"アメリカ・ファースト"によって多国間主義は危機に瀕し、世界秩序は抜本的な構造改革が必要となった
2017年、アメリカ・外交問題評議会会長のリチャード・ハース氏が、"A World in Disarray: American Foreign Policy and the Crisis of the Old Order"という著書を出版しました。2016年、トランプ氏が米大統領に選出され、スローガンとして「アメリカ・ファースト」を掲げています。それ以降、私たちの世界はさらなる混乱に陥っています。したがって、私たちは単に、現在の世界秩序のアップデートをする、修理をするということだけでは足りません。大幅な改革、つまり既存の世界秩序の抜本的な構造改革が必要なのです。
トランプ氏のアメリカ・ファーストという政策。これは多国間主義を嫌った政策です。昨日の会議でもあるパネリストの方がおっしゃっていましたが、多国間主義を推進していく、そして、リベラルな世界秩序を推進していく、ということはトランプ氏にとって優先課題ではありません。このアメリカ・ファーストという政策はある代償を伴っています。その代償が、まさに多国間主義です。そして、二国間主義を選んでいる。二国間主義によって、アメリカの国益実現を世界的に推進しようとしています。例えば、アメリカ政府は突然TPPから撤退し、またその他の地域のFTAからも撤退しました。NAFTAなどです。また、パリ協定、そして国連人権理事会からも離脱をしています。これもグローバルでリベラルな秩序の代償のもとになされたことです。
大国間協調体制はあったが、それが瓦解したが故に大戦を止められなかった国際連盟
既存の国際秩序は、75年ほど続いてきたものです。第二次世界大戦による焦土の上から始まった現在の世界秩序は、75年続いていますが、もう時代遅れになっていると思います。急速に変化する世界に追いついていくことができていないからです。したがって、改革の必要性が強く認識されますが、世界秩序を変えるという話をする前に、まず基本的な原則について振り返ってみたいと思います。
それは、国連憲章に基づき国際協力を推進するということ。したがって、秩序としてはルールに基づいた秩序であるということです。国連憲章のもとでは戦争は違法行為とされています。自衛以外は違法行為とされています。
それと対比的なのが国際連盟規約です。正当な戦争は認められていましたし、また平和そして安全保障について、国際連盟の場合には集団的な安全保障に基づいていました。
例えば国際連合の場合には、5カ国の安保理常任理事国が「大国」といえますが、国際連盟でも大国がより大きな責任を果たすことが求められていました。したがって、大国の間で協議をする、そして協力をすることが求められていたわけです。ウィーン体制下のヨーロッパでは、ヨーロッパが中心の世界秩序を100年ほど維持することができました。それはヨーロッパ大陸の大国間で密な協議が続けられていたからです。しかしそういった協議、そして協力を行うことができなくなったが故に、やはり勢力の均衡が崩れ、第一次大戦へと繋がっていきました。
協調体制がなく、平和と安全保障の維持という使命を果たせていない国連安保理
国際連合の安保理常任理事国の関係はこういった協議、協力とは異なるものです。冷戦は、1945年から1989年まで44年間続きましたが、大国間で協力が見られなかったことから、安保理はその効果を発揮することができませんでした。イデオロギー的な分断に基づいて物事が考えられ、ブロック政治に基づいたかたちで物事が捉えられていました。そこでは物事の実態は正確に捉えられていませんでした。
やがて冷戦終結後、20年にわたってグローバル化が進み、その結果、多国間主義が強化されました。冷戦終結後の最初の10年間、世界は数多くのサミットを見ました。「サミット疲弊」と揶揄されるほど多くのサミットが開催されました。1990年代の半ばには、国連改革のサミットが開催されました。また、それに引き続き、関連サミットも次々に開催されました。当時はまだ中国は台頭しつつある存在であり、議論の中でも重要なファクターではありませんでした。世界の秩序の中でも重視されていませんでした。
これに対しアメリカは、9.11同時多発テロの後、一方的な行動をとるユニラテラリズムにシフトし、そして多国間主義は弱体化しました。また、国連安保理常任理事国の間で協力・協議が見られなかったことによっても多国間主義が弱体化しましたし、米ロ関係は緊張が高まりました。2014年のロシアとウクライナの戦争、そしてその後のロシアによるクリミア併合によってです。
話し合いが見られなかったこと、むしろ意見の違いが浮き彫りになったということで、国連安保理は、国際平和安全保障を維持するという使命を果たすことができていません。代理戦争が行われているシリア、イエメンなどを見ますと、国連安保理はこういった戦争行為を止めるためのミーティングを一度として開催していません。シリア紛争の最初に国連安保理で議論をすることに中国とロシアは反対しました。西側によってまたズルをされることを望まなかったからです。リビア戦争の際には西側がズルをしたと中ロは考えていました。2011年、国連安保理で決議が採択をされ、飛行禁止区域が設定されました。そして、その飛行禁止区域が悪用されて戦争が始まり、リビアの体制変化につながったと中ロは捉えているのです。
中国の台頭以外にも国際平和安全保障をめぐる課題は山積み
効果的なグローバル秩序がない中で、平和安全保障をどう守るのか。また、中東でも地域的な安全保障がなく、国民国家が破綻国家になっている、あるいは破綻国家になろうとしている国が増えています。
一方、中国は鄧小平以降、近代化政策で成功しました。改革、そして開放を推進して目覚しい経済成長を中国にもたらし、世界の注目も浴びるようになりました。2010年、中国の国内総生産(GDP)は実質で日本を抜き、第二の経済大国となりました。そして、軍の近代化も図りました。
中国の台頭と、第一次大戦後のドイツの台頭を比較してみると不安になります。そして、トランプ氏は以前の政権とは異なり、中国を戦略的な協力者でなく戦略的な競争相手と捉えています。昨年、アメリカは中国に対し貿易戦争を仕掛け、そして二大国の間は大変難しい状況になりました。
以前は、関税問題などは世界貿易機関(WTO)に付託されていました。WTOの紛争解決のメカニズムに委ねられていましたが、今のアメリカはそうではありません。ボルトン国家安全保障担当補佐官(当時)はWTOを解体する、とまで言っていました。アメリカはWTOの上級委員の任命を拒み、ルールに基づく貿易というスタンスをとっているWTOを無効化しています。
大戦を経ずとも世界秩序を再構築しなければならない
世界秩序を改善するということについては、国連の改革、安保理の改革の動きもあり、私も1995年からの一連の国連改革サミットに出席をしました。例えば、国連安保理の理事国の数を増やす可能性についての議論などが見られましたけれども、私の結論は、国連改革は失敗をした。しかも、今後も不可能に思える、というものです。しばしば歴史で見られるように、大きな改革というのは大戦の後に見られます。ローマ帝国の崩壊後、ヨーロッパの30年戦争の後など、そういった局面に大きな改革が見られました。30年戦争では、ヨーロッパの人口の25%から30%が命を落とし、そしてウエストファリア体制が1648年に始まり、それが土台となってその後の世界秩序に繋がってきました。
国際連盟は、第一次大戦の終結を受けて設立されました。そして、国際連盟規約はウエストファリア体制を是正しようとするものでした。1648年の体制を是正しようとするものでした。第二次大戦後の1945年には国連が誕生し、新しい国連憲章に基づく国際秩序が生まれました。
したがって、私たちはこれまで大きな危機がなければ変わることができなかったわけです。好むと好まざると変わらざるを得ない状況まで追い込まれなければ変わらなかったのです。しかし、それでは第三次大戦がなければ、既存の世界秩序の改革はできないのでしょうか。そんなことはないでしょう。1万5000以上の核弾頭がある中で、しかも発射待機状態にある中で、第三次大戦が行われれば、人類は絶滅してしまうでしょう。月や火星まで逃れることができる米アマゾン・ドット・コムの創業者でCEOのジェフ・ベゾス氏や、テスラの共同設立者兼CEOイーロン・マスク氏くらいしか生き延びることはできないでしょう。
民主主義的収斂の下、地域的な民主主義の体制構築推進から、グローバルなリベラル秩序の推進へとつなげていくべき
国連の経済社会理事会は、設立当時にブレトンウッズ体制の下、世界銀行、国際通貨基金(IMF)、国際金融公社(IFC)ができたことによって、その設立当初から力を削がれています。そして、資本主義・自由市場主義体制と、社会主義・中央計画経済体制との間のイデオロギー的な対立の中で弱体化しました。しかし、2008年の世界金融危機の後、ブレトンウッズ体制は不十分であると考えられ、G20が設立されました。ロンドンでのG20には私も参加いたしましたけれども、かつては話題にもならなかったブレトンウッズ体制の改革について、その必要性で各国の合意が得られました。しかしながら、実際には改革の動きは見られません。そして、民主主義が衰退し、また多国間主義が弱体化しています。EUなどでは民主主義の価値観、そして人権の価値観を守ろうとしながらも、右派の政治が台頭している。そして恐怖を煽るような反移民のレトリックも叫ばれるようになってきています。その折り合いをつけるのが難しい状況になっています。
また、忍び寄る権威主義という脅威にさらされている新しい民主主義国家もあります。さらに、民主主義は経済的な正義をもたらすことができていません。したがって、既存の民主主義国家も新しい民主主義国家も、グローバルでリベラルな秩序を守ることができていません。新しい民主主義国家も古くからの民主主義国家も課題に直面をしていますし。民主主義が機能するということを自国民にも示すことができていません。平和安全保障や社会的な正義の実現。そして富の分配などによって示すことができていません。
既存の世界秩序改革をする、そして政治・経済・安全保障の構造改革をするということは失敗に終わっています。改革というのは、結局のところは権力の再分配に繋がるからです。すでに特権ある立場にある者は変化に抵抗しようとします。それは、自らの権力を再分配し、手放すことが嫌だからです。
中国が大国として台頭しているということも、将来のグローバルシステムでは考慮に入れていかなければなりません。新しい世界秩序の中で、中国には占めるべき地位があります。グローバルな超大国というステータスに基づいて、です。しかし心理的にはこれは古くからの超大国にとっては、簡単に受け入れることはできないものです。
ヘンリー・キッシンジャーは、合意された世界秩序がない状況であれば、将来の世界秩序というのは地域秩序の単なる寄せ集めになるだろう、と言っています。しかし、それは簡単なオプションではありません。EUは地域組織として最も成功を収めているとしばしば言われますが、今深刻な困難に直面しています。ブレグジット、そして政治的な分断が、ヨーロッパ大陸の各地域で見られていますし、右派の政党が台頭しています。また、EUがどのようにバランスを取るのか、ヨーロッパの政治的な価値観と人権。そして右派の政治。ミクロナショナリズム。そして様々なものに対する恐怖。その中で、うまくバランスを取っていかなければなりません。
2005年、東アジアサミットが開催されました。これが東アジア共同体の設立に繋がると当初は考えられていましたが、様々な理由から現在の東アジア地域においては、より細かい地域での地域秩序、そして地域共同体を設けるにとどまっています。そして、核拡散。また今までの戦争のレガシーなどのために、良い隣国関係を築くことができていません。
共同体づくりが東アジアではなかなか遅々として進まない中で、G20の中の5カ国の民主主義国家を繋げるというアイディアも検討に値するかもしれません。インド、インドネシア、日本、韓国、オーストラリアの5カ国です。そして、この5カ国による取り組みを確立された民主主義国家と新しい民主主義国家による民主主義的な収斂・・・デモクラティック・コンバージェンスとでも呼ぶことができるかもしれません。
このような民主主義的収斂の下で、東アジアで地域的な民主主義の体制構築を推進していく。そして、そうした努力が、いずれはグローバルなリベラル秩序の推進をしていくことにも繋がればと願っています。
このメッセージをSNSで広める
言論NPOでは、「東京会議」に参加する世界のシンクタンクのトップが音頭を取って、「#私たちは世界を分断させない」と題したキャンペーンを開始し、議論を始めています。
その一環として、東京会議にも参加した世界の賢人3氏が、自由と民主主義、多国間主義に基づく世界を守るという決意を語りました。
コロナウイルスの感染拡大が私たちに問うているのは、国境を越えた共通課題に対する多国間協力の強靭さや、自由と寛容の精神、さらに、課題解決に強く機能する自国の民主主義の在り方でもあります。
こうした時だからこそ、彼らのメッセージを日本の多くの方に広めていただけますと幸いです。