北京-東京フォーラムで何が語られたのか

2011年11月17日

2011年11月7日(月)収録
出演者:
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
小島明氏(日本経済研究センター研究顧問)
加藤青延氏(NHK解説主幹)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


2部:言いっ放しから、協力の実を求める対話へ

5つの分科会にハイレベルの人たちが参加

工藤:では、議論を続けたいと思います。私も、今回の対話はこれまでの6回と何か違うなという印象を受けました。今までも議論はかなり、本気に行われるのですが、一方で、お互いにやり合いになってしまって、互いの主張を言い続けるということがあったのですが、今回は、さっきも加藤さんがおっしゃったように、共通の何かができ始めた、という感じがしました。

今回5つの分科会が行われたのですが、1つは「メディア対話」ということで、高原先生と加藤さんに参加いただいた対話です。日中のメディア同士、また世論調査に関係するような知識を持っている方々に参加してもらっています。それから、「経済対話」には、一線の経営者や小島さんみたいな、経済問題、日中関係やグローバル経済について発言できるハイレベルの人たちが今回集まりました。そして、「政治対話」。これは日中の政治家同士が対話するのですが、開催国の大学生が政治家に直接、意見をぶつけて議論をするという形をとっています。それから、「地方対話」というのは、日中の首長の人たちに参加してもらっています。今回も京都府知事とか長岡市長、あと新潟県知事も参加しました。それから、「外交・安全保障対話」、これは尖閣問題を含めた安全保障の問題を本気で議論しようということで、本当にハイレベルの人が集まりました。この5つの分科会を同時に行いました。僕は、裏方で色々な分科会を見たのですが、一番気になったのは「メディア対話」でした。メディア対話では、これまでの対話とは違う感じがしたのですが、何が違ったのかということを、高原さんと加藤さんから話していただきたいのですが、まず、高原さんからお願いできますでしょうか。


中国メディア側もいろいろ反省の声

高原:過去1年、大きな事件が2つあったわけですね。1つは、尖閣沖の漁船衝突事件、それから、もう1つは東日本大震災。その2つの大きな事件の際の両国のメディアの報道振りを振り返って、反省しようではないかと。その場合に相手を批判するだけではなくて、自己批判もちゃんとしようではないかということを最初に呼びかけたわけです。そうしましたら、日本側から東日本大震災の時に、もう少し真実を追求できなかったのか、という声が予想通り出てきたわけです。ところが、大変驚いたことに、中国側からも尖閣漁船衝突事件の時の色々な反省の声が出てきたわけです。きちんと事実を確認しないで報道してしまったとか、あるいは、文脈は別でしたけど、新華社の報道を名指しで批判する人民日報の幹部であるとか、そういった人たちが出てきました。いい意味での大変な衝撃を感じたわけです。だから、一部のジャーナリストの間ではナショナリズムや国に引っ張られたり、あるいはコマーシャリズムに押されて、商業主義に流されたりということはあるのだけど、何とかしてジャーナリストとして、ジャーナリズムをその間に屹立させたいという意志を私は強く感じました。

工藤:今の話は、日本から見れば当たり前なのですが、今までなかったことですね。加藤さん、どうでしょうか。

加藤:私は、前にも一度このメディア対話に参加させていただいたことがありました。その時は、中国のメディアとの話は、異質の相手と話をしているな、という感じがしました。中国のメディアというのは、当然、政府の宣伝機関という役割を果たしていますから、ともかく国益重視で国のためにやるのだ、という意識が非常に強い。日本のメディアはむしろ真実を追求する、それが我々の役割だということで、公益のためにやるのか、国益のためにやるのか、という議論をしていたわけです。ところが、今回、彼等と話しあっていて、どうも違って来ているのですね。

丁度、大きな地震もありました。それで、福島原発に20キロの制限区域が設けられていますが、中国のメディアもそのギリギリまでヘリコプターで飛んでいって、それでかなり取材をしていました。そういうのを私たちも見ていて、よその国に行って、しかも、ヘリコプターで飛んで言って被曝することもあり得るわけですから怖いわけです。ですから、今回のメディア対話では、中国のメディアの方が随分先の方まで報道したのではないか、という誤解まで生まれたくらいです。もちろん、我々もちゃんと取材はしていました、ということは言いましたけど。中国のメディアが非常に、日本の災害を必死になって追いかけていって、原発事故で今どういうことが起こっているのだろうか、あるいは周辺でどういうことが起きているのだろうか、ということを克明に追いかけていこうとしているわけです。その勇敢な姿を我々も見まして、随分、中国のメディアはがんばっているなということを感じました。

工藤:それは、凄くがんばっていますね。


中国メディアの頑張りに共感

加藤:その後に、例の高速鉄道の事故がありました。その高速鉄道の事故で、自分の国なのにガンガン攻めていったわけですね。それで色々な問題点を洗い出したり、遺族の人たちの鉄道省への不満とか、鉄道省のやり方に対して、もの凄く色々、率直な意見を出してきた。今度、逆に政府からブレーキがかかって、もうやるなと言われているのに、むしろ現場のジャーナリスト達は、自分達がこれをどうしても伝えたいということで、掟破りをして報道して処分を受けたりしている状況の中で、今回のメディア対話は行われていたのです。ですから、私たちは対立する相手と言うよりは、むしろ、お互いに闘う仲間のような共感さえ覚えました。特に、新京報という、メディア対話の後に共産党の管理下におかれてしまったのですが、その人も来ていたので、我々も見ていたけど、あなたたちの報道は凄いね、ということを伝えました。そうしたら、彼等も自分達が、メディアとして伝えたいことを伝えるのだ、という意気込みが我々にも伝わってきました。
今までの対話だと、何となく罵りあいとか喧嘩みたいな状況だったのが、何か、ジャーナリストとしての共感というものを、ひしひしと感じるような対話でした。もちろん、政府の立場もあるし、中国の政府からの色々な規制もあるでしょうから、それは私たちとは比べようもないぐらいの手枷足枷があるのでしょうけど、その中でも彼等は何かやりたい、ということが見え隠れしていました、だから前は、あなた方は国のいいなりで、宣伝機関みたいじゃないかということを言ってきたのですが、我々も逆に責められず、もうちょっとがんばって、という何か不思議な対話になりました。

工藤:これ、高原さん、どういうことなのでしょうか。

高原:色々な制限があるということを愚痴るような発言も幾つかありました。例えは、ボスがいて、ボスの顔色を見ながらやらないと仕方がないだろとか、なかなかメディアは世論の潮流に逆らうことは難しいですよとか、我々も非常に共感できるようなことを、率直に言っていました。

工藤:どうして、今回、そういう話になったのですか。去年まではそういう話はありませんでしたよね。

加藤:そうですね。むしろ、体質の違いが浮き彫りになって、お互いに違うのだ、異質なのだということでしたからね。

工藤:やはり、同じ取材の戦場を共有したからということなのでしょうか。それとも、ツイッターを含めた環境の変化なのでしょうか。

高原:そうですね。さっき加藤さんがおっしゃった、新しいメディアの存在が、彼等を刺激しているのではないかなという気がしています。自分達が報道できないようなことが、そういった新しいメディアを通して、多くの人に伝わるようになってしまっているわけですよね。そうすると、自分達は一体何なのか、誰なのか、というアイデンティティが、非常にシャープに問われるようになってきているのではないか、という気がします。

工藤:これに対する感想を小島さんに聞く前に、サンプル数は49人と少ないのですが、言論スタジオの前にアンケートの話を少しします。先程から高原さんと加藤さんがおっしゃっているように、メディア対話で中国社会の変化が垣間見える一面があったのですが、「あなたは中国社会で何かの変化が始まっていると思いますか」ということを質問したら、60.8%の人たちが中国に何かの変化が始まっているのでは、と思っている、ということでした。ただ、回答者の中にはメディアの人たちも多いのですが、やはりインターネットの普及の問題とか、市民の問題意識の変化とか、政府に対してものを言うような動きが出てきたのではないかというのが理由でした。そういうことを理由として、社会に於ける何かの変化があるのではないかと。ただ、それがずっと自由にいくものなのか、という問題はありますけど、そういう声が寄せられました。小島さんは、今の話を聞いていて、どうでしょうか。


中国当局はソフトランディングを重視しているのでは

小島:そういう変化を中国の政府自身がどう捉えているか。やはり変化はあるのでしょう。しかし、変化が急激に走り出しますと管理不能になる。あれだけ巨大な人口社会ですから、安定したレジームに乗せるためのソフトランディングというのは非常に重要であって、その辺りは中国当局もかなり神経質に見ているのではないでしょうか。それから、インターネット規制も入ってきたりしているので、徐々に変えていこう、と。急に変わってしまうということに対する危機感というのは、あるのではないかと思います。

高原:さっき加藤さんがおっしゃったように、夏までは割と鋭く政府なり、鉄道省を批判していた新聞が、共産党に接収されたりする、そういうことも起きています。10月に開かれた共産党の中央委員会総会では「文化」ということが大きなテーマになって、やはり管理を強化していこうというラインも出てきているので、まだ共産党の主流の考え方が変わったわけではないですね。中央宣伝部というお役所があって、きちんとメディアを管理するということが重要な職務でありますので、この土台、大きな枠組みというのは揺らいでいないのだけれども、色々なメディアが出てきて管理も難しくなってきた、というせめぎ合いの揺れが非常に大きくなってきているという印象です。

工藤:ツイッターなどの新しいメディアが参加していたから、メディア対話の議論になったのか、それとも、今まで管理されたものが変化し始めたということなのでしょうかね。

加藤:相乗効果的なものがあるような気がします。元々、メディアを使って地方の腐敗などを暴き出そうという監督機能を持たせようという考え方はあって、そういった調査報道みたいなものは、中央の体制を覆さない程度には許し始めたところはありました。それにツイッターなど新しいインターネットメディアの登場によって、悪を追求しようという意識がもの凄く強くなっている。その中には、当然ながら今の共産党の体制自体をおかしい、というような考え方ももちろん含まれていて、それが1つのジャーナリズムの中に溶け込んでくる、という効果が出てきているのではないかと思います。

工藤:小島さん、段々時間がなくなってきたのですが、去年の日中共同世論調査では、中国は経済成長について自信満々でした。

小島:特に、2008年のアメリカでリーマンブラザーズが破綻して、アメリカモデルはダメだというようなこともある。

工藤:そうです。それで、自分達の国はアメリカを抜いてしまうみたいな感じですよね。

小島:それから、最近は、ヨーロッパのギリシャを支援しようとかいうことを中国政府が言い出したりしている。

工藤:なので、中国は去年、かなり自信満々だったのですが、この1年の間に少し消極的な見方も出てきている。経済対話では、こういう問題について何かあったのでしょうか。


中国側は経済発展モデルの転換を強調

小島:おそらく中国側がフォーラムで非常に経済について関心を持ったのは、今年の3月に全人代で採択した第12次5カ年計画の中身が、これまでとかなりトーンが違ったからです。私は中国が専門ではありませんが、ある意味では1992年に鄧小平さんが、黒いネコでも白いネコでも、ネズミを捕ればいいということで、ともかく先富論で高度成長ばく進路線を敷いたわけです。それがずっと続いて、確かに高度成長はしたのですが、それに伴う歪みが出てきたわけです。その歪みがかなり社会的な問題になってきて、それをうまく管理しないと、今言われていたような新しいメディアの動きもあるし、来年はレジームチェンジでトップが替わりますよね。そういう中で、正統性の担保として、新しい経済の方向を考えなければいけない。

中国側の全員が、経済の議論では、経済発展モデルの転換を言っていました。これまで通り走るのではなく、クオリティであり、イノベーションである。それから、格差を無くす、あるいは環境に優しいし、エネルギーもあまり使わない。そういうことを考える。それから、バブルも防ぎたいということでした。そこまで来ると、日本から学ぶことはあるじゃないかと。それをちゃんとやらないと、レジームの正統性がこれから一層問われる、ということを今回の会議でも本気で真剣に議論している。

工藤:すると、経済対話においても1つの転換だったということですか。

小島:今度の5カ年計画は、ある意味では高度成長ならいいという鄧小平路線からの卒業であって、ポスト鄧小平路線ではないかという風に、経済的には見られています。

工藤:でも、日中の経済協力ということに関しては、やろうという意識なのですか。


中国側は日本の中小企業に強い関心を示す

小島:それを考えると、日本とは、まだまだ協力をお互いにしないとダメだ、日本が必要だということが、中国は逆にわかったのではないでしょうか。環境技術に関しても、相当な努力をしている。省エネもそうですし、イノベーションの在り方もそうです。それから、盛んに中小企業のことを言っていました。中小企業が非常に地道な努力でイノベーションをやっている、それが日本の醍醐味だ、あるいは、技術をリードしているのだ、と。従来、大企業ばかりと話をし、関心を持っていた、と。なぜ中小企業と言っているかというと、1つは、全体の考え方の違いと震災です。東北に世界の産業全体に影響を与えるようなサプライチェーンがあり、産業を支えていたわけです。

また、被害があった後、電力不足や放射能の問題、円高などが重なり、中小企業が苦しんでいるのなら中国にいらっしゃい、ということがある。つまり、サプライチェーンは日本の強さだ、と、だから中国でも持ちたい、ということがあるのですね。それは、東芝でも松下でもなくて、中堅・中小企業なのですね。だから、凄い秋波を日本の中小企業に対して送っている。それはやはり、経済の運営の仕方において、中身を変えて行こう、と。量から質、経済の質と構造変化、それが、彼等がしきりに言っていることです。全体会議の経済対話でも言っていましたが、経済の発展モデルの転換です。彼等にとっては、非常にきつい言葉です。

工藤:その転換について他の人にも聞きたいと思ったのですが、一度、ここで休憩を入れます。

報告   


 『北京―東京フォーラム』は日中関係が厳しく、反日デモが続いた05年の夏に北京で始まったもので、今年の8月末には7回目の対話が北京で行われました。

放送に先立ち緊急に行ったアンケート結果を公表します。ご協力ありがとうございました。
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