重要なのは自由と民主主義を前提にした「多国間主義」を守ること

2017年3月03日

160616_kawashima.jpg川島真(東京大学大学院総合文化研究科教授)

自由と民主主義を再確認した上で、多国間の枠組みを維持していく

 ブレクジットによってイギリスがEUから離脱し、トランプ米大統領の就任により、北米自由貿易協定(NAFTA)や環太平洋連携協定(TPP)からアメリカが離脱することになりました。グローバリゼーションや地域統合が行き過ぎだと感じる人が、それらに対してブレーキをかけるという力となり、世論は二分されました。しかし、少なくとも選挙や国民投票で勝利するぐらいの人たちがEUからの離脱を支持し、トランプ大統領の政策に賛同したわけです。これは民主主義の帰結です。一方で、「それは間違っているのではないか」と言った意見を発することも自由ですし、今後方向を変えていくことも民主主義なのです。

 自由や民主主義という制度は大前提です。では何が問題かというと、これまで促進されてきたグローバリゼーションや自由貿易の根底にあった「多国間主義」が今後も守られるかどうか、ということです。「『民主主義』と『自由』は大前提だよね」というところから始まり、仮に、フランスの大統領選挙で、もしルペン候補が選ばれた場合でも、国際社会としては「民主主義と自由という規範を前提でやっていて、民主主義と自由を前提にした金融や経済などのルールをちゃんと多国間でちゃんと作っていく」という合意を形成していくことです。アメリカ第一主義が採用され、TPPというのはより高度な合意を目指す応用問題のような多国間枠組みに対してNOと言うとしても、世界貿易機関(WTO)のような基礎的ルールは維持していくということが必要だということです。

 国際社会においては、最低限の国際主義は守ってもらわないと困るし、世界が過去のように力を背景に国同士がぶつかるような時代に戻り、国際秩序がバラバラになることは好ましくない。だからこそ、たとえそれぞれの国が「自国第一主義」を採用して何かしらの多国間枠組みを否定するとしても、全体としては、先進国であるG7が一致して、これまで作ってきたような国際秩序や多国間主義の重要性を確認するというのが重要です。そして、多国間主義を支える根拠は自由と民主主義であり、思想や考え方としての自由と民主主義というものが秩序を裏付けているわけですから、自由と民主主義の再確認をした上でこの枠組みをやっていく、ということが1つ目に重要なことです。


経済のみならず、安全保障分野においても多国間の枠組みは行き渡っている

 次に、前述したことと関連しますが、トランプ米大統領の具体的な動きがどのような影響を与えるか、といった点です。今現在、トランプ大統領はマルチラテラルなことにあまり関心を示していません。これが経済の面と安全保障の面の両面に出てきます。経済面ではTPPやNAFTAに対する姿勢に現れますが、地域協力の面でもそうでしょう。東アジアについてはこれまで東南アジア諸国連合(ASEAN)を中心に地域協力をやってきましたが、多分、トランプ大統領はASEANとの協力に意欲を見せないと思います。しかも、トランプ大統領は東アジアサミットやAPECにも参加しないかもしれない。そうなると、東アジアという地域は元々ASEANを中心にやってきたのですが、この枠組みからアメリカが抜けると、日本の負担が非常に大きくなります。日本としてはなんとかトランプ大統領に東アジアサミットに参加するよう努力をしないといけません。

 一方で、マルチラテラリズムは何もWTOなどの経済の話ではなくて、軍事的な部分でも問題になります。トランプ政権は、東アジアの日米同盟、米韓同盟については維持していくとしています。しかし、オバマ政権では、日米安保の相互の重要性ということで日本は集団的自衛権を認める法案を成立させたし、横の連携の強化ということで、日韓の慰安婦合意、日韓間での軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結、日本とオーストラリア間での安全保障面での関係強化などの連携を行ってきました。しかし、トランプ大統領は横の連携は必ずしも強調せず、まずはアメリカを中心とする2国間同盟関係はやると言っている。つまり、新政権はオバマ政権が積み上げてきた横の連携をサポートしないということなら、我々にとって非常に不利な状況に陥ります。これは、東アジアのみにとどまらず、北大西洋条約機構(NATO)でも同じような状況です。そうなると、東アジアでは日本、NATOではドイツなどの負担が激増する。ですから、日本としては尖閣諸島への5条の適用と日米安保は重要だと言ってくれたことで満足しているというのではなく、今一歩多様な地域連携の重要性を主張すべきでしょう

 そして、3つ目としてNAFTAとTPPからの離脱は仕方ないとして、オーストラリアや他のアジア諸国などが一緒になって、多国間の枠組みから、アメリカが抜けるような機会を減らしていくことが重要です。


最悪のシナリオは、アメリカと中国が自国第一を選択するシナリオ

 最後に、アメリカと中国の問題です。おそらく、安全保障の面においては、アメリカは中国との二国間関係では一定程度厳しく出て来るでしょうから、日本のメディアは「米中がぶつかり、厳しい対応」と報道するはずです。しかし、中国にとって一番怖いのは、アメリカが仲間を使ってマルチの枠組みで中国を包囲することです。そういう意味で終末高高度防衛ミサイル(THAAD)は脅威だったし、日本・アメリカ・オーストラリアにインドを加えた4か国での安保協力の可能性というのは、非常に嫌だったと思います。そんな中、トランプ大統領が就任することで、もしかしたらアメリカが多国間の枠組みをやらないかもしれない。仮にASEANを中心にした枠組みからもアメリカが引くとなれば、中国にとってはラッキーな事ばかりです。そういう意味では、トランプ大統領の誕生は中国にとってはやりやすくなる面もあるかもしれない。そうすると、中国はどういう行動に出るか。アジアではアメリカに代わって中国のプレゼンスが増し、今年1月17日のダボス会議での習近平氏(中国国家主席)の発言にもあったように、保護主義を牽制し、自由貿易を推進するなど、東アジアの多国間主義は中国が旗を振るというシナリオが第一の選択肢です。

 日本としてはアメリカがアジアに関与し、日本の負担を減らしたいというのが一番です。が、最悪のシナリオは、アジアからアメリカが本当に手を引くなら、中国がややこしいマルチなんか作る暇はないのでアメリカの真似をして、中国はチャイナファーストでいく、というのものです。すると、アメリカがアメリカファーストで、中国が中国ファーストだとなります。そうなると、大国間のパワーゲームになってしまい、さまざまなディールが大国間でおこなわれ、日本としては厳しくなります。そして、そこにロシアが出て来ると手が付けられません。

 ですから、日本としては中国が多国間主義でやると言うなら、拍手して相手を褒めて持ち上げ、個別の話では是々非々で賛成、反対を示していくほうがいいように思います。アメリカに対して多国間主義を主張すると同時に、中国がはっと気づいて自分も中国ファーストなどと言い出すことのように、中国がマルチでやると言うのを、褒めていくことが必要です。

 そうなると、G7との連携は非常に重要になってきます。イギリスはああいう状況だから、フランスイタリアの状況を注視しながら、カナダとドイツは安定だと思うので仲良くして固めていく。後は国際主義や多国間主義を掲げてASEAN重視を強く打ち出して、オーストラリア、インドと戦略的な関係を維持しながら、中国やロシアもマルチな枠組みに組み込みながら嵐が去るのを最低4年間待って、被害を最小限にすることになるのだと思います。

 そうした中で、やはり、自由と民主主義は大前提にした上で、安全保障と経済の両面を入れた多国間主義を維持していくことが、今後、重要になってくるのだと思います。