第2セッションでは、「グローバリゼーションと国際システムの今後」をテーマに、第1セッションから引き続きの登壇となる主要10ヵ国のシンクタンクトップに加え、日本政府から財務省の浅川雅嗣財務官、またワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)*委員から長谷川閑史氏(武田薬品工業株式会社取締役会長、前経済同友会代表幹事)が参加しました。
*世界の課題解決に向けた日本国内の議論および解決策を東京から世界に発信するための言論NPOの機関。
国際政治は「トリレンマ」に直面!?
冒頭、浅川財務官より基調報告が行われました。
浅川氏はまず、昨年は国際金融市場に波乱をもたらした大きな出来事が多く起こったと振り返りました。年初の上海株の暴落に引き続くドル安円高の進行、6月に行われたイギリスのEU離脱を問う国民投票、11月のアメリカ大統領選などです。。
そして、国際金融の分野で指摘される、為替レートの安定、国際的な資本移動の自由、金融政策の独立性の3つを同時に成り立たせることはできないという「トリレンマ」を引き合いに出し、国際政治においても、民主主義、ナショナリズム、グローバル化は3つ同時に達成できないという国際政治の「トリレンマ」が注目を浴びていると言及しました。浅川氏は具体的な例として、リーマンショック以降の金融セクターの規律の回復や、多国籍企業の課税逃れを挙げ、「国境を超えた経済活動(グローバリズム)と、国家主権(ナショナリズム)との間で、どのような国際協調が必要なのか」という点が、国際社会に問われている課題だと投げかけました。
浅川氏は、グローバル化が進んだ社会での政策協調のあり方として「多国間主義、グローバリズム」と「地域主義、二国間主義」の二つがありうると指摘。その上で次のように述べました。
「戦前の経済協調やブロック経済が世界大戦に結びついた反省から、戦後、IMF・GATT体制という多国間主義による国際協調に全ての国が合意した。しかし、97年のアジア通貨危機や99年のWTO(世界貿易機構)シアトル閣僚会議の不調などを通じて、多国間主義を補完する意味での地域主義に対する機運が高まり、二国間のFTA(自由貿易協定)や、ASEANプラス3などの地域協力が活発化した。だが再び2008年のリーマンショックを機に、グローバルな危機に対応するにはグローバルな協調が必要ということでG20が始まり、IMFが大幅な資本増強を行った。他方、地域的な共通通貨圏の問題であるユーロ危機では、G20やIMFといったグローバルな枠組みや機関が主要なプレーヤーにならなかった」
以上のように、この20年ほどの間で、国際協調の枠組みが「多国間主義、グローバリズム」と「地域主義、二国間」の間で揺れ動いてきたと総括し、この二つの方向性は「どちらかがどちらかを否定するものではない」との見解を示しました。
今後の国際金融が抱える3つのリスク
浅川氏は、国際金融の今後について三つのリスクを挙げました。
一つ目がトランプ政権下でのアメリカの経済政策のあり方についてです。アメリカはすでに超金融緩和政策を終え既に出口戦略に突入し、経済政策の軸足は財政政策に移っているとの見方を示しました。その上で、今年のG20議長国であるドイツは伝統的に財政拡大や緩和的な金融政策に慎重であることや、日本は「三本の矢」がうまくバランスしていることといった各国の立ち位置に触れ、そうした中でG20の議論がどう展開されるのか、トランプ政権がどのような主張をするのか注目していると述べました。
続いて浅川氏は、トランプ政権が掲げる国境調整税と、WTOや租税条約との関係や、アメリカの利上げが、資本市場が脆弱な東アジアなどの新興国に与える影響を注視していきたいと発言。そして、通商政策について、2月に行われた日米首脳会談の共同声明を紹介し、「アメリカのTPP離脱は受け止めざるを得ないが、日米両国ともまだ今後のスタンスを固めていない。二国間FTAは排除しないが、同時に様々な可能性を追求していく」と述べました。
二つ目に、ヨーロッパ情勢について浅川氏は、EU離脱を決めたイギリスとEUの通商協定の道筋や、日米を含めた第三国とイギリスの貿易交渉の行方がいまだ不透明と指摘。同時に、ヨーロッパで今年相次ぐ大型選挙の行方も、世界経済の一つのリスク要因だと述べました。
浅川氏は三つ目のリスク要因として中国経済を挙げました
「資本流出の勢いが止まっていない。中国当局は元買い介入と資本流出規制によって人民元の暴落を抑えようと努力しており、それは我々もサポートしたい」
同氏は元が国外に逃避する背景として、過剰生産設備や不良債権問題、少子高齢化が進む中での社会保障制度構築のペースの遅れや財源といった構造問題を指摘し、これらの大きな課題の整理を中国政府がどう進めるのか注視していく考えを示し、基調報告を締めくくりました。
多国間主義をベースに作られた仕組みの今後
浅川氏の基調報告を受け、司会を務める言論NPO代表の工藤泰志が発言に立ち、「私たちが戦後大事にしてきたグローバリゼーションと自由な国際システムが今後どうなるのか、議論したい」と、三つの具体的な論点を提示。各国のパネリストに回答を求めました。
その一。「トランプ政権は、安全保障などではある程度の政策調整を図っているが、通商問題では選挙中の主張を本当に実行すれば、自由貿易や多国間主義の枠組みに深刻な影響をもたらすという不確実性が残っている」
その二。「今後のアメリカの経済政策が中国の構造調整を含めた世界経済にどのような影響をもたらすのか」
その三。「グローバリゼーションは、実際には広い世界の利益につながっていないのではないか。その行き過ぎが、保護貿易の機運や、難民への反発を起こしており、多国間主義によってつくられた仕組みが問われている」
初めに発言したアメリカ外交問題評議会のジェームズ・リンゼイ氏は、不確実性に対処する様々なルールを国家間の調整によって作ることができること、そしてサプライチェーンの構築などの面で効率が良いことなど、多国間主義の利点を述べた上で、トランプ政権の性格を次のように描き出しました。
「トランプ大統領は自由で公正な通商という信念を持っているが、多国間協議には懐疑的で、二国間対話によってアメリカが優位に立ち、公正な分け前を得られると考えている」
こうした主張の背景として、国際機関や国際法がアメリカの主権を損なうという考えがあると指摘。そして、3月1日にアメリカ通商代表部(USTR)によって議会に提出された2017年の議会の通商政策で、WTOよりも国内法を優先する方針やNAFTAの再交渉が盛り込まれたことに言及し、「かなりの動揺が国際通商システムに広がるだろう。アメリカの同盟国にもかなりの影響が及ぶ」と予想しました。
長谷川氏は経済人の立場から、次のような包括的な見解を示しました。
「トランプ現象の背景には反グローバリズム、さらにはグローバリゼーションの中でもAI(人工知能)などのICTテクノロジーの発達による失業の不安、不平等の問題がある。マッキンゼーの調査によれば、世界的な財・サービス・賃金・データ・人の流れが、直近10年間で世界のGDPを約10%押し上げた。その一方で、1980年から2008年にOECD加盟国の所得下位半分に属する人たちの個人所得はほとんど増えなかった反面、上位1%に属する資産家の所得は約7割増え、所得格差が拡大した。
グローバリゼーションを進展させる場合に、人々がポジティブな影響を実感できるようになるには時間がかかるが、ネガティブな影響は限られた対象に瞬時に出てくるため、両者の時間差がグローバリゼーションへの反対を惹起している。自由民主主義は、グローバルあるいは国ごとのGDPを成長させたが、その果実の配分は富裕層に偏っている。これを調整するメカニズムはまだ誰も発見していない。この問題に国際社会が答えを出さなければポピュリズムを止めることができず、G7のこれまでのような合意も実現できない」
以上のような強い危機感を表明しました。
強者の勝手な振る舞いに対する懸念
カナダの国際ガバナンス・イノベーションセンター総裁のロヒントン・メドーラ氏は浅川氏の問題提起に触れ、「グローバリゼーションとナショナリズムは共存できるのではないか」と発言。セーフティーネットの整備や革新戦略、研究開発への投資といった各国の国内政策により、各国の価値の置き方に基づいて合法的な違いを作り出すことで、グローバリゼーションの負の側面に対処することができるとの考えを述べました
フランス国際関係研究所のトマ・ゴマール氏は、グローバルな通商の規模が2011年以来停滞している一方、インターネット上のデータの総量は増え続けていることを紹介し、この二つのグローバル化を切り離して分析するべきだと主張。また、現在の世界は地政学的リスクや破綻国家といった伝統的なリスクに加え、英国の国民投票に見られたるような新しいリスクに直面するようになっているとの認識を示しました。
新興国サイドからは、視点の異なる新鮮な指摘がなされました。
ブラジルのジェトゥリオ・ヴァルガス財団総裁のカルロス・イヴァン・シモンセン・レアル氏は、国際通商の新たなルールを構築する必要性に言及。「サービスと産業の融合に見られる構造変化が起こっているが、多くの国では単純な輸出入の議論に終始している。財政政策や金融政策の限界も見られる中、問題設定自体を変えないといけない」と提言しました。
インドネシア戦略国際問題研究所所長のフィリップ・ベルモンテ氏は、新興国の視点から、多国間の貿易ルールを無視したアメリカや中国の行動、また中国の海洋進出の動きを挙げ、「世界は、強者の勝手な振る舞いを弱者は受け止めるしかないという、リアリズム、国家間主義の時代に入ってきた」と述べ、これに対応する上で、ASEANプラス3のような地域における多国間の枠組みによる秩序形成の重要性を訴えました。
続いて、グローバリゼーションに対応するためのG20によるガバナンス上の努力について工藤から問われた浅川財務官は、リーマンショックを受けたG20発足の経緯にも触れ「G20の出発点はマクロ経済分野の協調による危機対応だ」とした上で「G20は『保護主義と戦う』と繰り返し述べている」と発言。「トランプ大統領は、自由貿易より保護主義がいいと言っているとは思えないので、その点はあまり心配していない」と述べました。
G7、G20は保護主義にどう向き合うのか
次に工藤は、G7の首脳の顔ぶれが変わり始めている中、これまでG7やG20 で対抗を続けてきた保護主義にどう向き合うのか、今年のG7の議長国であるイタリアとG20の議長国を務めるドイツのパネリストに問いました。
イタリア国際問題研究所所長のエットーレ・グレコ氏はまず、現在の国際金融について「依然として新たなバブルの危機に直面している」という認識を提示。マクロ経済の構造調整のために各国で検討されている金融政策・財政政策・構造改革のポリシーミックスについて、「各国間でどのように集団的に実施(国際協調)できるのかの議論になる」と、今年のG7の展望を語り、議長国として具体的な政策提案をしていきたいという考えを述べました。
また、保護主義的な流れと貿易システムの分裂、二国間交渉の台頭といった動きの中、グローバリゼーションの影響を緩和するために新たな対策を提案していくと発言。そして、貿易紛争などの解決の場としてのWTOの役割について、「イタリアは、これからも維持していくことを完全に支持していく」と述べました。
ドイツ国際政治安全保障研究所調査ディレクターのバーバラ・リパート氏は、「G7やG20で最も重要なのは、アメリカが多国間主義と二国間主義のどちらに向かうのかを理解することだ」と指摘。G7やG20の場で政府や他の利益団体が、政治的な立場を明らかにしていく「ソフトなバランス」と、貿易紛争において欧州委員会からアメリカに報復するといった「ハードなバランス」の両面から、アメリカを多国間主義に引き戻していく努力が必要だと主張しました。
自由を守るため各国内で民主主義を鍛え直す
最後に司会の工藤が再び発言に立ちました。
「グローバリゼーションは、相互依存していく世界の中で多くの人たちの共通の利益であり続けることが重要だ。しかし、国際社会は、昨年のG20で提起された『包摂的』なアプローチや国内での産業構造転換のようなグローバル化の利益が多くの人につながる仕組みに取り組んでいなかったのではないか。グローバリゼーションが自分たちの利益だと伝わるような言論や教育の基盤が全体的にまだ脆弱だ。それを怠れば人々が自由を嫌がってしまい、極端に行くとファシズムにつながる」
このように訴え、自由を守るためにも、それぞれの国内で民主主義を鍛え直していくとともに、多国間による課題解決の枠組みを守り続けることの重要性を強調し、白熱した議論を締めくくりました。
その後、「東京会議」参加10カ国のシンクタンクの総意として、G7への緊急提言がまとめられ、今年の東京会議議長の工藤によってこの提言が読み上げられ、日本政府を代表して登壇した岸田文雄・外務大臣に手渡されました。この提言を受けて、岸田大臣の特別講演が行われました。
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