2018年2月23日(火)
出演者:
橘川武郎(東京理科大学教授)
高村ゆかり(名古屋大学大学院環境学研究科教授)
藤野純一(国立環境研究所主任研究員)
松尾雄介(地球環境戦略研究機関ビジネス・タスクフォースディレクター)
司会者:工藤泰志(言論NPO代表)
パリ協定が目指すものとは
「地球規模の課題を考える」言論スタジオ・シリーズの第二段、「COPから考える脱炭素社会」の座談会は23日、都内で行われ、ゲストに東京理科大学教授の橘川武郎氏、名古屋大学大学院環境学研究科教授の高村ゆかり氏、国立環境研究所主任研究員の藤野純一氏、地球環境戦略研究機関ビジネス・タスクフォースディレクターの松尾雄介氏の4氏をお迎えしました。
司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は冒頭、「2年前の地球温暖化対策のパリ協定で、産業革命前からの気温上昇を2度未満、出来れば1.5度に抑えるよう努力するとしているが、トランプ政権は協定から離脱し、本当に実現出来るのか。今日は、こうした地球環境の問題を取り上げるが、パリ協定は何を目指し、今、どういう段階にあるのか」と各氏に問い掛けました。
これに対し高村氏は、「パリ協定が16年11月に発効してから、協定を本格始動させるためのルールを作っている。長期的には、気温の上昇を抑制し2度を目標とすると同時に、それを具体化するために今世紀後半までに、排出を実質ゼロにする脱炭素化目標を定めている。今、起きていることでは四つ。①エネルギーの大きな転換で、石炭からガス、化石燃料から再生可能エネルギーへのシフトで、技術革新と普及でコストが下がり、市場の選択としてエネルギー転換が起こっていること、②廃棄物を排出しないゼロエミッションの自動車への転換で、メーカーとしても、政策としても推進されるようになっていること、③ビジネス・ビヘイビヤーの変化、④金融の変化を挙げ、この四つが、パリ協定の実施を大きく支えている」と説明します。
藤野氏は、「京都議定書の時は先進国だけが計画を出し、排出量の目標値を立てていたが、全ての国が目標値を出し5年ごとにレビューする。今の段階では、何%削減しなさい、という義務ではないが、2度目標とか脱炭素化では世界は追いついているのだろうか、と各国の活動を見ていく。強制的に目標を達成しないといけなかったのが、頑張っていこうというプロセスを作ってきたのが、パリ協定の大きな違いだ」と評価しました。
「2度という目標の達成は可能なのか」工藤は改めて聞きます。藤野氏は、「実現出来るシナリオが書かれているが、目標値は高い。出来るかどうかは、どうやってシナリオに乗せていくかで、その意思と仕組みはパリ協定で強調されている」と言います。
「将来はどんなイメージの世界になるのか」との問いには、「いろいろな絵姿があるだろうが、2050年ぐらいには、転換が可能だと思われる電気分野では9割ぐらいの電気、低炭素電気を使っているような世界だ。先ほどの変化では、化石燃料から再生可能エネルギー、廃棄物を排出しない自動車は、これを大きく後押しする要素だと思う。また、お金の流れがカギで、エネルギーインフラを変える、そうしたお金がきちんと社会で回っていくかが、こうした世界を現実のものに出来るかどうかだ」と高村氏は話します。
人類が生き残るための壮大なチャレンジ
これに対し橘川氏は、「パリ協定は、人類が生き残るためのやらざるを得ない壮大なチャレンジ。私は人類最大の危機は飢餓だと思っていて、70億の人口のうち8億が飢餓に苦しんでいる。解決策は豊かになるしかないが、ほうっておとくとエネルギーをたくさん使う。一方では二酸化炭素を出し、一方では温暖化でエネルギー使用を抑え二酸化炭素を減らす。こうした二大問題の解決策の矛盾は、人類最大のジレンマだ」と氏8的。さらに「今度のパリ協定は、各国の実情に合わせて目標を立てて、それをレビューしていく。豊かさを追求しながら、二酸化炭素を減らしていくことに初めて合意したところに価値があるのではないか。豊かさを追求しながら温暖化対策を進めていくには、省エネかゼロエミッションの電源か、となる。その電源は再生エネルギーと原子力となるが、原子力は使用済み核燃料の処理問題が解決してなければ使えない。少なくとも確実に必要なのは、省エネと再生エネルギーとなる、という構図になっている」と話します。
こうした評価に、松尾氏は、「パリ協定が何を目指すのかと言えば、これからの社会の安定をどうやって維持していくか、ということで合意してパリ協定という形を作った。協定が出来たCOP21の時の議論では、"パリ協定で決まるのは何人、死ぬか生きるか"という声があったが、環境問題というより社会の安定をどうやって維持していくかという問題で、そこにパリ協定があって合意したということだ」と、将来への大きな目標を簡潔に語るのでした。
工藤は問います。「COP23の時に、地球環境との戦いに負けそう、という声がありました。今、何が大きな課題になっているのか」と。
これに高村氏は、「目標を達成する仕組みとして協定を作ったが、この秋に出る1・5度のIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の報告書では、気温上昇を、2度を大きく上回る水準に抑えようとすると時間がない、というのが一つのトーンではないか。1・5~2度という、気温が工業化前より上がる世界では、途上国が抱える飢餓のように、社会的に弱い人たちに影響として返ってくる、大きなリスクと結び付いている。温暖化との戦いの一つの側面は、低炭素のエネルギーの代替物が少し見えてきたが、いかにそれを急速に導入、普及するために転換していくかが課題になっている」と問題を指摘します。
政府内が一致しない日本
これに対し橘川氏は日本が抱える問題点を話しました。「2016年に決めた長期温暖化対策計画では、50年で14年比温室効果ガス80%削減を目標に掲げている。これは、先進国に求められるレベルだが、問題はこの閣議決定とその2年前に決まった、経産省主導の長期エネルギーの需給見通しが全く矛盾していることだ。50年で80%削減する世界というのは、電源の90%をゼロエミッションしないといけない。14年の閣議決定は56%、2030年、火力でいく。30年に火力が56%で、なぜ50年にゼロエミッション電源90%になるか明らかに非連続。経産省は50年を語らない、環境省は30年を語らないから矛盾が出ていないだけで、50年に80%削減はいい目標だと思うが、政府が一致していない。そこが最大の問題」と解説します。
2040年には二台に一台が電気自動車
次は具体的な話に移りました。「脱炭素革命と言われているが、今、何の変化が始まっているのか」と、工藤が聞きます。
先に四つの変化がパリ協定の目標を後押ししている、と紹介した高村氏は、「化石燃料から再生可能エネルギーへの転換は、市場が、コスト低下で安いのでこれを選択している。太陽光に関しては、2010年~2017年で73%、蓄電技術でも70%下がっている。高いと言われてきた太陽光が、化石燃料と同じくらいの発電コストになってきている。別の電源のある状況で、再生エネルギーへのシフトが、国が予測出来ない速度と規模で起こっている。自動車の変化では、ゼロエミッションにしていく目標を日本、ドイツのメーカーは持っていたが、この1年で国の政策が変わりインド、中国、米・カリフォルニア、フランス、イギリスが期限を決めて、ゼロエミッション車だけが走れる、売れるようにする政策を出してきている。2014、15、16年には倍々ゲームで電気自動車が世界的に増えている。特に増えているのが三つの市場、欧州、中国、北米で増えているこの変化に、どう対応するか。2025年には内燃機関、ガソリン車と同じくらいのコストになって2040年くらいには二台に一台が電気自動車になる、という予測もある。最後のビジネスビヘイヤーと金融の変化は、エネルギー転換と自動車分野の転換を相互作用で後押ししていると言える」と話しました。
どうなる石炭権益
これに追加するように、松尾氏は、「気候変動が社会の脅威として認知され、世界的コンセンサスになっている。各国政府で気候変動がトッププライオリティになっているが、これをマーケットはどう見るか。気候変動はこのまま放置されないだろうとすれば、化石資源を使ったビジネスはもう出来ないのではないか、と予測している。たくさんの石炭権益を持っている世界企業は、脱炭素化政策に入っていくと、10の権益のうち使えるのは1つ、2つで、後の8つは不良在庫になる。そして5年後、10年後、いつになるかわからないが、そうした資産は使えなくなる、と考える。ここからは、いつのタイミングで売ったらいいか、ビジネスリスクの判断になる。世界の案件の脅威を起点とした動きと再生可能エネルギーが組み合わさって、今、非常に早いスピードで物事が動いている」と分析します。
橘川氏は、「日本がやることは極めて簡単で、2013年の温室効果ガスの排出量、14億トンを50年に80%減らす11・2億トン削減プランを明確にすることfs。目を曇らせているのは、原発比率を20~22%入れたい、と経産省がそこしか考えていないこと。また、高村さんが言われるEV(電気自動車)は正しいが、ではその電気をどうやって作るのか、電源構成問題は大事で、その時に原子力問題を考えるべきで、即時ゼロとは言えないが、原子力がなくなる世界と、使い続ける世界の両方のゼロエミッション電源90%をどうするのか、明確に打ち出すことが必要。11・2億トン削減プランとゼロエミッション90%プランを、原発がある場合とない場合、それをやらなければいけないのに、政府は思いっきりサボっている」と批判するのでした。
また、電気自動車については、「EVに熱心なのは中国、フランス、イギリスで、日本、ドイツ、アメリカは抵抗勢力だと思う。エンジンで車を作りたい時に日本、ドイツ、アメリカは優位にあり、これに対しモーターの世界を作ろうというのが中国であり、国際競争力のないフランス、イギリスだ。しかし、EVの時代が来るのは見えていて、こうした抵抗勢力はエンジン作りを守りつつEVと両方をやるのが日本などの戦略だ」(橘川氏)、「自動車メーカーは先を見ていて、インド、中国、イギリス、フランス、ノルウェーなど内燃機関の優位を持っていないところは仕掛けてきていて、市場を巡る争いにもなっている。世界市場の大きなところの転換にどう対応していくか。日本のメーカーも昨年後半から戦略を変えている。自動車が変わると、部品、素材、下請け、インフラも変わらなければならず、どういう変化をどうやってスムーズにやっていくか戦略が大事」(高村氏)という意見がありました。
温暖化は白熊クンの問題?
さらに、「日本の経営者は迷っているのでは」と松尾氏から、次のような厳しい指摘がありました。「今、何か起きているけど自分には関係ない、というのが率直な感想だと思う。温暖化は、白熊の問題であり、地球が汗をかいている問題であって、これが経営に直結するというのがわかっていない」。同時に、「日本には低炭素技術はあっても、二酸化炭素の脱炭素技術はないのではないか」と技術水準の低さも指摘しました。
最後の第3セッションでは、気候変動をめぐる今後のグローバルガバナンスについての議論が展開されました。
これからの気候変動のガバナンスは政府ではなく、非政府が担う
高村氏は、これまでのガバナンスを牽引してきたアメリカで、気候変動問題に対して消極的なトランプ政権が誕生し、さらに実際にパリ協定から離脱したことは「短期的には大きなリスクではない」と指摘。その理由としては、シェールガスの利用拡大が進んでいることに加え、主要な世界的大企業がこぞって離脱に反対したように産業界のマインドも変わり、さらに自治体や市民も動き出していることを挙げました。
高村氏は、アメリカ政府が多国間の枠組みから手を引き、その存在感が低下したことによって、代わりに非政府主体が前面に出てきて、しかも世界中でネットワークを形成し始めていることを興味深い現象だと語りました。一方で、今は温暖化対策が利益に直結しうるから企業も積極的に取り組んでいるが、利益を生まなくなった場合、「そこで市民社会がどうするかが問われることになる」とも述べました。
藤野氏も、COPの会場では自治体など非政府主体が出展しているパビリオンが盛況であることを紹介。そして、そうした主体が「正義」を作り、課題解決に取り組むための「土俵」を共有し合う好循環が機能し始めていると評価し、「こうした良い流れを止めずにどうサポートしていくかが今後の課題になる」と述べました。
一方で、日本に関しては、とりわけ東日本大震災以降はそうした市民社会からの関心も「薄れてきたかもしれない」と懸念を示しました。
橘川氏は、「国家・政府のガバナンスに期待する時代は終わった」と断言。特にCOPでは国別の目標しか論じられないため、尚更その傾向が顕著だとしました。橘川氏はさらに、「ESG投資」の「G」はGovernance(企業統治)のGを意味することを紹介し、企業が環境基準に適合した活動をしているのかをしっかりとチェックしていくことがこれから重要になってくるとの認識を示しました。
これを受けて藤野氏も「企業を評価するNGOがある。プレッジ・アンド・レビュー(削減主体が自主的な削減目標を掲げ(プレッジ)、削減目標の確認を第三者から受けながら(レビュー)温室効果ガスを削減していくこと)は国だけでなく、企業でも始まっているなど、色々な外部チェックの仕組みができつつある」と解説し、気候変動をめぐるガバナンスが大きく変わり始めている現状を明らかにしました。
最後に松尾氏は、取り組みが遅れている日本を世界が見る目は厳しいとしつつ、そのプレッシャーは日本が変わるための大きなチャンスであるとも指摘。実際に日本企業のマインドも変わりつつあると語りました。
そして、再生可能エネルギー中心のエネルギー構造への移行にうまく対応できない企業が徐々に淘汰され始め、その変化が顕在化されるタイミングで状況が激変し、脱炭素社会へと急激に進むと予測。さらに、脱炭素企業に対して投資家が本気で投資をするようになるために、「世の中のインフラを一から(環境に配慮したものに)作り変えることにすれば、投資先としては非常に有望になる」などのアイデアを披露しました。