米中貿易戦争と自由貿易体制の行方

2018年5月31日

2018年5月15日(火)
出演者:
河合正弘(東京大学公共政策大学院特任教授)
中川淳治(東京大学社会科学研究所教授)
丸川知雄(東京大学社会科同研究所教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 トランプ米政権は3月下旬、鉄鋼、アルミニウム製品の輸入制限を発動するなど、強硬措置を振りかざして貿易赤字の相手国に譲歩を迫っています。これに対し中国は即座に報復関税案を示し、5月から米中の貿易交渉が本格化していますが、両国の対立点は多く、協議は難航しそうです。そこで、今回の言論スタジオは、「米中貿易戦争と自由貿易体制の行方」について、河合正弘・東京大学公共政策大学院特任教授、中川淳治・東京大学社会科学研究所教授と丸川知雄・同研究所教授の3氏によって話し合われました。


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米中貿易の現状をどう見るか

kudo.jpg まず、司会の工藤泰志・言論NPO代表は、「世界の二大経済大国が本格的な貿易戦争に突入すれば、世界の通商体制を揺るがしかねない状況になる」と警戒し、まず3氏に米中貿易の現状について尋ねました。

kawai.jpg 河合特任教授は、「WTO(世界貿易機関)の前身、GATTがあった1980年代は、貿易の自由化で関税を引き下げして市場に参入していた。その時は、日本が貿易赤字国で、日米経済摩擦の時には通商法301条で日本から譲歩を得ていた。今は中国が貿易赤字国であり、中国は急速に伸びて、今後20、30年で米国に追いつくだろう。製造業などが警戒心を抱く中、トランプ大統領は厳しい態度に出て、301条で不公正貿易として制裁をかけ、一方的な行動をとろうとしており、許されない行動だが、米国は中国に対して向かっていく、という状況だ」と説明。河合特任教授は同時に、「中国は報復手段として、米国から輸入の大豆、自動車、飛行機に関税を掛けるとしているが、これで苦しむのは、米の農家、企業だ。支持者を失うリスクを考えれば、トランプ大統領もあまり強硬なことはできないのではないか」とも解説しました。

nakagawa.jpg 中川教授は、「トランプ大統領の行動は、選挙キャンペーンの時と一貫している。相手国の貿易不公正を、国内法を使ってやめさせると話している。301条や、安全保障上の脅威を理由に輸入制限を認める通商拡大法232条を発動し、使えるものは何でも使って、貿易赤字を減らすという公約を実行している。中国が過剰生産している鉄鋼製品が米国に入ってきて、鉄鋼産業が成り立たなくなる、というが、実際には米国に鉄鋼製品はほとんど入っていないので屁理屈であり言い掛かりだ。25%の追加関税を掛け、相手がやめてくれ、と要求するなら、赤字解消に努力しろ、というトランプ大統領のディール(取引き)だ」と話します。

marukawa.jpg 一方、「米中貿易戦争開戦前夜などと言われているが、6:4で開戦はないか」と見通すのは、丸川教授です。「301条はなんとか回避し、それよりも中国のハイテク企業叩きの方がより長期化して、尾を引いていくのではないか」と予測します。


世界の自由貿易とWTOの今後

 次に重要になってくるのは、自由貿易の今後についてです。トランプ大統領の保護主義で、お互いバイの二国間貿易になれば、経済は縮小し、WTOのルールは脅かされることになります。

 この点について、「2008年のリーマンショックで世界金融危機に見舞われ、世界経済は落ち込んだ。貿易の伸びは、GDPより低くなりましたが最近、貿易は回復してきている。米中の二大国が貿易戦争状態になると、世界貿易は大縮小することから、貿易は自由貿易でやってほしい。戦前のブロック経済は結局、戦争につながり、世界経済に欠かせないルールに基づく、貿易体制を拡大していくのが重要だ」と力を込めた河合特任教授でした。

 WTOの実効性について、中川教授は、「米の措置に対し、WTOに提訴するケースも出てきており、中国も提訴している。米も含めてWTOのルールに則っているわけだから機能しているのではないか。紛争調整能力は捨てたものではないだろう」と、WTOは危機的状況にあるのでは、という見方を否定しました。

 これに対し、丸川教授は、「WTOにも限界がある」と指摘。「232条で安全保障のため必要と言われたら、"それはだめだ"とは言えない。また、報復するのは、それほど悪くないのでは」と語りました。「WTOの外で、問題を解決しようと何か反撃を見せたら、逆に"WTOは大事だ"と当事者に悟らせるところがあるす」とその"効用"を述べるのでした。

 これを受けるように、河合特任教授が続けます。「GATT制度は米英が中心に作ったもので、IMF(国際通貨基金)、世銀とともに多国間主義で自由貿易を推進し、米国にとっても利益がある。米国の貿易赤字が出てくると保護主義になるが、今の貿易赤字の総額は、それほど大きくないものの、赤字は続いている。赤字減少をいかにするか。米国の生産と支出を比較すると、支出が大きいので赤字になったのであり、米国自身が支出を減らすとか、調整しなければいけない。そのことを米国民も認識してほしい。今のWTOのシステムは米国の行動を束縛はできないが、貿易戦争になると、米国も不利益になりますよ、と教えるのが現実的対応ではないだろうか」と語りました。

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中国は新たなリーダーとなるのか

 「トランプ大統領は一方的すぎ、自分が悪者になって自由貿易を歪めている。そのすきに、中国は自由貿易のリーダーを目指しているのか」と工藤が問うと、これに対し丸川教授は「自由貿易を支える動きはある。自由貿易試験区が設立されて、金融、自動車で外資の参入を図ったりしている」と語ると同時に「そうした自由を追求する動きとは逆に、彼らの安全保障のためなのだが、インターネットの規制は強まっている。サービスの貿易面では、世界のリーダーだと胸を張る状態ではないだろう」と、その光と影を述べるのでした。


中国の方針転換を促すためにもメガFTAの動きを加速させるべき

 中国がその独自のルールではなく、世界の市場経済ルールに基づいた行動をとるようになるために、何をすべきなのでしょうか。

 丸川教授は、中国の製造業振興策「中国製造2025」はキャッチアップ型の発想であり、要は「何でも自分で作ろう。すべて国産化しよう」という性質のものであると解説。アメリカから制裁を受けて集積回路(IC)の供給を止められても今度は「ICを国産化しよう」という発想になるだけであるとし、そのように中国がすべてを国内で完結させることになれば、行き着く先は「中国に輸出するものが何もなくなり、世界との対立が決定的になる」状態だと語り、比較優位、相互依存の方向に戻すことの必要性を説きました。丸川教授はさらに、「仮に『2025』を捨てたとしても中国の製造業が駄目になるわけではないだろう」とし、キャッチアップ型の発想から抜け出すべきとも指摘しました。

 中川教授も「世界第2位の経済大国がキャッチアップ型であることは市場経済にとって脅威」と丸川教授の見方に同意。そこでカギとなるものがTPPをはじめとする「メガFTA」であるとし、「こうした市場経済のルールに基づいた貿易の枠組みを拡大し、参加国が繁栄していくことこそが中国に対する強いメッセージになる」、「中国も現実主義的な国なのでTPPが利益になると判断すれば加入していく。また、ベトナムなど国有企業を抱える国に対しては例外を認めているので、中国の事情に合わせた柔軟な対応できる」などと主張しました。

 河合特任教授は、中国はこれまで市場経済の方向に進んでいたものの、習近平体制になってから「逆の方向(国家資本主義)に戻り、国有企業改革も形骸化している」と指摘。そうした中国の姿勢を再転換させるためには、中川教授と同様にメガFTAの果たす役割は大きいと語り、特にTPPは同時にアメリカに対するメッセージにもなると述べました。また、河合特任教授はRCEPについて、交渉妥結の方向に向っているとの見通しを示し、これも中国の姿勢を変えるための「ひとつの光明」であるとしました。


日本は何をすべきなのか

 最後に、自由貿易と市場経済体制が危機にさらされる中、日本は何をすべきなのかについて議論が展開されました。

 丸川教授は、米中が対立する現在の状況について、日本は悲観的に見るのではなく、むしろ「アメリカ市場では中国よりも優位、中国市場ではアメリカよりも優位に立てる」というこの状況から「漁夫の利」を得るべきだと主張。そうして「米中が対立すれば『得をするのはこちらだ』ということを見せつければ、やがて両国も冷静になっていくだろう」と語りました。

 中川教授は、4月の日米首脳会談で合意した新しい通商対話の枠組み「FFR」について、「トランプ大統領の"ディール"に乗ることなく、しっかりとTPP復帰を説得すること。そしてルールに基づいた秩序を守る姿勢を堅持すること」が必要になると指摘しました。

 河合特任教授は3点を主張。まず1点目として、TPPや日EU・EPAの発効を急ぐこと。2点目として、アメリカとの通商交渉はなるべくバイ(2国間)を避けるとともに、TPPの重要性を説き、復帰を説得すること。そして最後の3点目として、中国に市場経済のルールに従った行動を促し、そのためにもRCEPや日中韓FTAの妥結に向けた動きを加速させることを挙げました。

 議論を受けて最後に工藤も、自由貿易体制が危機を迎えているからこそ、日本がその役割を発揮できるチャンスでもあると語り、議論を締めくくりました。

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