ギリシャ危機とEUの今後

2015年7月17日

ギリシャ国民も緊縮策を受け入れ始めている

かつての二大政党に対する不満は根強く、チプラス以外の選択肢がない

工藤:チプラスさんが今後、財政再建に本当に成功できるかということに焦点が移り始めているのですが、その前に、チプラスさんはどういう人なのかをお聞きしたいと思います。国民の間では非常に人気があることなのですが、なぜ人気があるのでしょうか。それから、日本社会の中で、選挙に伴う有権者の声、デモクラシーというものが、経済的な大きな問題に対して重いコストになっているのではないかという議論があります。これらについて聞きたいのですが、山崎さん、チプラスさんはなぜ人気なのかという点についていかがでしょうか。

山崎:ギリシャは1970年代半ば以降、「民主化されて、選挙をやって、政権が代わって」という歴史ですが、二大政党制だったのですね。大きな政党が二つあって、それが交互に政権を担っていました。政治エリートのような人たちがいて、一族で首相を輩出するような政治ですが、その政治家、既成政党、既成勢力に対する不満や不信感が高まっていたということが背景にあります。

 その理由としては、一つは、力を持っている人たちに色々な権益が集まってその人たちがより豊かになって格差が広がっていった、という問題があると思います。また、二大政党制の中で、ギリシャの財政が実は赤字なのにも関わらず、政権は「赤字ではない」と言っていました。それがばれてしまって、その再建のためにギリシャ経済が非常に厳しい状況に置かれた。EUやIMFから「あれをやれ、これをやれ」と言われ、それを頑張ってやらなければいけなくなったが、「そのしわ寄せが一般市民に重くのしかかっている」という受け止め方が市民の中でどんどん強くなっていました。そういう背景の中で、「財政緊縮はもうやりません」というチプラスさんが華々しく登場し、支持を集めたというところがあったと思います。

工藤:「財政緊縮をやらない」という、既成の政治そのもののやり方に関して異議を唱えた点で、国民に評価されたという理解ですか。

山崎:そうですね。そういう側面が強くあったと思います。

工藤:しかし、国家のマネージメントから見ると、財政緊縮をやらないということになれば、EUとの関係で問題が出てきます。国内的にはポピュリスティックな展開になるけれども、国際社会の中での展開力はそれによってタガをはめられた、という理解でよろしいでしょうか。

山崎:そうですね。野党という立場で、政権を批判するというところでは強いカリスマ性を持った人でしたが、いざ自分が政権を担うとなると、現実と調整しなければいけないところが出てきます。その過程の中で、「そうしたくない、でもしなければいけない」というせめぎ合いがあった。それが今年の1月にチプラス政権ができてから、債権者側との交渉がすごくもめて、なかなか進まなかった大きな理由ではないかと思います。

工藤:今のお話を聞いていると、日本の将来に関しても非常に重要な示唆を与えられているような感じがします。

 チプラスさんが率いるSYRIZAは今、最大政党になっていますよね。その党が、単にポピュリスティックに、国民に受けるように「緊縮はやらない」と言っていることが、結局崩れてしまったわけですよね。この状況の中で今後、ギリシャの政治はどのように求心力を作りながら、どのように改革をすることができるのでしょうか。

吉田:非常に難しいと思います。人々の意識としては、自分たちが否定したはずの緊縮策を受け入れたことに対して、政権自体の支持率は下がっているかもしれません。しかし、山崎さんがおっしゃった通り、過去、70年代以降はポピュリスティックな政党が続いてきました。通常、ポピュリスティックな政党は、政権に入るとポピュリスティックではいられなくなるものなのですが、二大政党は両方ともずっとポピュリスティックなままでいました。

 それが現在のギリシャの国内問題の遠因にもなったのです。リーマンショック後、欧州債務危機が起きて、一気に経済が、GDPのピーク比で30%近くまで落ちた。アメリカでいえば大恐慌と同じくらいのインパクトがあるわけで、一気に失業が増えてきて、ここで既存政党に対する不満が爆発寸前になってきていました。この不満の一つの核として、SYRIZAという勢力が出てきました。SYRIZAも、政権に入ることで難しさを抱えてきていますが、かつての2大政党に対する不信は根強く残っている。さらに今、議会の第三党は「黄金の夜明け」というファシズム政党ですので、ギリシャ国民は次の選択肢を非常に持ちにくいわけです。選択肢がない中で、誰がいいのかということになれば、支持が得られにくくなっているとはいえ、やはりチプラスさんになってくる可能性は高いと思います。

工藤:議会では財政再建策を法制化しましたよね。それは同床異夢の構造なのですか。それとも、政治勢力が「それしかない」と考えたのでしょうか。

吉田:基本的には、再建案を受け入れざるを得ないということだと思います。チプラス首相自身も、今回の緊縮策は景気を一時的には傷つけると認めていると思いますが、それを受け入れなければもっと悪い結末が待っている。つまり、ユーロ圏から出て行かざるを得なくなってしまうわけですから、やむを得ず緊縮策を受け入れたということです。

ギリシャ国民も緊縮策受け入れはやむを得ないと考え始めている

工藤:国民はユーロ圏から出ることを嫌がっているのでしょうか。

山崎:世論調査では、「ユーロ圏にとどまりたい」という回答が7割くらいに達していますので、基本的には「ヨーロッパ」という枠組みの、さらに「ユーロ圏」という枠組みの中で、ギリシャが留まることを望んでいる意見が国民の多数派と言っていいと思います。

工藤:その多数派が、チプラス政権が言っているポピュリスティックな提案、つまり「EUの提案する緊縮財政はあまり受け入れられない」ということに賛成してしまったわけですが、ギリシャ国民は今の事態をどのように理解しているのでしょうか。

山崎:先日の国民投票で政府は「ユーロ圏にとどまることと、緊縮財政を受け入れるということとは関係がない」と言った。つまり、「今回の国民投票は、ユーロ圏に残りたいか、残りたくないかを聞くのではなく、あくまで緊縮財政に賛成か反対かを聞くものです。その結果にかかわらず、ユーロ圏にはいられるのです」と説明をしました。他方、債権者側の方は、「今回の国民投票は実質的にユーロ圏にとどまりたいか、それともあきらめるかの決断だ」と言いました。国民みんなが政府の言ったことを素直に信じたわけではなく、信頼できる政治勢力がなかなかない中で、チプラスさんが言うことを信じたかったというのがまず一つあると思います。もう一つは、ユーロ圏にとどまるか、とどまらないかというより、緊縮財政に対してとにかく「反対」と言いたかった、ということがあると思います。

 結局、議会で緊縮財政を受け入れなければいけなくなりました。今、ギリシャ経済はお金の流れが非常に滞って、にっちもさっちもいかない状況ですから、それもある程度やむを得ないと受け入れることによって「その状況が改善されるのであれば仕方がない」という考え方も、ギリシャ国民の中には結構多いのではないかと思います。

緊縮策の実行も、経済立て直しも厳しい見通し

工藤:ギリシャで可決した案は、EUが求めていた緊縮策と同じものなのでしょうか、それとも違うものなのでしょうか。

吉田:今の緊縮策は、基本的には債権者団、つまりEU、IMF、欧州中央銀行などが求めている案にほぼ沿ったものだと思います。その過程では債権者側も妥協しているのですが、それでもかなり厳しいものになっていると思います。

工藤:それを国民は国民投票で一応否定している形になっているわけですよね。それとも、それはあくまで国民投票の時の話だという理解でよろしいのでしょうか。

吉田:チプラス首相は、「債務の一部が延長された」とか、「部分的な妥協を勝ち取った」という言い方はしています。例えば、合意案の中には、ギリシャに国有資産を差し押さえるとまでは言わないものの、別のところにプールしておいて色々な返済に使おうというものがあります。これは、当初、国外の独立した機関に入れるという話がありましたが、それはギリシャ国内に据え置くということになりました。極めて細かいところで、「妥協を勝ち取った」ということを言っています。

工藤:EUの要求にほぼ沿った厳しい案であれば、それを本当に実行できるかという問題がありますよね。それから、この案に取り組みながらギリシャ経済・財政の立て直しができるのかという問題があります。この二つについてどう考えますか。

吉田:二つとも難しい可能性があります。実行できるかという点については、確かに、年金改革案など、やらなければいけない改革案の中にはできることもあると思います。ただ、例えば民営化を進めていくということについては、本当に進むのかは分かりません。

 また、債務が思惑通り減っていくのかという点についてはもっと難しくて、財政緊縮をさらにするとなると、経済がさらに悪くなってしまうわけですね。つまり、経済が悪くなると、特に法人税などは税収が減ってしまうわけです。だから、歳出を1%減らそうと思っても、GDPは2%とか、それ以上に落ち込んでしまう可能性があります。債務はGDP比で見て評価されることが多いですが、分母がどんどん減ってしまうので、債務のGDP比は当然上がることになります。例えば、GDP比1%の基礎的財政収支黒字を維持しようとすると、GDPが減るので、6%くらいは上がってしまうと思います。悪循環が復活してしまうので、債務がそんなに簡単に減っていくということにはなりません。

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