- 「ポスト・コロナの危機に向けて、柔軟性のある危機管理体制を構築すべき」
押谷仁(東北大学大学院教授) - 「危機管理で重要なのは政府への信頼」
マティアス・バルトケ(ドイツ連邦議員、労働・社会保障委員会委員長) - 「パンデミックへの備えの不十分さも感染拡大の要因」
ヤンゾン・ファン(アメリカ外交問題評議会(CFR)グローバルヘルス担当シニアフェロー) - 「スピードと透明性を確保した韓国政府の戦略が寄与」
ジー・ヨンミー(韓国疾病管理予防センター(KCDC)国立疾病研究所免疫学・病理学センター(CIP)ディレクター) - 「危機の中、政府一丸となった迅速で効率的な対応こそが政府の正当性につながる」
メリー・カベレロ‐アンソニー(シンガポール・南洋理工大学S.ラジャラトナム国際研究院非伝統的安全保障研究センター所長・教授)
今回インタビューには、新型コロナ対応に関わってきた国会議員、また専門知識で政府へ助言を行ってきた専門家ら5名が応じた。
初動で成功した東アジアの国々、過去の経験からの準備体制の重要性を改めて強調
「政府は適切に対応できたと考える」-韓国、シンガポールの専門家はそう回答した。両氏は、そのように判断する理由として、まず、初動の早さを挙げた。
その中で韓国は、2015年の中東呼吸器症候群(MERS)の経験を基に、韓国疾病予防管理局(CDC)の機能を強化してガバナンスを整え、検査キットのライセンスの規制の枠組みを作り、医療インフラ・機器や病院でのトリアージの整備、さらにリスク・コミュニケーションの手法も確立していたことが前提になったと語る。この枠組みのおかげで、韓国政府は、昨年12月末に中国が病因不明の肺炎の発生をWHOに通告してからすぐ、翌20年1月には政府は様々なアクションを迅速に行うことができたと評価している。
同じく政府の危機管理対応を評価するシンガポールのカベレロ‐アンソニー教授は、その理由として、シンガポール政府の素早い水際対策を挙げた。既に1月3日時点で武漢から、1月22日の時点では中国全土から訪れる訪問者に空港で発熱者のスクリーニングを開始し、症状がある人向けに隔離施設・体制の準備を進めてきた点を評価した。また、新型コロナ対応のため、1月の時点で各省横断型のタスクフォースが立ち上がり、政府一丸となって対応する体制ができていたことも効果的であったと加えた。そして、このように初動が早かった理由として、韓国同様に、過去のSARSや新型インフルエンザの経験から「パンデミック対策のインフラが整っていたこと」を強調した。
一方、日本は他の東アジアの国と異なる手段で初期の感染拡大を封じ込めた。言論NPOのインタビューにて、新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が「危機管理の文化」の不在という表現で政府側の準備不足を指摘したように、日本は、2009年の新型インフルエンザ後の「総括」で指定された課題点、政府の危機管理体制の整備、地方や専門家との連携体制の不十分であった。その上に、2月には、ダイヤモンド・プリンセス号での感染拡大の対応に追われた。
このため、専門家は、韓国やシンガポール、台湾のような対応は難しいと判断し、代わる手段としてウイルスの特性に基づいて生み出した「クラスター対策」で対応した。クラスター対策班を率いた東北大学大学院の押谷教授は、「日本は、比較的早く感染者を検知して、データを整理・解析することができため、独自の『クラスター対策』で挑み、中国を起点した第一波のほとんどを封じ込めた」と初期段階での日本の対策が効果をあげたと語った。
他方、初動の面では、遅れたのがドイツとアメリカである。バルトケ・ドイツ連邦議員は「当初、皆、このウイルスがいかに危険か分かっていなかった」と初期対応が遅れたことを認めた。ただ、ドイツの場合、3月初旬に隣国・イタリアで感染が爆発的に拡大、「すぐに国民の考えが変わった」という。その後、3月17日には、メルケル首相が国民に対し演説を行い、都市封鎖が行われ、省庁横断型の国家危機管理体制や連邦政府・16州の調整を行う仕組みをつくり、同時に医療体制、テスト体制の拡充を迅速に行ったことを挙げ、結果として「ドイツ国民の政府の危機管理対応への支持は高い」と評する。
アメリカは、1月31日に入国制限措置を世界に先駆けて行ったが、その後トランプ政権が緊急事態宣言を発出したのは、3月初旬。外交問題評議会シニアフェローのヤンゾン・ファン氏は、「このタイミングではウイルスに闘うには遅かった」と語る。さらに、入国制限措置を行った一方で、テスト体制、接触追跡、検疫措置など重要な対応は取られず、初期段階では政府は深刻に受け止めていなかったと話した。
その一方で、「パンデミックに対する事前の準備が大きく不足していた」と語り、これはトランプ政権以前からの政府の準備体制の不備に起因しているとした。過去の複数の感染症対応のシミュレーションで示された教訓が政府の方針に反映されず、関係機関の調整も遅れ、個人防護服(PPE)や人工呼吸器の国家備蓄を戦略的に維持することもできなかったといった問題点も挙げた。韓国やシンガポールと異なり、長年の準備の大きな不足が今回のアメリカでの感染拡大の要因であると語った。
危機管理のガバナンスと関係機関との調整能力
また、政府の危機管理対応を評価する上で、各国の専門家が重視した点の一つは、政府首脳が陣頭指揮をとり、その下で挙国一致して感染症対策に取り組む政府のガバナンス体制である。
シンガポールの専門家、カベレロ‐アンソニー教授は、首相が主導で保健大臣や各大臣が参加し、政府の各省が一体となって取り組む対策本部を早期に立ち上げたことを評価している。韓国もまた、政府の中央災難(災害)安全対策本部と韓国CDCの二つが司令塔となり、新型コロナウイルス対応に臨んだ。中央災難(災害)安全対策本部は、丁世均(チョン・セギュン)首相がトップを務め、首相自らが対策のイニシアチブを取ってきた。
加えて、国と地方の連携体制も重要な点として挙げている。ドイツも省庁横断型の対策本部を設立し、ここに各大臣に加え、州政府の幹部が集まり緊密に連携する体制を作った。バルトケ議員によると、「現在は州で方針が異なる面もあるが、初期段階ではメルケル首相の下、連邦政府と16州のトップが一致した対応を取る体制ができていた」と語る。
他方、この半年で感染者が300万人に達したアメリカ。外交問題評議会のヤンゾン・ファン氏は「連邦政府と州の間での調整がうまくいっていない」ことを大きく問題視した。当初は14日間連続での新規感染者減の場合のみ経済を再開することになっていたが、多くの州が守らず経済を再開したことから、中央政府―州政府の調整不足を露呈した。
日本でも、政府一体となったガバナンス体制、地方自治体との調整で様々な問題が散見され、さらに政府と専門家の関係も問題になった。専門家会議(現在は廃止)が政府に諮問するだけではなく、自ら記者会見を開き、独自の見解や提言を発表するなど「前のめり」になったことで専門家会議の役割の見直しが行われた。一方で、対策がうまくいったと評価されている、韓国、シンガポール、ドイツ各国にもそれぞれに科学的エビデンスから助言するチームはあったが、政府のタスクフォースの中で役割分担が明確に決められ、トップ立つ政府首脳が迅速に政治決断を行っていた。前述のバルトケ・ドイツ連邦議員は、「専門家はあくまでも科学的、疫学的根拠から諮問する役割に徹し、すべての決定は政府が行っており、その決断を国民も受け入れていた」と振り返る。
感染症対策で最も重要な目的は何か
ここまで、各国政府の危機管理対応とガバナンスを評価してきたが、その点で常に考えなければならないのは、対策の軸となる目標である。
日本の場合、クラスター対策班を率いた押谷教授は、「ウイルスの拡大を抑える上で、第一の目標は、医療崩壊を起こさないことだ」と明確に説明する。一方で、最近の日本政府の対応は、東京都を中心に過去最多の感染者数が確認されても、政府が以前のような経済活動自粛を求めるどころか、「Go toキャンペーン」を推し進め、逆の方向に向かっているように見える。目標に対する政府の曖昧な姿勢が露呈した。アメリカも再選を目指し、経済を維持するために前のめりになるトランプ政権の姿勢から感染拡大に歯止めがかからない。
シンガポールの場合、初動では効果的に感染を食い止めたものの、4月以降、外国人労働者を中心に感染が拡大。そのため、サーキット・ブレーカー(部分的なロックダウンに相当)を発動した。しかし、6月はじめに解除後も政府は依然として「国民の健康が最重要」として、慎重に経済の再開を進めている。また、ドイツの場合は、経済再開の一方で、感染症対応のため、明確な数値基準を設定。ドイツ政府は、過去7日間の新規感染者が10万人当たり50人を超えた自治体には直ちに制限措置を導入することを義務付けている。
経済・社会活動の維持と感染の封じ込めのバランスを取るのは非常に難しい。それでも、効果的に対策した政府は、人命を優先し、国が目指すべきゴールを明確に定め、国民とも共有しながら、経済の再開に慎重に挑んでいる姿勢が見られた。
経済対策の的確さと迅速さ
最後に、各国の経済対策である。7月上旬時点で、この5ヵ国は一部地域を除き、経済活動が再開しているが、これらの国々の経済対策はどのように行われたのか。
シンガポールのカベレロ‐アンソニー教授は、スピーディな経済対策は政府への信頼と正当性に関わると強く主張する。シンガポール政府は、中小企業や外国人労働者などの弱者向けに様々な経済対策を立て続けに打ってきたことを紹介しながら、これには、行政の効率的な仕組みが寄与したこと、そして、「迅速かつ効率的に経済対策を行うこと」への強い政治的意思があったと話している。
さらにドイツの経済対策の例は興味深い。ドイツ連邦議員のバルトケ氏によれば、「ドイツでは主に苦境に陥った中小企業や個人事業主を中心に経済支援を行った」と話し、経済自粛で損失を被った企業や個人を中心に的を絞り、資金支援を進めたことを紹介した。また、日本では、執行のスピードの遅さや巨額の外部委託費が大きく問題視されたが、ドイツでは、既存の仕組みを活用することで執行を迅速に行い、同時に政府の出費も最小限に抑える手法で実行された。例えば、経済支援は、各州の16行の大手銀行の融資の仕組みを活用する形でスピーディに実現。労働者支援でも、既存の「クルツアルバイト(時短勤務制度)」の仕組みを活用するなど既存の政府の枠組みを最大限活用した。
危機管理で最も重要なのは、政府への信頼
世界が未曽有の感染症の危機に立ち向かった半年間。各国は、それぞれの国が各国の事情に合わせながら、試行錯誤しながら様々な対応を取ってきた。どの国の手法が正しいと決めることはできないが、5ヵ国のインタビューの中で全員が重要性を強調したことがある。それは、政府への信頼である。
韓国、シンガポールの専門家両氏は、政府が取った様々な感染症対策、経済対策の例を紹介しながら、政府の対応に「国民の支持があった」ことを強調した。日本と同様にロックダウンを実施しないで感染封じ込めに挑んだ韓国は、「政府への国民の信頼があったので、市民が自発的に対応することが可能になった」と語る。
さらに、自身も連邦議員であるバルトケ氏は、「危機の際に政府が効果的に対応できるかは、国民の政府への信頼に左右される」と加えた。「信頼に基づき、政府が人々を説得できるかが大事である。そしてそのためにも政府は人々がきちんとついてくるような正しい行動をしなければならない」と締めくくった。
日本は、独自のクラスター対策の成果、国民の健康・衛生意識の高さと自発的行動で何とか乗り切ってきた。再度感染が広がる中、政府の対応への国民の信頼が改めて問われている。