「社会保障と税の一体改革」を評価する

2011年12月10日

2011年12月5日(月)収録
出演者:
鈴木亘氏(学習院大学経済学部経済学科教授)
西沢和彦氏(日本総研主任研究員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


第2部:将来世代に負担を押し付ける年金制度でいいのか

工藤:では、引き続き議論を始めます。先程、私の方で聞き漏らしたことがあるので、それを少し補足していただいた上で、議論に入りたいと思います。

社会保障の一体改革の成案が6月に出ました。全部をやってもしょうがないのですが、その中で社会保障の何を変えようとしていて、それはどういう意味を持っているのか。西沢さんからお願いします。


一体改革の成案の問題点を考える

西沢:社会保障と税の一体改革、消費税を5%引き上げるために、その内の1%を社会保障の機能強化に使うことになっています。これは、"あめ玉"なわけです。子育てに0.7兆円、医療で2.4兆円。年金で0.6兆円。食いつきのいいエサではあるのですが、社会保障制度の公平性という観点から見た場合、筋の悪いものも含まれています。

例えば、年金の0.6兆円の中で、政府は低所得者加算という仕組みを検討しています。年金が低い人にも、最大7万円になるまで1万6000円を配るということになっています。これは、例えば過去に一生懸命、保険料を払ってきた人、払ってこなかった人を一緒に扱ってしまいかねない制度ですから、食いつきのエサではあっても、制度の公平性を損なう、ばら撒きに近い政策です。こういった物も含まれています。

鈴木:もう1つ言えば、資格期間、つまり何年か保険料を支払わなければ年金がもらえないかということですが、今は25年です。それを10年にするという案も今回出すということです。

工藤:それはどうなのですか。短くなったら短い分だけしかもらえないのでしょ。

鈴木:それはそうなのですが、それと低所得者に対する加算というのが組み合わさってくると、ちょっとどうなるか分からないというのと、今、25年払っても、40年払っても6万6000円しかもらえないという制度なのですね。25年になるとその分だけ減るのですが、10年になると6万6000円の4分の1しかもらえないということになりますと、何が起きるかというと、それでは生きていけないわけなので生活保護にお世話になりましょう、という高齢者がバンバン増えてくるわけですね。生活保護というのは全額公費ですから、その分だけ公費が出ていくという話なので、これも一種の非常に刹那的なアイデアで、後の世代に財政の負担を押しつけるというアイデアに他ならないわけです。

工藤:つまり、年金問題の抜本的な解決案なり、プランをつくった上で、その中に整合性があるような議論が出てくればいいのですが、ちょっとパッチワークで色々なところをやることによって、制度の体系性を壊してしまっているということですね。

鈴木:まさにそういうことですね。

工藤:何でそういうことになるのですかね。やはり増税をする以上、何かの機能強化をしているということとか、低所得者に優しいということをつくっていかないと、国民が納得しないという判断があるのでしょうか。

西沢:そうだと思います。現行制度をよくするとか、そういうことではなくて、消費税の引き上げに伴う、即効性の高いアメとして、制度の公平性をやや低下させたとしても、食いつきのいいものを準備したということだと思います。


すでに年金財政は「100年安心」という状況ではない

工藤:少し話を戻さなければいけないのですが、今の年金制度そのものについて、先に話をしたほうがいいと思いました。今あるのは、自公政権の時に決めた100年安心プランですが、それが行き詰まっている、ということが言われています。民主党政権は、その100年安心プランに反対し、政権交代を訴えたのですが、その後、民主党政権から制度そのものを見直すとう議論が、全体的に全く出てきません。日本の年金制度は今、どのような状況になっているのでしょうか。

鈴木:財政状況から言うと、100年安心という状況ではないことは明らかだと思います。というのも、100年安心だと言っていたのはいつかというと、2004年なのです。2004年ですら、経済にとって非常にバラ色のシナリオを描いていて、100年安心プランということを言っていたわけです。しかし、その後、何が起きたかというと、当然、少子高齢化が直ぐに収まると思ったけど、そうはならなかったし、経済成長率も低かった。そこに2008年にリーマンショックが起こったわけです。これで、相当まずいことになっていたはずなのですが、そこで厚生労働省は、リーマンショックの数字が出てくる前の2009年の2月に、財政再検証ということで、年金財政が100年持っています、という計算をしたのですが、これが非常に問題がありました。まだリーマンショックの状況が統計に表れていないのですが、その前の統計を使っているわけです。なおかつ、2004年の時よりも更にバラ色のシナリオ、例えば、運用利回りで将来100年近くに亘って4.1%で運用するということを前提に、100年間持っていますという、一種の粉飾決算をやったわけです。しかし、その後、今年の3月には震災みたいなことが起きましたし、状況は随分変わっているわけですが、それでも100年安心プランと言っています。その後、震災があったのですが、2009年の再計算のまま、次は2014年になるということを言っているわけです。しかし、その間に、デフレも進んでいます。

最大の問題は、本来、マクロ経済スライドということで、給付をカットしないと年金財政は持ちません、という計画だったのですが、これまで一度もマクロ経済スライドが発動されていない。デフレの状況下では発動できないわけです。そして、最近明らかになってきたことは、特例水準といいまして、それとは別にデフレの時には年金用の金額を下げなければいけないのに、それをやっていないので、差し引きで7兆円ぐらい過剰給付をしているという状況です。

工藤:それは1年ではなくて、この間ずっとですね。

鈴木:そうですね。この期間、最初の100年安心プランでは、本当は積立金が積み上がらなければいけないのですが、この5年間は数兆円ベースで、ずっと積立金が取り崩されています。2006年には大体150兆円ぐらい積立金がありましたが、5年前から今年度末までで、113兆円まで取り崩されました。5年間でほぼ40兆円を取り崩しているというような状況です。仮に、このペースが続くとすると、15年とか20年ぐらいしか積立金が持たない、ということが、積立金の取り崩し状況からみても、ほぼ明らかだと思います。

工藤:もう少し説明していただいて、西沢さんに付け加えていただきたいのですが、100年安心プランでは、何を約束して、何が実現できなかったのでしょうか。


100年安心プランはなぜ行き詰まったのか

鈴木:100年安心プランというのは、まさに、100年間積立金が残っています、という計画です。2004年の時に何をやったかというと、それまでは、将来はもっと保険料率が上がるというシナリオでした。ところが、それだと、さすがに国民負担率、つまり、国民が稼いでいる中で、税と社会保障でどれぐらいが持って行かれるか、という率が50%を越えてしまう。それでは、働かなくなるだろうということで、2004年の時に、保険料がずうっと上がっていくのを、2017年に18.3%になったところで止めます、ということをやりました。そうすると、年金にとっては将来収入が減るということになりますので、どこかで辻褄を合わせないといけない。そこで、3つの方法を考えたわけです。1つは、給付カットです。これが、先程言ったマクロ経済スライドという仕組みです。給付をカットすれば、収入が減っても給付が減りますので、辻褄は合います。

ただ、それだけでは全然足りないわけです。もう1つの方策として、これまで国庫負担率が3分の1だったものを2分の1に引き上げる。つまり基礎年金の半分に税金を投入するということですね。ですから、保険料収入で入ってくるものが入ってこなくなってしまうので、税金で入れよう、あるいは財政赤字で入れよう、ということをした。しかし、それでも足りないのです。そこで、どうしかというと、積立金の取り崩しです。本来は、100年どころではなく、ずうっと将来まで年金の積立金は持つという話だったのですが、大体、2100年で大体終わりにするというところまで取り崩していこうと。そうすることで収入になりますから、その3つの収入で何とか埋め合わせをしようという話でした。

まず、国庫負担の引き上げですが、一生懸命、埋蔵金を探して手当てしていますが、本来は、消費税引き上げで賄うはずだったのですが、消費税は上げられていませんので、行き詰まっているわけです。それから、マクロ経済スライドの発動によって、給付カットをしようということですが、これはデフレ下では発動できないというルールにしてしまった。逆に言うと、デフレを想定していなかったということです。そうなってしまったので、どんどん予定外の積立金の取り崩しをやっている。今年は、運用増も発生しています。そうすると、先程申した2つの策が使えないわけですから、積立金の取り崩ししかないという状況が、発生しているという段階です。

工藤:その積立金が、後、15年か20年ぐらいでなくなってしまう、というわけですね。
鈴木:このペースでいけば、そうなりますね。
工藤:西沢さん、今の話に付け加えていただきたいのですが。

西沢:おっしゃっていますが、結局、財政の手当てということであって、本来、雇用形態の多様化ですとか、家族形態の変化などの、社会構造の変化に対して、制度をどのようにつくり替えるかという議論は、当時はありませんでした。あくまでも、財政の手当をしようとしたけれども、財政の手当もほとんどがうまくいっていない、ということで、現在に至っていると思います。

工藤:こういう風な形で、積立金が減ってくる。それから、今の経済状況を反映しないで、過剰な給付がされているということになると、その分は、誰にしわ寄せがいくのでしょうか。つまり、将来の若い人たちにツケを飛ばす形で、かろうじて今の状況が動いている、そのような理解でいいでしょうか。

鈴木:まさしく、その通りだと思います。


民主党政権は、制度の破綻を立て直すことが約束だったはずだが

工藤:すると、この年金制度が安心ではないわけですよね。それから、将来世代の負担に基づいて、今の状況が動いているとすれば、その問題を直さなければいけない、という段階にきているわけですね。この段階は、どうして直そうという状況にならないのでしょうか。

西沢:多分、安心ではないというのも、将来の世代が安心ではないのです。例えば、今の若者や、これから生まれる子どもです。当面、20年ぐらいの年金受給者は安心なのですね。むしろ、過剰給付というボーナスすらもらっているわけです。そのような人たちを有力な有権者マーケットとして見た場合に、直そうというインセンティブが政治的に働きにくいと思うのですね。物言わぬ将来の世代、有権者に負担を寄せておいて、今の有権者にリップサービスをしておいたほうが、政治的に、短視眼的には合理的だと思います。

工藤:ただ、民主党政権の場合は、それが行き詰まっているということを主張して政権交代をなし得たわけですよね。

西沢:そうです。100年安心ということはおかしい、と。我々もそれは正論だと思ったわけです。しかし、政権交代したら、鈴木さんがおっしゃったように、2009年2月に行った財政検証をもっと保守的に、現実的にやり直してくれるという期待を持ったのですが、結局、民主党政権も100年安心プランを黙認しているわけです。

工藤:破綻しているということを、黙認しているわけですね。
鈴木:その上に乗っかってしまっている、ということだと思います。

西沢:にもかかわらず、その仕組みに手は付けず、支給開始年齢とかを主張する。これでは、国民の理解を得ることは難しい、と思います。

工藤:今、負担というか、制度の設計上のことを理解したのですが、給付ということを考えると、100年安心プランが行き詰まっている中で、今、年金をもらっている人と、将来世代との間に、どういう風な問題が起こってくるのでしょうか。


拡大する高齢者、若者の世代間の給付・負担格差

鈴木:当然、保険料はどんどん上がっていきます。そして、18.3%では止まらないと思いますので、どんどん上がっていきますし、将来、もっと給付カットがなされると思います。今、発動はしていない分だけ、今の若者達がもらえる年金の金額を、どんどんカットしなければなりませんので、大変な負担格差が生じるわけです。よく厚労省が言っている数字で、給付と負担倍率というのがあります。もらえる金額に対して、払う金額が分母で、どれぐらいの倍率かというと、厚労省はどんな世代でも2.3倍もらえますと言っていますが、私の計算では、今の大学生位を想定すると、大体0.6割ぐらいになります。ですから、払ったものが100とすると、返ってくるのは60ぐらいしかない、という感じになります。前は、もちろん、払ったものに対して、2倍や3倍という金額をもらえたのですが、そういう格差がついてくるだろう、ということが予想されます。

工藤:それは、年代別に見るとどれぐらいなのでしょうか。僕は53歳ですが、その2倍以上もらえるという人は、どれぐらいの年代までの人なのでしょうか。

鈴木:私の計算でよろしければ、1945年生まれの人で、2.2倍ぐらいです。もちろん、その前の世代は、3倍とか4倍をもらえています。ちょうど、損得無しというが、53歳ぐらいの人たちだと思います。そこから、どんどん損になっていって、2010年生まれぐらいになると、0.57ぐらいしか返ってこないという感じになるかと思います。

工藤:ということは、僕は、1対1ぐらいということですか。
鈴木:ただ、85歳ぐらいまで生きないと、取り返せません。

工藤:かなり深刻な状況に、思わず絶句してしまいました。すると、僕たちよりも若い世代は、個人のことだけを考えると払わないほうがいい、と思う人が出ても当然となりますね。

鈴木:はい。
工藤:ただ、そもそも、今の制度は現役世代が、高齢者を助ける仕組みですから、発想が違うのですよね。

鈴木:という風に、厚労省は言っているわけです。つまり、損得計算というのは、いかがなものかと。

西沢:若い人が入りたくないというのは、ある意味、合理的ではあります。今の社会保険料というものは税金になっていて、これは税金ですと正直に言うべきです。よしんば0.6しかもらえなくても例えば、0.61にできないか、0.62にできないか、という努力を重ねるべきなのです。それすら全くやっていないのが問題で、世代間格差が拡大している。これを、放置しておくのと、放置しないで少しでも回復させる努力というのは全く違うわけです。別に、1.0倍にしてほしいとか言っている分けではなくて、放置しておくことに対して、我々は警鐘を鳴らしているのですね。

鈴木:そうですね。健康診断のつもりなのですね。このまま行くと死ぬよ、というのと同じように、このまま行くとダメだよ、というために計算をしているのです。それがいいとか悪いとかいう話ではありません。

工藤:もう一度確認しますが、今、100年安心プランが、当初の想定とはかなり食い違ってきている。これをこのまま続けるということは、さっきの状況になってしまう。なぜ、この問題を、日本の政治はアジェンダとして取り上げて考えようとしないのでしょうか。


政治家も官僚も「家中の栗」を拾いたがらない

鈴木:それは、やはり、これまでずうっと改革をさぼっていますから、ここで一気に改革しようとことになると、相当大きな改革をやらなければいけない。そういう火中の栗を拾いたくない、ということがあると思います。それから、先程、西沢さんがおっしゃったように、政治家も官僚も近視眼的ですので、今がよければいい。後のことは、あまり考えない、ということの表れだと思います。

工藤:西沢さん、年金制度の改革、最低保障年金と所得比例年金ですか。そういう形を、民主党は選挙で提案して、それに向けての準備を進め、新しいシステムへの転換をする、とマニフェストでも国民にはそう説明していましたよね。

西沢:スウェーデンを模範とした所得比例年金と、最低保障年金を組み合わせた新年金制度をつくる、ということを野党の時代からも言っていましたし、民主党政権になって、鳩山首相を議長とする検討会議もつくられましたが、実質的には開かれていません。今回の一体改革でも、特に議論はされていませんし、将来的な課題に棚上げされています。全く、検討していません。

工藤:ということは、今回の社会保障と税の一体改革というのは、そういう抜本的な改革を目指したものではない、ということが段々見えてきたという感じですね。ちょっと休息を挟んで、最後のセッションに移りたいと思います。


  

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