2011年6月13(月)収録
出演者:
生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授、元東京大学農学部長)
丸山清明氏(前中央農業総合研究センター所長)
増田寛也氏(野村総研顧問、前岩手県知事)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
第1部 被災地の農業をどう復興させるのか
工藤:こんばんは。言論NPO代表の工藤秦志です。さて、言論NPOでは、3月11日の東日本大震災以降、「言論スタジオ」と銘打ち、様々なテーマで議論を行っています。今夜は、『被災地の農業をどう復興させるのか』と題して、話を進めていきたいと思います。まず、ゲストのご紹介です。言論NPOのマニフェスト評価委員で農業分野を担当してもらっています、名古屋大学大学院生命農学研究科教授の生源寺眞一先生です。よろしくお願いします。
生源寺:よろしくお願いいたします。
工藤:次に、農業技術研究陣営の第一人者で、東京農業大学客員教授の丸山清明さんです。よろしくお願いします。
丸山:よろしくお願いします。
工藤:最後に、前の岩手県知事で総務大臣も務められた野村総研顧問の増田寛也さんです。よろしくお願いします。
増田:よろしくお願いします。
工藤:さて、東日本大震災からの復興について様々な議論を行ってきたのですが、もう1つ考えなければいけない大きな問題が、農林水産業の復興の問題です。これは、5月16日の数字なのですが、農林水産の被害がその時点で1.8兆円。特に農業関係で見ると、2.4万ヘクタールが津波で海水に浸ってしまったということです。その中で水田が2万ヘクタール。それから、原発事故での放射能汚染の影響もあり、出荷制限や風評被害など、農業問題は非常に大きな事態になっていると思います。
この他に、漁業や林業もかなり深刻な問題に陥っているという状況があります。この問題をどう解決しているのかが、今回のテーマです。まず、みなさんが被害の実態をどのようにご覧になっているかということから始めたいと思います。農業以前に農村が破壊された
生源寺:私自身は、実際に現場を見たのは、宮城県の平坦地なのですが、岩手県、福島県にも色んな被害が広がっていますが、先程の海水に浸った2万4000ヘクタールのかなりの部分は宮城県の平坦部です。実際に、5月の始めに被災地に足を踏み入れて現場を見てきましたが、とにかく言語を絶するというか、言葉を失うような状況でした。
それで、多少は揺れの影響もあるとは思いますが、やはり津波の影響が非常に大きい。一気に押し流されてしまって、水田であったことは分かりますが、瓦礫が散乱している状況でした。私が行った時は、震災から既に1カ月半以上経過していましたが、それでもかなり瓦礫が残っていました。それから、いわゆる塩害という形で言えば、おそらく津波を被ったところは、大なり小なり塩害の状況にあると思います。その中でも、私が非常に印象深かったのは、例えば、道路を走っていくわけですが、その道路が最終的な堤防の役割をしていて、道路の左端は見るも無惨な状況なのに、ところが右端は全くの無傷というところもありました。ですから、今回の震災の場合、本当にひどい状況のところと、幸いにも無傷であったとところの差が、非常にはっきりしているということがあります。
それから、生産基盤が物理的に破壊されていますから、農業の被害ということはもちろんですが、同時に農村の集落が壊滅的な状況になっているわけです。一番ひどいところは、本当に根こそぎやられてしまっています。そうでないところも、半壊・全壊という状況ですから、農業の問題以前に農村というか暮らしも破壊された、こういう言い方ができるかと思います。それと、もう1つ別の要素を持っているのが、福島の第一原発の影響かと思います。これは、まだ最悪の状態から脱していない状況が続いていますし、食品、あるいは農産物や水産物に対する世界の日本に対する信任が無残に崩れたという意味では、オールジャパンの問題でもあると思います。
工藤:増田さんも結構、東北に行っていますよね。農業を立て直すには国に役割が大きい
増田:今、生源寺先生がお話しになったように農業の被害は大きく、被害は仙台平野を中心に出ています。
私は岩手県の知事をしていましたから、隣県から見ていたことが多かったのですが、米はひとめぼれをつくっているのだと思いますが、非常にいい米の産地です。後、名取市辺りは、カーネーションの大産地です。これは、少し内陸に入っていたところかもしれませんが、5月の母の日のあたりに、ごく僅か残ったカーネーションを被災地の脇の道路で売っている姿がありました。本来であれば、カーネーションをその時に合わせて市場に出す、東北では有数というか、一番の地域で、日本でも1、2を争う産地だったと思います。で、秋にかけて菊などの栽培が行われているような地域です。いずれにしても、水田・農業・花卉栽培などで、非常に強かった地域ですから、これをどういう風に元に戻していくのか。更に強いものにしていくかということが、産業の復興を考えると非常に重要な問題だと思います。沿岸地域の水産業の問題も非常に重要ですが、特にこの農業の問題をきちんと考えていく必要がある。
もう1つは、今、少し話題になりましたが、原発ですね。この風評被害がとてつもなく大きいわけですが、例えば、岩手県の水産物では、戦略的に海外の方に出していた物が、全部お断り状態になっているわけです。農業についても同じような扱いになっています。お米は昨年の秋に収穫しているわけで、本来は原発とは全然関係ないわけです。ただ、名前が宮城県とか岩手県とか、東北だということだけで、もう勘弁してくれという状況になっています。
私は、農業を被災地域できちんと再興させなければいけないと思っていますが、産業については2つ課題があると思っています。モノ作りについては電力が非常に不安定です。これは、冷蔵施設の関係もあり、水産についても言えることですが、農業もその影響は免れないと思います。あと、食べるということについては、風評被害が計り知れない大きな影響を与えてくるのではないでしょうか。ですから、農業を元に戻すということについては、やはり、今の産業の状況からいうと、国が中心となって、財政支出を考えていかなければならない部分が多いと思います。一方で、風評被害についていえば、これは国際的な枠組みでこの問題を考えていかなければならない。ただ、国の信頼感も全く地に落ちているというか、日本政府自体がこの間、ひっくり返っていますから、非常に、根が深い大きな問題だと思います。
工藤:丸山さんは農業技術部の面で、色んなことを研究されていると思うのですが、ここまでの被害というのは、これまでに体験されたことありますか・
丸山:いえ、全然ありません。
工藤:どのような状況に見えていますか。
丸山:2万ヘクタールが一瞬にして塩水に浸るそれだけではなくて、その後、津波によって水路や、ビニールハウス、もちろん住宅も次々となぎ倒されている。それから、農機具は雨にあたるぐらいならどうってことは無いのですが、塩水に浴びてしまうと、機械モノは大変弱くて、外見は大した傷がないようなのですが、実際には使えない農機具が沢山できてしまう。ところが、体力のあまりない高齢者の農家が、高いトラクターを買えるか、という問題があります。あるいは、水路を直すといっても、これまで延々と築き上げてきたものを、またつくり直さなければいけない。大きな技術的な問題点があろうかと思います。また、原発の方は、別の技術的な問題点が生じています。例えば、セシウム137という放射線同位体は、カリウムと間違って植物の中に入り込んでしまいます。そうすると、それがまた人間の口から体内に入っていく。あるいは、ストロンチウム90は、カルシウムと間違って体の中に入っていく。しかも、両方とも半減期が30年という規模ですから、ヨウ素131のように1週間経てば半分になるというようなものではありません。実際に放射性物質が一部とはいえ、大体20キロ圏に拡散してしまっている。これをどうするか。ただ、拡散した放射線物質というのは、表面にあるわけです。ですから、昨日も中央農業総合研究センターが表面の土を剥がして、その上で代掻きして田植えをしたら、どのぐらい稲が放射性同位体を吸収するかということをやっています。ただ、まだそのような段階で、しかも時間がかかる。津波とはまた違う、技術的に解決しないといけない問題を抱えていて、非常に頭が痛い状態だろうと思います。
水田の回復と農地の「除塩」をどう進めるか
工藤:この農業の問題は、今の原発関連と、塩水を被った水田をどのように回復させればいいかなど、その解決するためのアジェンダによって、色々異なってきます。今日は、特に、津波の影響で壊れてしまっているというか、塩害にあっている問題をどう直していけばいいのか、というところについて、話を集中させていきたいと思います。原発の問題は、また別な時にやろうと思っています。
さて、結局、農地の復旧ということは、瓦礫やヘドロを除去して、塩を抜かなければいけない。それについて話を聞いていると、3年ぐらいはかかるとか、かなり時間とコストがかかるという話を聞きました。僕も東北出身なのでよく分かりますが、かなりお年寄りが多いですよね。つまり、今、農業の復旧に、これからまだ何年もかかっていくという状況の中でやっていくと、かなり大変な作業になるわけですよね。
政府はこの前の第一次補正で、色々な対策をやったのですが、今の対策の方向というのが、次の復旧なり、再生の糸口になっているのでしょうか。生源寺先生、どうでしょうか。
生源寺:2万4000ヘクタールのうち、2万ヘクタールは水田で、かなり塩水を被っていると。近頃は、ほとんど説明なしに使われるようになった「除塩」という作業が必要です。これは、丸山さんの方が詳しいと思いますが、水を湛えて、その中に塩を含ませて排除するようなことを繰り返し行うことになるのですが、原理そのものはそんなに難しいわけではありません。問題は水を湛えて、その水を排水するというオペレーションをできるかどうか。宮城県の平野部は元々低い地域ですから、海からの水を防ぐために堤防ができているわけです。それから、農業用水もそうですが、中に貯まった水を外に出すためにポンプで強制排水をしていたわけです。そのポンプがほとんど壊滅状態なわけです。そうすると、通常の農業用の水を排水するということも、もちろんできないわけですが、除塩の作業のための水の供給なり、それを外に出すということができないわけです。ですから、順番としては、排水ができるような形の基幹的なインフラをまず整備して、その後、除塩の作業をするということだと思います。今のところ、幸いにもポンプが壊れていなかったところについては、除塩の作業を既にやられていて、おそらく、先ほどの一次補正で3分の1ぐらいまで除塩の作業ができればいいな、ということだろうと思います。ただ、その後のポンプがどうにもならないところについては、まだ絵が描けていないのではないか、と思います。
今、工藤さんがおっしゃったように、お年寄りの方、あるいは、お年寄りではなく働き盛りの若い人にとっても、いつ復旧・復興の目処がつくのかという時間的なスケジュール感というものが非常に大事だと思います。いつになったらどうなるのかということが分からない、ということが一番厳しい状況だと思います。
工藤:丸山さんに、技術的なことをお伺いしたいのですが、水浸しになった農地については、何をしなければいけないのですか。
丸山:水浸しではなくて海水浸しですが、普通の水浸しだったらそんなに悩まないわけです。これは、海水を抜くということは、例えば、八郎潟の干拓とかが挙げられます。あれは、元々塩水でしたが、今は、あそこは立派な水田になっています。何をやったかというと、やはり、ポンプで塩を抜いて、数年で真水になりました。ですから、同じように数年かかってしまうかもしれない。ほとんど平坦地ですから、せっせとポンプで抜かないといけない。真水は用水から入れるか、あるいは雨を期待するか。やがては塩の濃度は下がってきますが、それをいつまでできるのか。先程、生源寺先生がおっしゃいましたが、その工程ですよね。例えば、3年後には平気だと思えば、みんな納得してくれるとは思うのですが。
工藤:それが、いつまでにできるかが見えないわけですか。
丸山:排水作業をやっていないところは、結局、塩水が貯まったままになっているのではないでしょうか。
工藤:塩水がずっとあると、つまり、塩水が残っている時間が長ければ、どんどん土地がダメになるとか、そういう感じなのでしょうか。
丸山:土地がダメになるわけではありません。塩水を抜けば、また元に戻ります。それをどのぐらいのスピードで、できるのかということです。そのために、どれだけ努力ができるかということです。
工藤:今は、瓦礫や土砂がまだあるのですよね。
増田:かなり整理はされてきたと思いますが、まだ少しあると思います。
丸山:あと、水路がないと水田にはなりません。
増田:今、生源寺先生がおっしゃいましたが、私が見に行ったところも、要するにポンプが徹底的にやられていました。だから、下の方が水に浸かっている。上の方はまだ浸かっていないのだけど、ここの田んぼに水を入れると、下の方に水が流れてきて、整理できなくなってしまう。
生源寺:水が捌けないところですね。
増田:だから、津波での被害をかろうじて受けていなくても、通常であれば水を入れて田植えをできるところが、今年1年はできない。と、いうことで、被害がもっと拡大している。だから、農業者にとってみると、大変な状況になっています
工藤:それでは、ここで一旦休息を入れて、話を進めていきたいと思います。
6月13日、言論NPOは、言論スタジオにて生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授、元東京大学農学部長)、丸山清明氏(前中央農業総合研究センター所長)、増田寛也氏(野村総研顧問、前岩手県知事)をゲストにお迎えし、「被災地の農業をどのように復興していけばいいのか」をテーマに話し合いました。