2019年7月19日(金)
出演者:
岡村健司(財務省国際局長)
渡辺哲也(経済産業省大臣官房審議官(通商政策局担当)
藤崎一郎(日米協会会長、元駐米大使)
塚田玉樹(外務省経済局審議官、G20サブシェルパ)
司会者:工藤泰志(言論NPO代表)
言論NPOは7月19日、「日本で初めて開催されたG20サミットの成果とは」をテーマに公開フォーラムを開催しました。フォーラムには、日本政府から実際にG20の運営に携わった岡村健司氏(財務省国際局長)、塚田玉樹氏(外務省経済局審議官、G20サブシェルパ)、渡辺哲也氏(経済産業省大臣官房審議官・通商政策局担当)の3氏の他、コメンテーターとして藤崎一郎氏(日米協会会長、元駐米大使)が参加しました。
今回のG20サミットの成果とは
まず、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、米中対立が激化している困難な時期に行われた今回のG20サミットでどのような成果があったのかを尋ねました。
財務省国際局長の岡村氏は、財務トラックの成果は、まず、「質の高いインフラと債務の持続可能性」や、「巨大プラットフォーマーへの課税」について、福岡で財務大臣等が採択した「原則」等を、大阪で首脳がエンドースしたことである、と説明。同時に、「IMF・世界銀行の増資」に関する文言も成果であり、この点は、国際新秩序の構築という挑戦に対し、既存秩序内の地位向上によって中国のエンゲージを強めていくという「融和的アプローチ」の一つの現れである、としました。
工藤が、財務トラックでは世界の経済見通しについてどのような判断があったのかを尋ねると、岡村氏は、「貿易の緊張の高まりが世界経済の重大リスクだ」という文言を基調判断に入れたことが成果だと強調しつつも、この当たり前の文言に米国が抵抗していたことをまず紹介。同時開催の、茨城県つくば市での貿易・デジタル経済大臣会合での議論とシンクロしたことにも触れ、米国から見れば世界経済のリスクとしての「貿易の緊張」と「Multilateral Trading System」はリンクしていたと解説。折衝の末、福岡では間接的な表現で妥協が成立し、その福岡コミュニケの文言を、大阪の首脳宣言でも維持することができた、と解説しました。
その貿易面での成果を尋ねられた経済産業省の渡辺氏は、現下の課題として、米中貿易摩擦とその背景にある中国の市場歪曲的措置、グローバリゼーションの恩恵を受けられず不満を抱く人々への対応、デジタル化の進展など技術革新に対して現在の貿易システムが対応できていない問題などがあることをまず指摘。その上で、ルールが世界経済の変化の実態に対応できていない状況の中においては、単にルールを守るだけでなくルール自体も進化、強化させていかなければならないが、それを世界のリーダーのレベルで合意できるかどうかが今回のG20で問われていたと語りました。
また渡辺氏は、首脳宣言に「保護主義との戦い」との文言は入らなかったものの、「自由で公平で無差別な貿易・投資環境を実現しよう、という貿易・投資の基本的な考え方はしっかり入れた。さらに、システム自体の強化、進化、具体的にはWTO改革だが、これも首脳レベルで十分に合意できた。WTOの紛争処理の機能の改革についても、『Action is necessary、行動が必要だ』と入れることができた」と成果を強調。特に、この「行動が必要」という箇所ついては、に世耕経済産業大臣とライトハイザー・米通商代表との間の公式・非公式合わせて様々な調整が行われ、それが大阪の成果につながったということも明らかにしました。
G20サブシェルパとしての視点から全体の評価を問われた外務省の塚田氏はまず、率直な感想として、貿易、財務、環境、観光、保健など様々な分野での各省の積み上げによって大阪での首脳会議がつくられたという意味で、今回のG20は「オールジャパンとしての日本の総合力が発揮できた」と評価しました。
塚田氏は続けて、「G7は会員制の高級クラブ、APECはお花畑のピクニック、G20は猛獣がたくさんいる動物園」との例えを紹介しながらG20の難しさを指摘した上で、20カ国・地域の多様な主張や意見の中から「どうやって共通項を探していくか、というまさにマルチラテラリズムの神髄のようなものを実感した」と日本が初めて経験した議長国としての運営の難しさを吐露しました。
そうした共通項を見出す作業の難しさの例としては、気候変動をめぐる各国の主張の違いについて紹介しました。「19対1(米国以外vs.米国)」という構図になっていた中で、日本は議長国として、イノベーションとかエナジー・トランジション、あるいは気候変動への適応など、米国も含め皆が合意できるような共通項をハイライトする方向で調整を進めていたものの、独仏をはじめ欧州諸国はパリ協定を前面に出したいと主張。何度も安倍首相に諮りながら努力を重ねたが、溝が埋まらず、米国に関する部分は独立したパラグラフとなったことを紹介。最後まで「米国vs.その他」の構図にならないように腐心した交渉過程を振り返りました。
また、岡村氏の発言にもあった貿易をめぐる米国との文言調整についても言及。首脳宣言の「貿易と地政学上の緊張」という文言も、米国の反対があって合意できないままでいたが、「我々として貿易で取りたかったいくつかの文言を降ろす代わりに、『貿易と地政学上の緊張』というのを何とか取った」と舞台裏で行われていた"ディール"の様子を紹介。同時に、このディールに成功したのは、実は米国も「貿易上の緊張が、少なからず経済に対して悪い影響を与えている、ということについての認識はあったからこそ、最後には飲まざるを得なかったのだろう」と分析しました。塚田氏は最後に、こうした難しい局面が多かったG20サミットを乗り切れた要因としては、長期政権に裏打ちされた安倍首相と諸外国との信頼関係や、前回議長国アルゼンチンとの連携により教訓を引き継いでいたことを挙げました。
3氏の発言を受けて藤崎氏は、自身がG8のシェルパを務めた時の経験として、「毎年、経済やテロ、デモクラシーに至るまで様々なことをチェックして、どこまでが最大公約数なのかを探した上で宣言を出す。毎年やるから宣言にもわずかな違いが出てきて、『この辺が危ないな』ということが分かる」と振り返りつつ、首脳宣言を「人間ドッグ」のようなものだと解説。2国間会談の機会と場を提供するという意義とともに、そうした「最大公約数を探すこと」の機会となるという意味で、G20にもまだまだ重要な意義があるとしました。
しかし一方で藤崎氏は、言葉の細かい表現にとらわれるべきではないとも指摘。「先程、『保護主義との戦い』という文言が入らなかった、という議論があったが、保護主義には定義がない。本当に重要なことは『何をやるか』であり、そこを中心的に考えるべき」と語りました。
米中対立が深まる中、ルールや秩序を維持するためにG20が果たすべき役割
次に工藤は、米中対立によって世界が振り回されているように見える中で、「G20はどのような役割を果たしていくべきなのか」との質問を投げかけました。
これに対し渡辺氏は、貿易摩擦は関税の応酬ではなく、ルールに基づいて解決しなければならないため、現場にいる当事者としても「そのためにルールとシステムを強化していく。そこで日本が仲介役としてどのような役割を果たせるか」という意識が強いとし、「米中に振り回されているという感覚はなく、むしろこれを機会にいかにルールを強化していくかを考えている」と発言。こうした意識は他の17カ国も同様だとし、このルール強化にこそG20の役割があるとの認識を示しました。
岡村氏はまず、G20の誕生の沿革からして「そもそもG20には"結束"のDNAはない」と指摘。しかし同時に、「新興国、特に中国が既存の秩序の外に中国流の秩序をつくってしまうのではないか、という懸念があり、価値の対抗軸が世界の中で錯綜している」とした上で、「異質な価値軸が錯綜する中で、そういうものも全部包含するどんぶりのような、外側の大きな枠組み」としてG20の意義があると主張。「中国は中国なりに心地良い解釈を見つけられるような、そういう緩やかな共同体を提供するという意味で、今後もG20には大きな役割があるのではないか」との見方を示しました。
塚田氏は、G20の役割としては藤崎氏が指摘したようなものの他に、「『議題設定』と『最終的なルールメイキング』の二極の中間的なところが求められている」と指摘。具体的な例として、「海洋プラスチックごみのような話は、EU、G7など先進的なところで、既に一定の規範、ビジョンはできている。しかし、それをさらに中国やインド、インドネシアなどに広げていく必要がある際、G20は足がかりとなる中間的な場所として使える。実際、我々は今回、『大阪ブルーオーシャン・ビジョン』というのを打ち出した」と語りました。
また、データの流通についても「Data Free Flow with Trust(DFFT、信頼ある自由なデータ流通)というものを、今年のダボス会議で安倍総理が打ち出した。これも最終的なルールメイキングまでには非常に長いプロセスがかかるが、最初に概念として打ち出して、G20のようなところで一度祝福、Blessingを受けておくとDFFTという概念が世界に認知される。世界のGDPの85%の国々の間で一応祝福されたというのは、それなりに意味があるのでそれが次のルールメイキングにつながっていく」とし、だからこそ「そういう場としてG20は今後とも利用していけるし、そういうプロセスの中にG20をうまく位置付けていくことが大事なのではないか」と語りました。
2020年のG20サミットでは何を議論するのか。そして、日本は大阪の成果をどうつなげていくのか
工藤は最後の質問として、「来年、G7の議長国は米国。そして、G20の議長国はサウジアラビアになる。非常に特色のある国が議長国になるという状況の中で、日本はどのように彼らをサポートしながら、G20を前に進めようとしているのか」と各氏に問いかけました。
渡辺氏は、通商面に関して「大阪で合意したこと、例えばWTO改革について言えば、一歩でも前に進めていく、ということに尽きる。G20以外でも6月に2年に一度行われるWTO閣僚会合があるので、そこできちんと成果を得る。そして、それをまたG20に持ち込み、足りないところがあればさらに後押しする、といった取り組みが必要だ」と回答しました。
岡村氏は、「ファイナンスの方では、インフラにしても、デジタル課税にしても、それからIMF・世銀のガバナンスにしても、日本、サウジアラビア、米国は、基本的に同じ考えのグループに属している」とし、したがって、ファイナンス面に関しては日本路線の継続に大きな懸念材料はないと楽観的な見方を示しました。一方で、今回のG20サミットで紛糾した気候変動については、サウジも米国も気候変動問題へのエクストリームな消極派で一致している点、加えて、議長国としてのサウジに調整力が乏しい点について懸念を示しました。
塚田氏はまず、議長国サウジアラビアが、「人口動態の変化が経済に与えるチャレンジ」、「科学技術が我々にもたらす機会とチャレンジ」などを中心テーマとして考えていきたい、と提案していたことを紹介。一般的なテーマではあるものの、日本としては「大阪の成果をうまくつなげていくためのベースはある」と意欲を示しました。
一方、今回のフォーラムでも度々話題に上っている「保護主義との戦い」については、現実として米中の2国間ですでに関税の応酬が起こっている以上、この文言を入れること自体よりも「この事態にどう立ち向かうか、という視点が大事だ」と指摘。大阪でも「多角的貿易体制」という言葉自体は入らなかったが、「自由、公正、無差別、予見可能、安定的な秩序」という、それと同義のことは書けたと一定の評価をしつつ、来年も「どう立ち向かうか」の視点で議論を継続していくべきと語りました。また米国は、保護主義を招く根本原因は不公正貿易慣行だと主張しているが、この問題についても同様に、G20でしっかり議論していきたいと抱負を述べました。
最後に工藤は、初めて日本で実施されたG20サミットについて各分野の成果をきちんと議論することについてパネリストに感謝の意を伝え、一方で、日本が「ブルー・オーシャン・ビジョン」を議長国として華々しく掲げながらも、週末に実施される参院選の与党・自民党のマニフェストには廃プラスチックの処理についての言及がほとんどない点を指摘。「政府は国際課題を取り組むにあたり、言葉だけではなく、国内の対応として国民の理解を促す努力も同時に行わなければならない」と語り、議論を締めくくりました。