言論NPOは、11月の大統領選挙に向け、9月~10月の間に「アメリカ大統領選と米中新冷戦」と題して、米中両国の経済・通商分野、外交・安全保障分野の専門家の専門家7氏にインタビューを行った。
第1弾は、経済・通商編である。2018年、トランプ政権が中国製品に対する関税第1段を開始してから過去2年間、世界第一位・第二位の経済大国である米中両国は関税のかけ合いを続けてきた。新型コロナのパンデミックでより二国間関係が悪化し、米国では大統領選を控えトランプ大統領の対中姿勢がより強硬になる中、米中の専門家3氏は現在の二国間対立の問題点、そして経済・貿易面での米中関係の未来をどう見るのか。
まず、レーガン政権で商務長官特別補佐官として日米貿易交渉を担当したプレストウィッツ氏、習近平・国家主席の経済ブレーンでもある林毅夫氏、姚洋氏が現在の米中関係をどう見ているのか、米中は「新冷戦」にあるのか、語りました。
- 「米中はもともと冷戦状態 -自由、民主主義国の価値を守るために、経済の中国依存から脱却を」 クライド・プレストウィッツ(米経済戦略研究所所長)
- 「中国が目指す世界秩序は多元主義であり、グローバル化の中でそれぞれの国の独自の道を容認する土俵をつくること」
林毅夫(北京大学国家発展研究院名誉教授) - 「アメリカの対中政策はアメリカ民主主義の失敗であり、中国経済にも大きな影響は与えない」
姚洋(北京大学国家発展研究院院長)
米中はもともと『冷戦状態』
「米中はもともと『冷戦関係』である」と断ずるのは、レーガン政権で商務長官補佐官として日米貿易交渉を担当してきたクライド・プレストウィッツ氏(経済戦略研究所所長)である。プレストウィッツ氏は、朝鮮戦争からずっと西側諸国対共産主義のソ連・中国という図式で冷戦状況にあり、80年代以降、中国がより市場経済化し、自由で民主的になることを望み、中国を経済面で支援してきた西側の思惑とは反対に、中国は独自の経済・技術のシステムを開発してきたことを指摘。「中国が国際システムにおける責任あるステークホルダー」になると欧米が信じていたことが間違いであり、最近のトランプ政権下での対中強硬姿勢で「冷戦化」したのではなく、米中はずっと冷戦状態にあったことを主張した。
対中圧力の目的は、米国の覇権を維持するということだけ
現在の米中対立について、「アメリカの対中圧力の最大の理由は、貿易不均衡の是正や知財保護ではなく世界の覇権を維持することだ」と主張するのは、習近平国家主席の経済ブレーンとして中国経済政策に大きな影響を与える北京大学名誉教授の林毅夫氏である。林氏は、現政権のやり方は、80年代にイデオロギー的な差異がない日本との間に生じた日米貿易摩擦の際と同様であると指摘し、中国のイデオロギーや政策とは関係なく、「世界唯一の超大国としての地位を守るため、中国に圧力をかけようとしているだけ」だと断ずる。
世界を分断しかねない米中対立の将来とは
米中双方が相手国の問題点を指摘し、アメリカは大統領選挙を控え、より対中強硬姿勢が目立つ。世界の二大大国の対立は今後どう展開するのか。
プレストウィッツ氏は、米中対立は、「米国と中国二国間の戦いではなく、権威主義体制とルールに基づいた自由主義秩序の戦いである」と述べ、「米国、日本をはじめ民主主義の国が中国に経済的、産業的に依存しすぎることは、その自由で民主的な価値を損ないかねないリスクである」と話す。その上で、自身が以前から主張する「デカップリング」やサプライチェーンの見直しの必要性について再度強調した。
一方で、アメリカによる中国切り離しに「双循環」という新しいモデルで中国側は対抗する。林氏は、中国のような大国は、GDPにおける輸出の割合は低く、実際は国内の経済循環が主体であると話す。同様に、北京大学国家発展研究院の姚洋氏も米国の対中強硬策の有効性を否定する。それは、中国は国内市場が十分大きく、アメリカで製品が売れないとしても、欧州市場や他の途上国の市場も合わせれば大きな影響はないからであり、「アメリカが中国を孤立させようとするやり方は失敗に終わる」と断言した。両氏はアメリカの対中制裁は、アメリカの利益になるどころか、中国の内需の拡大を促進し、核心技術の発展を自己開発を促すものになると論じる。
ルールに基づく秩序を壊しているのはどちらか
最後に、米中対立の中で最も懸念されることの一つはルールに基づく秩序や多国間協議の枠組みである。この点でも米中の三氏の意見には大きな隔たりがあった。
米国のプレストウィッツ氏は、「共産主義の中国が国際システムにおける責任あるステークホルダーになるのはあり得ない」と断言する。中国は鄧小平元国家主席の改革開放以来、したたかに外国の力を借り、経済を発展させてきたが、実際には中国経済は自由化されておらず、対外的には南シナ海の軍事化など強硬姿勢が目立っていることを指摘。米国や民主主義国が発展させてきた自由で開放的な国際秩序を自国の利益のために活用してきた問題点を伝えた。
これに対し、「国際社会のルールを守っていないのはアメリカの方だ」と述べるのは、習近平国家主席の経済ブレーンでもある林氏だ。通商面で中国が問題行動を起こしているのであれば、WTO仲裁法廷に持ち込むことが適切であると主張する。林氏は、「アメリカは80回以上訴えられ、多くの判決で負けているがその仲裁結果を執行していないどころか、上級委員の任命を拒み、紛争解決処理の仕組みを麻痺させている」と伝え、「アメリカは中国が国際法を守っていないとなぜ言えるのか」と問いかけた。
さらに、林氏は、米国は、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)や国際保健機関(WHO)、イラン核合意など様々な国際的な枠組みから離脱している点も示し、「アメリカは、自国に不利な状況になれば、ルールを違反し、既存の枠組みから離脱する。国際秩序を壊しているのは誰か」と迫った。
最後に、林氏が目指すべき国際秩序をして主張したのは、それぞれの国が他国の歴史、文化、伝統を尊重し、独自の道を歩むことを容認する「多元主義」である。西側のスタンダードが最も優れていると考え、異なる政治・社会体制を批判する欧米の一方的なやり方に反発する。
米中双方の主張は平行線が続く。貿易・通商をめぐる摩擦は、いまや安全保障・イデオロギー面での対立の色合いが濃くなっている。次回は、「アメリカ大統領選と米中新冷戦」の外交・安全保障編を掲載する。
西村友穗(言論NPO国際部部長)
大橋美咲、竹鼻明(オックスフォード大学大学院)、畑仁美(国際教養大学4年)