米中対立下で中国が打ち出した経済対策「双循環」とは何か

2020年11月26日

 10月14日、言論NPOは「米中対立下で中国が打ち出した経済対策『双循環』とは何か」と題して座談会を行いました。議論には、駒形哲哉氏(慶應義塾大学経済学部教授)、齋藤尚登氏(大和総研主席研究員)、関辰一氏(日本総研主任研究員)の三氏が参加し、司会は言論NPO代表の工藤泰志が務めました。


「健康コード」による感染拡大抑制に加え、コロナ禍での投資拡大や様々な"追い風"が経済回復の原動力に

200910_kudo.png 工藤がまず、中国経済が4-6月期のGDPがプラスに転換したことに言及しつつ、なぜ中国はコロナ禍で、しかも米中対立が激化する中で「いち早くプラス成長の軌道を回復できるようになったのか」とその要因について尋ねました。

 これに対し駒形氏は、情報通信技術と、非常に強力な社会管理の能力を発揮して、断裂したチェーンをいち早くつなぎ直したことが、早期回復の大きな要因との見方を示し、齋藤氏は「健康コード」によって徹底的に感染拡大を抑制したことが功を奏した、とした上で、日米欧との感染拡大のタイムラグも要因となったと指摘。日本などが生産できない時期に供給を一手に担ったことも原動力になったと分析しました。関氏は、中国がコロナ禍でもインフラや不動産、ハイテク分野への投資を拡大し続けたことや、世界的なテレワーク拡大を受け、パソコンやその周辺機器など中国が強みを持つ分野の需要の高まりも"追い風"になったと解説しました。

 一方、飲食業、観光業など接触型消費と呼ばれる分野については回復が遅れていますが、この点では齋藤氏が年末に向けて回復に向かうとしたのに対し、関氏はワクチン開発の動向、外出自粛継続の見通しなどを踏まえ、回復には時間がかかるとし、見方が分かれました。


米中対立の影響は短期的には軽微。"自力更生"が必要な半導体国産化は中長期的な課題に

 続いて、議論は米中対立に移りました。工藤は、対立が激化する中でも「中国は耐えているように見えるが、実際のところはどうなのか」と各氏に問いかけました。

 これに対し、現時点では対立の影響を跳ね返すための努力が成長にプラスに寄与しているし、ファーウェイに対する制裁についても、同社の人材やノウハウは他社に移すことが可能であるために、決定的なダメージを与えるには至らないとの見方が示されました。

 一方、あらゆる電気製品に組み込まれる半導体に関しては、まだ台湾系のものと比べると技術的格差は大きく、この点では「何年か大きな影響が出てくる可能性はある」と駒形氏は指摘。齋藤氏も、半導体国産化のためには"自力更生"が必要になるため、中長期的な課題になると語りました。


米中デカップリングには至らずとも要注意

 また、懸念される米中デカップリングについては、両国のみならず世界全体にとっても利益にならないことであることから、そこまでには至らないとの見方が相次ぎました。もっとも、齋藤氏は「全体の数パーセントの部分、特に安全保障に関わる部分ではデカップリングは起こり得る。その数パーセントが拡大しないように注意すべき」とし、関氏は、「第4次産業革命のキーとなる分野においては、中国も世界から締め出されることを恐れており、中国スタンダードの推進など備えは進めている」とも語りました。


「双循環」は既定戦略の延長に過ぎない

 続いて、議論は、習近平主席が提唱した「双循環」に移りました。工藤がこの「双循環」とはどういったものなのかを尋ねると、駒形氏、齋藤氏はともに何か新しい概念を打ち出したものではなく、これまでの発展戦略のkomagata2.png延長線上にあるものにすぎないと解説しました。

 駒形氏はさらに、「米中対立長期化を見越した"籠城戦"への覚悟も垣間見える」としつつ、「内需だけを過度に評価するのは誤り」と批判しました。


「双循環」の主役が体質を改善しない国有企業であれば失敗の可能性大

 一方、関氏は「双循環」の柱として、サプライチェーンの強靭化、消費拡大、海外リソースの利活用の三つを挙げましたが、これを受けて議論は、国家主導型の産業政策によって競争力を高め、国内基盤を強化していこうとすることの是非に移りました。

saito.png 齋藤氏は、産業政策を遂行する主役が一番の問題になると指摘。その主役が、競争で鍛えられず、ぬるま湯に浸かってきた国有企業になるのであれば、失敗する可能性は高いのと見方を示しました。

 駒形氏は、中国憲法には共産党の指導と国有企業が主体である、ということがはっきりと書かれている以上、国有企業が何らかのコミットをし、いつでもイニシアティブを取れるような形で、民間の活力と資金を活かしながら企業の所有制改革や産業組織編成がされていくのだろうと予測。この方向性は、共産党一党独裁の市場経済の形というのを、より新しい形に変えていくとしつつ、共産党の指導が必ず担保されるという限度での変更にすぎない以上、「やはり経済効率性からみれば限界はある」としました。

seki.png 関氏も、国有企業を成長著しい民間企業と実質的には合併させていくような形にしないと、「おそらく生産性は上がらない」ために、国有企業の強化は進むと予測。しかし関氏は、WTOから鉄鋼向け補助金を減らすように要請を受けた中国が、結果としてそれに従ったことを振り返りつつ、国際社会が足並みを揃えて「産業補助金をこれまでのようなやり方で国内企業に交付するべきではない」と強く働きかけていけば、方針を変える可能性にも言及しました。


その他の構造改革も不可欠。ただし、「双循環」にはその視点はない

 次に工藤は、今後の中国経済にとって必要な改革とは何かを問うと、齋藤氏は、国有企業の競争力を強化するための改革に加え、それと表裏一体の問題として、債務残高が膨れ上がっている銀行改革であると回答。関氏は、それらに加え、戸籍制度改革や少子化対策にも踏み込んでいく必要があると語りました。もっとも関氏は、「双循環」の中にはそうした構造改革の視点は盛り込まれていないと懸念も示しました。


「国の形」による限界はいずれ訪れる。カギは海外との協力に目を向けられるか

 議論を経て最後に工藤は、今後の中国経済の行方について、より強くなっていくのか、それとも弱体化していくのか、その予測を各氏に尋ねました。

 駒形氏は、創業が活発で新たな若い経営者が続出する中国の活況は当分続くとしつつ、ネックとなるのはやはり、国の形すなわち共産党体制であると指摘。「そもそも今後の経済計画を話し合う最初の会議が、共産党の会議であるというところに、いろいろなことが示されている」と示唆しつつ、ここまで経済規模が大きくなって、様々なステークホルダーを抱える中では、中国国内でも共産党の論理だけでは対処できない事態が出てくると警鐘を鳴らしました。

 齋藤氏は中国の今後を占うヒントは香港にあると指摘。「言論や報道の自由を抑圧して、民主派と呼ばれる人々が選挙にすら出られない状況になっている。こういう状況はもう嫌だ、と思えば人は移動することができる。資本も出て行くことができる。今後三年ほどの間に、香港で何が起きるのか。これをみることで中国の将来というものもある程度予想できるのではないか」としました。

 関氏は、14億人の国内市場だけでなく、海外にも目を向け「人的交流や、貿易、投資を進めていくことができるかどうか。それが中国の成長の天井の高さを決めていく」と指摘。同時に、「今後の第4次産業革命の中で、重要になるデータの取り扱いなどである程度譲歩しながら、ルールを他の国々と一緒に作っていくことができれば、中国のサービスもより世界で使ってもらえるようになる。それは中国の産業の高度化につながるし、所得の向上にもつながる。引いては持続的な成長につながっていく」と語りました。



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