北京-東京フォーラムで何が語られたのか

2011年11月17日

2011年11月7日(月)収録
出演者:
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
小島明氏(日本経済研究センター研究顧問)
加藤青延氏(NHK解説主幹)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第3部:中国経済の抱える問題点と日中協力の意義

工藤:それでは議論を進めます。今、ちょっと話が途中になったのですが、非常に面白い議論なのでもう少し進めたいのですが、事前に行ったアンケートで、「中国経済はこのまま順調に成長しますかと」と質問したところ、70%位の人が、これまでのような成長はできないのではないか、と回答していました。一概には言えませんが、今までの僕たちの世論調査でも、中国の経済成長の可能性を消極的に見る人はいましたが、7割ぐらいもいるということはありませんでした。それが、先程の転換ということに表れているのかもしれません。ただ、休息中にも話をしたのですが、中国経済は転換しなければいけないという局面にきているのかもしれません。しかし、それができるのか、という問題があります。その辺りについて、高原さんはどのように思われたでしょうか。


中国の構造転換はむずかしい

高原:やはり、難しいというのが結論なのですが、今、大きな国有企業が、いわゆる国民経済の要のセクター、インフラであるとか、あるいは国防産業なのですが、そこが寡占状態で稼いで、そういった企業で働いている人は、給料が上がって調子がいいわけですが、そういう大変に調子のいい部分と、賃金が上がらない部分とはっきりと分かれてきている。この構造を果たして変えられるのだろうか。だからこそ、一生懸命、中小企業を育成して、底上げをしようという意図はよくわかるのですが、最近も中小企業に対する金融がうまくいっていない。資金繰りで大変苦しんで、夜逃げしたり、飛び降り自殺したり、そういう中小企業が増えてきているということは、大変重要な問題として温家宝総理も心配していて、浙江省に飛んだりしているのが実状です。

そうした構造転換が難しいということは、みんな分かっているのですね。何も新しい課題ではないのです。もう20年前から構造転換をしなければ、あるいはこれまでのようなインプットをどんどん増やして、成長すればいいではないか、ということではなくて、質的な向上、効率を上げるようなものに変えなければいけない、ということは20年前から言っているのに、一向にできない。では、これからできるだろうかと考えたときに、多くの人が悲観的になっている、これが中国の現状ではないかと思います。

工藤:加藤さんはどう思いますか。


中国共産党は、人間を変えていかないと、という強い危機感持つ

加藤:私も、まったくの同感なのですが、そういった現状に対して、今の中国共産党は非常に危機感を持っているという風に思います。最近、中央委員会総会というのが開かれまして、新しい決議、決定を出したのですが、そこで凄く切迫感を持ってやらなければいけないということで、ソフトパワーとかモラルとかいうものを強調している。それは経済的なシステムやメカニズムではどうにもならない、むしろ、人間を変えていかないと、いいものをつくれないのではないか、ということに気付き始めたのだという気がしています。

東日本大震災で、日本のコアになるような幾つもの中小企業が打撃を受けた。そうしたら世界中のものが止まってしまった。気がついてみたら、世界の90%以上が、そこでつくられていた、というような凄い会社が沢山ある。翻って中国を見ると、中国の中小企業で潰れたら世界中が止まってしまうところがあるのか、と言われればないわけですね。日本がそういうことができるのは、日本にクラフトマンシップ、いわゆる職人気質みたいな、物作りに対する心があるのだ、と。そういうところから変えていかないと、いくら経済メカニズムでコントロールしたり、競争社会でやらせても、結局お金のためにものをつくるという発想しかできないので、いいものがつくれない。おそらく、そういうところに気がつき始めて、できるかどうかは別として、何とか物質的なものだけではなくて、心の部分まで中国人を変えていかないと、もう今の体制は変わらないぞという決意表明が、最近あったのではないかという気がしています。

工藤:小島さん、中国の政治なり経済的な大きな変化、何か変わらなければいけないという流れになってきて、非常に難しいのかもしれませんが、日本から見れば、やはり中国にちゃんとしてほしいわけですよね。日本もちゃんとしなければいけないのですが。

小島:日本の構造変化も20年前から言われていますけど、全然変わらないという状況です。


日本の経験を中国に伝えることも必要<

小島:一番の悪いシナリオは、中国が色々な改革もやらず、社会的な格差が広がり、環境劣化もひどくて社会問題になり、政治問題になり、混乱することです。これは、最悪のシナリオですね。その影響は、公害が日本に届くというだけではなくて、最悪の場合は、大量の難民の問題もあるでしょう。ですから、日本にとって中国が健全な格好で、安定した格好で持続的な発展を続けてくれるというのが一番いいわけです。その意味では、大きくなる中国が、あまりに大変動しないように、資金が必要だとか、具体的な技術を出してくれというのではなくて、日本のこれまでの経験についても、どんどん情報を提供しながら一緒に考えていく、そういうような協力が必要だと思います。

日本はプラザ合意後、バブルが起こりました。それはなぜ起こったのか。そして、バブルがはじけた1991年以降、なぜこんなに色々な問題が起きてきたのか。政策的にどこがまずくて、どこが良かったのか、ということを中国の専門家は一生懸命勉強しているところです。それは、全部、これから中国が直面するであろう、あるいは既に一部直面している問題に対して、日本の成功の経験だけではなくて、失敗の経験も含めて、客観的に学んでいこうという空気がかなり出ています。そういうことを研究するために、日本を訪ねる経済の専門家は結構います。

工藤:一方で、日本が巨大になっていく中国、その中で、軍事的な問題もありますよね。今日は、外交・安保の分科会に参加した人は来ていないのですが、私も、外交・安全保障対話を覗いたのですが、凄く白熱していました。空母を何でつくったのかというところから始まっていました。色々な対話のチャネルがないとダメだ、ということを私も痛感しているのですが、少なくとも、日中関係は今後どうなっていくのか。どういう風にしていかなければいけないのか、ということを考えないと、と思っています。
日本も毎年首相が変わってしまうので、どういう風な形を目指しているのか、よくわからないところがありますが、私たちが8月に公表した日中共同世論調査では、5割ぐらいの日本人が日中関係は悪化していると回答していました。逆に、中国人は、5割ぐらいがいいと思っているのですね。ただ、昨年に比べて20%位下がってはいます。だから、少なくとも、日中関係が悪化しているのではないか、と思っている国民が増えたのはこの1年間を見れば事実なのですね。

この問題も事前アンケートで聞いたのですが,意見は分かれてしまうわけです。悪化する、変わらない、よくなる、というのがそれぞれ3割ぐらいいるという状況です。こうした中で、、私たちの民間対話に問われる役割は何か、ということについてはいかがでしょうか。加藤さんからお願いします。


13億の民が豊かになる手伝いをしたい

加藤:私は、日中関係はもの凄く重要な二国間関係だと思っています。これはなぜかというと、日本は中国を豊かにする力がある、逆に、中国は日本も豊かにする力があると思っているからです。いわゆる、相互補完関係のようなものがありまして、もちろん中国が空母をつくったり、変な戦闘機をつくったりして、日本を脅かすような国になってほしくない、これははっきりそう思っています。私は、中国が大きく、強くなるということはあまり好ましいとは思っていないのですが、中国が豊かになることはできるだけお手伝いしたいと思っています。つまり、貧しい人たちも沢山いるのですが、13億の人たちがみんな豊かな暮らしができるように我々はお手伝いできるだろうと思います。逆に、中国も、今の日本は何となく経済も低迷して、後ろ向きな考え方の人が多いかもしれないけど、中国のパワーだとか色々なものを日本と共有していくことによって、私たちも豊かになり得るという可能性があるわけです。そういうところをお互いに追求しながら、お互いに豊かになっていける。対立や喧嘩、脅かすのではなくて、豊かになるような方向に持っていくようにしていけないかなと思っています。それを一番感じますね。

工藤:小島さんどうでしょうか。


日中の行動でアジア経済全体が変わる

小島:歴史的に見て、日本と中国が同時に大きな経済発展をする瞬間というのは、今が初めてなのですね。その結果、両国を合わせた経済というのは、大変大きな影響力を持つようになったわけです。アジア経済に限れば、本当に日中の行動によってアジア全体が変わってしまうということだし、世界的に見ても重要であると。一方で、第二次大戦後のアメリカ中心のレジームというのは、相対的に変化しています。それはドルの下落やグローバル・インバランスということで、アメリカは依然として対外赤字を重ねて、それをファイナンスするために借金を重ねている。それが、リーマンショックみたいになるわけです。そういった世界の経済の仕組みが戦後六十数年経って、大きく構造が変わってくる。そういう中で、日本と中国の2国が、近隣同士で大きな存在になっている。中国も初めてグローバルな経済や政治の仕組みについて、やはり自分の1国でやるのではなくて、一緒に議論して、一緒に発言したほうが影響力がある、という言い方をこの会議でも何度もしていました。やはり、ある意味で、自分達の可能性と、どうやったら力を発揮できるかということを、ちゃんと日本と議論しながらも、考え始めたということではないでしょうか。

工藤:最近の状況を見ていると、中国が大きくなるから、みんなでパワーバランスを均衡させるために色々な国が組んで、中国を押さえるようなそういう議論のほうが、今は強くないでしょうか。

小島:やや、そういう気持ちがあるかもしれませんが、もっと突き放してみると、中国は急に大きくなった自分達のプレゼンスや影響力を喜んでいるわけです。しかし、将来的には戦後のアメリカみたいに、重要な覇権国のような機能を果たすでしょうけど、今は、そういうことをやる歴史的な戦略や政策はないわけです。ただ、プレゼンスを喜んで、自信を持っている。国全体は統治しないで、セキュリティ上や安全保障上の問題が出てきたり、個別の問題が色々と出てきているわけです。それは、中国が新しい大国として世界の秩序づくりに参画するための学習過程だということで、それに対しては、絶えずメッセージを送らなければいけないので、プレッシャーをかけて、学習をしてもらうプロセスとしてアプローチするのが一番いいのではないかと思いますね。

工藤:高原さんどうでしょうか。


中国と仲良くすることは日本の利益

高原:日中関係の今後というのは、色々な可能性があると思うのですね。悪くなる可能性もあるし、よくなる可能性もあると思います。我々にとってどっちがいいか、と言われれば、良くなる方がいいに決まっていますよね。日中関係が悪くなったときに、日本がどれだけ面倒くさい問題を背負い込むか。中国が、どれほど大変な問題を背負い込むかということを考えれば、明らかだと思います。では、どうすれば日中関係をよくしていけるのか、ということを必死になって考えなければいけないわけですが、国情といいますが、国の状態が非常に違うわけですよ。それは、政治体制が違うということもありますし、経済の発展段階が違うわけですよね。

中国は今、近代化のまっただ中にあって、もの凄い勢いで高度成長をしています。しかし、近代化のまっただ中にある国の価値観というのは、往々にして、富国強兵なのですね。我々もそういう時代を経験したことがあります。そういう価値観を持った巨大な国が、隣にあるというのが実状なのであって、ここで日本はあたふたしないで、さっき小島さんがおっしゃったように、冷静に中国の実状、実像を見定めていくことが大事だと思います。私は、基本的には楽観的です。なぜかというと、のぼせている人たちもいますが、仲良くしていくこと、建設的な関係をつくっていくことがどれほど自分達の利益になるのか、とお互いに冷静によく分かっている人たちがいます。この人たちがそれぞれの国内で論争に勝っていかなければいけないのですね。そのために、私たちのようなフォーラムというのは、大変に重要な意見交換の場であるという風に考えています。

工藤:加藤さん、それにしても国民の感情がどんどん悪化しているというか、あまり改善しないというのは気になりますよね。

国民感情は落ちるところまで落ちたら戻るのでは

加藤:私は、多分、落ちるところまで落ちたら、戻るのではないかと思いますよ。やはり、何だかんだ言って、段々近づいてきていると思います。メディア対話の時もそのように感じましたけど、若い人達のファッションや文化などは、段々異質ではなくなりつつあります。今、日本の若い子が上海に行って生活しても、今から30年前に上海に行って体験する中国とはかなり違っていて、日本と同じような同質感を持つのではないかと思います。だから、どんどんお互いに近づいている部分もあって、いずれそういうものが通じ合うということを信じたいし、今の中国のファッションなどは、日本がつくっているようなところがあって、そういう色々な共有感というものが、これから出てくると思います。もちろん、高原先生がおっしゃったようなことを言う方もいらっしゃるのですが、でも、そうじゃないところもあるので、そこに期待をしたいと思います。

工藤:私も、民間の色々な交流が、新しい文化なり知恵をつくっていくような気がしています。少し高原さんにお聞きしたいのですが、日本と中国は体制も違うし、明らかに違う仕組みですよね。その違いを自分達の方に変わらなければ安心しないと見るのか、それとも違いを理解した上で、共栄の道を探るのか、ということが問われますよね。その辺りはどのように考えればいいのでしょうか。


民主化に向けて中国が味わう苦しみに理解を

高原:色々な次元の対話があって、一般庶民というか、普通の中国人からすれば、政治体制の違いなどは全然気にならないわけです。また、我々が中国人の友人達と付き合う分には関係ありませんよね。そういうレベルでの人間としての共感をシェアし合う、そういうレベルでの対話も必要だし、それから、政治の世界で生きている人たちは、当然ながら政治の違いというのを常に意識していなければいけないのですが、中国の政治はいつか変わるのです。いつかはもっと政治参加が普通に認められていく、言ってみれば民主化していくのですよね。ですが、その転換の苦しみというのを、これから彼等は味わなければいけないのです。そのことを私たちは理解してあげる必要があると思いますね。色々な矛盾が中国にはまだまだあります。さっきも言ったように、まだ近代化の最中ですから、歪みもあるし、越えなければいけない山も大きいのです。日本は今、色々な問題に直面してはいるけれども、一応、越えてきた部分を彼等は後ろから来ているわけです。そういう国なのだということを理解した上で、実状を客観的に見ようとする冷静さが必要だと思います。

来年のフォーラムに何を期待するか

工藤:そろそろ時間も迫ってきました。来年は、日中国交正常化40周年で、中国は権力の移行がある。まだまだ色々な変化があるような気がしています。来年の「第8回 北京-東京フォーラム」は、東京で開催されるのですが、来年のこのフォーラムに何を期待しているか、何が問われているのか、ということを一言ずつ言ってもらって、終わりにしたいと思います。まず、加藤さんからいかがでしょうか。

加藤:今年は世論調査でも一番低いポイントでしたけど、来年は、多分、そこから一気にV字回復できるように持って行ける転換点の時期になることを期待したいですね。また、そういう役割を「北京-東京フォーラム」は負うのではないかと思います。

高原:中国側の陳昊蘇さんがおっしゃっていたことなのですが、冷静に将来を展望するためにも、40周年でありますから、過去の40年のお付き合いを総括して、この歴史的な変化のトレンドというものを、しっかりと両国で考えてみるということが大事だと思います。

工藤:小島さん、最後にお願いします。
小島:日本が強くなる。そうすれば、中国から見ればいい意味で魅力が出る。アニメだけではなく、文化がある、美味しいものがある、ファッションがある、あるいはライフスタイル全体。そういうものを中国が求めていると思うのですね。だから、中国にそういう面についての関心をもっと持ってもらって、理解してもらう。日本をもう一度見つめ直す。TPPを議論し始めた途端に、日本に向いてきたというのではなくて、日本が魅力をつける、日本にとってもいい機会だと思います。

工藤:日本も日本のこれからの未来のために、変わらなければいけない。その中で、中国という問題ときちんと丁寧に向きあっていかなければいけないということですね。次回は、今週の金曜日なのですが、「日本人の留学生はなぜ減ったのか」というテーマについて考えてみたいと思っています。
みなさん、今日はありがとうございました。

一同:ありがとうございました。

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 『北京―東京フォーラム』は日中関係が厳しく、反日デモが続いた05年の夏に北京で始まったもので、今年の8月末には7回目の対話が北京で行われました。

放送に先立ち緊急に行ったアンケート結果を公表します。ご協力ありがとうございました。
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