大国間競争の中で我々の価値観を守るためにも、民主主義国が自らの競争力を高める必要がある / フォルカー・ペルテス(ドイツ/ドイツ国際政治安全保障研究所(SWP)会長)

2020年3月10日

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工藤:今回は「東京会議」の議論に参加して「戦場に来たような思いだ」と言われていました。コロナウイルの問題もありましたが、議論は満足できるものだったのではないですか。

ペルテス:今回の「東京会議」も再び非常にタイムリーに開催されたことを嬉しく思います。確かに新型コロナウイルスの影響はありましたし、いくつかの国では行き過ぎとも言えるようなパニック状態になっていますが、それにもかかわらず、今回も構造的な問題、そして国際関係について良い議論が出来たと思っています。

 とりわけ、米中間の競争関係が、日欧にどういう影響を与えているのか、国際秩序にどういう影響を与えているのか。国際秩序は、今、ほとんど修復できないような混乱状況に陥っています。だからこそ、我々は強く貢献をしていく必要があると感じています。

工藤:今回、我々の議論の最大の目的は、リベラルな秩序を守るために主要国が結束することなのですが、念頭には日本とヨーロッパの協力がありました。我々はアメリカに、リベラル秩序を守るリーダーシップを期待していますが、仮に、アメリカにリーダーシップを十分に期待できなくても、リベラル秩序を守らなければいけないと思っているのです。そういうことになると、主要国の役割、責任が重要であり、その国々にあるシンクタンクや知的組織の連携も必要になってきていると思います。

 今回の「未来宣言」はそのためのメッセージですが、この宣言内容をどうお考えですか。


異なる価値観の国も取り込んで多国間主義を強化していくとともに、
  そのためにもシンクタンクが議論形成の役割を果たすことが重要に

ペルテス:今の工藤代表のご質問は、三点があったと思います。

 まず、アメリカが国際システムを擁護する上で、そのリーダー役としての立場に復帰できるのかどうかわかりません。第二次世界大戦後に構築してきたように、アメリカが再びきちんとした覇権国として国際秩序作りを進めてくれるのか。これはあまり期待ができないと思っております。

 トランプ大統領が再選されたとすれば、おそらくリベラル秩序などに全く関心を持たない。そもそも国際秩序そのものに関心を持っていない人です。アメリカの有権者も、アメリカがリーダーシップを取り続けるということに疲れてきている、飽き飽きしているという面も否めないと思っております。もっと、アメリカ国内の問題に注力してほしいと思っているようです。

 他方、民主党候補が大統領になっても、変化があるのか、ということです。確かに、アメリカがリーダーシップを取ることに関心を持つ可能性もあるかとは思うのですが、アメリカだけがリーダーとなるのではなく、日欧にも共同でリーダーシップを発揮してほしい、と要請してくるのではないかと思います。ということは、日欧はアメリカから応分の負担も要請されるでしょう。強力な形で、日欧がリベラル秩序を守る作業に参加していく必要があります。おそらく、より大きな責任を担わされるということになるでしょう。それが日欧の国民にとって望ましいか、という問題も残りますが、いずれにせよ、より現実的な多国間主義の体制でやっていくことが必要になってくると思います。


 ということは、多国間主義に基づいた様々な組織の強化が必要になってきます。民主主義あるいはリベラル秩序を擁護する際には、民主主義国だけではなく、リベラルな価値観を必ずしも持たないような国も、うまく引き入れていく必要があります。彼らも参加し、国際的な共通の課題である気候変動、世界金融システムの安定、国際保健などに協力して取り組めるような制度作りが必要になってくるでありましょう。

 つまり、ルールベースの国際秩序という方向に向かうべきであります。すなわち、民主主義、あるいはリベラルな価値観を持っていない国でも、ルールについては合意してもらう、そして尊重してもらう。そういうことにコミットできるなら、中国のような権威主義的な国も引き入れていくということであります。


 三点目に、工藤さんはシンクタンクの役割を提起されましたが、確かに役割があると思っています。まず、国民あるいは政策立案者に対して、問題提起や情報提供を行っていくという役割です。そして、真実をめぐる言論を主導していくという役割もあると思います。いろいろな陰謀論やフェイクニュースがまかり通ってしまっており、メディアの一部、あるいは政策立案者の中にも、そういう言説を流布する人たちがいます。そうではなく、真実の論議が出来るように導いていく、そして対話の場を作る、というのがシンクタンクの役割ではないでしょうか。違う思考、違う体制を持った国々の人たちとも対話を続けていくという役割です。いわゆるトラックIIと呼ばれる知識人の集まりの下で対話を進めていくことです。


工藤:最後の質問になります。世界の共通課題は、世界が協力しなければ対応できません。共通の敵があれば、世界はそれに対して力を合わせることが出来るというのはわかりますが、その下部構造としての国際政治は依然、国家間のパワーバランスで動いています。つまり、この下部構造での力の不均衡が高まると、その上にある共通課題のルールもそれを反映して骨抜きになったり、不安定化してしまう。

 これは国際政治上の大きなジレンマですが、そうなってくると、我々民主主義国がその競争力を高めながらルール形成をしていく作業も必要だと思います。この点についてはどうお考えですか。


国際的な共通課題への取り組みにおいて、
  力の対立を超えて主要国の政治意思をまとめられるかが鍵

ペルテス:私も全く賛成です。国民国家あるいはパワーバランスという図式も、国際システムの中でずっと強固で安定して続いてきています。冷戦が終焉して、全てがうまくいくという幻想を、リベラル派は抱いてしまったのだろうと思っています。パワーバランスはもう重要ではなくなる、と思い込んでしまった。ところが、そうではないということです。

 それはさておき、現実を見てみますと、パワーバランスがあったとしても、それがあまり重要ではない分野もあります。様々な国際課題にどう取り組むのかということについては、どの国が世界で1番か、世界で2番か、ということはあまり関係ない場合もあるということです。例えば、金融システムの崩壊、あるいは気候変動とか、国際保健の問題に取り組むにあたっては、米中が1、2番目で、日欧が3、4番目か、ということは関係ない。そうではなく、強い力を持った国々の政治意思をどのようにうまくまとめられるかが鍵を握ります。

 そして、時には圧力をかける必要もあるかと思いますが。その地域の主要なアクターといえる国々に対しても、平和裏に紛争解決をするようにしていくことが必要です。例えば、最近ではシリアやリビアの紛争の場合もそうでしたし、あるいは北朝鮮に非核化を迫る場合もそうだったと思います。まずは米中間の強い協力が必要ですし、北朝鮮については、ロシア、日本やヨーロッパも積極的に参加しなければならない。ですから、こういう場合には、パワーバランスだけで考えるわけにはいかないのです。


ルールを押し付けられるのではなく、作る側に立つために、
  民主主義国の連帯、結束が重要

 それから、工藤代表のおっしゃった二点目についても、私は全く賛成ですが、私なりに違う言い方で申し上げたいと思います。

 日本やドイツやEUというのは、ルールメーカーでなければならない。すなわち、単に他の国がつくったルールに従うだけの立場ではならない、ということです。そのためには、おっしゃったように自らの力を強化することも絶対に必要です。そして、それは軍事力だけではありません。経済力をはじめそのほかのパワーも重要になってきます。そこで、EUの単一市場の力が発揮できるのではないでしょうか。日本もパワフルな市場を持っていますし、いろいろな国を引き付けることができる。その力も発揮しなければならない。それから、金融力、外交力、いわゆるソフトパワーの発揮ということも必要になってきます。もちろん、軍事力も無視してはならない。この局面でこそ、我々は自らの国力をどう上げるのかが課題になってきます。

 超大国による分極化の時代をどう生き延びるのか。それには、自らの力を強化する以外にないと思っています。他から選択を迫られないようにしなければならない。どちらかの味方につけ、と言われないようにするためにも必要です。


 典型的な例はイランです。日本やヨーロッパの金融機関がアメリカから制裁をかけられた場合にこれをどう切り抜けるのか。自らが力を持っていなければ、制裁に抗することはできないのです。イランと貿易を続けるのは、国際法上は合法です。ところが、アメリカ法に照らして違法だと言われてしまう。これをどう跳ねのけるのか。これに関しても、自らの積極的な発言をするためにも、力が必要です。そのためのルール作りを一緒にやっていかなければならない。自らの力を持たなければ、信頼性がないということです。


 今、ヨーロッパの企業は非常に不満を覚えています。すなわち、アメリカから制裁をかけられてしまっているということです。これは、単にテストケースに過ぎない、将来的に同じことが次々に起こりうるという可能性があります。だからこそ、ヨーロッパも日本も自らの力を強化しなければならないということが挙げられます。

 アメリカが中国に対して制裁をかけたとき、日欧の企業も巻き込まれてしまうことが考えられるわけです。逆に、中国の方から制裁をかけてくる可能性も否めません。例えば、「一帯一路に参加しないから制裁する」といったようなことも考えられます。そのためにも、自らの市場、そして自らの力をもっともっと強化しなければなりません。

 今、中国は、欧州連合を分断させようと、いろいろな国に働きかけを行ってきています。

 一部の加盟国は、そういうことがあるゆえに、EUの中で人権問題について我々とともに票を投じてくれない、という現象が起こってしまっています。中国を怒らせたくないというのが背景にあるからです。

 そのためにも、我々は自らの力を強くしなければならない。我々の価値観、特にヨーロッパの場合は核心にあるのが人権の問題ですから、それを擁護するためにも、自らの力をつけなければならない。

 それから東南アジアでは、中国が国連海洋法条約について、自らの解釈、自らの定義を押し付けようとしています。国連海洋法についても書き直そうとしてきています。とりわけ小さな国に押し付けようとしてきています。だからこそ、ASEANは、日欧にも連帯、結束を示してほしいと思っています。それは単に、声明を出すだけでは十分ではありません。我々は物理的なプレゼンスを東南アジア、とりわけその海域に持ち続ける、そういうコミットメントを示してこそ、であります。


 我々はやはり、開かれた貿易を推進していきたい。シーレーン(海上交通路)についても開かれたままにしておきたいと思うわけです。そして、中国にもグローバル化に参加してほしいと思っている。そのためにも、たとえ大きな国であっても、一国が何かを左右してしまうというのは困る。彼らの権益に基づいた解釈のやり直しなどは、絶対に困るのです。

工藤:今の問題意識と危機感は、私も全く共有しています。

 厄介な問題ですが、私たちはこのアジアの平和を守りためのルール作りに、米中も一緒にテーブルに付く形で取り組んでいます。

 これからも同志として、いろいろ意見を聞かせてください。

 ありがとうございました。


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 言論NPOは「東京会議2020」最終日の3月1日、世界10カ国の有力シンクタンクの合意で採択した「未来宣言」を、G7議長国のアメリカ政府に提出するとともに世界に発信しました。

 この宣言は、自由な国際秩序を守るために、主要国が協調して世界のシステムの安定や地球規模課題での協力で強いリーダーシップを取ること、中国は世界との相互主義を受け入れると同時に、10カ国は中国に国内経済改革を迫る必要があること、そして、自由な国際秩序を守るためにも、民主主義国はそれぞれの国自体の民主主義を強くするための努力を始めること、などを10カ国で合意し、その覚悟を示したものです。

 世界で進むコロナウイルスの感染拡大が、自由な国際秩序のもとで多国間が協力することの必要性を改めて浮き彫りにする中、世界のシンクタンクトップらは、感染拡大に伴う様々なリスクを取って、この会議のためだけに東京に集まり、危機に直面する世界の自由や民主主義を守る決意を、世界に伝えたのです。

 言論NPOでは、彼らの決意を、日本の多くの方々にも共有したいと考えています。
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