第2部:温暖化対策をめぐる日本政府の姿勢と世界の動向
工藤:議論を続けます。今の話は非常に重要なところに来ていました。今日の議題についてアンケートを取っているのですが、COPについてどういう姿勢が望ましいか2つの選択肢を用意しました。Aは、現在京都議定書の下で義務を負っていないアメリカや中国も含めた単一の国際的枠組みの合意を目指すが、合意が得られない場合は暫定的な措置として京都議定書の延長もやむを得ない、というさっきのEU型のもの。Bは、合意ができない場合は空白状態も覚悟の上で単純延長を拒否する、でした。アンケート結果では延長もやむを得ない、が50%で半数となっており、単純延長を拒否すべき、は27.5%です。このアンケートは普段から意識が高い方が回答しているのですが、この結果についてはどう思いますか。一言お願いします。
地球環境に対する対応は、国内も外交交渉での姿勢も後退している
松下:おそらく、現在の日本政府はBの立場ですね。公式に、単純延長は拒否すると宣言していますね。ただし、京都議定書を中心とした枠組みがすべて空白になると、世界全体で温暖化対策が非常に後退しますので、地球全体にとって望ましくないことです。そういった意味から、アンケートに答えて下さった方も半数近い方は京都議定書を維持しながら、のAを選ばれたのでしょう。
工藤:蟹江さんはどうですか。このアンケート結果が健全だという感じですか。
蟹江:普通に質問をすると、こういう回答になるのではないかと思います。外交交渉上の欠点は、必ずしも一般の意見が、日本の立場として反映されないということです。そこにアカウンタビリティを求めるのは非常に大事ですが、語られていないですね。国内政策は目に見えるのでアカウンタブルな政策を、と言いますけれど、外交政策だとやっぱりちょっと乖離しているように思いますね。
工藤:ただ、有権者がこういうことをきちんと考えていくのは必要だと思うので、いい流れを作れないかと思っています。
第1部の議論を聞いて疑問になったことですが、民主党政権は、環境や地球温暖化に関して、従来よりかなり積極的だと思われました。しかし、その後それが、ほとんどトーンが変わったように動きが見えません。震災もあったわけですが、そういった国内における対策と国外に向けての交渉を、どう組み合わせて進めているのか、いまひとつわからないことがあります。これについてお話を聞きたいと思います。松下さんからお願いします。
松下:民主党政権になってからマニフェストで中期目標として、2020年に25%削減(1990年比)を鳩山首相が国際的にも表明し、国内的には温暖化対策基本法案を提出して、政策的に3つの柱を立てました。
1つ目は環境税の導入。2つ目は排出量取引の導入。3つ目は自然エネルギーにおける固定価格買い取り制度。これを国会に提出して、衆議院で可決されたのですが、参議院に審議が移ったところで鳩山首相が退陣して、その結果、法案が廃案になりました。しかし、次の菅首相の下で再度提案され、かろうじて自然(再生可能)エネルギー買い取り制度は法案として成立しましたが、現状では依存として温暖化対策基本法案が成立していないし審議もされていません。環境税と排出量取引に関しては導入が先送りされるという見込みになっています。ということで、マニフェストで掲げたことが、国内でも進んでいないし、国際交渉の場でも活かされていないというのが現状だと思います。
工藤:高村さん、どうでしょうか。
日本は政権が変わっても外交交渉の姿勢は変わっていない
高村:国内的な状況については、今のお話の通りですが、それが国際交渉に与えている影響という意味でいくと、日本は先ほどの議論にもありました通り、京都議定書の第二約束期間には約束しないという立場です。他方で、国内の対策は進んでいないので、周りの国から見ると、国際的に25%は条件付きで掲げたけれど、実際にどうやってやるのか国内での動きがない、と。震災前からもそうでしたが、震災後はなおさら、25%の目標を下げるという議論も出てくる中で、空白は生じてもいいから、京都議定書は続けない方がいいという立場は、あたかも温暖化対策に背を向けていると、国際的には見られている気がします。そういった意味で、温暖化交渉の中での枠組み作りの発言力は失っている感じがいたします。
工藤:はい。蟹江さんどうですか。海外での発言をなかなか国民は知らないので。日本政府はどういうことを世界に向けて発言しようとしているのか、していないのか。後退しているのか。
蟹江:実際にこういう外交交渉は、政治家が出てくるのは最後のポイントだけなのですね。それまでは事務方が交渉する。その事務方が交渉しているポジションを見ると、やっぱり民主党の政権になる前のポジションとほとんど変わっていない、というのが現実ですね。25%削減をやるのであれば、それをてこに世界をリードできるぐらいの話だったと思うのです。当時、私はちょうどフランスにいたのですけど、日本が25%を発表した時、驚いていて、これからは日本に大きく期待するという雰囲気でしたけれど、ちょっと見てみたら交渉のポジションは変わっていない。もう少し変えていくのでしたら、アメリカが良い例なのですが、政権が変わると温暖化対策の担当者が変わります。少なくとも事務方のリーダーが変わって、そこでポジションが全く変わっていく、そういうところまで突っ込まないといけません。
工藤:日本はどうですか。全然変わらないですか。
蟹江:日本は全然変わらないですね。事務方、要するに各省庁の代表が出ていって、そこの間の力関係で決まるので、基本的に変わっていない。本当に25%削減するのでしたら環境に関する利益を前面に押し出してもいいと思うのですけれど、そういうポジションの変化は今のところ見られません。
工藤:確かにテレビで、国際交渉で日本政府として役人の人が発言しているシーンを見ていて、あれ?と思ったことが何回もあります。国内で民主党政権が誕生した時のイメージと違っているな、と思っていて、ここあたりが変だなという感じがします。
地球温暖化のアジェンダの位置づけは世界でどうなったのか
松下:温暖化対策の交渉ですから、各国の事情、国内産業に対する配慮が必要ですが、やはり地球全体としてこれからどういう社会を目指すのか、温暖化の危険がない低炭素社会に向けて、ビジョンを共有して、日本はそれなりの知識と経験を活かして貢献します、というポジションをきちんと出していかなければいけません。個別の、日本だけが損をするとか言っているようでは、国際的な説得力が無いですね。現在はむしろ、環境対策とか、再生可能エネルギーを拡大することによって、経済を発展させ雇用も確保できる、そういう取り組みが世界的に広がっています。日本は技術が進んでいるという自負があるのですから、そういうところを活かして国際的に関わっていくべきだと思います。
工藤:高村さん、もう1つ一般の人がわからないのは、だいぶ前は地球環境に向けて、EUも頑張って、アメリカもオバマさんが出て色々な法案を出して、非常に盛り上がり、まるで世界が環境という単一目標に向かって大きくチェンジするぐらいの勢いを感じていたのですが、その後全体的に地盤沈下というか低迷している風にも見えます。日本はもっとひどいのですが、世界的には地球温暖化というテーマに対してどういう状況になっているのですか。
高村:おっしゃったように、地盤沈下というか政治上のアジェンダの位置が下がっていることは現状として否めないと思います。オバマ政権にとって、温暖化対策はメインにして出してきた1つですが、なかなかほかの重要課題に時間を取られて、温暖化の法案自体も議会で通らない。ヨーロッパもご存じの通り、今の経済の状況の中でなかなか合意が得られない。EUの首脳会議の文書などを見ると非常に面白いのですが、温暖化というものは今まで大きな割合を占めていたわけですが、今は全体の中の1割にもならない。それは環境大臣クラスの会合を指示する形の確認でしかない。そうしたアジェンダの位置の低下は否めないと思います。
工藤:アジェンダの位置を、蟹江さんはどのように見ていますか。
蟹江:温暖化はもちろん温暖化の問題なのですが、私は、その裏返しとしてエネルギーの問題があると思います。化石燃料を使った結果、温暖化になるので、化石エネルギーから、再生可能エネルギーにシフトしていく、場合によっては原子力を使う、そういうエネルギーの話でもあるのですね。エネルギーの話になると、国際政治の一番肝の部分といいますか、国益に関係してくる部分ですから、各国とも自分の立場をどうしても譲れないようになってしまっている。ですから、温暖化とエネルギーのリンクを10年ぐらい前まではそれほど強く意識していなかったけれど、新興国が出てくることによって、本当に大事にしないといけないのだ、という認識が高まってきて、それと同時に国益がぶつかり合って、なかなか先に進まなくなっている、そんな状況なのではないかと思います。
工藤:はい。ここで非常に深刻な疑問が出てくるのですが、政治上、温暖化はアジェンダの位置が低下して国益上の判断もある、と。しかし地球温暖化の課題そのものは、それを理由に目をつぶってもいいものなのか、と。昔は、温暖化に伴って地球に様々な深刻な影響が出ると言われていました。今は気象の問題がありますよね。そこも含めて、今どんな状況なのですか。温暖化対策は休んでも大丈夫なのですか。
では、地球温暖化の状況は、一服を許す状況なのか
松下:気候変動の科学的評価についてはIPCCが5年に1回ぐらい評価を続けていて、現在第5次評価報告書の検討がされているはずです。今年起こった色々な事象、例えば最近で言うとタイの洪水ですとか、日本の和歌山を襲った台風ですとか、そういうことを見ても、気象が非常に変わってきて、異常気象とそれに伴う被害が増えていることで、体感としてわかることだと思います。IPCCのレポートでもおそらく明らかになってくるでしょう。先進国を中心として、地球温暖化のアジェンダが下がっているということは否めないと思うのですが、ただし、途上国が何もしていないかというと、そんなことはありません。例えば中国では第11次5カ年計画で、これはGNPあたりの二酸化炭素の排出削減ですが、大幅に40%以上削減します。インドも大きく下げる計画を作っています。途上国自身もそれぞれの国内の対策に積極的に取り組み始めていて、それが、それぞれの国の経済にとってメリットだったり、自分たちの国の被害を回避するという意味でも経済的合理性があったり、対策が取れれば進んでいっているわけです。多くの国が温暖化対策をする方が、経済的にも国際関係上もメリットがあるという仕組みをどうやって作っていくかということが課題だと思います。
工藤:政治上のアジェンダは下がっていますが、環境的なアジェンダとしては上位であるということは、変わっていないということでいいでしょうか。
高村:環境的なアジェンダとしては、今、松下先生がおっしゃったように、非常に大きな悪影響が将来生じかねない予測の結果も出てきていますので、間違いなく、非常に緊急なものとして、多くの人は認識しています。また、新興国の中で、エネルギー問題としては非常に関心が高くなっていると思いますね。それはもちろん、エネルギー需要に応えなければいけないというので、再生可能エネルギーを導入するとか、化石燃料の価格が高騰しているので、エネルギー効率を高めるインセンティブは非常にあって、エネルギー問題としてのアジェンダは常に高いです。そこをうまくとらえて、とりわけ新興国をこうした取り組みにどう誘うかということが重要だと思います。EUも最近の世論調査では、現在の経済状況にも関わらず、温暖化対策、交渉は積極的に進めるべきだという意見が8割を超えていました。ということで、世論としてバックアップする動きは、ヨーロッパでは非常に強くあります。
工藤:再生可能エネルギーも含めて、化石燃料をやめようという動きはあるのですね。
高村:動いています。
地球温暖化とエネルギーの政策はコインの裏表
蟹江:環境に関するアジェンダの政治的位置付けは実際問題、低くなっていると思います。しかし、エネルギー問題としては相変わらず高い位置付けであり、日本の震災対応を見てもそうです。その2つをリンクすることが忘れられている。実は2つは表と裏の関係なので、リンクする必要があると思います。もう1つは国際的な動きとしては、ちょうど来年がリオの地球サミットから20年なのですね、通称「リオ+20」と言われている会議が来年ブラジルで開かれますが、そこのアジェンダの1つが「グリーンエコノミー」なのです。「グリーンエコノミー」というのは裏を返せば温暖化対策で、いかに緑の開発をしていくか、緑の経済を発展させていくかということなので、言葉は違いますが、同じような考え方が世界のアジェンダの中にあることはあります。この前の東アジアのサミットやAPECで触れられているので、完全に忘れられているわけではないとは思います。
工藤:そうですか。EUはさっきお話にも出ましたけど、経済破綻の危機もありますが、地球環境に関してはリーダーシップを発揮して動いていましたね。アメリカの対策はどうですか。途中で法案が止まってしまいましたよね。
松下:アメリカにおいても、オバマ大統領が温暖化対策を進めるための排出量取引制度の法案を出したのですが、下院では通りましたが、上院で止まっている状況です。
工藤:それをもう一回やり直そうという意思はオバマさんにはあるのですかね。
高村:アメリカに関して言いますと、来年、大統領選挙と議会の改選を迎えますので、おそらくその結果が非常に大きなファクターだと思います。オバマ政権¬¬発足時に温暖化対策は中心的な議題だったのは間違いありませんから、再選があるとすると、大きな位置付けが与えられると思います。
松下:州レベルですとかね、産業界レベルではすごく進展があって、火力発電所は建設がストップされています。
工藤:そういう動きが始まったのは事実ですね。ここで休憩にします。