世界経済のリスクにどう対応するか

2016年3月13日

2016年3月11日(金)
出演者:
加藤隆俊(国際金融情報センター理事長、元IMF副専務理事)
山﨑達雄(前財務省財務官)
内田和人(三菱東京UFJ銀行執行役員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

「世界経済のシステムリスク」に関する有識者アンケート結果


 世界経済に様々な経済リスクが積み重なっている中、前回議論した中国経済の構造調整の行方もリスクの一つの要因として挙げられます。一体世界はどのような方向に向かっているのか。そしてこうした世界経済のリスクにどう対応すればいいのか。3月11日収録の言論スタジオでは、加藤隆俊氏(国際金融情報センター理事長、元IMF副専務理事)。山﨑達雄氏(前財務省財務官)、内田和人氏(三菱東京UFJ銀行執行役員)の3氏をゲストにお迎えし、議論を行いました。

 議論では、世界経済のリスクは高まっているが、経済危機に向かう局面にはまだ来ていないとの意見で3氏が一致しました。また、現在の世界経済の不安定さは、リーマンショック後の超金融緩和や、中国経済などの新興国依存からの調整局面における不安定化であり、実体経済を反映したものではないこと、市場の不安定化を実体経済への波及しないようできるかが今後の課題であり、今後の国際経済はけん引役に頼る経済より、それぞれが潜在成長率を挙げること、さらにアジアやアフリカなどの新興国を発展させる意味からも、開発に取り組んでいくことなどの重要性が話し合われました。

 先月開かれたG20の共同声明については財務官として長年交渉に携わってきた加藤氏、山﨑氏と、マーケットの視点から見る内田氏とでは評価に違いがありましたが、今年5月末に日本が議長国となって開催するG7では、経済問題についてか国が連帯して取り組むメッセージを出すことの重要性が指摘されました。


現時点では経済危機には至らない、との認識で一致

工藤泰志 まず、司会を務めた言論NPO代表の工藤が、今回の議論に先立ち実施した有識者アンケートで、半数を超える51.1%の人が、「世界経済のリスクは高まっているが、経済危機に向かう局面にはまだ来ていないと思う」と回答し、「経済危機に向かう局面だと思う」(19.1%)との悲観的な見解を大きく上回るという結果となったことを紹介し、経済危機という状況に世界は向かっている局面なのか、と疑問を投げかけました。

 これに対して、加藤氏は、「金融市場が攪乱状態に近いところまで行ったのは事実が、危機に向かっている、あるいは危機に入りつつあるということではない」と語り、山﨑氏も中国の構造調整の問題、先進国の金融政策の問題、欧州の銀行部門の問題、金融規制の問題などのリスクを挙げつつ、「それ自体が危機につながるものではなくて、市場の不安が実体経済にもしマイナスの方に反映されて、それがまた市場の不安を招くという負のスパイラルが生じないようにすることが大事だ」と語りました。

 内田氏は、今が10年に一度ある景気が収縮局面に入るサイクルと同じ位置にあるとした上で、「債務の調整と、サプライの過剰設備や過剰投資の調整局面に入ってきており、この調整の如何によっては、世界経済が軟着陸するのか、ハードランディングするのかが変わってくる」と指摘しました。


中国経済依存の枠組みから転換するため、世界経済の調整能力が問われている

 続いて工藤が、「経済危機に発展する可能性のある問題」として、8割を超える80.1%の有識者が「中国の過剰投資・過剰債務などの構造調整がうまくいくかどうか」と回答したことを紹介しながら、世界経済のリスクとして注目しているものは何か問いかけました。

 加藤氏は、「今、世界経済は一種の低温状態に移行しつつある」として、その調整局面で中国の投資過剰債務の問題、原油の供給過多による原油価格の下落、新興国への資金流入減による投資手控えなど、様々な問題がいろいろな地域で起きており、「それぞれの地域で調整をうまくこなしていく必要がある」と述べました。山﨑氏は、中国が過剰在庫、過剰投資などの解消に向けた構造改革と、年率6.5%の成長の相反する目標を目指していることを指摘し、「先進国も新興国も潜在成長率が低くとどまっているので、これをいかにして高めていくか」という問題に各国が直面している点を問題点として挙げました。

 内田氏は、アンケート結果で世界のリスクで「中国の過剰投資・過剰債務などの構造調整がうまくいくかどうか」との回答が最多となったことに自身も同調した上で、中国経済の減速リスクが世界経済のリスク要因の根源であると述べ、その上で、リーマンショック以降、中国の経済に依存する世界構造の枠組みが大きな調整局面に入っており、「世界経済の調整能力が問われている」と指摘しました。

 リーマン危機後の金融緩和と膨れ上がった金融による複合的な要因が実体経済にどう跳ね返ってくるかはわからない

 これまでの議論を踏まえて工藤は、いま起こっている世界の不安定さや、叫ばれている危機というのは、リーマンショックなどの問題と何が違うのか、と疑問を投げかけました。

 これに対して内田氏は、リーマン危機は、アメリカのサブプライムという住宅ローンの商品をベースにしたCDO(Collateralized Debt Obligation=債務担保証券)という金融商品が焦げ付き、それを保有していた銀行の破たんが連鎖したというプロセスを解説。一方、リーマン危機以降、機関投資家が資金を投入し、シャドーバンキングが主体となって投資を行っているが、通常の銀行などの金融機関とは異なり、シャドーバンキングに対する規制はあまりないために、隠れたリスクがあるとすれば、「政策に対する期待感が失望になったり、対応策がうまくいかなくなったりすると、シャドーバンキングを主体とした大きな金融ショックが起きる可能性がある」と指摘しました。

 山﨑氏は、リーマンショック以降、アメリカを筆頭に世界全体が超金融緩和を実施したものの、現在は、この方針が転換する時期に来ており、これに合わせる形で中国経済の問題や原油価格の下落などが同時に起きている。リーマンショックやアジア通貨危機のように1つ1つの問題が大きなショックを起こすものではないが、複合的な要因が重なり市場が不安定になっており、実体経済への波及は抑える必要があるが、それがどう跳ね返ってくるかは現時点ではわからない、と
語りました。

 加藤氏は、資源価格の下役や地政学的リスクや、新興国の不安なども連動しており、こうした問題も含めて話し合うG20の枠組みが有用になっている、と指摘しました。


G20の共同声明に思い切った内容が盛り込まれたと評価

 その後、議論は2月末に上海で開催されたG20の議論に移りました。工藤は、G20のコミュニケが実体経済よりもマーケットが振れすぎていることを認識、様子を見ていかなければいけないと判断を示しているということ、金融政策のみでは均衡ある成長には繋がらず、政策論として財政という問題を提起したという2つのポイント挙げ、G20の合意をどう評価しているか、を問いかけました。

 過去に、財務官を経験した加藤氏は、「これまで金融政策にかなりウェイトがかかっていたものの、金融政策の限界を議論するようになった」と指摘。その上で、G20の役割として、ボラティリティ(資産価格の変動の激しさを表すパラメータ)が高い状況が続き、株価が乱高下するようなことは企業心理、消費者心理にマイナスの影響を与えるので、G20でしっかりとメッセージを出すこと、そして、ボラティリティがあまり長続きしないような努力をしていくことが、G20が果たすべき有用や役割だと語りました。
 
 山﨑氏は財務官として2008年のリーマンショック以降、ほとんどのG20にかかわってきた経験を踏まえ、今回のG20で示された声明が「過度の変動や無秩序な動きは経済及び金融の安定に対して悪影響を与えうるということを打ち出していること」、「現在のマーケットが、経済のファンダメンタルズを反映していないこと」、「いまの混乱を押さえるために、あらゆる手段を尽くすこと」、「銀行セクターにおける資本負荷の全体水準は、さらに大きくは引き上げないこと」など、G20で初めて言及されえいることに触れ、国の数も多く、新興国も入り様々な理解関係がある中、「非常に明快でG7的な声明」が出されたことについて評価しました。

 さらに、今回のG20でこうした声明が出されるに至った理由として山﨑氏は、「2月の世界市場の混乱を受けて、G20としての存在意義が問われるという相当な危機感を持って、各国が相当お互い譲歩しながら思い切った文言を入れたのではないか」と推察しました。加藤氏は山﨑氏の意見に同調した上で、「中国が議長国のG20でこのような声明が出されたことは、中国自身がこの声明に対してオーナーシップを持つ」ということでもあり、非常に大きな意味を持っていると指摘しました。


マーケットでは大きな材料としてみなされなかったG20の共同声明

 一方、内田氏は、G7には共通した価値観のもとに一致した政策を必ずとるというような同盟関係に似た関係が存在するが、G20ではそうした関係が見られないことなどを挙げ、「マーケットの中では、今回のコミュニケがそれほど大きな材料としてみなされていないことも事実だ」と厳しい意見を示しました。これに対して加藤氏はG20内に「そこまで危機的な状況ではないという認識があるのではないか」と指摘し、山崎氏も加藤氏の意見に賛意を示しました。


5月末の伊勢志摩サミットで議長国・日本が果たす役割

 その後、5月末に日本で開催されるG7の役割について議論は移りました。

 山﨑氏は、今回のG7では経済の問題はもちろんだが、「難民などの政治的な問題や地球環境などの問題にも同時に取り組んでいくことを示す必要がある」と語りました。

 加藤氏は、G20では難民問題はなかなか取り上げられないテーマであるので、今年のG7では日本が議長国となり、難民問題を正面から議論する必要がある、と山﨑氏の意見に賛同しました。さらに、加藤氏は、成長率を高めるために、G7各国がどんなことをやっていくのかを、きちんと出していくことが必要であり、加えて、国際公共財の提供、一種のシードマネーに関して、G7がどういう役割を果たすのか、G7の連帯のメッセージを出すことが重要だと指摘しました。

 内田氏は、市場が期待する点として、「G7やG20が強い結束のもとにアクションを起こし、それが『世界の経済は必ず安定化する』という強いメッセージにつながることが重要だ」と語りました。しかし、現状では、リスクの認識を共有化し、方向性を打ち出したものの、アクションプランが出ていないことから、日本が議長国のG7でアクションプランを明確化することが必要だと指摘。さらに、リーマン危機以降、市場が金融政策に対して過度な期待感を持ってしまい、それが結果的には出尽くし感や失望感につながっていることに触れ、G7できちんとしたマクロ経済政策、構造改革を打ち出していくことで、「マーケットの信頼感、安定感が強まってくる」と語りました。


世界の開発問題に関して、先進国と新興国の協調に加え、
公と民間の役割を整理する必要性を指摘

 さらに山﨑氏は、G7で開発問題も取り上げる必要があるとし、新興国の成長率の引き上げは、G7という先進国側の責務であり、昨年出された「持続可能な開発目標(SDGs)」に基づき、「インフラや保健など日本の得意分野で質の高い支援を進めるべき」と語りました。

 これに対して、工藤からAIIBやBRICS銀行など、中国などの新興国の開発金融メカニズムと先進国は協調していくことになるのか、と投げかけられた山﨑氏は、「先進国と新興国とがいかにうまく協調して、開発や貸し付け競争にならない、本当の意味で新興国の発展に寄与するような共同作業が必要だ」として、先進国と新興国の協調が、今後重要になるとの見方を示しました。

 内田氏も開発の重要性を指摘した上で、「公的機関がインフラの30~50年ごとの定期的なメンテナンスを保証したり、期間の長いリスクをファイナンスして補填する。一方、民間が短期の資金を新興国に対して出し、その代わり官民が協調融資をしていく枠組みをつくっていくことが重要だ」とし、民間の役割と公的な役割とを整理する必要性を示しました。


どこかの国に牽引役を頼る時代は終わりつつある

 最後に工藤が、リーマンショック以降、新興国が経済を牽引してきたものの、もはや新興国が世界経済を牽引できない状況になっていることを指摘し、今後の世界経済の運営は、どのように変化していくのかと投げかけました。

 内田氏は、フィリピンなどが中国の減速の影響をほとんど受けず、高成長を維持していることを挙げ、「アジアは非常に伸びしろがある」と指摘し、どのようにすれば日本がアジアの中で中核的な役割を果たしていけるか考えていく必要性を指摘しました。山﨑氏は、「どこかの国に牽引役を頼る時代は終わりつつある」とし、「これらの新興国を発展させるという意味でも、開発というものにきちんと取り組んでいくべき」と語りました。加藤氏は「米中に置いて行かれないように日本自身がふんどしを締めることが重要だ」と指摘し、議論を締めくくりました。


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