2020年1月30日(木)
出演者:
岡村健司(財務省国際局長)
塚田玉樹(外務省地球規模課題審議官)
渡辺哲也(経済産業省大臣官房審議官(通商政策局担当))
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
言論NPOは1月30日、「地球規模課題10分野の国際協力評価」発表を記念し、都内の言論NPO会議室にて公開フォーラムを実施しました。フォーラムでは、日本政府の国際交渉担当者や国内の専門家らが、評価結果をもとに、地球規模課題の解決における日本やどう見るのか、話し合いました。
冒頭、挨拶に立った言論NPO代表の工藤泰志は、この評価はもともと、米外交問題評議会など世界25ヵ国の主要シンクタンクが参加するネットワーク「カウンシル・オブ・カウンシルズ」が2015年から実施してきたことを説明。その目的は、ルールベースでの自由秩序や多国間主義を守るために世界のシンクタンクが連携することだと紹介しました。
そして、「国際秩序が不安定化し、世界が分断の岐路に立つ中でも、世界の自由秩序を守り発展させることこそが日本の国益だ」とした上で、CoCの評価に日本を代表して参加してきた言論NPOが、今年から日本として独自に評価に取り組む狙いを「日本には世界の様々な課題を横断的に評価できる人材は少なく、各分野の専門家をつないで日本の主張を世界に発信していく必要がある。同時に、日本国内でも、世界の課題を多くの人が考える舞台をつくっていくことが重要だ」と語りました。
続いて、言論NPO国際部部長の西村友穂が、評価結果を説明。2019年の地球規模課題への国際協力の進展について、総合評価がD(やや後退した)という厳しいものとなった理由を、「米中対立を中心に激化する大国間競争や地政学的な対立が、世界の分断の危険性を高め、世界課題の解決を難しいものにしている。これは国際貿易だけではなく、サイバーガバナンス、核不拡散、国際開発など様々な分野で減点要因になっている」と述べました。
そして、言論NPOが評価を開始した2015年からの5年間で、総合評価がB-(一定程度前進した)からDへと悪化していることに言及。この厳しい結果を受け、「言論NPOは、世界の歴史的な困難の解決に日本がリーダーシップを発揮するため、世界の課題に挑む言論空間を日本でより大きなものとし、その声を世界に発信したい」と決意を見せました。
続いて行われた第1セッションでは、財務省の岡村健司・国際局長、外務省の塚田玉樹・塚田玉樹・地球規模課題審議官、経済産業省の渡辺哲也・大臣官房審議官(通商政策局担当)の登壇し、評価結果をどう見ているのか、話し合いました。
初めに、司会を務めた工藤は、「日本のシンクタンクが地球規模課題の進展を評価し、世界に発信するのは初めての取り組みだ。これを実施したのは、日本は世界の課題にもっと発言力を強めていくべきだという思いがあるからだ」と説明しました。そして、G20やWTOなど国際交渉の最前線に立つ3氏を紹介しながら、「しかし、日本の社会では、皆さんのように世界で活躍する交渉担当者に光が当たっておらず、そうした状況では多くの人が世界の課題を正確に知ることはできない」と日本の言論空間の状況を問題視。「今回の評価をスタートとして、世界の課題に向き合う言論の舞台をつくり、日本の外交力向上に貢献したい」と改めて意図を説明し、政府の政策責任者としてこのような取り組みをどう見ているのか、3氏に尋ねました。
シンクタンクが世界全体を俯瞰して課題解決の進展を評価し、
国際社会や世論に発信する手法は、今後の日本外交の基本となる
岡村氏は、この評価を通して、自身が携わる国際交渉の中身と、その発信の両面が検証されることになるという点で、「大変ありがたいし、怖い」と感想を述べました。そして、日本がG20の議長国を務めた2019年を、「日本が課題解決をリードし、世界に提案する環境に恵まれた。しかし、その努力以上に、国際協力に対して逆風があったのだろう」と振り返りました。
塚田氏は、「この評価は、世界の課題全体を俯瞰するとともに、その現場の情報にアクセスする力がないとできない。評価を通し、その力を日本が養うことにもつながる」と、その意義を語りました。同時に、政策担当者が見た実態と、世間の評価との間にはギャップが見られるとも語り、それを埋めるためにも、政策当局と民間シンクタンクが社会への発信力の面で切磋琢磨することが大切だ、と、評価のもう一つの意義を述べました。
通商交渉を担当する渡辺氏は、「それ以外の分野を含めた世界の全体像の中で、各分野の位置付けや連関を把握することができる」と、評価の意義を強調しました。また、「国際交渉における政府の方針は幅広い世論形成を通してつくられるものだが、日本にはそうした主張を形成する力が弱い」と指摘。シンクタンクがグローバルな課題を自ら調査し、世界や国内社会に提言するという手法は、「今後、日本の国際課題への取り組み方の基本になる」と語りました。
続いて工藤は、今回、2019年の国際協力の取り組みへの総合評価がD(やや後退した)という厳しいものになった理由を詳しく説明。「私たちが評価にあたって理想としたのは、自由や多国間協力、法の支配の理念のもと、民間や市民も含め多くの人たちが課題解決で力を合わせる世界だ。しかし、現実には多くの課題が大国間の交渉や地政学的競争に左右されており、気候変動や開発のような、国境を越えて多くの人が利害を共有できるはずの分野にもその影響が広がっている」とし、こうした観点から、評価結果や今後の世界をどう見ているのか、3氏に尋ねました。
日本外交の方向性は、米中を包摂するルールの提案
岡村氏は、基本構造は「自国第一主義の米国と、新たな国際秩序を志向する中国」の対峙だが、その大枠の中で、「気候変動や通商、デジタル課税などの分野では、本来、米国のグループにいるはずの欧州が米国と対立しているとの図柄が現れている」という認識を提示。今年、中国が経済減速を背景に米国への融和的姿勢を強めると予測し、これにより、米中の対峙の中での米欧の亀裂が多国間協力の逆風になる傾向が一層顕著になる、と展望しました。
岡村氏は、その中でも日本外交の方向性は、「米中の対立を取り持つというより、米中を含む全ての国を包摂するルールを提案することだ」と強調。具体的には、中国から途上国への過剰な貸し付けが指摘される中、「質の高いインフラ」建設のため、中国を含むG20で債務の持続可能性の原則を合意したこと、また、「インド太平洋構想」も中国を排除するものでなくあらゆる国の参加を前提としていることなどを紹介。「この方向性を2020年も継続していきたい」と語りました。
世界の地政学的な緊張は、ルールに基づく秩序の再編成でしか解決できない
渡辺氏は、「冷戦が終結し、中国がWTO加盟した00年代初めまでは、リベラルな国際経済秩序は完成したと思われていた。しかし、近年の中国の国家資本主義的な動き、サイバーを含めた地政学的な緊張の高まりにより、それが一直線に進むわけではないと明らかになった」と総括。「この緊張状態は、より高いレベルのルールに基づく秩序の再編成でしか解決できない」と述べ、自身が交渉に携わるWTOも、世界の現実にルールが追いついていない状況の典型だとしました。
一方で渡辺氏は、気候変動など世界の利害が共通する領域では「新たな規範の中で皆が共存していかなければ、誰にとっても将来はない」と指摘。「そうした共通課題の深まりを、国際協力が次のステージへ進むきっかけにしなければいけない」と訴えました。
共通課題での国際協力と、主権国家の利害がぶつかる状況にどう対処するか
塚田氏は、国連のような一国一票、全会一致の方式に基づく国際協力の問題点を指摘。以前、エボラ出血熱が流行した西アフリカを例に、「ガバナンスや行政機構が十分でない国が、感染防止のオペレーションで国際機関とどう連携するのか」という課題を提示します。塚田氏は「そうした国は国際社会による支援を必要としており、国際機関を中心とした緊急保健介入は比較的容易且つ実効性も高い」としつつ、より難しいケースとして「逆説的ではあるが、しっかりした国であればあるほど国際機関による介入をきらう傾向があり、微妙なハンドリングが求められる」と指摘。実際WHO(国際保健機関)のPHEIC(国際緊急公衆衛生事態)の発出も一義的には当該国の努力と責任を前提としており、国際社会としてはまずはその国の努力を支援するという立て付けになっているところ、国際的な共通課題での協力と、主権国家の利害とがせめぎ合う状況に対処する難しさを語りました。
こうした議論を受け工藤は、世界の政策コミュニティでは、渡辺氏も述べた通り「米中対立の出口はルールに基づく米中の共存だ、という議論が主流になっており、そのために日本への期待も強い」と紹介。2020年、地球規模課題の解決に向け日本はどのような役割を果たすべきか、3氏に意見を求めました。
ルールに基づく自由秩序の維持という世界の期待に応えるためにも、
日本の多くの人が地球規模課題に対して発言し、行動を起こすべき
塚田氏は、日本の役割を「ソリューション」の提示だと断言し、例えば、気候変動ではグレタ・トゥンベリさんに象徴される世論の高まりを受け、国際社会はCO2排出削減目標設定の「野心」を高めることに躍起になっているが、それをどう実現するかという手段の議論は置き去りにされている、と主張。「『野心』の部分は今年のCOP(気候変動枠組み条約締約国会議)を開催する英国が引き続き積極的に引っ張っていくであろうから、日本は『ソリューション』の提案という形で議長国をサポートし、責任を伴った野心向上という冷静な議論を主導することでCOPに貢献したい」と語りました。
岡村氏は、日本がなすべきなのは多国間協力の場で結果を出すことだ、と強調。具体的には、昨年12月に、世界銀行のIDA(国際開発協会)に3年間で9張円規模の資金供与を可能とする増資合意が得られたことは、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けた最強のツールであるとし、その執行、即ち開発現場での具体化に日本がリーダーシップを発揮することへの意欲を見せました。
渡辺氏は、新技術における米中の分断や、プラットフォーマーと消費者の分断、中国の国家資本主義と米国の株主資本主義の分断など、様々なレベルで「分断」が生じている世界の現状に触れ、「共通しているのは、日本として分断を防がないといけないということだ」と発言しました。
そして、シンガポールのシンクタンクが行ったASEAN各国で行った世論調査の結果を紹介。各国の市民は、中国の影響力増大と米国への信頼感の低下、そして日本の存在感の希薄化を認識しながらも、「ルールに基づく自由秩序をどの国が担うべきか」という問いでは日本が最多となったという結果を挙げ、そうした世界の期待に対し、「市民や企業、そしてシンクタンクも含めた日本の幅広いステークホルダーが、地球規模課題に対して発言し、行動を起こしていくことが非常に重要だ」と語りました。
最後に工藤は、「国際社会は厳しい局面にあるが、民間としても世界の課題を議論する舞台を強くし、世界にもその取り組みを伝えていきたい」と、改めて、今回の評価を実施した意義を強調。2月29日~3月1日の「東京会議2020」では、この評価結果も踏まえ、世界10ヵ国の有力シンクタンクトップらと米中が共存する国際秩序の在り方を議論することを紹介し、第1セッションを締めくくりました。