イギリスのEU離脱の背景と今後

2016年7月05日

2016年6月30日(木)
出演者:
中村民雄(早稲田大学法学部教授)
山中あき子(元外務大臣政務官、ケンブリッジ大学中央アジア研究所上級客員教授)
吉田健一郎(みずほ総合研究所欧米調査部上席主任エコノミスト)
渡邊啓貴(東京外国語大学国際関係研究所所長)
司会者:工藤泰志(言論NPO代表)

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 6月23日に行われた国民投票の結果により、イギリスがEUを離脱することが決定的となる中、今後のイギリスや欧州、さらには世界の秩序や経済はどうなっていくのか。6月30日収録の言論スタジオでは、早稲田大学法学部教授の中村民雄氏、元外務大臣政務官で、現在はケンブリッジ大学中央アジア研究所上級客員教授の山中あき子氏、みずほ総合研究所欧米調査部上席主任エコノミストの吉田健一郎氏、東京外国語大学国際関係研究所所長の渡邊啓貴氏の4氏をゲストにお迎えし、議論を行いました。

 議論では今回の離脱決定の背景には、元来イギリスはEUに対して距離感を抱いていたことや、イギリスの政治やメディアが抱える構造問題があったことが浮き彫りとなりました。今後については、イギリスもEUも崩壊するような事態にはならないものの、離脱交渉は難航を極めるとの認識で各氏が一致。さらに、地域や世界の秩序が変わっていく中で、日本にも相応の役割を果たすことを求める意見も出されました。

「離脱派」勝利の背景は何があったのか

工藤泰志 まず冒頭で、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志が、今回の国民投票結果についての感想を尋ねると、各パネリストからは一様に「意外」や「失望」といった声が聞かれました。

160630_yamanaka.jpg 山中氏は、今回の結果の背景として、「タイミングの悪さ」を指摘。エリザベス女王の90歳誕生日の祝賀行事が直前に行われ、国の至るところでユニオンジャックがはためくなど、国威発揚されている状態であったことや、「残留派」が7割に達する大学生が、大学の定期試験が終わった直後で、旅行等に出かけて投票できない時期に投票が行われたことなどを解説しました。

160630_watanabe.jpg 渡邊氏は、今回の国民投票を「感情の力と理性の力の対決で、感情が勝利した」とした上で、この結果に至る歴史的な背景として、イギリスが欧州統合の恩恵を実感しにくい時期に加盟したことから元々EUに対してネガティブなイメージを有していたと解説。そのような背景から、イギリスは大陸の欧州諸国とはEUに対する認識のギャップがあったと述べました。

 渡邊氏は同時に、経済における相互依存関係が強まった現代においては、仕組みの上では離脱したとしても、他の欧州諸国との関係からは完全に離脱できないということをイギリス国民はよく認識していなかったのではないかと指摘しました。

160630_yoshida.jpg 吉田氏は、EUとの輸出取引が多い地域ほど離脱派が多いというフィナンシャル・タイムズの分析記事を紹介。その上で、キャメロン政権、さらには「残留派」であった野党の労働党も労働者層を取り込めなかったことが今回の投票結果につながったと分析しました。

160630_nakamura.jpg 中村氏は、このように国家の大きな方向性に関しては、政治が責任を持って決定すべきであり、それを国民に丸投げしてしまったデーヴィッド・キャメロン首相の政治的リーダーシップの欠如を批判。そしてそれと対照的に、離脱派を牽引したボリス・ジョンソン前ロンドン市長や、英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ党首による「人々の直感に訴える戦術」が功を奏していたと語りました。

「リーダーが決断しない」構造のイギリス。メディアにも大きな問題が見られる

 これに対し工藤が、キャメロン首相がリーダーシップを発揮できなかったのは、個人の資質の問題なのか、それとも構造的な問題なのか問いかけると、中村氏は、個人の問題も指摘しつつ、キャメロン首相が連立政権の首相であることに加え、保守党内で離脱派が多数を占めていたこと、さらにはイギリスでは重要な課題について国民投票が多用され、リーダーが決断しない構造になっていたと回答しました。

 また、中村氏は、もう一つの大きな背景としてメディアの問題を指摘。イギリスのメディアは1980年代から「反EU」の論説で一貫しており、EUのメリットを伝えていなかったために、人々がEUに対して偏った認識を形成していたと解説。しかも、今回の国民投票にあたっては、中立性を保つために政府からは情報が出されなかった上に、EUのメリット・デメリットについて様々な二次的情報が入り乱れる事態となり、その結果、人々は直感で判断するしかない状態になったため、直感に訴えた離脱派の戦略がより効果的なものとなったと述べました。

EUの経済的重要性が急速に低下していたことに加え、ルールへの不満が蓄積していた

 続いて工藤は、今回のイギリスのEU離脱が、経済の観点からはどのような背景があるのか尋ねました。

 これに対し吉田氏は、イギリスは巨大な単一市場への期待からEUに加盟したものの、グローバリゼーションが進むにつれて金融仲介を通じてアメリカや中東との関係が強まり、さらに、追い打ちをかけるように欧州ソブリン危機が起こったため、相対的にEUの経済的重要性が低下したと解説。イギリス国民から見れば、「なぜ自分たちの税金でギリシャを支援しなければならないのか」といった不満に加え、EUの単一市場故の強力な規制もかえって自国にとっての足枷と映るようになり、ますますEUを軽んじるようになったと述べました。

 渡邊氏は、イギリス国民にもある程度EUへの連帯感はあるものの、自国の国益と統合を通じた繁栄の重なり方が独仏両国に比して小さかったこと、さらに、経済ルールの策定などEUの主導権を常に独仏に握られていたことに対する反発がイギリス国民には根強くあったと指摘しました。

 中村氏は、イギリスの態度について、EUの大きな仕組みの恩恵は享受しようとする一方で、「人の移動の自由」を実現した「シェンゲン協定」などコアの政策は受け入れたくないという「良い所取り」だと批判しました。しかし一方で、シェンゲン協定も通貨ユーロも危機に瀕しているためイギリス国民にとっては尚更EUのメリットが分からなくなっていると分析しました。

今回の投票結果がもたらすものとは

 続いて、イギリスとEUの今後や、今回の結果が世界経済に与える影響について議論が行われました。

 まず、イギリスの今後について、中村氏は今秋までは混乱が続くとしながらも、新国家としてEU加盟交渉をすることがかなり難しいことから、スコットランドなどが独立し連合王国が崩壊するような事態にはならないとの見通しを示しました。

 一方で中村氏は、EUとの離脱交渉は難航すると予想。離脱派が提案していた「ノルウェー・モデル」や「スイス・モデル」などはデメリットが多いことを指摘した上で、「離脱そのものはできても、貿易ルールなどEUと新たな関係を構築することはきわめて難しい交渉になる」と語りました。

 山中氏も同様に、イギリスが有利になるような枠組みにはできないと述べ、しかも税制から安全保障に至るまですべての既存の関係を見直さなければならず、妥協点を見出すために難しい交渉が迫られると予想しました。

 EUの今後については、渡邊氏は影響力の低下は避けられないとする一方で、これまでのEU諸国がルール整備などを通じて地道な協力を進めてきたことから、「ギリシャ危機の時もそうであったように、危機だからこそ働く『危機バネ』のようなものがある」とし、今回の危機対応での協力を通じて結束が高まるとの見方を示しました。

 中村氏は、今後の欧州は「(独仏など)大陸側のコアの国とその周辺に広がる国との色分けがだんだんはっきりしてくる」とする一方でイギリスについては、「コアには入らないけれども周辺の中には残りながら、周辺の国々をまとめていくような大きなリーダーになる」と予想し、「戦後、我々が慣れ親しんだ勢力地図とちょっと違うヨーロッパ像ができるという意味で岐路に立っている」と語りました。

 世界経済に与える影響として吉田氏は、イギリスがリセッションに陥る危険性はあると語りました。一方、世界経済については、マーケットが一時的には動揺することはあるものの、今回はリーマンショック時とは異なり金融システムに不安があるわけではないため、各国の中央銀行も混乱に対する備えはできていることなどからと影響が長引くことはないとの見通しを示しました。

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「地域化」、「多極化」が進むからこそ、世界的な視野を持つことが求められる

 最後に工藤が今後の世界秩序の行方について尋ねると、中村氏は、アメリカがこれまでのような「世界の警察官」としての役割から一歩引く中、「アメリカはアメリカのことだけ、ヨーロッパはヨーロッパのことだけ、アジアはアジアのことだけ、というように『地域化』が進む」と予想しました。

 渡邊氏も同様にアメリカの世界への関与から引くことを指摘した上で、「多極化」を予想しました。ただ、渡邊氏は同時に、それぞれの「極」が自分の地域のことだけを考えるのではなく、世界的な課題に向かい合いながら「グローバルなプレイヤー」として活動していくことが大事とも語り、日本にもその役割を求めました。

 山中氏は、アメリカも含め「先進国と発展途上国との力関係が変わってきている」と世界的な秩序の変化を指摘。そして、その中でヨーロッパの不安定化を回避するために今年のG7議長国である日本に対してリーダーシップを発揮することを求めました。

 議論を受けて工藤は、「確かに日本にも役割はある。ただ、それは政府だけが動くのではなく、それを市民が支えるような構図でなければならない」とした上で、「世界の動きはあまりにも大きいが、そういう時代の中にいるのはある意味でチャンスだ。世界をきちんと見ると同時に、日本についてもきちんと考える局面に来たのではないか」と語り、白熱した議論を締めくくりました。

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