第4話:グローバルガバナンスの在り方
工藤:古城さんがおっしゃったように、新興国を巻き込んだ枠組みは大切にし、最終的には新興国とも秩序形成などのいろいろな議論ができる、ということを考えながら国際社会に取り込んでいく努力が必要なのだ、と分かりました。
ただ、二つほど疑問があります。一つは、このようにマクロ的な大きな危機が起こり、いろいろなところに波及していく、という仕組みを誰が解決できるのか、ということです。かつては、先進国を中心にいろいろな協議をしていました。しかし、アメリカは今、経済的に強いということで利上げをしているものの、まだ物価上昇や経済成長は数%です。一方、中国は、もともと7%もの成長をしていたのがやや減速した、という話をしています。
そのように、牽引する国がいない状況で、どのようなマクロ調整が可能なのでしょうか。新興国の減速が貧困国などのいろいろなところに影響するとすれば、多国間ですぐに話し合うことがあってもいいのではないかと思いますが、今年9月の杭州でのG20までそれが行われないとすれば、非常に間が抜けているような感じがします。そのようなグローバルシステムのガバナンスがどう機能していくのか、というのが一つ目の質問です。
もう一つは、中国などの新興国による開発援助を見ていると、欧米が主導するIMF・世銀体制のような援助の条件付けとは違うルールで援助が行われようとしています。二つの仕組みでそれぞれ異なるルールが共存するということになると、仕組みの間に断層が生じてしまうのではないでしょうか。それは結果として収斂すべきなのでしょうか、それとも断層を認めざるを得ないような局面なのでしょうか。少なくとも、戦後システムは欧米が主導する仕組みだったとすれば、そこに大きな変化があるような気がします。そのあたり、を皆さんはどのようにお考えでしょうか。
経済の難局を乗り越えるため、今ある仕組みを総動員し各国が協調すべき
田中:仕組みということでいえば、私は、今ある仕組みを総動員して経済の難局を乗り越えるべく、各国が協調すべきだと思います。その点については、中国が異論を持っているとは思えません。中国はある種の構造転換を迫られているわけで、今までのような低賃金労働に基づく製造業生産だけでは、平均所得が1万ドルを超えられない、いわゆる「中進国の罠」から抜け出し、消費やサービスを中心とした高度な経済構造に変わっていかなければいけません。ただ、そのためにも、中国以外の経済が失速してはいけないわけです。
また、原油価格の低下によってひどいことが起きる国もありますが、とても良いことが起きる国もあります。ですから、今後の開発協力あるいは経済政策調整の課題は、原油価格、資源価格の低下によって利益を得る国の経済のダイナミズムを回すことによって、原油価格が低下して収入が圧倒的に低下した国々の困難をどう相殺していくか、ということです。サブサハラ・アフリカの中でも、ナイジェリアやアンゴラ、南スーダンなどは、原油価格が下がるととても困ります。しかし、ルワンダやケニアのような資源がほとんど出ない国は、石油価格が下がるのは良いことです。それをどう相殺していくか、となると、短期的にはなかなか難しいですが、G20で、また、日本との関連で言えば、今年の8月に行われるTICAD(アフリカ開発会議)で議論すべきだと思います。また、東南アジアでも、ASEANの経済共同体をつくったことに伴ういろいろな話し合いが行われます。そういう場で、資源価格の低下をチャンスとして活かしたかたちでの経済調整をやっていく、またそれに対して、開発協力をするような国や国際機関が協調していく、ということではないかと思います。
それに対して、中国は、「違うルールでやりたい」と言っているわけではないと思います。
工藤:ただ、欧米型の援助のルールは、被援助国の自立や、資金の適正な使用のためにかなり厳しくなっています。ひょっとしたら、そんなことよりもお金がほしいという国があって、そこにどんどんお金が流れると、二つの秩序ができてしまうような気がしているのですが。
田中:中国の人も、援助することで損をしたいとは思っていません。お金を貸しても返してくれないような国に、どんどんお金を貸しても意味はありません。今、中国の外貨準備はとてつもない勢いで減っています。
ですから、今後、中国が対外的な融資などをするときは、かなりきつい条件になるのではないかと思います。もちろん、被援助国の人権遵守を基準に加えるか、といったことについては、ひょっとすると世銀やアジア開発銀行に比べて甘いところが出てくるかもしれません。しかし、あまり甘い条件をつけると融資が返ってこなくなります。
古城:ガバナンスという点でいえば、先進国・新興国・途上国のほかに、市場参加者というアクターが存在します。
G7が発足したころは、政策協調がある程度機能していました。それは、政府がある程度市場の規制やコントロールをすることが可能だったからです。今は、それはかなり難しいと思います。ですから、政府の選択肢が非常に狭められている中でこの調整をどうしたらいいか、というのはかなりの難題だと思います。一つの国だけでは解決が難しいので、協調しなくてはいけないと思いますが、協調してできることにも限りがあります。そういう状況は、リーマンショックのときにあらわになりました。その後、G20で金融規制をするという合意をし、その後協議は進展してはいますが、急速に新しいモデルができているわけではありません。
ですから、「国家同士」ではなく「市場のアクターと政府」という考えも入れないと、ガバナンスがかなり難しくなります。市場のアクターも取り込んでいくような規制のあり方を、政府は考えていかざるを得ないのではないかと思います。
藤崎:今あるいろいろな機関やシステムを総動員すべき、というのはまったくその通りです。ただ、グローバルガバナンスには「押しくらまんじゅう型」と「この指とまれ型」という二つの発想があります。「押しくらまんじゅう型」というのは、TPPのように、みんなでごちゃごちゃ議論しながら合意をまとめていく、というやり方です。「この指とまれ型」とは、どこかの国が「自分たちには金がある。一緒にやる人はいるか。入ってくる人はいつまでにおいで」というやり方です。その中で、どちらかというと、みんなでごちゃごちゃと議論をしていくことを大事だと考えないといけません。民主主義は結果ではなくプロセスなので、プロセスの議論を我々はもう少し大事にしなければいけないのではないか、と思います。
中国が経済合理性を無視することはないが、国内の感情に配慮しつつある
細谷:援助の枠組みについて中国が欧米と協調できるか、独自のルールを展開していくか、という点について、私はその中間くらいの立場です。もし、中国のメディアや世論が理性的で合理的な思考をできれば、おそらく国際協調は非常にやりやすくなると思います。中国のリーダーや学者は、極めて合理的で戦略的だと思います。しかし、彼らもまた、国内の世論に非常に敏感になっています。
過去20年間、中国は非常に合理的に、経済成長を優先したかたちで国際協調を進めてきました。ただ、ここ数年間、従来にも増して国民感情に敏感に反応したかたちで「中国の夢」「中華民族の復興」といった、ナショナル・プライド、非合理的な感情に左右されやすくなっていると思います。このせめぎ合い、葛藤が、おそらく今の中国の対外政策の難しさになっていて、それが先行きの不透明さにつながっていると思います。
私は、必ずしも、中国が感情に振り回されて経済的な合理性を無視した政策をとるとは考えていませんが、やはり従来とは変わってきているのではないでしょうか。それは、経済成長が鈍化して、従来のようなかたちで多くの人たちに富が行き渡らなくなったとき、あるいは、中国国内での格差が広がったときに、それに反発する感情がどこに向かっていくか、ということだと思います。習近平政権は、今、歴史教育をもう一度強化しようとしています。これも、今まで以上に感情に配慮した政治になりつつあることの象徴かもしれません。この難しさが、有識者アンケートの結果に表れた「不安」「先行きが見えにくい」ということだと思います。
田中:中国に関して私が最も懸念しているのは、経済の調子が悪いときに、ある種の地政学的な行動で対外的な危機をつくり出すことによって解決しようという傾向が出てくることです。それが最も非建設的で、良くないことだと思います。少し前まで、AIIBなどで私どもが懸念していたのは、中国の外貨準備がとてつもなくたくさんあるので、後先を考えずにそこら中に援助の大盤振る舞いをして「私の言うことを聞きなさい」という行動に出ることでした。しかし、経済が悪くなり、外貨準備がどんどん減って、中国国内の人も人民元を売ってドルを買いたいと思っているときに、そこら中に大盤振る舞いをすれば、中国国内でネット世論が政府批判に転じると思います。
経済混乱で最も心配すべきなのは、国際経済面でのわけのわからない行動というより、地政学的にやや古典的な国際政治行動、つまり領土紛争などを煽り立てる行動に出てくることです。
報告
第1話:現在の世界秩序をどう考えればいいのか
第2話:アメリカの力の現状
第3話:中国の台頭と中国経済への期待
第4話:グローバルガバナンスの在り方
第5話:世界は今後どうなっていくのか
第6話:2016年、日本に求められるリーダーシップ