風評被害を乗り越え、食品の安心をどう取り戻すか

2011年7月03日

2011年7月2(土)収録
出演者:
生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授)
澤浦彰治氏(グリンリーフ株式会社代表取締役)
阿南久氏(全国消費者団体連絡会事務局長)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第2話 食品の安全で政府の役割はどこにあるのか

工藤:それでは引き続き議論を行っていきたいと思います。今、休憩中にも議論が進んでいたのですが、結局、これはかなり複雑というか現代的だし、構造的な問題が結構あるのですが、少なくともこの風評被害、風評被害ではない要素もかなり見えてきたのですが、それをどういう風に解消していけばいいのか。解消するというか、解消に向かうサイクルに入らせるかということだと思うのですが、その流れをつくるために何が必要かということについて議論したいと思います。


 まず政府の問題から考えないといけないと思います。さっき、消費者庁の動きがかなり遅れていたと。つまり、消費者に対して一番必要な食物の汚染とか被害ということについて、誰もが知りたい時にほとんど何もしなかった。暫定基準が出され、その範囲内では安心だという話があった。千葉で出荷制限になったホウレン草が出回っていたことがわかったとか、色々な話が出てくる。そうなってくると、まず政府側の行動に対する信用力の回復ということをどう考えていけばいいのかということが1つあると思います。政府が何を言っても信用しないとなってしまうと、これはかなり厳しい事態だと思います。そのあたり、阿南さんはどうお考えですか。

政府は行動の順番が逆<

阿南:そうですね。今までの政府の政策を見ていますと、まあ、信頼されない土壌がつくられてきたと思います。今回の放射性物質汚染についても先程お話しました通り、後手後手の対策がとられてきたといえますので、信頼を回復するためには本当にどうしたらいいのか。これはもう至難の業だと思いますけども、やはり、安全を優先させる仕組みに変えていくしかないのではないか。例えば、日本では原発が全国に50基以上ありますが、その近くには必ず測定スポットを設けておいて、常に監視・測定していて、いざという時にはすぐに対策がとれるようにしておくとかです。

 要するに行動の順番が逆でしたね。これは政策と呼べるようなものがなかったということではないでしょうか。事故が起こってから、基準値を決めて対策をとるのではなく、あらかじめそれは危険なのだから、最悪の事態を想定して、こうなったらこうするということをはっきりとさせておくことが重要だと思うのですね。それでしか信頼回復の方法はないと思います。

工藤:生源寺さんはどうですか。

生源寺:まず、政府自身もそうですけど、政府の役割を改めてきちんと認識することです。これは今、阿南さんもおっしゃいましたけど、例えば、ある産業の利害を忖度して手心を加えるとか、そういうことをしない存在である。あるいは、利益相反というか、こちら側につくかあちら側につくかと迷うようなことはしないとか。実はそういう意味では、食品安全基本法だとか食品安全委員会をつくったというのは、まさにそういうことをするためにやったはずなのですね。それで、個々の事例についてはいわゆるリスクコミュニケーションだとか、あるいは、リスクを評価する側と管理する側を分けるとかいうことを個々の部分についてはある程度進めてきたと思っていたのですけど、今回の深刻な事態に向き合った時に、実はそれが脆くも崩れてしまったということがあると思いますね。だから、まさに国民の安全を守る立場からの政府の役割をもう一度確認する。本当に、いわばそれが崩れてしまっていることが今の問題なのです。
 もう1つ、非常に深刻なのは、私は放射能のことについてはまったく素人というか専門外ですが、専門家の方がおっしゃっていることを聞いていると、どうもかなり幅があるわけですね。そういう意味ではこれは7、8年前に『エコノミストは信用できるか』(東谷暁氏著)とか確かそんな本があったと思うのですね。マクロ経済学を専門としている人を、過去に色々おっしゃっていることを点検して、この人は信用できるとかできないとか。まあ、槍玉に挙がった方はかわいそうだったかもしれませんけど。だけれども、やはりこの科学者は信用できるかどうかということを、科学の観点から評価することも必要という感じがします。もちろん、何年か前に言っていたことと、今おっしゃっていることが違うというのは論外ですけど、今の政府はわりと何か行き当たりばったりで人をリクルートしているような印象があって、尚更そういうことを感じます。


消費者行政の立ち位置を再認識すべき

工藤:はい、今のお話は本質的なテーマなので、それ自体後日、議論したいと思うのですが、まず、政府というのは消費者の安全のために全力を尽くすという立場、立ち位置を鮮明にして、それを信用してもらう努力をしなければいけないということですね。消費者庁なり消費者行政が、そのような立ち位置になっているかということです。もう1つは科学のアカデミアの分野に、それを評価する仕組みがない。本来であれば、本だって書評というものがあったり、それだって読者、ある意味、顧客から厳しいチェックがあるわけですね。その顧客の民度というか市民の強さが社会の強さを決めていくという流れがあるのですが、どうもそのあたりを僕たちは軽視したのではないか、という問いかけです。澤浦さんどうですか。さっき消費者庁をあまり知らなかったと言っていましたけど。

澤浦:消費者庁ができたのはよく知っています。最初に取り上げたのが例のこんにゃくゼリーを喉に詰まらせたというやつでしてね。あれを見ていて、消費者庁というのは怖い所なのかなという風に思っていたのですが、消費者を守る、そういう正しい情報を出して消費者に安心してもらえるような材料をちゃんと出していくという視点での動きをするというところだという考えは、自分にはなかったです。消費者庁は、あくまで生産者を監視することにずっと力を注ぐところなのかなという誤解をしていました。今日の話を聞いてそれは誤解だとわかったのですが。実際、今の状態、自分は学者ではありませんが、日本って過去に原爆を2回経験していますし、それから1960年代に世界各国が核実験をして、その放射能を浴びているという経験があるわけですよね。その時の事実と比べて、今がどういう状態なのかということも検証してみると、今がどのくらいの危険度にあるかということも、これは事実としてわかるような気がしています。

 数字だけ出た、出ないで話をしていると、出ない方がいいに決まっています。そうするとどういうことが起きるかというと、実は私の身体から7000ベクレル、体重が重いですから私は10000ベクレルくらいの放射能を発している。そうすると、一番危険なのはうちの女房で、一番被曝しているわけです。それをブログに書いたら、外部被曝と内部被曝は違うと書き込まれちゃって、確かにそうだなあと。でも、よくよく考えてみると、どこにでも放射能はあって、自分自身も発している。少しその辺を冷静に比べる必要があるかなと思います。先日、ある会合でいただいた資料なのですが、国立がん研究センターが調べた資料で、広島・長崎の原爆で1000ミリシーベルト被曝した人と被曝しない人のがんの発生率を比べた場合、1.5倍だったそうです。それと比べて、喫煙者と喫煙者でない人のがんの発生率が1.6倍という風に考えると、何かそこに安心できる材料があるのではないか。そういう判断をするための情報というのも今だからこそ必要かなと思います。完璧を目指すということでいったら、みんな精神衛生上よくなくなって、逆に危険になると思うのですね。


消費者意識の転換はどうしたらできるのか

工藤:ある意味で、マーケットでいうところの底を打つというのがあるじゃないですか。ここまで来たらもういいというみたいな。消費者の気分が大きく変わるという転換にはまだなっていないですよね。

生源寺:なかなか難しいかもしれませんけども。私、今ちょっと頭に浮かんだことですが、96年にイギリスでBSEの騒ぎが再燃したことがありました。要するに人間にもという話です。その時の当初の発表が、いわばサイエンスをベースにしていたものですから、「人間が牛肉を食べて感染する危険はきわめて小さいもののようである」。直訳するとそんな書き方なのですよ。何言っているかわからないのですね。しかし、「ゼロである」とは言っていない。そうすると、これはもう危険なのだということで、ワァーと騒ぎが広まってしまった。1週間後に当時のイギリス政府が、1週間前に出したステートメントは科学的な言葉で書いてあって、普通の言葉で言うならば安全だと説明した。私は、これはやはりまずいと思うのですよ。やっぱり、情報は情報としてきちんと出した上で、ゼロのリスクはないのだけども、しかし、これはもうほとんど考えなくてもいいくらいのものであるということを、きちんと粘り強く説得することも大事だと思います。普通の言葉で言えば「安心だ」とただ、言い切ってしまうというのは、ある意味で消費者を馬鹿にしている話だと思います。そうすると、その時は収まっても、もう一度また同じことを繰り返すような気がします。

工藤:この前、中国と韓国の大統領が来て、被災地のものをおいしく食べている姿を見せて、安心だとか言っているけど、それで、消費者は安心だと思うのでしょうか。

阿南:その方が、なおさら怪しく思ってしまう。

工藤:では、どうやったらこの安心感が出てくるのでしょうか。


水産庁は水産物の汚染を調べていた

阿南:私たちはこの間、放射性物質汚染問題について何回か学習会をしています。消費者として正しく行動できるようにちゃんと学ぶことがという目的です。その学習会に水産庁の方に来ていただいた時に、実は水産庁は研究機関で、ビキニの水爆実験があった頃から、水産物の検査をしているということを聞きました。アメリカや中国などが何度も核実験をしましたがその影響についてもフォローしてきたそうです。また、放射性物質が魚の体内に入った時の移行の仕方や排出、筋肉や骨への溜まり方についても詳しく聞くことができました。

工藤:やっているのではないですか、ちゃんと。

阿南:ええ、そこで初めて、やっていることがわかったのです。そういう情報って大事で、そういうことを聞くと、何となく安心できる気がします。消費者自身が正確な知識と情報を得ていくということが重要だと思うのです。

工藤:今回の農産物汚染に関しては、もう4ヶ月くらい経ちますが、消費者の意識は変わってきているのでしょうか。

阿南:最初に放出されたヨウ素は半減期が短いのでもうほとんど影響が出なくなっています。今はセシウムのような、半減期の長いものが問題になっていて、実際にお茶などから検出されているわけです。ですから、今後は海域の検査を充実させていくとともに、土壌や河川の汚染の影響も考えていかなければなりません。

工藤:そっちが今度不安になっているのですね。

阿南:はい、葉物だけではなくて根菜類もちゃんと検査していきましょうということです。やはりどういう検査体制を敷いて、何を検査するのか。消費者にその情報をどうやって出していくのか、ということをはっきりと示すことが必要だと思いますね。

工藤:毎回、スポークスマンがちゃんと説明したらどうですかね。1週間に1回でも。誰も説明する人はいないのですか。

生源寺:農林水産省にも報道官が。
工藤:いるでしょ。
生源寺:個人的にも立派な方がやっておられますけども。
工藤:その人、発言しています。多分出ていないですよね。
阿南:出ていないですね。


消費者は納得しないと買わない

工藤:でも、最終的に消費者は納得しないと買わないですよね。

阿南:買わないです。

工藤:だから、安心と言われても、その安心ということに信用を持つとか、何かをしない限り変わらないわけですよね。それをどういう風に作っていくかという状況だと思うのですが。

澤浦:そうですね、まず、現状はもう変わらないわけです。ですから、解釈の仕方だと思うのですよね。まず1つは正しく現状を伝えていくということ。これは生産者としても、正しく現状を伝えていくという努力をしていくということも大事だと思います。できる限りのことはやって安全を担保していくような行動をとっていくということも必要だと思います。今は群馬とか茨城でもどこでも、自分が群馬だから群馬の話になってしまうのですが、ほぼ1週間に数回サンプリング調査をして、それをどんどん公開しているのですね。それで今、群馬県内ではほぼ検出はもうないのです。ですから、そういう情報をどんどん出しながら、それであとは自分たちのお客さんとコミュニケーションを取って、これについてどう考えるというのを議論したり、意見のやり取りをしたりするしかないのかなという感じがします。

阿南:生産者の皆さん方も大変頑張っていらっしゃって、そういう情報をちゃんと消費者に出していこうと、消費者とのコミュニケーションを図っていこうという取り組みが今、進められています。

工藤:それは農水省とか、政府とか関係ない話なのですか。

生源寺:まあ、関係あってももちろんいいのですけど、むしろ、政府も学ぶべきかもしれない。情報の発信という意味ではですね。私はそう思いますけどね。

工藤:なるほど、確かに今の生産者と消費者とのコミュニケーションの蓄積が圧倒的に大切ですね。一方で、政府としては政府としての信頼、安全。自分たちの立ち位置を含めて、それを国民に信用してもらう。というところからでないと再スタートを切れないかな、という感じがしました。もう一回休憩入れます。

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 7月2日、言論NPOは、言論スタジオにて生源寺眞一氏(名古屋大学大学院生命農学研究科教授)、澤浦彰治氏(グリンリーフ株式会社代表取締役)、阿南久氏(全国消費者団体連絡会事務局長)をゲストにお迎えし「風評被害を乗り越え、食品の安心・安全ブランド再興のためにどう取り組むのか」をテーマに話し合いました。

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