言論NPOが主催し、世界10カ国の有力シンクタンクのトップや世界の要人が参加する「東京会議2020」は2月29日、東京・大手町の日経ホールにて1日目の公開フォーラムを開催しました。
第1セッションでは、まず、日米の通商政策関係者が、米中対立は長期的で構造的なものになる、という認識で一致。これを受けた議論では、現在続く新型コロナウイルスの流行拡大により、多国間の連携や社会の連帯、民主主義といった価値の強靭さが試されている、という意見が相次ぎました。そして、米中対立の出口は、こうしたリベラルな規範のもとでの米中の共存以外にない、という立ち位置で、その道筋をどう描くか、真剣な議論が行われました。
困難があるからこそ、
それに向かい合う議論を社会に伝えるのがシンクタンクの使命
まず、開会の挨拶に立った言論NPO理事で、東京会議の運営委員会でもあるワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)委員の近藤誠一・元文化庁長官は、「コロナウイルスの流行で、人類もやはり地球の生命体の一つであることを再認識した」と述べた上で、「地球の生命が38億年間、維持されてきた秘訣は、多様性だ。生命体に単一の性質しか存在しなければ、環境変化によって全てが滅んでしまう」と発言。こうした自然界の原理になぞらえ、「国際秩序も開放性や多様性があってこそ存続するのだろう。米中対立の出口を考えていく上でも、その大原則を忘れてはならない」と主張しました。
続いて、主催者挨拶に立った言論NPO代表の工藤泰志は、コロナウイルスの感染拡大を受け、4カ国のシンクタンクトップや日本政府関係者らが次々と欠席を決めたことに言及。「しかし、言論NPOは設立から18年間、議論を中止したことは一度もない。困難があるからこそ、それに向かい合う議論を展開し、社会に発信するのがシンクタンクの使命だ」と語りました。
そして、2017年に立ち上げた「東京会議」の目的を、世界の自由と民主主義が直面する試練に、シンクタンクや知識層が連携して取り組み、世界、とりわけG7の議長国に提案することだと説明。こうした本気の議論が、東京で行われることが何より重要だ、と強調しました。
さらに工藤は、コロナウイルスが世界で流行するだけでなく、それにより人の移動やサプライチェーンなどへの影響が国境を越えて急速に広がる現状は、まさに「世界は一つ」であり、一つであり続けなければいけないことを表している、という見方を提示。同時に、「こうした人類共通の課題を解決するには多国間の協力が不可欠だが、今、国々の間には価値観や体制の違いが広がっている」と述べ、この状況に対し、あくまで「共通のルールに基づく自由な社会、大きな困難に世界が協力し合う世界」をつくるため、シンクタンクが結束して取り組む決意を重ねて語りました。
第1セッションの問題提起は、コロナウイルスの影響で急遽、会場での参加を取りやめた牧原秀樹・経済産業副大臣が、ビデオメッセージにより行いました。
日本に求められるのは、ルール作り、平和、国際協調の推進、民主主義的価値観の体現、という3つのリーダーシップ
牧原氏はまず、米中対立について、「米国にとっては、GDPや人口、技術力などでソ連よりも強大な中国の台頭を抑え込もうとするのは当然なのかもしれない」とした上で、「日本は、イデオロギー面でソ連とは明らかに逆の立場だった冷戦時代とは異なり、文化的・歴史的・地理的、そして経済的にも、中国を単純なライバルとして扱うことができない。また、米中対立自体も、米ソのような軍事的な二元対立ではない」と、状況の複雑さを説明。このような状況下で日本に求められる三つの役割を語りました。
牧原氏は第一に、「このような対立構造の複雑さに鑑みれば、中国を包含する多国間枠組みの存在が極めて大切」だと語り、その中で、EUや日本など米国以外の民主主義国には、「米中の対立を激化させず、ルールに基づく自由で公正な世界の秩序作りを担う役割がある」と強調。これらの国々が米国に対しても、自由で公正なルール作りのリーダーとして振る舞うよう粘り強く説得しなければならない、と主張しました。
そして、自身が担当する国際通商ルールは、日本がルール形成に主導的な役割を発揮している顕著な例だとし、世界的に保護主義が高まる中、TPP11や日EU・EPAを発効させ、RCEP(アジア太平洋包括的地域経済連携)の交渉も進めていること、さらにデジタル経済のルール作りでも、DFFT(信頼性のある自由なデータ流通)の理念をG20やWTOなどで提唱していることを挙げました。
第二に牧原氏は、先進民主主義国が安全保障面でも連携の必要性を挙げます。近年の地政学的対立の背景には、平和の大切さや国際協調の重要性への認識が薄れてきていることがあるのではないかとし、AI(人工知能)など最新技術を使った軍事兵器開発競争は、かつての核兵器開発競争のように人類そのものの存続にすら影響しかねないと懸念を示しました。そして、こうした兵器の開発も、核兵器の開発と同様、国際ルールによって抑制することが重要だとし、技術大国である日本やEUの役割は極めて大きい、と述べました。
第三の役割として、「民主主義という価値観の体現」を提示。牧原氏は、米政権が民主主義の価値を否定するような行動を続け、欧州でもポピュリズムの台頭で民主政治が機能不全に陥る中、今後、急速な台頭が予想されるアフリカなどの諸国は「民主主義体制は本当に良いものか、という疑問を感じている」と指摘。他方、アジアやアフリカなどの一部では非民主主義国が大きな発展を遂げるだけでなく、一部の国々は、進出先の国の市民ではなく、「その国の権力者の基盤を頼りに、インフラ整備で自らの権益も固めている」と憂慮しました。
牧原氏は、この状況に対し、「民主主義的価値観の良さを体現するロールモデルとしての役割が、日米欧に求められている」と主張。その基本は、権力者ではなく市民が主体である こと、そして「健全な」言論が自由にできることが何よりも大切であることを、世界に説かなければいけない、と訴えました。
問題提起を受け工藤は、「牧原氏が語った、公正なルール、多国間協調、民主主義の全てが困難に直面している。この状況のベースには米中対立があり、それが世界の分断を招きかねないという見方もあるが、今、世界では何が起こっているのか」と問いかけました。
米中対立の膠着状態を抜け出すには、
中国が参加したいと思えるようなルールをつくることが必要
これに対し、米国からゲストとして招いたユーラシアグループ地政学担当部長のポール・トリオーロ氏は、米国内で進む中国とのデカップリング(切り離し)の議論について、「中国のハイテク分野での台頭が、欧米の自由主義的経済モデルと衝突し、経済、安全保障の両面で欧米諸国の脅威になっている」という認識が根底にあると指摘しました。具体的には、国有企業への補助金や強制技術移転といった中国の政策に対する懸念は、トランプ政権以前から存在すること、加えて、ここ1年間では、国家安全保障の一部として、技術の輸出管理や中国からの投資の審査を急速に厳しくしたことを紹介。「過去30年で、世界のサプライチェーンが中国を中心に形成されてきたこと自体、米国の経済と軍事にとって脅威である」という認識がデカップリングを引き起こしている、と語りました。
一方、中国についてトリオーロ氏は、「共産党政権は国有企業の育成によって技術面の米国依存を解消しようとしているだけでなく、デジタル技術による監視社会を築き、欧米の価値観と対決している」という見方を示しました。
そして、ハイテク分野の覇権争いはAIや5G(第5世代通信規格)など次世代の技術にも及ぶため、米中対立はかなり長期化し、その打開は困難なものになるという見通しを提示。同時に、技術開発がグローバル化する中で日本や韓国、欧州なども中国の技術的攻勢を受けているため、これは米中二国間だけでなく世界の問題だ、という認識を語りました。
さらにトリオーロ氏は、こうした膠着状態を抜け出すために必要な二つの視点を提案。
第一に、米中対立のゴールをどこに定めるか、と指摘。同氏は、中国の経済規模や生産能力があまりに大きいため、一定の相互依存は止められないことを前提に、デカップリング以前の状況にどう巻き戻すのかを考えるべきだ、と提案しました。
第二に、国際秩序の再構築というテーマを提示。中国は「新たな国際秩序自体を構築する意思はなく、共通ルールに参加することに関心は持っている」という認識を示しました。そして、今後の課題は、中国が利害関係者として参加したいと思えるような仕組みをつくることだ、と主張し、それを促すことが民主主義国側の役割だ、と語りました。
続いて、議論は、コロナウイルスの感染拡大が米中対立にどのような影響を与えるのか、という論点に移りました。
コロナウイルスの流行が米中関係のさらなる悪化につながる危険性
ブラジルからビデオ出演したジェトゥリオ・ヴァルガス財団総裁のカルロス・イヴァン・シモンセン・レアル氏は、「中国は国民の不満をそらすため、国外の問題に国民の目を向けさせるのか。また、全世界が景気後退に追い込まれる状況があるのか。誰もわからないまま、恐怖が広がっている」と、事態の不透明性を強調。その上で、「最悪の状況は、恐怖が地政学的な緊張を生むこと」だと語りました。
同時に、事態の収束後、南シナ海などの地政学的な緊張がさらに高まる可能性にも言及。「平和的な解決策は協力の上にしか成り立たない。それは、統治体制や人々の世界観が異なる国の間では難しい」と語り、自国を世界の民主主義の旗手と考える米国人と、自国が世界の中心とみなす中国人との間に、お互いが許容できる価値観を築くことができるかが課題だと述べました。
米国外交問題評議会シニアバイスプレジデントのジェームス・リンゼイ氏は、今回の事態が、世界にとって様々な面で「試練」に直面しているとの解釈を示しました。
まず、各国政府にとって、適切な医療の提供や、経済への影響緩和といった対応の成否が、政権基盤を大きく左右すると指摘。
リンゼイ氏は中国について、「習近平主席は毛沢東以来の強い権力を持っているが、権力には責任が伴うため、対応を誤れば政権は一気に脆弱化する」との見方を提示します。また、習政権が中国経済の再活性化に失敗した場合、中国だけでなく世界にどういう影響をもたらすのか、注視する必要がある、と語りました。また、米国のトランプ大統領も、秋の大統領選ではコロナウイルスへの対応が国民の審判を受けることになる、と話しました。
そして、こうした「政府の試練」は、政治体制を問わず各国に共通する課題であり、また、政治的に人気のある手法が必ずしも賢明ではない、と述べました。
一方でリンゼイ氏は、仮に米国でコロナウイルスの感染が広がれば、米中の「分断」が何を意味するのかが明らかになってしまう、という見方を披露します。同氏は、米国で使われる医療用マスクや医療機器の多くが中国で生産されていることを紹介。こうした資材の中国からの融通が滞り、それは中国が自国の感染対策を優先させているためだ、という認識が米国内で広がれば、米中の緊張関係はさらに急速に深刻化していくだろう、と語りました。
加えて、コロナウイルスの発生源を巡り、SNSで様々な「陰謀論」が広がっていることにも言及。フェイクニュースが真実を締め出す危険性が高まっているという意味でも、私たちは未知の領域に踏み込もうとしているのではないか、と述べました。
そして、「皆が恐怖心にとらわれている時こそ、『東京会議』のような対話によって世界の識者が互いに学び、賢明な選択肢を示していきたい」と話し、発言を終えました。
人類共通の課題に対する多国間連帯のあり方が問われている
カナダのロヒントン・メドーラ氏(国際ガバナンス・イノベーションセンター総裁)は、過去の金融危機時にIMF(国際通貨基金)が加盟国への大胆な政策介入に踏み切ったことを引き合いに出し、「少数の大出資国に権限が集中するIMFと違い、WHO(世界保健機関)はガバナンスの所在が曖昧だ。私たちは、WHOに強いリーダーシップを発揮してもらう意欲があるのか」と提起。今回のコロナウイルス流行により、望ましい多国間主義や国際機関のあり方が問われている、と語りました。
また、こうした多国間協調で重要なのは「仲が良くない国とも対話すること」だと主張。例えば、「イランは世界で4番目に感染者数が多いが、カナダは同国との外交関係が断絶状態にあり、イランで何が起こっているのか情報が入ってこない」と紹介し、様々な違いを超えて全ての国が参加することができる国際連携のルールやプロセスが必要だ、と訴えました。
ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)会長のフォルカー・ペルテス氏も、国際組織、多国間連携の重要性を強調。保健制度が整っていない途上国や、紛争地域にコロナウイルスが流入した場合の影響の大きさに触れ、「感染症対策のような世界共通の課題への取り組みは地政学的対立の影響を受けず、国際公共財として各国がそのコストを負担していくことが重要だ」と訴えました。
またペルテス氏は、コロナウイルスの発生当初、先進国ではこれが中国一国の問題に過ぎないとみなされ、中国での感染拡大を防ぐための資金拠出に消極的だったと指摘。「それは、人類の連帯が限定的だったことを意味する」と述べました。そして、こうした国際連携が機能する条件は、国内の社会で連帯や思いやりの精神が機能していることだ、と述べるペルテス氏は、「欧州では、中国からの帰国者が自分の街から締め出された事例があった」と紹介。この観点から、「私たちの社会が試されている」と語りました。
危機における民主主義国の強みは、政府と国民の信頼関係に基づく情報共有
インドのサンジョイ・ジョッシ氏(オブザーバー研究財団理事長)は、コロナウイルスの流行は社会の連帯に加えて民主主義の重要性をも明らかにした、と語ります。同氏は、中国やイランで自国の感染対策に対する国民の不満が高まっているのは、「政府の出した情報を国民が信頼できないからだ」と指摘。国民と政府との信頼関係に基づくオープンな情報共有ができるのは民主主義社会しかない、と訴えました。
WAC委員で東京大学大学院総合文化研究科教授の古城佳子氏は、感染症や金融危機のような、グローバル化によって起きる問題への対応には国際協調しかなく、「今後も生じうる危機にどのような協力体制が必要なのか、議論を進めていく必要がある」と主張。その際には、それぞれの国が重要な情報をオープンにし、オープンな議論ができる環境をつくっていくことが不可欠である、と述べました。古城氏はその点で、「各国が出す情報が国内外で信頼されるものでなければ、協力体制が生む果実は少なくなる」とし、情報へのチェック機能が働く民主主義国の利点を強調しました。
各国のパネリストが多国間協力の重要性で一致したところで、司会の工藤が、「主権国家を基礎とした今の国際秩序において、それが分断の危険に直面する状況下で、国境を越えた課題に各国が協力し合う取り組みがどう実現するのか」と重ねて論点を提示。先進国内で自由民主主義への疑念も生じている中、「自由秩序に基づく米中の共存を実現するため、どのような作業が必要なのか」と、パネリストらに尋ねました。
ルール形成の「仲介者」としての日本への期待
ドイツのペルテス氏は、欧州として米中対立の過熱を和らげるソリューションがなく、また、その影響から逃れることもできない状況を前提に、「地域主義」の強化によって欧州自身の競争力を高めていくしかない、と主張。米中のはざまで同じ立場にある日本も、アジアの民主主義国間の連携をリードしてはどうか、と提案しました。
カナダのメドーラ氏は、データ管理や知的財産権の活用といった新しい領域において、「ブレトンウッズ体制のような、何十年間もの繁栄を世界にもたらすルールが必要」だと発言。例えば医療の分野においても、新技術の迅速で普遍的な広がりを奨励するルールが不在であることを指摘しました。そして、異なる規範に基づく世界、つまり国家中心の中国、企業中心の米国、市民中心の欧州、が併存しているという現状認識を示した上で、「そうした新しいルールには、中国も引き込んでいきたい」と意欲を見せました。
インドのジョッシ氏は、グローバル化により台頭したインドにとって、グローバル化への疑問が米政権から呈されていることを「ジレンマ」と表現し、その解決策は、国と国とが対話することだ、と強調。その意味で、日本は「フェアな仲介者」として多くの国々から注目されている、と語りました。そして、「世界はさらなるグローバル化を必要としている」という観点から、インドが交渉離脱を表明したRCEPについて、「対象が工業品に偏っており、インドが強いサービス分野の自由化は進んでいない」と指摘。日本が中国を巻き込んでルール作りに役割を果たすことへの期待を述べました。
シンガポールのオン・ケンヨン氏(ラジャラトナム国際研究院(RSIS)副理事長)は、コロナウイルスのような喫緊の課題には、国連やWHOといった既存の国際制度を活用するしかなく、この下での連携を通し、「有益なルールは引き続き活用しつつ、時代に合わないルールをアップデートしていく必要がある」と主張。
ルール形成において米中との間合いの取り方に苦労しているASEANの立場から、米中を説得しルール形成での連携を働きかける上で「日本には引き続き模範となってほしい」と語りました。
最後に司会の工藤が「次の第2セッションでは、この議論を踏まえ、我々が目指すべき国際秩序の姿やそのために問われる努力を明らかにしていきたい」と述べ、白熱した議論を締めくくりました。
【0:00:00~ セッション1 / 2:09:46~ セッション2】