2011年6月13(月)収録
出演者:
生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授、元東京大学農学部長)
丸山清明氏(前中央農業総合研究センター所長)
増田寛也氏(野村総研顧問、前岩手県知事)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
第3部 強い農業をつくろう、という現場の声こそ大事
工藤:休憩中にも議論が弾んでいたのですが、さっき増田さんが2.4万ヘクタールの農地をとにかく早く回復させるということを合意して、目標にするべきだという話があったのですが、そういう目標の立て方でよろしいでしょうか。同時に、強い農業をつくっていかなければいけないということもあるのですが。
増田:人によっては、内陸部の方では遊休農地もあるぐらいで、そちらの方までは津波はこないわけですから、あそこの土地を農地として、被災農地については除塩でお金もかかるし、農地で存在させるのは止めにして、内陸の方に移った方がいいのではないかとか、色々な議論がないわけではありません。
ただ、私は、隣県の知事としてずっと眺めてきましたが、宮城県は生産性の高い極めて優良農地です。これは、お二方のご専門家の方々にお聞きすればいいと思いますが、私から見ても、非常に優良な農地で、3年ぐらいで除塩も終わると思うので、きちんと元に戻して、強い農業経営ができるようにするということが大事だと思います。それについて、できるだけ早く意思統一をするということが、今後の強い農業をつくるためにも必要と思います。
実際に経営するのは現場の農業者
工藤:生源寺さん、どうでしょうか。今の、農地を戻すということと、強い農業をつくるという流れ、あるいは道筋が、今の政府の中で描かれていっているのでしょうか。
生源寺:高付加価値、あるいは低コストの農業ということも、政府は掲げているわけです。それはそれで、私も異論はないし、違和感はありません。が、強い農業をつくるという声なり動きが、やはり現場から出てくることが大事だと思います。
今のところ、ビジョンを国や政府が語る、あるいは県が語る。しかし、最も大事なのは、非常に力強い現場からの動きです。例えば、イチゴの栽培されている方々が自ら立ち上がる話とかあるいは、生産組織の話とかもあります。こうした現場からの動きは、まだまだ点に過ぎないと思います。もう少し面として立ち上がってくるような環境をつくっていくということは、大事だと思います。
工藤:なにが必要ですか。
生源寺:集落が農村の1つの単位ですが、私は、集落だと狭すぎるような感じがします。平成の合併の後ですから旧村といいますか、小学校区ぐらいのひろがりの中で、一度、どういう形で地域の農業を立て直していくかということについて、話し合う場をつくる。今は、避難しておられる方もいらっしゃるわけですから、話し合うこと自体が難しいのですが、そういう場をつくる。地域の中には、もともと農業者の夢もあったのだろうと思います。それがなかなか実現できなかったということもあるのだろうと思います。それを、心ならずとも、ある意味で条件がリセットされたわけです。これをうまく利用する。私は、震災を外の人間が利用するかのような議論をしてはいけないと思います。
工藤:震災を利用するな、ということですよね。
生源寺:言い訳にしたり、あるいは日頃からの自分の主張を通すために、震災を利用するとかいう話も無くはない。それは、やはり、慎むべきだと思います。ただ、被災者は禍い転じて福となす権利があるのだと思います。だから、これまでは夢としてあったけど、なかなかできなかった。ある意味でリセットされて白紙で描くことができるような状態になって、これならば、ということがあると思います。そこは、そういうことを議論しあうような、あるいはリーダーシップをとるような人が先頭を走っていく、こういう形が生まれるような環境なり枠組みをつくるということが、市町村、県なり、国がやるべきことで、舞台はつくるけど、実際に経営をするのは農業者なわけです。集落を再生するのも、そこに住んでいる住民ですから、最終的には住民が決めないといけない。
政策の基本は、現場の頑張りを支えること
丸山:結局、日本全体の構造としては、高齢農家があって、一方では、若くて30ヘクタール、40ヘクタールの農地を持ち、人を雇って法人経営などで頑張っている経営者はいるわけです。一方では、お年寄りで自給的に食べて、地域を支えている。大部分は小さな土地をやっているのですが、今は、だんだん二重構造になりつつあって、農業で儲けるのだというところでは、必ず息子が後を継いで、嫁さんが来ているというたくましい農家もでてきています。震災にあったけど、そういった若くても頑張っていて、これを機会に農地を集積して、新しい経営をやってみようという若者も必ずいると思うのですね。そういう若者を助けていくとか、邪魔をしないとか、そういうことが大切なのだと思います。
工藤:なるほど。今、この番組を聴いている、視聴者から、政府が機能していないのに民間だけでがんばれるのか、というかなり厳しい意見がありました。
増田:機能する政府をつくるということは、今の日本の状況では迂遠な話なので、国民なり民間で頑張るしかないような気もしています。
例えば岩手の県北でも、畑作でもの凄く大規模な農家があるのですが、残念ながら、大規模ですが、あちこちに農地が飛んでいる。宮城県のこういうところを見ていると、権利調整は大変だと思いますが、交換分合だとか、換地だとか色々なことをやって、農地をできるだけまとめて、経営を強いものにしていくということが、まさに農協を始めとする関係者の最大の使命だと思います。
そのことによって、政府を通じて相当な公的資金を入れる理由も成り立ってくる。そして、民間資金をもっと活用するような道をもっと開いていくべきではないかと思います。農業というのは関係者が非常に多く難しいのですが、その柱になるのは、最終的には農業者自身の意欲です。今はこういう状況で、気持ちも萎えて、迷っている人もいるでしょうから、次世代の人達が意欲を持ってやれるようなところに狙いをつけてやっていく必要があると思います。現地で話を聞いていると、農業機械等でみなさん相当な借金を抱えているわけです。あの借金を延長したり、小さな額なら無しにしてもいいとは思います。そういうことを早くやって、前に進むための経営意欲を引き出せるようにすることが大事なのでしょうか。
工藤:生源寺さん、色々な報道を見ていると、被災地の農地を、そうした農家の意欲を引き上げるのではなく、国有化すべきという議論があったり、またこれまでの農政自体が兼業農家も含めた農家の戸別所得補償政策で年間8000億円ぐらいかかっています。一方で、集約化して強い農業をつくっていくという議論があります。農業に対する方向感がバラバラになっているのではないか、という疑問があるのですが、この辺りはどうでしょうか。
生源寺:国有化の問題は...
工藤:国有地にする。
日本の農政の方向をリセットする
生源寺:それでまた、売り渡すという話かもしれません。それを、農協の関係の方々がおっしゃっているようです。古い形から、一度、更地になったものを、新しい形にどうつなげていくのかということが先にあって、その場合に、手法として一度国有化にしたほうがいいかとかというのなら分かります。ただ、とにかく国有化してもう一度戻せばいいという話は、中身の問題がないので、ちょっと論評しづらいところがあります。もう1つの戸別所得補償、これは民主党政権になってからできあがった政策ですが、特に米については、兼業農家、要するに販売がある農家は全部ということで、善し悪しは別として、いわば被災地に限定しない全ての農家に関する政策ですから、被災の問題、復興の問題とは別だろうと思います。
但し、1つ言えることは、鳩山政権までの民主党の農政というのは、小規模農家を大事にするということを非常に強調してきたわけです。ところが、昨秋の菅総理の所信表明演説以降、農業の競争力を強めるという方向に大きく転換したわけです。完全に転換しきったかどうかはよくわからないところがありますが、そこのブレというものが、被災地の農業の復興だけではないのですが、日本の農業全体にとって、非常に不透明感をもたらしているようなところがあるのだろうと思います。やはり、そこは国として政策の方向をブレない形で、リセットする必要があるかと思います。
仙台農地は強い農業が実現できる
工藤:増田さん、強い農業をつくるということを、どう考えればいいのでしょう。
増田:日本全国、農業が抱えている問題はそれぞれの地域にあります。多くの地域は中山間にあったり、どうしても地形上ハンデを負っているところは多いのですが、今回被災にあった仙台平野の農地は、非常に強い農地が展開できるのではないかと思っています。北海道の十勝にも引けを取らないぐらいもので、農業としてここまでやれるという、東北の素晴らしいものを展開していけばいいと思います。そのためには、大規模化とかそういうことがあって当然いいと思いますし、生源寺先生が言われるように、むしろ農業そのものが強くなる結果として、農業者にうんと収入が入ってくるようなことを、実現すべきと思いますし、ここで実現できると思います。
工藤:若い人が、農業にどんどん入ってこないといけませんよね。
増田:きちんとした経営ができれば、農業後継者は必ず育ちますから、あそこの土地を、一番いい形でどのようにつくっていくか、ということを考えなければいけないと思います。
工藤:丸山さんどうでしょうか。
丸山:私も、増田さんと同じ考えです。やはり、農家は儲かっていないと話にならないです。補助金なんていらないよ、と極端に言うぐらいの農家が沢山でてきてほしいと思っています。でも、一方では、農村はある意味で、高齢者が生活する場ですから、それと両立するためには、一定程度、経営が成り立つためには広い農地が必要です。農地の権利調整、集約化はとても難しくて、この間、日本の農業がずっと悩んできました。制度からいっても、土地所有の形態から始まり、ずっと悩んできたことなのですが、ここは中山間ではありません。増田さんがおっしゃるように、このために改良された広い水田なのだと。そこでは、大規模な経営が成り立つのだろうと思います。その経営が、結果的には地域を支えていくことになるように、関係者が頑張ろうとする経営者を応援するとか、あるいは、邪魔しないようにする。
工藤:さっきから、邪魔をしないようにとおっしゃっていますが、邪魔があるのですか。
丸山:実際には、そういう実態が残念ながらあって、撤退してしまう若者もいるわけです。頑張っている若者を助長して、結果的に強い経営が地域を守るのだということに納得していただきたいと思います。
被災地農業の立て直しは3年が我慢の限度
工藤:時間も迫ってきましたので、一言ずつ。被災地の農業の立て直しには、かなり時間はかかると思いますが、どれくらいの時間軸で考えるべきなのか。その際に何が決め手になるのかということを、一言づお願いします。
生源寺:農村の時間軸は長いと思いますが、それでもやはり3年、1年に1回田植えをするとして、3回あたりが我慢の限度かなという感じがします。
工藤:それまでに、立て直しが必要ということですね。
生源寺:それから、今後の農業においては「自分で値段を決めることができるような農業」ということが、1つのキーワードになると思います。市場に出荷したら終わりではなくて、お客さんに対して自分で加工して自分で値札をつけて売ることができる。そういう農業も大事です。既に、やっている人もいますが。
政府は「希望の目標」を示すべき
丸山:先程、生源寺先生もおっしゃいましたけど、今回の震災を機に、禍を転じて福となるように、福となるためには、被災者に希望を持たさなければいけない。わかりやすい、明るい目標を、政府が示すということがとても大切かと思います。
立て直しには、農業者と消費者の対話が大切
増田:農業者と消費者が、きちんと対話できるような農業経営みたいなものを展開できるといいなと思います。逆にいうと、大消費者は東京などになるのだと思いますが、例えば、仙台の消費者の人たちが可能な限り、被災地の農業を支えるようなことが展開できれば、非常にいいなと思います。
工藤:ということで、時間になりました。今日は、「被災地の農業をどう復興させるのか」と題してお送りしました。この問題は、これだけで終わるわけではないので、今後もどんどん続けていこうと思っています。
次週は、6月23日の19時から原子力の問題を取り上げて、政府の原発対応を科学的根拠に基づいて総括してみたいと思っています。ぜひご覧下さい。
みなさん、今日はどうもありがとうございました。
一同:ありがとうございました。
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6月13日、言論NPOは、言論スタジオにて生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授、元東京大学農学部長)、丸山清明氏(前中央農業総合研究センター所長)、増田寛也氏(野村総研顧問、前岩手県知事)をゲストにお迎えし、「被災地の農業をどのように復興していけばいいのか」をテーマに話し合いました。