言論NPOは10月15日、「米中の経済対立の行方をどう見ればいいのか」をテーマに、都内で公開フォーラムを実施しました。議論では、中国政治・経済や通商政策に詳しい3人の有識者がいずれも、米中対立は構造的な問題であり長期化するとの見通しを提示。その上で、日本は米中対立が厳しくなる中でも、ルールに基づく自由な経済秩序の再建で世界をリードすべき立ち位置にある、という見方で一致しました。
議論には、中国政治を専門とする東京大学公共政策大学院院長の高原明生氏、前経済産業審議官として通商交渉に携わった寺澤達也氏、中国経済を研究するみずほ総合研究所主任研究員の三浦祐介氏、の3人が参加しました。
司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志はまず、10月10日から11日にかけて行われていた米中の閣僚級通商協議で、中国による米農産品の大規模購入などを合意したほか、米国が15日に予定していた対中関税引き上げが見送られた、という結果を紹介。「しかし、対立はこれで終わりではなく、世界経済の分断のリスクは残っている」とし、米中両国がこの対立にどう向き合っているのかを3氏に問いました。
米中ともに対立の長期化を覚悟している
寺澤氏は、貿易摩擦の背景には広範にわたる米中の潜在的な対立があり、短期的な緊張緩和はあったとしても、本質的な解決は期待しにくいと指摘。
「中国は、これまで米国の圧倒的優位が信じられていた情報通信技術の面で、部分的には米国に先行してきている。これに対し、米国は超大国の地位を維持しようと、これからの経済、社会、安全保障を左右する情報通信技術の覇権を守るために何でもやる。そのため、国有企業や産業補助金など、中国企業の成長を支えてきた政策の転換を迫っている」と、米国側の意図を解説しました。その上で、こうした米国の対中認識は超党派で一致しているとし、さらに、中国が近年進める、外資を含めた企業に対する共産党の指導強化への反発から、「中国への警戒は政界だけでなく産業界にも広がっている」と発言。貿易摩擦の経済への影響を避けるために部分的な妥協は重ねつつ、基本的には対立が深まる構図が、今後10年以上にわたって続く、との展望を示しました。
一方で寺澤氏は、中国側の意図について、「自国経済の強化のためには国による産業育成が不可欠なので、国有企業や補助金に対する米国の要求は絶対に受け入れられない」とし、今回の合意の中でも、中国の産業政策の自由度を縛るものは一つも入っていない、と指摘しました。
高原氏は、中国も米国との長期戦、持久戦を視野に入れている、という認識を提示。また、中国の対米認識は今年5月以降、変化してきたという解釈を示し、「中国にも、外圧を利用して構造改革を進めようという声はある。しかし、5月の通商協議で米国側が提示した合意文書案に、知的財産の保護や技術の強制移転などの改善を求める内容が含まれているのを見て、それらを警戒する勢力が優位に立ち、習近平主席も方向転換した」と、その背景を説明しました。
いずれ中国も構造改革せざるを得なくなる
続いて工藤は、「こうした構造的な対立が、中国を組み込んで発展している国際的なサプライチェーンを分断する段階まで進むのか。それとも、中国自身が大きな変革を迫られていくのか」と、対立の行方を問いました。
三浦氏は、中国はいずれ構造改革に踏み切らざるを得なくなる、との見通しを提示。その理由として中国の人口動態を挙げ、「2020~30年代にかけて人口減少に直面する中国は、少子高齢化で財政負担が増し、現在、経済の安定を支えている企業への財政支援の維持が難しくなる。そうなれば、民間主導の経済への転換を図らざるを得ない」と述べました。
高原氏は、改革開放を進めた鄧小平は計画経済を反省し、共産党の役割の縮小と民間主導の経済への移行で一貫していた、と解説。それとは逆に党の指導を強化しようとしている習近平主席の思惑について、「国民に『自信を持とう』と宣伝しているのは、実際は人口動態や資源などの問題に大きな不安があることの表れだ」との解釈を示し、現在の統制強化は、長期的に中国社会が変わっていく中での過渡期的な現象だ、と語りました。
また、高原氏は、「中国は将来、世界の覇権を握るという目標を設定しているのか」という工藤の問いに対し、「一部の人はそうしたビジョンを持っているが、中国全体の認識ではない」との見解を述べました。
全面的なデカップリングは非現実的
最後に工藤は、米中対立が続く中で日本が取るべき立ち位置について、3氏に尋ねました。
寺澤氏は、「日本は米中両国と良好な関係を保っている数少ない国だ。自由な経済秩序の維持、強化をリードするという点で、日本は独自のポジションに立てる」と発言。「中国は米国から改革を迫られることには抵抗がある。一方、日中関係が近年で最も良い状況にある現在、日本が同志国を巻き込んで国際的なルール形成への参加を中国に求めれば、中国の構造改革につながる可能性がある」と強調しました。
また寺澤氏は、経済秩序を構成する「ルール」についても、「中国が今あるルールを守ればいいというわけではなく、新しく、アップデートされたルールが必要になる」と主張。「1995年に発足したWTOのルールは、中国という巨大な経済大国が、産業補助金や国有企業によって西側諸国とは異なる競争条件に立つことを想定していなかった。また、デジタル経済におけるデータ取引を巡る国際ルールも整備されていない」と、今の時代に合わせてルールを見直すべき具体的な論点を提示しました。
三浦氏も、「中国と協力できる点は協力し、改善を促すべき点は改善を促す」という日本のポジションを主張。「中国企業も今後、少子高齢化で内需の減少に向き合うとなると、海外展開せざるを得ず、投資やデータ保護などの国際ルールに加わる必要性は高まる」とし、こうした中国にとってのメリットを提示することが、中国の改革を促す上では不可欠だ、と述べました。
さらに寺澤氏は、米中間で懸念される経済の分断について「現実的でない」と主張。いくら政治的な対立があったとしても、経済規模で米国を抜くことが視野に入っている中国を無視することは、日本にも米国にも不可能だ、とし、「情報通信などの先進的な分野では部分的にデカップリングがあったとしても、これだけ各国の経済が相互に連携する中、その他の幅広い分野で分断が起きるとは考えにくい」と述べました。さらに、「日本企業も米中どちらかを選ぶのではなく、必要な注意は払いつつ、中国という重要な市場と萎縮せずに向き合ってほしい。日本政府もそれをバックアップすることが必要だ」と求めました。
高原氏は、日本に求められる中国との向き合い方について、「経済でも安全保障でも、平和を保ち、持続的に日中関係を発展させることに日本の国益がある」と主張。その道筋について、「日中関係には領土など脆弱な面もあるが、経済協力や非伝統的安全保障、文化協力など強靭な面もある。両国の指導者が、脆弱な面を管理しつつ、強靭な面を強化するという明確な意識を持つことが必要だ」と指摘しました。そして、「日中で戦略目標が一致していない部分は競争していくしかないが、その中で平和を維持し発展させていくという難しい課題がある」と語りました。
最後に工藤は、言論NPOが10月26~27日に北京で開催する「第15回東京-北京フォーラム」では、まさに世界の自由な経済秩序を守り発展させる立ち位置から、中国側との議論に臨んでいくことを説明。「日中関係のあり方が日本の将来に決定的な意味を持つ局面になっている。私たちの本気の議論に注目してほしい」と述べ、議論を締めくくりました。