G7伊勢志摩首脳会談の評価とは

2016年5月28日

 5月27日、日本が議長国を務めるG7首脳会議(伊勢志摩サミット)は、G7伊勢志摩首脳宣言を採択し閉幕しました。そのちょうど2カ月前の3月27日、言論NPOが設立した「ワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)」は、世界8カ国のシンクタンクのトップを東京に招聘し、「不安定化する国際秩序と世界経済にどう挑むか」と題したシンポジウムを開催しました。そのシンポジウムでの議論を踏まえ、「G7への緊急メッセージ」と題した提案を岸田外務大臣に手渡しました。この提案をとりまとめた言論NPO代表の工藤泰志が、今回のG7伊勢志摩首脳会談について語ります。
 同時に、今回の首脳宣言の主要テーマである経済政策に関して、日本のエコノミスト3人にその評価を聞きました。

⇒ 言論NPOがG7サミットの2カ月前に提案した「G7首脳会議に向けた緊急メッセージ」


オバマ大統領の広島訪問など、全体的に見れば高い評価となったG7

工藤泰志工藤泰志(言論NPO代表)

 今回のG7で採択された首脳宣言は、不安定化する国際秩序や世界経済の中で、自由や民主主義、法の支配などの共通の価値観に基づき、G7か結束して課題に向き合っていくと宣言したことは極めて意味あることだと感じている。我々が、ちょうど2カ月前の3月27日に、世界8カ国のシンクタンクのトップを東京に招聘し開催したシンポジウム「ワールド・アジェンダ2016」で提案した緊急メッセージで、世界ではこうした局面にもかかわらず、むしろ保護主義的な傾向やポピュリズムが強まっていることを指摘したが、そうした流れに対抗し、あらゆる形態の保護主義的な考え方に対抗していくという姿勢を打ち出すなど、我々が提案したメッセージの多くがこの宣言で活かされており、その面でも率直に歓迎したい。
 しかし、不安定化する世界になかでG7に問われた意味はこれまでにも増して重く、私は2つの点で、もっと強いメッセージを打ち出してもよかったのではないか、と思っている。

自由や民主主義などの人類共通の価値の持つ今日的な意味を明確に出すべきだった

 1つは、自由や民主主義、法の支配という私たちがよって立つ理念は、G7がグループとして結束するための理念にとどまらず、人類共通の財産だということである。この点を考えれば、世界の秩序の不安定化に対して、G7の宣言はG7の結束にとどまらず、こうした人類共通の価値が持つ今日的な意味というものを世界に問いかける絶好の機会だったと私は考える。しかも、私たち言論NPOが2カ月前の緊急アピールで主張したように、そうした強いメッセージは政治リーダーの決意で終わるのではなく、世界の多くの市民に理解され、支持されることこそが必要なのである。世界の秩序に大国的な国際法を無視する様々なチャレンジが存在している。そうした局面だからこそ、自由や民主主義という人類共通の価値はこれからの世界の新しい秩序を作り出していくときの中核となる理念として再確認することの今日的な意味は高まっているのであり、多くの人たちがその理念に共感し、守ろうとする流れこそが、世界に問われているのである。

世界経済のリスクに対する強いメッセージになったとは言えない

 もう1つは、リーマンショック後の経済の意味づけについてである。G7終了後、安倍首相は議長国としての記者会見を行ったが、リーマン危機との類似を強調し、同じような危機を防ぐことを強調したため、世界の専門家から経済の現状認識に異論が出される状況を招いている。

 宣言が、危機を防ぐために金融、財政、構造改革の政策を総動員すること、特に機動的な財政出動に言及できたことは高く評価できるが、各国の経済政策に配慮する形となっており、今ある世界経済のリスクに一致して強いメッセージを出せたかとなると、疑問を完全に払しょくすることは難しい。

 ここでより明確にすべきだったのは、今ある問題は、8年前のリーマンショックへの対策に伴う副作用が表面化している結果であり、その副作用から生まれたリスクに対して力を合わせなければ、新しい本当の危機になりかねない事態だということを理解する必要がある。

 1つは金融に過度に依存した対策を行い、同時に金融規制を強化し過ぎたことによって、膨大な資金がシャドーバンキングに流れるという副作用をもたらし、市場リスクを拡大させてしまったこと、そして、中国などの新興国の経済に過度に依存した経済の大幅な調整が行われているという2つの要因が挙げられる。つまりリーマン危機から、世界はまだ脱っしておらず、副作用に対して世界は力を合わせる局面なのである。

 こうした状況から脱するためには、金融に過度に依存した流れから脱却して、持続可能な世界経済に向けて適切なマクロ政策に戻すことが問われたのである。財政政策や構造改革を含めた対策を打ち出し、そのための政策合意に向けた努力は認めるが、今あるリスクに見合った形での政策的な強い結束には至らなかったと言わざるを得ない。秋には中国でG20が開かれるが、G7がG20の中でリーダーシップを発揮するというのであれば、G7が結束をするだけではなく、具体的なアクションプランを出すぐらいの動きをしていかなければ、市場に対するG7のメッセージとしては非常に弱いと言わざるを得ないと考える。

 また、安倍総理はG7後の記者会見で、「リーマンショック」という言葉を過度に強調することに違和感を覚えた。消費増税の延期という国内問題をサミットの合意と無理に結び付けることは、世界経済の不安定に向かうためにリーダーシップをとり続けた日本の役割の意味に誤解を招くことを私たちは懸念している。確かに、経済市場リスクや経済成長ができない状況の中で、増税を行うことは経済的な不安定さを更に拡大させる可能性はあるが、少なくとも今の経済状況は、住宅ローンをめぐる錬金術でバブルを作り出し、そのバブルが破たんし、資本主義経済そのものに大きなダメージを残したリーマンショックの構造とは違うことは理解すべきである。

全体的に見れば日本から世界への強いメッセージとなった

 安倍政権は今回のG7の1カ月前の外相会談の広島開催と、G7外相による原爆慰霊碑への献花、さらには、オバマ大統領の歴史的な広島訪問と原爆慰霊碑への献花やその後の演説という動きを作り上げた。これらは、歴史的な成果と言えるものである。日本がG7の議長国として世界に対してここまで大きなインパクトを与えたことは高く評価しなくてはならない。日本が世界の課題に今後も積極的にかかわっていくという強いメッセージにも繋がったと感じているし、その重い一歩を踏み出したことも意味を私たちも痛感している。

 言論NPOも今年の2月に「ワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)」を立ち上げ、民間部門で国際的な課題について議論し、世界に日本の考えを説明していこうとしている。これは日本国内の世界課題を考える厚い言論の舞台を稼働させるだけにとどまらず、世界の主要なシンクタンクと連携して、世界の課題解決に挑むという動きでもある。
 今回のG7での日本政府の成果を基に、我々も民間を舞台に国際的な課題解決に向けての発言を強めていきたいと考えている。

⇒ 工藤泰志(言論NPO代表)
⇒ 内田和人(三菱東京UFJ銀行常務執行役員)
⇒ 佐久間浩司(国際通貨研究所経済調査部兼開発経済調査部長)
⇒ 早川英男(富士通総研エグゼクティブ・フェロー)

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