2017年2月21日(火)
出演者:
古城佳子(東京大学総合文化研究科教授)
渡邊頼純(慶應義塾大学総合政策学部教授)
篠原尚之(東京大学政策ビジョン研究センター教授、前IMF副専務理事)
司会者:工藤泰志(言論NPO代表)
言論NPOは3月に日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダのG7参加各国に、インド、インドネシア、ブラジルの3か国を加えた10カ国の世界を代表するシンクタンクの代表者を集めて、自由と民主主義と世界の今後を議論する「東京会議」を立ち上げます。
今回立ち上げる「東京会議」は、世界が直面する課題を議論し、日本政府及び2017年のG7議長国であるイタリア政府に提案することを目的としています。
この「東京会議」に先立つ2月21日、「東京会議」のプレ企画の第2弾として、東京大学総合文化研究科教授の古城佳子氏、東京大学政策ビジョン研究センター教授で、IMF副専務理事も務めた篠原尚之氏、慶應義塾大学総合政策学部教授の渡邊頼純氏の3氏をお迎えし、「トランプ新政権と世界経済、自由貿易の今後」と題した公開セッションが行われました。
トランプ大統領によって国際社会が作り上げてきたルールや枠組みが壊されかねない
まず、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志が、TPPの即時離脱など保護主義的な政策を掲げて選挙戦を勝ち抜いたドナルド・トランプ新大統領の下で、アメリカの通商政策がどう変化していくのか、その見通しについて各氏に尋ねました。
これに対して各氏からは一様に、WTOなどこれまで国際社会が長い時間をかけて作り上げてきたルールや枠組みが壊されることを懸念する声が寄せられました。
まず、古城氏は、アメリカが保護主義的な路線をとること自体は歴史を振り返ってみても珍しくはないとしつつも、「懸念するのはトランプ大統領が多国間主義に全く興味を持っていないことだ。これまで多国間で協議しながらルールやWTOなどの枠組みを作ってきたが、そうしたこれまでの積み重ねが壊されるような姿勢は今後の国際経済秩序を考えていく上で不安だ」と語りました。
篠原氏も同様の見方を示した上で、特に懸念すべきこととしてトランプ大統領がゼロサム的な発想で貿易を捉えていることを指摘。「そうした発想の行き着く先がどうなるか非常に不安だ。重要なのはプラスサムの発想だ」と主張しました。
渡邊氏は、トランプ大統領が既存のルールを軽んじている背景として、「WTOにしろTPPにしろそもそもルールを吟味していないのだろう」と推測。したがって、周囲の政策スタッフがそれらのルールを精査した上で、アメリカに利益をもたらすものであると説得し、理解させない限りは姿勢に変化はないだろうと語りました。
トランプ大統領が本当に公約を実行したらどうなるのか
各氏の発言を受けて、工藤が、「トランプ大統領は選挙戦の頃から主張を変えていないが、本当に公約を実行した場合どうなるのか」と尋ねると、古城氏は、トランプ大統領がしばしば主張している関税引き上げなどの対抗策は、「WTOルール下では難しいだろう」と懐疑的な見方を示しました。
渡邊氏は、日米FTAなど2国間交渉を重視するスタンスについては、それがアメリカの「力」を活かしやすく、すぐに結果が出せるという思惑があるためと分析。その上で、「アジア太平洋のダイナミックな成長力を取り込むためには、アメリカにとってもTPPしかないはずであるが、このままいくと自由貿易協定どころか管理貿易協定になりかねない」と警鐘を鳴らしました。
篠原氏はまず、トランプ大統領が中国を「為替操作国だ」と攻撃しているが、少なくとも現在はその証拠がないため、やがては攻撃できなくなるとの見方を示しました。その上で次の手段として、「1980年代の日米構造協議のように、中国市場に参入するための各種の障壁を取り除こうとするのではないか」と予測しました。
変化の背景にあるグローバリゼーションの問題点とは
次に、工藤が、これまで世界の自由貿易体制をリードしてきたアメリカの変化の背景について尋ねると、グローバリゼーションを要因とする意見が相次ぎました。
古城氏は、かつては政府がグローバリゼーションをコントロールし、その負の影響を受ける層に対する手当てができていたものの、金融のグローバル化に伴い、国民生活への影響が飛躍的に増大すると、もはや手当てができなくなって国民の不満が高まり、それが保護主義的な大統領を生み出す原動力になったと解説。さらに、世界を牽引していくためには、「能力」と「意思」が必要であるが、今のアメリカは数年来の「能力」の低減だけでなく、トランプ大統領の誕生によって「意思」までも失いつつあると懸念を示しました。
篠原氏も古城氏と同様に、グローバリゼーションによって海外に雇用を奪われた結果、「中間層が壊滅」し、その不安を上手くすくい上げたのがトランプ大統領だったと述べ、さらに、相対的な力の低下に伴い、アメリカに余裕がなくなって、グローバル化によって生み出された所得不平等へ対応する余裕もなくなってきていることや、リーマン危機後、成長スピードが緩くなり、分配できるパイがなくなっていることへの不満が高まっていることも指摘しました。
一方で、金融については、リーマン危機以降、バーゼル規制やドッド・フランク法をはじめとして規制強化が世界的な潮流であったにもかかわらず、トランプ大統領はそれらを厳しく批判するなど、通商とは異なりむしろここでは徹底した自由主義的姿勢を見せていることを「矛盾」と指摘しました。
渡邊氏は、グローバル化による国際分業の進展に伴い、貧しい国は豊かになったものの、豊かな先進国の中では相対的な貧困が拡大進行していると語りました。さらに、先進国では、経済活動の重点が農林水産業(第一次産業)から製造業(第二次産業)、非製造業(サービス業、第三次産業)への移行が進んでいるが、サービス業に従事するためには高度な教育を受けることが不可欠であるにもかかわらず、アメリカではこれを受けられない人が増えていると説明。したがって、問題は産業構造の変化に対応した構造転換ができなかったことにあるのであり、「自由貿易に責任をなすりつけるのはお門違いだ」と主張しました。
国民が自由貿易の危機を自分の課題として捉えられるようにすべき
続いて、工藤が、これから自由貿易体制を守っていくために必要な視点を問うと、渡邊氏はまず、現代の貿易システムは関税だけでなく知的財産や環境保護に至るまで様々な要素が複雑に絡み合って非常に分かりにくいものになっていると指摘。ただ、日本の場合は、TPPに関して国論を二分するほどの激論を繰り広げていく過程で、賛成派も反対派も勉強し理解を深めることができたものの、アメリカではそういう過程を経ずに政府だけが淡々と交渉を進めたために、国民の間では「自分たちと離れたところで議論がなされている」というような疎外感があったと説明。その上で、国民も直接課題に向き合うようことができるような議論を各国で進めることの重要性を説きました。
また、渡邊氏は、中国についても言及し、「この10年くらいで中国も例えば、知的財産に関する遵法意識が見られるようになっている。これからRCEPなどを通じてさらに自由で公正な貿易の担い手となっていくように促し、『こちら側』に取り込むことが重要だ」と語りました。
篠原氏は、「格差の拡大など自由貿易にも副作用があるし、ただ単に市場が機能していればいいというものではない。一部の人だけが儲かればいいのではなく、『公平・正義』という視点が重要になってきている。各国がそういう点を意識して経済政策を進めていく必要がある」と述べました。
今後の日米通商交渉をどう進めるべきか
最後に、今後の日米間の通商交渉に話が及ぶと、篠原、古城両氏は、アメリカが「2国間交渉をやろう」と言ってきた場合、「たとえデメリットが目に見えていても拒否はできないだろう」と厳しい交渉になるとの見通しを示しました。
一方、渡邊氏はまず、TPPをアメリカ抜きの11カ国でも構わないから発効すべきであり、将来的に翻意したアメリカが復帰しやすいように「ドアをオープンにしておく」ことが大事であると説きました。同時に、生産ネットワークの維持などのためにRCEPを着実に進めておくことが、TPPが完全に頓挫した場合の備えになるとの認識を示しました。さらに、日米FTAについては、協議はすべきとしつつも、「アジア太平洋の生産ネットワークのダイナミズムを補完できないという点で日米にとって意義が乏しい」ことを説得し、TPPの方へ視線を向かせるようにすべきと語りました。
最後に工藤は、今回の議論を振り返りながら、3月に立ち上げる「東京会議」では、アメリカの力が大きく後退し、世界秩序のあり方が問われる中で、日本や世界はどのような理念や規範を守り続けなければならないのか、そして、多国間主義や自由を守っていくための努力を続ける必要性を、世界のシンクタンクと議論をして、G7に対して提言していきたいと語り、議論を締めくくりました。
言論NPOは、「東京会議」創設を記念して、3月4日にオープンフォーラムを開催いたします。このオープンフォーラムをインターネット中継しますので、ぜひご覧ください。
- USTREAM(日本語中継):http://www.ustream.tv/channel/genron-npo-live
- YouTube Live(英語中継):https://www.youtube.com/user/genron/live
※テキスト全文は後日公開予定です