言論NPOは3月27日、5月末に開催される主要国首脳会議(G7)=伊勢志摩サミットを前に、不安定化する国際秩序と世界経済リスクについて議論する国際シンポジウム「ワールド・アジェンダ2016」を東京都内の国連大学で開催しました。
今回のシンポジウムには、日本、アメリカ、フランス、ドイツなど主要8カ国の有力シンクタンクの代表が参加し、世界の課題解決に向けて、「国際秩序の不安定化と平和構築への努力」「世界経済のシステムリスクと不安定化にどう対応するか」の2つのテーマを議題に民間レベルで徹底討論しました。
会議終了後、議論の成果を踏まえ、G7に対する5点の提案を盛り込んだ「日本でのG7首脳会議に向けた緊急メッセージ」を発表し、閉幕しました。
米国:ブルース・ジョーンズ(ブルッキングス研究所副所長)
フランス:トマ・ゴマール (フランス国際関係研究所「IFRI」所長)
カナダ:ロヒントン・メドーラ(国際ガバナンス・イノベーションセンター総裁)
インド:サンジョイ・ジョッシ(オブザーバー研究財団所長)
インドネシア:フィリップ・ベルモンテ(戦略国際問題研究所所長)
ドイツ:ハンス・G・ヒルパート(ドイツ国際政治安全保障研究所「SWP」アジア担当部長)
中国:肖耿(国際金融フォーラム研究所所長、香港大学教授)
日本:工藤泰志(言論NPO代表)
◇日本人パネリスト(言論NPOアドバイザリーボードなどで構成)
川口 順子(明治大学国際総合研究所特任教授))
近藤 誠一 (近藤文化・外交研究所代表、前文化庁長官))
田中 明彦 (東京大学東洋文化研究所教授、前JICA理事長)
長谷川閑史 (武田薬品工業会長、前経済同友会代表幹事)
藤崎 一郎 (上智大学国際関係研究所代表、前駐米大使)
武藤 敏郎(大和総研理事長、元日銀副総裁)
これまでの秩序が試練を迎える中、我々自身が答えを見つける時期に来ている
シンポジウム冒頭、開会のあいさつに立った言論NPO代表の工藤泰志は、中国経済の減速により世界経済のリスクが高まっていること、政治的にもテロの不安が解消していないこと、さらに、米大統領選の行方などを挙げ、世界的に多数の不安の種が存在していることを指摘しました。そうした不安が存在する中、「我々がこれまで作ってきた平和や民主主義が、様々なチャレンジを受け、試練を迎えている。その出口はまだ見えないが、私たち自身が、自分でその答えを考えなければいけない時期に来ている。言論NPOはそうした変化に真っ向から議論を挑み、世界やアジアの平和の実現と課題解決に向けて、東京発で世界に議論を発信していきたい」と、今回のシンポジウム開催の目的と、シンポジウムへの意気込みを語りました。
相矛盾する2つのことが併存している状況下で、誰が解を提示できるのか
続いて行われた第一セッションでは、近藤誠一氏が司会を務め、杉山晋輔・外務省政務担当外務審議官が、議論の叩き台として現状の世界を見る上での基調報告を行いました。杉山氏は、現在、国際社会では2つのことが同時に起こっていると語りました。杉山氏はまず、国境による主権国家をベースにしたこれまでの国際社会秩序の中に、無国籍で無秩序なものが現れることで、伝統的な安全保障だけでは考えられない変革が起き、既存の国際関係を律する秩序から、次の秩序に移るパラダイムシフトが起こっている点を挙げました。一方で、中東で今起こっていることは、19世紀的なパワーバランスの再編や激突であると語り、本来、相矛盾するであろう2つのことが併存している状況下で、2つの出来事を包括して、国際法秩序の変革なり、政治哲学的なあるいは国際関係における根本的な発想が提示されるのを世界は待っていることを指摘し、そうした解について今回の議論で深めていければと語りました。
また、5月末のG7において日本が議長国を務めることにも触れ、「国際秩序が混とんとする中で、国内の政治が安定し、強いリーダーシップが発揮できる状況下で、日本が議長国となったことは非常にチャレンジングだが、ある意味で幸運な、ある意味で我々の力が試されていることだ」とG7にかける意気込みを語り、基調報告を締めくくりました。
アメリカの力は衰えてきたが、共通の枠組みで見ればまだまだ強大な各国
これを受けジョーンズ氏は、「世界秩序は転換点にある」と同意しつつ、気候変動の分野では米中合意が発端となり昨年末にパリ合意がなされたこと、イランの核開発問題でのアメリカとイランの合意、北朝鮮問題では米中が協力し、テロとの闘いでも協力関係が見られるなど、メディアが報じるよりポジティブな面もあると指摘しました
加えて、ジョーンズ氏は「アメリカの力が衰えてきていること自体は事実だ」としながらも、アメリカ、ヨーロッパ、日本、韓国など、G7に加えて、共通の価値観を持つ西洋という枠組みで見れば、世界全体のGDPの7割となり、軍事費用は8割と非常に大きくなると指摘し、各国間の一体性を保っていくことが重要だと語りました。その上で、G7のアジェンダとして、南シナ海を含む東アジアにおいて足並みを揃える立場をとれるか、AIIBをもっとオープンな組織にできるか、などを課題として挙げました。
経済の枠組み、分配の仕組みをどう変えるか、世界でもう一度考えるべき時
インドのジョッシ氏は、これまで先進国が作ってきた規範、ルールというものは、当時考えていなかった国家が台頭するなど、これまでの規範が当てはまらなくなっているとし、各国の内在的矛盾にもっと目を向けるべきで、そうした規範やルールの改編について先進国は積極的に力を発揮し、けん引してもらいたい、と新興国からの視点を語りました。
元外相の川口氏は「途上国の意見を取り入れていくのは大事だ」とし、ジョッシ氏の意見に賛同した上で、「経済が停滞し、世界的な政治的枠組みが変わる中で、今後の経済の枠組みがどう変化し、分配の仕組みをどう変えていくかを、世界でもう一度考えていくべきではないか」と指摘。そして、「今回のG7で日本が、経済協力の強化の取り組みをまとめ、さらに今後のきっかけを作る作業をしていくべき」と語りました。
さらに川口氏は、アメリカが相対的に力を失っていく中で、これまでアメリカが行っていた、世界の公共財を維持するという役割を誰が行っていくかについては、各国の力を持つ人たちの協力を仰いでいくことが一番重要で、意見を取り入れるという意味ではG20も大事だが、財政的な意味と世界の秩序を守るという意欲の面ではG7が重要ではないか、と指摘しました。
西洋の原則を学んだ中国の構造改革への挑戦
ここまでの議論を踏まえ司会の近藤氏は、肖氏に中国の見方を求めました。肖氏は中国政府も、中国国民も「アメリカの力が衰えているとは思わない」と述べ、アメリカが中心となって作ってきた戦後秩序の中で、中国はかなりのメリットを享受してきたし、アメリカは模範であると発言。そして、「中国にとっての国益と外国に対する国益が違うところは確かにあるが交渉はできる。G7諸国のリーダーが今回の対話のようにイノベイティブな場に中国を巻き込んでいくことを考えてもらうことはいい機会につながる」と新たな視点で中国を語りました。さらに肖氏は、過去30年で、①競争②説明責任③国内外の公共財の重要性という西洋の原則を学んだことを振り返り、こうした原則を踏まえて、中国は今、ガバナンスを強化し、調整することで経済の減速を食い止めようとしている、と中国の挑戦を解説しました。
ベルモンテ氏は、中国は経済的には国際秩序にのっとるものの、南シナ海で周囲と対立姿勢を見せている。中国は今後、強国的な大国となっていくのか、それとも、優しさを持つ大国となっていくのかの境目にあると指摘し、今後の中国の動向に注視していることを明らかにしました。
19世紀型の問題と21世紀型の問題とでは解決策が全く違う
田中氏は、杉山氏が冒頭で指摘したように21世紀型の脱国家的問題と19世紀型の力対力による問題が併存していると指摘。19世紀型の問題を解決するためには、抑止と力が大切で国家間紛争は起きないようにすることが重要だが、21世紀型では国際的世論に働きかけて問題解決を図るのが望ましい。さらに、「テロの問題でISが人々の心を動かしているのならば、それをスーパーパワーで解決ができず、21世紀型問題に対処するには、そうした軍事力ではなく、役に立つ情報共有、地道な情報交換、警察力強化、地道な経済発展を積み重ねていくことを考えていくべきだ」と語り、21世紀型には21世紀型の、現実に即応した堅実な解決策を披露しました。
インドネシアでの民主化の実現は、世界の他国に共有できる財産
続いて近藤氏から、戦後、世界の秩序を支えてきた、理念として我々を引っ張ってきたリベラルデモクラシーに対して、様々なチャレンジがあるように思うが、それをどのように理解したらいいのか、リベラルデモクラシーに欠陥があるから問題が出てきているのか、それともその運営の仕方が問題なのか、と疑問が投げかけられました。
ベルモンテ氏は、「インドネシアは約15年前に民主主義国になったばかりだが、民主主義と繁栄は密接にかかわっており分けて考えることはできないが、経済的な困難な時に、民主主義への希望が失われるかもしれない」と述べ。インドネシアの民主主義もこの問題に直面している指摘。また、インドネシアはかなりの人口がイスラム教徒だが、「イスラムと民主主義とは共存できるのだ」として、インドネシアのことは、他の国にも共有できるのではないか、と語りました。
民主主義が機能するために、私たちはどう作り上げていくべきか
田中氏は、「自由・民主主義というのは人類共通の価値観であり、年々、益々強くなっている」と指摘。そして、これまで、スハルト体制やミャンマーでの民主化実現を誰も考えていなかったが実現し、大統領制も台湾や韓国が採用する等、世界中が学べるようになったと、リベラルデモクラシーが着実に進展していることを紹介しました。一方で、「こうした制度を世界的に実現できない地域、過激主義に走るのも私たちは認めなければならない」としつつ、「希望がないわけではない。理念の上では、自由民主主義を追求していく国際的コンセンサスはある。だからこそ、各国の文化・習慣など相互に勉強していく」として、その必要性を説きました。さらに、日本がけん引してきた"ヒューマン・セキュリティー"(人間の安全保障)を改善させていくことが、最終的に自由と民主主義の政治体制が効果的に実現する道につながるのではないか、と指摘しました。
ゴマール氏は、これまで西側が築いてきた価値観をそのまま他の地域に押し付けることはすべきではないが、自分が自分の価値観、自分の価値の体系は守る権利はあると語り、「中国やロシア、インドに対して自身の価値を押し付けるというミスを犯すべきではない」と指摘。一方で、教育などを通して、自国民がしっかりとこのデモクラシーの、あるいはリベラルデモクラシーの価値を認識し、それを適切に運用していくことが必要だと説明しました。
川口氏は、「民主主義は常に変化の途上にあり、今後もどんどん変わっていく。そういう形態として民主主義を捉えるべきであって、非常に時間もかかり、問題もある民主主義だが、それを機能させるために私たちがどう作り上げていくか、ということを考えるべきだ」と語りました。
こうした意見を受けて、基調報告をした杉山氏は、非伝統的な安全保障の問題、パワーバランスの問題では、既存の確立した国際法規が現状に合わなくなっている所もあるが、力で変えようとしては混沌とするばかりで、国際法のルールを確立すべきと指摘しました。さらに、日本は過去に間違いも犯してきたが、全体として中庸が最善で、包括的に物事を運んでいく。日本はそういう力にもっと自信を持ってよい。そして、"ヒューマン・セキュリティ"と"包括性"に日本の存在感があると語りました。
G7議長国である日本への注文と期待すること
その後、G7への具体的な注文、日本への期待について問われたゴマール氏、ヒルパート氏、ジョッシ氏の3氏は野心的な準備を行ってほしいという点では一致しました。
具体的には、「『現実性は乏しいが』と前置きしつつ、G8も視野に入れてロシアを巻き込む努力をすべきではないか」(ゴマール氏)、「南シナ海で展開している中国については、きちんとウォッチしていかなければならないが、それよりもロシアは国際法を違反しており、ロシアのリアル・ポリティクスの状況や価値のコンセンサスはまだ取れておらず議論が必要」(ヒルパート氏)、「金融、インターネットのガバナンスを徹底するためにも議論の必要性があると指摘。加えて、環境や健康問題、さらにはテクノロジーをどう強化し利用していくか、MDGs、SDGs、気候変動などの問題も議論すべきではないか」(ジョッシ氏)など、様々な意見が出されました。
その後、会場からの質問を受け付けたのち、2時間にわたる活発な意見交換が行われ、第一セッションは終了しました。
五島一憲、神津由美子、班学人、松本照雄
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