「東京会議2019」から一夜明けた3月4日、衆議院議員の石破茂氏、元海上自衛隊司令官の香田洋二氏、元防衛事務次官の西正典氏、ソウル国立大学教授の李根氏をゲストスピーカーにお招きし、「北東アジアの平和をどう実現するか-米朝会談と米中対立の影響をどう見るか-」をテーマとした非公開会議が行われました。
冒頭、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、米朝会談の決裂が、今後の北朝鮮の非核化や朝鮮半島の平和プロセスにどのような影響をもたらすのか。朝鮮半島の将来についてどのようなシナリオを持つべきか。米国をハブとした安全保障システムの将来。台頭を続ける中国に対してどのような戦略的なアプローチをとるべきか、などといった論点を提示。各氏の意見を求めました。
日米同盟、米韓同盟は同盟の性質が異なることを理解しないと日米韓連携は進まない
まず、問題提起を行った香田氏は、決裂した米朝会談について、最初の会談以降、何ら進展が見られなかったことから特段驚くべき結果ではないとの見方を示しつつ、冷戦期の米ソ関係について言及。米国のレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長も会談を積み重ねながら徐々に冷戦終結に向かっていったと振り返り、「金正恩氏にゴルバチョフ氏のような意志があるかは分からないが、米朝もプロセスを積み重ねるしかない」と語りました。
香田氏は決裂の一因として、寧辺以外の核施設の存在を正確に把握していた米国の情報収集能力を、北朝鮮が過小評価していたことがあるとしつつ、「北朝鮮は困った状況になっている」と分析。しかしだからといって早期に妥協することは考えにくいとし、米国としても「しばらく動かずに機が熟するのを待つしかない」と予測しました。
次に香田氏は、日米韓連携について問題提起しました。米軍駐留を許すことによって米軍の世界戦略をサポートする日米同盟と、専ら対北朝鮮の防御に特化し、米軍の世界戦略上の付加価値はない、言い換えれば米国にとっては"持ち出し"となる米韓同盟では、「同盟の性質が根本的に異なる」と解説。日米韓連携を進める上では日韓間の歴史や領土問題だけが問題なのではなく、このような同盟の性質の違いという問題もあるため、「この相違を理解しないと連携はうまくいかない」と注意を促しました。
続いて、香田氏は中国に言及。南シナ海でそうであったように、中国は合意をしても平然とそれに反する行動をとる「西側とは異質な国」と断じ、そうした認識を前提として向き合っていく必要があると語りました。
香田氏は最後に、今後の方向性について提言。地域の安定のためには、米国がこれまで通り秩序の守護者であり続ける必要があるが、米国だけに頼るのではなく、日本を含めた周辺国、同盟国が米国への協力体制を構築していく必要があると主張。軍事はあくまでも最後のオプションでしかありえないため、ここでの協力とは政治・外交・経済での協調体制を意味するとしました。
同盟に安心することなく、日本自身の備えを進めるべき
続いて問題提起を行った石破氏はまず、米朝会談の見方として「最小限の譲歩で最大限の成果を得ようとした北朝鮮を米国が拒絶した」ものとし、これを「妥当な結果」と論評しました。
しかし石破氏は、金正恩氏はトランプ氏の性格を分析して的確に把握しており、だからこそ実務協議をサボタージュしてトップ会談に賭けてきたと解説。今後の交渉でもトップ会談重視の方向性は変わらないとの見方を示しました。
そして、そこでの懸念としてはトランプ氏が「ICBMを撃てないようにして米国さえ安全になればかまわない。日本にはイージス・アショアを買わせておけばいい」というような考えに転換してしまうことであるとしました。
石破氏は北朝鮮の体制の今後については、金正恩氏がソ連、ルーマニア、リビアがなぜ崩壊したのかよく研究しており、同じ轍は踏まないために崩壊はしないだろうと予測。その上で、今後も北朝鮮が脅威であり続けるのであれば、日本は何をすべきか語りました。その中で、「同盟とは、共に戦うことはあっても決して運命を共にはしないものである」(シャルル・ドゴール)、「同盟とは、相手国の戦争に巻き込まれる恐怖と、相手国に見捨てられる恐怖の相克の間でマネジメントされるものである」(マイケル・マンデンバーム)などの教訓を引用しつつ、米国がどう変わったとしても対応できるように、まず日本自身が自らの防衛力を高めるなど、しっかりと準備しておくべきだと主張。それはすなわち、最終的には憲法改正の問題とも向き合うことにもなると語りました。
「北を利用した韓国経済の活性化」が韓国の目標だが、前のめりな姿勢にはリスクも
文在寅大統領と関わりの深い李根氏は、「文在寅氏と私の哲学は基本的に同じだ」とまず前置き。その上で、韓国の北朝鮮政策の目標を「北を利用して韓国経済の活性化を図るとともに、朝鮮半島の恒久的な平和を実現すること」と解説。「決して非民主的な体制の北におもねっているのではない」と強調しました。
李根氏は次に、北朝鮮の態度について3つの疑問点を提示。まず、「これまで制裁を受け続けても核開発を継続してきたのに、なぜ急に『放棄する』と言い出したのか」。次に、「通常兵器が脆弱、同盟には頼れない、経済も弱いのに、核放棄後どうやって国を守るつもりなのか」。最後に、「核開発の理由は『米韓が挑発してくるから』と言っているが、そうであるならば核放棄の見返りには米韓の軍事的プレゼンス低減を要求してくるはず。しかし、要求は専ら制裁解除であり一貫していない」というものでした。こうした点を踏まえ、李根氏は「北の真の意図はいまだ不明であり、本当に非核化する意思があるのか、慎重に見定めるべき」と警鐘を鳴らしました。
そして、慎重に見定めた結果、米国は北朝鮮に非核化の意思がないと判断したため、ハノイでは交渉が決裂したとの見方を提示。トランプ氏については、「忍耐力があるし、非核化以外の選択肢がないように北を追い込むなど体系的な戦略も持っている。緊張のレベルを下げたことも大きな成果だ」と評価しました。
一方、韓国の戦略としては上述のように「経済による平和」を志向しているため、制裁"解除"とまではいかなくても制裁"緩和"は不可欠であると考えており、ここに米韓の間には温度差、認識の相違があるとしました。もっとも、ハノイの会談に関しては、「米国の対応が正解であり、韓国は前のめり過ぎた」とも語りました。
今後の方針としては、トランプ氏の戦略を支持していくしかないとし、その路線を世界がサポートすべきと主張。ただし、そこで問題になるのは開城工業団地や金剛山観光の再開を前のめりで進めようとする韓国の姿勢であると指摘。こうした姿勢が米国や日本、国際社会との間で亀裂が生じさせてしまうことへの懸念を示しました。北朝鮮が抗えないような魅力的な見返り(経済構築支援など)は、あくまでも完全な非核化とのトレードオフであり、それまでは日米韓の連携を強化しながら対処していくべきと語りました。
歴史上、初めて北東アジアの主要プレーヤーとなった北朝鮮
-中国を取り込んだ世界秩序は実現困難
最後に問題提起を行った西氏はまず、清朝以降300年以上にわたる北東アジアの歴史を概観し、「米中ロが直接交差する地域は北東アジアだけだ」とこの地域の危険性を強調。しかし、300年以上にわたってプレーヤーとして登場してこなかった(北)朝鮮が、「核を持ったことによって初めてプレーヤーとなった。これは歴史上初めての現象だ」と語り、北島アジアが歴史的な転換点にあるとの認識を示しました。
西氏は、李根氏と同様に、「体制が保証されれば核は不要だ、と言うが核を放棄した後、どのようにして体制を維持するつもりなのか」と疑問点を提示。現状、北朝鮮の後ろ盾となり、朝鮮戦争以来の"血の同盟"関係にあると思われている中国も、決して北朝鮮の核保有は容認しないと指摘。さらにそれどころか、自身の防衛官僚時代の経験談を回顧しながら中朝間には「実際には血の凍るような対立がある」とし、中国は北朝鮮が本当に頼ることができるような国ではないと解説。したがって、北京を牽制するという観点からも「北朝鮮は核は手放さない」との見方を示しました。
一方、西氏は中国との向き合い方については、まず世界の経済のあり方が変容する中、「新しいデザイン」が必要とした上で、これまでのリーダーだった米英にはもはやそれを生み出す力はないと指摘。しかし、代わって台頭した中国は契約や国境に関する概念がないなど、西側とは相容れない異質な存在の国であり、デザインを提示するような存在ではないと分析。それはこれまでの様々なエンゲージ政策が失敗に終わったことからも明白であるとした上で、そうした中国の正体に世界もようやく気がついた今、中国を取り込んだかたちでの世界秩序構築の実現は困難であると語りました。
しかし西氏は、第3次大戦によって世界を再構築することも核兵器が存在する以上、もはやリスクが大きすぎるため不可能であるとも指摘。今後の世界の行方については不透明であり、大きな極のどこかが破綻した場合、「そこからドミノ倒しのように大混乱に陥ってしまうかもしれない」と懸念を示しました。
4氏の問題提起の後、意見交換に入りました。ここでは問題提起を踏まえながら、トランプ大統領をどう評価するか。中国が今後変化する可能性はあるのか、などの点に言及するパネリストが多く見られました。また、米国をハブとした安全保障システムのアップデートや、新たな同盟関係の可能性を模索する意見も寄せられました。
議論を受けて最後に工藤は、「歴史が多く動き出している」とした上で、こうした変動期に揺れ動くリベラルな価値や秩序を守っていくと同時に、さらに発展させていくためにも「来年もこの東京で議論をする」と「東京会議2020」の開催を世界のシンクタンクトップらに約束し、白熱した議論を締めくくりました。