国の構造改革に力を入れるべき
最後に、工藤が国際的な経済秩序の行方について尋ねました。これに対し佐久間氏が、先進国は中国に世界経済の牽引役を期待するよりも、まず「自分たちサイドの改革」を進めるべきだと語ると、田中氏も今の世界経済の混乱は中国経済の減速だけでなく、アメリカの利上げや産油国の協調問題など様々な問題が絡み合った「連立方程式」のように解を導き出すことが難しい状況にある以上、中国だけに期待するのではなく、「自身の構造改革に真剣に取り組む」ことが重要だと述べました。河合氏も同様の見方を示した上で、特に日本については、金融政策や財政政策にはもう大きな期待ができないため、「やはり、『旧三本の矢』の構造改革を進めるしかない」と主張しました。
議論を受けて最後に工藤は、「今日の議論を踏まえ、世界経済のシステムリスクという問題が、いま、どういう形にあるかについて議論を発展させていく」と述べ、白熱した議論を締めくくりました。