いま世界を揺るがしている難民問題で、私たちはどのような解決策を目指すべきなのか

2017年2月23日

2017年2月20日(月)
出演者:
井口泰(関西学院大学大学院経済学研究科教授)
滝澤三郎(国連UNHCR協会理事長、元UNHCR駐日代表)
渡邊啓貴(東京外国語大学国際関係研究所所長・教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


 言論NPOは3月に日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダのG7参加各国に、インド、インドネシア、ブラジルの3か国を加えた10カ国の世界を代表するシンクタンクの代表者を集めて、自由と民主主義と世界の今後を議論する「東京会議」を立ち上げます。
 今回立ち上げる「東京会議」は、世界が直面する課題を議論し、日本政府及び2017年のG7議長国であるイタリア政府に提案することを目的としています。

 この「東京会議」に先立つ2月20日、プレ企画として、関西学院大学大学院経済学研究科教授の井口泰氏、国連UNHCR協会理事長で、UNHCR駐日代表も務めた滝澤三郎氏、東京外国語大学国際関係研究所所長・教授の渡邊啓貴氏の3氏をゲストにお迎えして、「いま世界を揺るがしている難民問題で、私たちはどのような解決策を目指すべきなのか」と題した公開対話を行いました。議論では、難民問題に関する現状とその評価、今、国際社会が直面している課題と原因、こうした問題にG7が取り組むべきことなどについて話が及ぶなど、白熱した議論が行われました。


行き詰まり状態にある難民問題

2017-02-22-(37).jpg まず、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志が、難民問題の現状について尋ねると、各氏からは一様に厳しい評価が寄せられました。


2017-02-22-(31).jpg 滝澤氏はまず、冷戦期においては、自由民主主義国家による庇護を求めてきた少数の政治難民は、いわゆる政治亡命者であり、むしろ西側諸国にとっては歓迎すべき存在であったが、現在の難民は政治難民に限らないし、何より数が多すぎるために「これまでの枠組みでは対応できなくなっている」と指摘しました。そして、「確かに難民の命や人権は大事だが、受け入れ側の負担も考えないと社会の反発を引き起こし、やがては難民排斥のうねりが大きくなってしまう」と述べ、庇護を中心とした現在の難民対応体制が完全に行き詰っている現状に懸念を示しました。

 また、国連の対応については、昨年の国連総会で難民支援や受け入れ負担を各国が公平に行うことなどを盛り込んだ「ニューヨーク宣言」を採択したこと、国際移住機関(IMO)を国連システムに組み込んだことについては一定の評価をしたものの、世界的に移民難民に対する反発が強まる中で、国連のシステムの持つ実効性については懐疑的な見方を示しました。

2017-02-22-(47).jpg 渡邊氏も、滝澤氏の見方に同意した上で、「資金も人材も不足しており、一国だけで対応できず、世界全体で対応する必要性が出てきている」と述べました。特に、実際に難民対応にあたる各国の自治体の負担の大きさに言及し、各地域の不満が高まり「政治問題化」しないようにすることが重要であると主張しました。

2017-02-22-(39).jpg 井口氏は、欧州への難民流入の速度自体は抑えられているとしつつも、それは「欧州周辺で難民が滞留している結果にすぎない」と断じ、さらに「シリアばかりが注目されているが、南スーダンやリビアなど破綻国家からの難民流入圧力も高まっている」と警鐘を鳴らしました。また、国際移住機関(IOM)に話題が及ぶと、井口氏は、「難民」という括りにとらわれるのではなく、留学生や労働者など、様々な「人の移動」という観点から受け入れの拡大を図っていくべきだと語りました。


既存のガバナンスでは対応できなくなっている以上、発想の転換が不可欠

 次に、工藤が、政治難民を対象としている現行の難民条約など、既存のグローバルガバナンスの枠組みと、現実に起きている問題(国内避難民の発生など)との間にギャップがあるのではないかと問うと、滝澤氏も「強いられる移動」の原因が国内紛争や宗教的な対立などに多様化した結果、「既存のスキームでは対応しにくくなっている」と語りました。特に、現行の難民の保護体制では、「逃げてきたいわゆる政治亡命者が来たら救います」という根本的な問題を指摘した上で、逃げてくる人だけではなく、こちらから紛争地に出向いて支援する「庇護から保護へ」という発想に転換していく必要があると語りました。

 さらに滝澤氏は、国内避難民については「条約がない」としながらも、1998年に国内避難民のためのガイドラインができたことで、国内避難民については国際的な規範ができつつあると語りました。一方で、紛争などにより、貧しくて自国では生きていけないために他国を目指すいわゆる生存移民については、保護する制度も体制もないと指摘。生存移民が発生するような元凶を絶つためにも、持続可能な開発目標(SDGs)の達成などを通じて、国内の安定化を図り、欧州に来なくても済むような状況を作ることが肝要だと主張しました。

 渡邊氏も生存移民については、紛争地帯の安定化という点では滝澤氏の見解に同意した上で、ヨーロッパのように移民が定住した時に社会の中にどうやって統合していくか、という視点も重要だと語りました。加えて、渡邊氏は、国連は世界政府のような「上から下へ」の権力的構造になっていない以上、どうしても対応力には限界があるとした上で、そうであるなら、EUなどの国際機構や地域同士の連携を強めることで対応していく「並列的構造」を作っていくことの重要性も併せて指摘しました。


今後の難民問題に必要な視点とは

 最後に、工藤は難民問題に対する現実的かつ有効な対策や、東京会議及びG7に対する提言について尋ねました。

 これに対し滝澤氏は、国際難民法の世界的権威であるオーストラリアのジェームス・C・ハサウェイ教授のアイデアとして、「逃げてくれば必ず庇護はするが、その代わり受入国は選ばせない」などの新たな受け入れ原則を紹介し、「ドイツなど難民に人気のある国の負担が分散されるし、難民側もどこに行くか分からないのでリスクを冒してまで欧州に行くインセンティブが乏しくなる」と語りました。また、G7に対しては、これまで移民・難民の受け入れで世界を牽引してきたアメリカが、トランプ大統領の誕生により対応に後ろ向きになる可能性が高いため、アメリカを除く「G6」がこれまで以上に役割を果たすことが求められると期待を寄せました。

 渡邊氏は、「人の自由な移動に関する世界市民的なガバナンスができれば理想的だ」としつつ、現実論としては、国際機構や地域協力の新たなフレームを構築していくことが必要だと語りました。

 井口氏は、「自由や民主主義を奪われた人を救うのは自由民主主義国家の使命」としつつも、「自分たちと『異質な人』を受け入れることはどんな社会にとっても不安」であるため、そうした不安を取り除くためにも受け入れ側と難民側の「マッチング」をしていくべきだと語りました。同時にドイツでは難民対応にボランティアが大きな役割を果たしていることから「民間のイニシアティブも重要だ」と主張しました。


 今回の議論を振り返り工藤は、今回の議論と共に、翌日に行われる経済問題の議論も踏まえて、3月4日にG7議長国であるイタリア、並びに日本政府への提案を完成させたいと意気込みを語り、議論を締めくくりました。

 言論NPOは、「東京会議」創設を記念して、3月4日にオープンフォーラムを開催いたします。このオープンフォーラムをインターネット中継しますので、ぜひご覧ください。