2020年1月30日(木)
出演者:
内野逸勢(株式会社大和総研金融調査部主席研究員)
河合正弘(東京大学公共政策大学院特任教授)
志賀裕朗(JICA研究所上席研究員)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
引き続き、「2020年、世界の多国間主義やルールベースの秩序はどうなるか」をテーマにしたセッションが行われました。工藤泰志(言論NPO代表)による司会の下、議論には、内野逸勢氏(株式会社大和総研金融調査部主席研究員)、河合正弘氏(東京大学公共政策大学院特任教授)、志賀裕朗氏(JICA研究所上席研究員)の3氏が参加しました。
2019年、課題の取り組みは「やや後退」
まず工藤は、現在の世界では多国間の国際協力の様々な枠組みが動揺しているとした上で、それが地球規模課題にどのような影響を及ぼしているのか、取り組みは進展したのか、それとも後退したのか、と各氏に評価を尋ねました。
これに対し、言論NPOの評価にも携わった内野氏は、自身の専門である国際経済システムの管理については、米中対峙の激化、複雑多層化のマイナスの影響が色濃く出ていることを踏まえ、改めて「やや後退」したとの評価を下しました。
一方で内野氏は、ブレトンウッズ体制下で創設され、これまで世界の発展を支えてきた様々なシステムはチャレンジを受けているものの、中国等がつくり出す新しいシステムによって「リプレイスされるような状況には至っていない」とも指摘。昨年のG20サミットでは議長国日本がリードしてデジタル課税の議論で一定の成果を出したことを振り返りつつ、今後もG7やG20といったシステムは重要であり続けるため、維持するための努力をしていかなければならないと語りました。
河合氏も、主に国際貿易を念頭に「やや後退」と評価。とりわけ、2019年における後退の象徴的な出来事が、WTO上級委員会の機能停止であったと振り返りました。
河合氏は、G7やG20で「米国vsその他」の構図となるなど、世界の分断が深まっていることが国際協調の後退に直結しているとの見方を示しつつ、その要因として米国の変化を指摘。相対的な経済力の低下を、従来は国際協調によって補ってきたにもかかわらず、米国一国主義を抱えるトランプ大統領の登場によって、協調姿勢が一変。その結果、世界から協調の牽引役がいなくなってしまったと分析し、こうしたことが後退の要因であるとしました。
志賀氏は、国際開発分野に関して、「やや後退」と評価。持続可能な開発目標(SDGs)は着実に進展し、成果を収めていることはプラスの要素と評価しつつ、国際協力の枠組みが崩れていることをマイナス評価の要因としました。志賀氏は、その要因として自国第一主義の台頭を指摘。しかし、ここでは米国ではなく英国に着目。国際開発の分野では、伝統的に英国のリーダーとして世界を牽引していたものの、ジョンソン政権発足以降、明らかに後ろ向きになったと解説しました。
分断はさらに深まるのか
米中対立をはじめとして、各パネリストが世界の分断について言及したことを受けて、工藤は、米国型、中国型のモデルのせめぎ合いが起きている中、世界は今後どうなっていくのか、分断はさらに深まるのか、その見通しを尋ねました。
これに対し河合氏は、米中それぞれのブロックに分かれていくとの見方を示しました。もっとも、中国に関しては、既存の秩序による恩恵を受けながら発展してきたために、現行秩序を完全に破壊する動機は乏しいとも指摘。あくまでも、既存のシステムを基本としつつ、自らの利益をより拡大するために一帯一路など自らのシステムを拡大させようとしていると分析。したがって、一帯一路などで関与しつつ、中国を既存秩序を擁護する方向に誘導していくことが大事であると語りました。
一方、米国は貿易のみならず、技術や安全保障でも中国から挑戦を受けていると解釈しており、今後対中強硬論が台頭していくと同時に、国際協調からもさらに離れていく恐れがあると予測。特に、貿易に関しては、米国は伝統的に緊密な関係にある日本や欧州との間でも分断の目が芽生えつつあると今後の展開に懸念を示すとともに、米国に対しても既存秩序の側に引き寄せるアプローチが必要であると語りました。
志賀氏は、今後の国際援助分野の懸念要素として、これまでの援助モデルとは異なる中国モデルの拡大を挙げました。そこではまず、「民主主義が根付けば福祉も向上する」という開発分野での定説が、権威主義的な中国の台頭によって崩れ始めていることを指摘。さらに、世界銀行など国際機関が中国をはじめとする権威主義国家による開発援助の手法に対し、必ずしも否定一色ではなくなりつつあることなどを不安視しました。
一方、経済状態の悪い先進国は開発援助にあたって、自国の国益につながるように効率化を考えるようになり、その結果、援助を本当に求めている末端の国民まで支援が行き渡らなくなることが懸念され、こうしたことも中国による援助の存在感を際立たせることにつながっているとしました。
しかし志賀氏は、決して暗い見通しばかりでないことも強調。具体的には、中国も質の高いインフラ投資に関する G20 原則には同意しているなど、ルールの必要性は認めており、大きな方向性ではこれまでの援助のあり方から逸脱することはないとの見方を示しました。
仮想通貨には「分断」のリスクと同時に、「分散化」のリスクも
「分断」という意味では、米Facebook社が昨年6月に打ち出したデジタル通貨構想「リブラ」も議論の俎上に上りました。新技術を生かした利便性向上への期待もある一方で、国際的な通貨体制や中央銀行の金融政策の枠組みを突き崩すとの批判も強いこの「リブラ」について、河合氏は確かにコスト削減の魅力は大きく、世界の基軸通貨ドルに取って代わる可能性はあるとしました。G20財務相・中央銀行総裁会議がリブラを含む暗号資産(仮想通貨)について、「深刻なリスクがある」とする文書をまとめたように、この点では国際協調はうまくいっているとしながらも、既存通貨側もコスト削減など利便性向上に向けた取り組みは不可欠であり、中国人民銀行がデジタル人民元の研究を着々と進める中ではその努力は尚更急務であるとしました。
一方内野氏は、仮想通貨を支える技術であるブロックチェーン(分散型台帳)に着目。ここで問われているのは「分断」ではなくまさに文字通りの「分散化」であると指摘しました。個人レベルで簡単に保管・管理が可能で、しかも無国籍で自由な資金取引が可能になるリブラが基軸通貨に取って代わることは、アンコントローラブルな不測の事態を引き起こすリスクがあると警告。同時に、分散化しないようにするために、いかなる規範を打ち出すかが今後世界で問われてくると語りました。
さらに内野氏は、こうした「分散化」は、実は開発援助の場面ではすでに起こっていると指摘。クラウドファンディングの発達により、個人がボタン一つ支援することが可能になったが、支援を必要に応じて振り分ける仲介者がいないこうした援助の場合、人気があったり声が大きいところに支援が集中する結果となると解説。こうした中で問われてくるのは個人が適切な価値判断をできるか否かである、と問題提起しました。
国際協調が復活するためには
最後に工藤は、気候変動や今般のコロナウイルスによる新型肺炎を例としながら、こうした一国だけでは対応できない国境を越えた課題を前にして、「もはや分断などしている場合ではない」といった国際世論のうねりが起こり、国際協調が復活することは今後期待できるのかと尋ねました。
内野氏は、近年国際協調が最もうまくいったケースとして、2008年、リーマン・ショックを契機に発生した世界的な経済・金融危機の際のG20の対応を挙げました。その上で、国際課題の議論の場としてのG20を維持し続けていけば、大きな課題が生じた際に再び国際協調がその力を発揮する機会が訪れると語りました。
河合氏は、米中対立は今後も続くと予測しつつ、しかし1930年代のような深刻な分断の兆候はみられないと指摘。その理由としては、G7、G20を中心とした国際協調が少なからず効いているからであるとし、今後もこうした枠組みを維持する努力が必要であると語りました。
また、新型肺炎に関しては、中国当局もプレッシャーを感じると同時に、世界保健機関(WHO)との連携は不可欠であることを認識するはずだとし、国際協調がその力を発揮する局面であると語りました。
志賀氏は、大国以外の役割に着目。SDGsは、コロンビアがグアテマラやペルーなどと共に2012年の「リオ+20サミット」(国連持続可能な開発会議)で発案し、合意に至ったものであることを紹介。また、ASEAN諸国など中規模の援助国が増加しており、西側や中国とは異なる独自の地域協力の枠組みを形成していることも示しつつ、大国以外にもこうした影響力を発揮できる国々が増加していることは、今後の国際協調やルール形成においてプラスの作用を及ぼすのではないかと期待を寄せました。
その後、会場との質疑応答を経て、最後に工藤は、国際協調を通じてどのような世界を我々はつくっていくべきなのか、今まさに問われている局面だと感じたと所感を述べつつ、今後も地球規模課題に向けた議論を継続していくことへの意気込みを語りました。