難民問題を考える

2018年3月07日

2018年2月27日(火)
出演者:
岡部みどり(上智大学法学部教授)
滝澤三郎(国連UNHCR協会理事長、元UNHCR駐日代表)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


難民の現状と問題点は

 トランプ政権発足で不安定化したグローバルな課題で、言論スタジオはこれまで「自由貿易の今後」、「COPでの合意を踏まえた地球環境問題」を議論してきましたが、27日に行われたスタジオでは難民問題を最後のテーマとして取り上げ、言論NPO代表・工藤泰志の司会で、岡部みどり・上智大学法学部教授と滝澤三郎・国連UNHCR協会理事長、元UNHCR駐日代表の両氏が議論しました。難民・避難民の合計数は2016年末で過去最高の推計6560万人に達し、17年には約7000万人に増えていると予想されています。一方で、米国が離脱を宣言した移民保護の国際的枠組み「安全で規律の取れた移民に関するグローバルコンパクト」の交渉が20日、国連で始まりました。

IMG_3427.jpg 工藤はまず、難民問題の現状と新しい問題点を両氏に問いかけました。滝澤氏は、「今の難民問題は複雑で、難民の性格が昔と変わってきている。それによって、現在の保護体制とのギャップの中で何が出来るか。かつての東西冷戦時代の政治亡命者のように、その国の政治体制から逃げてくるのではなく、国が崩壊したから逃げてくる人たちで、グローバル化の中で大量に彼らが先進国に向かう。それに対し、難民の保護体制は70年前の政治亡命者を救う体制、すなわち庇護の制度で成り立っている。対策としては、彼らが逃げてこないようにすればいいが、国境で追い返してもボートで国境を越えてきて、いろいろと反発を招き政治問題化している。これは一過性の問題ではなく、難民の性格が変わってきたのに、既存の国際的保護体制が彼らに対応しきれていない」と説明しました。

 「トランプ体制になって難民問題に消極的になってきた構造問題はないか」。工藤の質問に対しては、「トランプ政権になってから、変わった部分と変わっていない部分がある。難民申請の認定率はオバマ政権の時も高かったが、トランプ政権でも認定率は落ちていない。難民とか政治亡命者にどう対応するか、関心がないのかとも見ている。では難民、国内避難民を保護しようとする難民救済の枠組みにどう入ってくるか。米国の難民政策は、共産圏からの政治亡命者を受け入れるシステムとして機能し、そこで独自の難民政策をずっと続けてきた、と理解している。冷戦が終わって二極構造がなくなると、マルチラテラルや国連のグローバルガバナンスに近づいてきたが、トランプ政権になって元の二重構造の時代に後退しつつあるようだ」との見方を示しました。

 工藤は言います。「ドイツなど欧州は難民を管理し始めた。これをどう思か。各国の中間層もグローバリゼーションの影響を受けて、他から来る人たちへの不満や不安が強くなって、自らのアイデンティティを考え始めた。欧米のこうした状況は変わらないのか」と。

IMG_3415.jpg これに対し滝澤氏は、「2015年9月、ドイツのメルケル首相はシリア難民を全員、受け入れると言って拍手喝采を受けたが、かえって国民から大きな反発を受け、保護体制へのダメージがあった。難民対策をハートでやると、事を仕損じるので、頭で考えることが大事だ。米国はこれまで国際機関の最大の支援国で主導権を握ってきたが、これが崩れつつある。米国だけがどうして治安を守るのか、お金を出すのか。グローバリゼーションで中間層が職を失う中で、国民の半数の不満が強くなりアメリカ・ファーストを強く出してきた。難民の国内受け入れに毎年、6000億円使い、UNHCRには予算の三分の一の1500億円拠出している。そういう国であるのに、負担するのは不公平で、耐えられず、難民を減らす姿勢を見せているので、周りの国は不安感を持っている」と話します。


シェンゲン体制とダブリン規則の見直し

IMG_3431.jpg 一方、欧州はどうなのでしょうか。「欧州を語る時には、二重、三重の問題として語らなければいけない。ヨーロッパの国家間では、国境検査なしで国境を越えることを許可するシェンゲン体制の話がまず一つある。これは難民・移民の話とは関わりなく、そのエリア内で人の往来が自由で活発になれば、経済も活性化につながる、という目的で作られた。難民危機があるからといって、シェンゲン体制を撤廃することにはならない。今は一時的にシェンゲン規制を停止して出入管理体制を独自に導入している国もあるが、シェンゲン体制は回復して存続していくだろう。難民保護には、シェンゲン体制があるからこそのダブリン規則が出来上がっている。これはシェンゲン・エリアの外側にある国が、その難民申請の審査国でなければいけない、というもので、周辺国のハンガリー、ポーランド、ギリシャ、イタリアにとっては、負担の不公平ではないか、となってきている。欧州委員会はEU域内の難民申請ルールである「ダブリン規則」の見直し案を提示しているが、イタリア、ギリシャの南の国は現実問題として、難民が来てしまうので対応に困っている」と岡部氏は解説しました。
 
 これに滝澤氏は金銭的負担を付け加えました。「ドイツはシリア難民に、1~2年で2兆円使っている。一人を受け入れて社会統合するために、10年で1000万円かかる。それが途上国では100分の一で出来るということが、次第にわかってきており、なぜ、我々だけがその負担をするのだという話にもなる。」

難民保護体制は行き詰っている?

 「米欧の難民受け入れ保護に対する協力で、流れが変わり始めたということだ。その結果として、国内難民への影響はどう出ているのか。難民保護は行き詰っているのか」。工藤の滝澤氏への問いかけから始まりました。

IMG_3416.jpg 「現代の大量紛争難民流出への対応は昔から機能していなくて、そのギャップが広がって、お金の負担とか既存の危機感が一挙に顕在化した。そうした点をなんとか修繕しようと、年末に採択される予定の難民問題のグローバルコンパクト(世界の企業などにグローバル化の弊害を改め、人権・労働・環境の分野での改善努力を呼びかけたもの)で目新しいものはないだろうが、①難民の持つ力に注目し、機会があれば自立出来、受け入れ国への貢献も出来る、それまでの気の毒な人から力強い人へ転換、②レバノンは人口100万人に対し、難民100万人、トルコにはシリア難民が400万人いて、6000億円をかけている。そうした難民を大量に受け入れている周辺国への財政支援で、責任を分担すべき、③第三国への定住の拡充④難民問題の本質的解決策として、難民出身国の建て直しなど、内部の問題解決が柱になる」と滝澤氏は言います。
 さらに「さっき言ったように、ドイツはこれまで2兆円使っているが、ドイツの難民が減れば、半分をトルコに出すことでより多くの人命が救われる。同じ額で、どこで支援すると、どれだけの人が助かるか。日本での再定住では一人400万~500万円かかり、先進国で救おうとするとお金がかかるが、より分担を変える方法で周辺国が支援出来、ODAの開発資金の流入にもなる」と話す滝澤氏です。

 これに対し岡部氏は、別の視点から述べました。「もちろん難民支援は善意からのものだが、今までは欧米で、難民を受け入れれば自国の評判が上がるという、外交上の利益があった。しかし、効果があった時代は過去のもので、今は難民が増えすぎ紛争も終わらないので、外交上の利益もなく受け入れにも耐え切れない。欧州の場合、周辺国に救いを求めて独自の交渉を重ねてもいる。これからはグローバルコンパクトもそうだが、国連などマルチラテラルなレベルで規範を作り、これが重要ですよ、と方針転換せざるを得ず、UNHCRなどが資金援助する仕組みを作ろうとしている。これが成功するかどうかはわかりませんが、仮にグローバルコンパクトが出来たとしても、法的拘束力がないので道のりは長い」ということでした。


働く難民

 工藤は、「規範は規範、ルールでも条約でもありませんが」とその効力に疑問があるようだ。「難民問題を法的に見ていくと、限界があるので、経済的なアプローチが必要だ。難民を保護することが、損ではない方向に持っていくべきだ。ヨルダンにはシリア難民が100万人いるが、難民キャンプの近くに工業団地があっても働く人がいなかった。そこで、シリア難民に働いてもらって評判が高い。これこそWIN・WINの関係で、難民の労働力を経済開発に使った。一定数の難民がいれば、経済的パワーになる」と滝澤氏。

 また、岡部氏は、「欧州がやろうとしているのは、規範を遵守してもらうかわりに、経済支援をするということ。途上国のガバナンスをよいものにしようという意図があるが、途上国にしてみれば、そんなことはいい。難民が帰還することは、途上国に多い、多民族国家から出て行った一つの民族が帰ってくることで、摩擦が再燃するのを恐れていることもある。政情の不安定化は難しい問題だ」と話しました。

「知恵を絞ること」が大事

 第3セッションでは、難民問題解決のための具体的な方向性を探る議論が展開されました。

 まず、新たな枠組みづくりに関して、滝澤氏は、グローバルコンパクトを「ベストプラクティスの集まり」と評したものの、「しかし、実現可能性があるかどうかはまた別の問題だ」とも語り、さらに、難民対策に後ろ向きなトランプ政権下では、新しい枠組みができたとしてもその実効性には「このままでは期待できない」とやや悲観的な見通しを示しました。

IMG_3429.jpg 岡部氏は、難民の主な発生源である貧困と紛争のうち、貧困に関しては、その解消のための具体的行動指針として2015年に持続可能な開発目標(SDGs)が打ち出されていることもあり、現在の難民問題が開発援助の問題となっていると指摘。先進諸国が「リベラル的な義務」と考え、難民問題に取り組んできたが、そうした使命感だけでやっていくのはもう限界に達してきたため、「開発援助をするから自分たちで解決してくれ」という流れになっていると語りました。

 一方紛争に関しては、それを解決することが難民発発生抑止の一番の近道としつつ、現状安保理にその意識は薄く、したがって「永遠の課題」となってしまっていると指摘。その結果、応急処置しかできないのが現状であるが、それでも「やらざるを得ない」とも語りつつ、その応急処置に「中印など新興国ももう少しコミットしてくれるような枠組みを欧州は模索している」と解説しました。

 滝澤氏は、このように難民問題に対して逆風が吹く中で大切になるのは、「知恵を絞ること」であるとし、とりわけ難民予算が逼迫してくる中では「予算配分の効率性」を追求する必要があると主張しました。

 岡部氏も、滝澤氏と同様に知恵の必要性を強調。特に、欧州が難民受け入れから後退する一方で、新興国に対して受け入れを求めるのは「ダブルスタンダード」と受け取られても仕方がないため、「受け入れが何らかのメリットを生むような仕組みにするために知恵を絞るべき」と語りました。さらに、その際の重要な視点として、欧州で難民問題が政治問題化したことに鑑み、「必要以上に摩擦を生んで政治問題にならないよう、穏便に」進めていくことが大事であることを提示。

 この「メリット」に関しては、滝澤氏も「難民を外国人労働者として労働力不足を補ってくれる存在と見るのか。それとも望ましくない厄介者と見るのか。発想の転換が必要だ」と語りました。


難民問題で求められる議論とは

IMG_3428.jpg こうした議論を受けて工藤は、難民問題をめぐる議論の現状を疑問視。とりわけ「そもそもなぜ難民を救わなければならないのか。税金によって他国の国民を吸うことの正当性をどう基礎づけるか。そうした根本的な議論が十分になされていないのではないか」と問いかけました。

 岡部氏は、誰もが難民問題を解決すべき課題であると認識しているものの、問題の所在を正確に理解していないため、全員救うか、全員救わないかというようなall or nothingの発想に陥りがちになっていることを指摘。したがって、全と無の間の妥協点を見出すための議論を積み重ねるべきだと主張しました。

 滝澤氏は「問題を放置すると、多くの難民が死ぬことになる。それを阻止しなければならないという道義的なコンセンサスはある。また、きちんとした保護体制の構築の必要性についても皆認識している」とする一方で、「しかし、うちの国はその担い手になりたくない。他の国がやればいいと考えている」という「フリーライダー」の問題が見られると解説。
したがって、特定の国に負担を集中させないために、「負担の公平な分担をどう図るかが課題であり、議論する必要がある」と語りました。
そして同時に、比較優位の発想の重要性も指摘。「例えば、日本は金を出すだけだと批判されることもあるが、各国が得意とするやり方で取り組むことを認める」ことが、多国間協力を呼び込む上でも重要になるとの認識を示しました。


非政府主体の役割に期待

IMG_3425.jpg 最後に工藤は、既存のグローバルガバナンスの欠陥、限界が露呈している中、この事態を打開するための手掛かりを尋ねました。

 これに対し滝澤氏は、開発援助が限られる中、開発途上国を支えているのは、出稼ぎ労働者からの送金であったり、企業等の民間資本の役割が大きいことを紹介。その上で、非政府主体である企業や市民の力に局面を打開する可能性があると期待を寄せました。

 その後会場からの質疑応答を経て工藤は、今年のグローバルコンパクト採択は難民問題を世界が考える好機であるとし、言論NPOでも議論を続けていくと語りました。